チフネの日記
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2011年03月26日(土) 跡リョ  考えたり、わかり合えたりして

何で自分なのかな。
ふと考える時がある。

この人に好かれているという自覚はあったけど、理由はわからなかった。
告白された時、いいんだろうかと少し迷ったが、一緒にいる時の居心地の良さと、
自分も意外と彼のことを気に入っていることに気付き、付き合うことを選んだ。

その時、見せてくれた嬉しそうな笑顔に、不覚にもドキドキさせられた。
やっぱり受け入れて正解だったと思ったはずなのに。

何でだろう。
色々、考えてしまう。




「何やのそれ。跡部の写真、か?」

手元を覗き込まれ、リョーマは思わず体を後ろに引いた。
その間に忍足は持っていた写真を、ひらっと奪ってしまう。

「こんなん持ち歩いているのか。越前って意外と可愛い所があるんやな」
「マジかよ。侑士、俺にも見せて」
「あ、俺もー」

騒ぎ出した氷帝のレギュラー達に、
「言っておくけど俺のじゃないっすよ」とリョーマは誤解が大きくなるまえに声を上げた。

「なら、なんで越前がこの写真を持っているんや」
「跡部さんのファンの子が落としていったやつを拾っただけっす」
「なんか嘘くさい話だなあ」
「本当は越前君のじゃないのー?」

疑いの目を向けられ、「嘘じゃないのに」と、リョーマは憮然とする。


氷帝のレギュラー専用部室は、乾にとっても、もう馴染みある場所だ。
好きなように寛ぐといいと言う跡部の言葉に遠慮なく甘えることにして、
座り心地の良いソファの真ん中を占領している。
誰も文句を言わないのは、跡部が皆に通達したからだ。
リョーマは自分の大事な恋人だから、ここで何をしてもいい。文句を言うな、と。

わざわざ付き合っていることを公開しなくても、と思ったけれど、
この方が会っていることを詮索されずに済むか、とすぐに前向きに捉えることにした。

そんなわけで跡部が部長としての責務に追われてる間、リョーマはまったりとこの豪華な部室で時間を潰している。
時折レギュラー達に話し掛けられるようになって、大分打ち解けて来たのだが、
跡部のことでからかわれるのは慣れないし、恥かしくもある。

どうやってやり過ごそうかと考えていると、
「お前ら、いつまで残っている」と、跡部が大きくドアを開けて入って来た。

「越前に絡んでいるんじゃねえぞ。ほら、散った、散った」
「相変わらず、横暴やなあ」

文句を言いながらも、ここの所有者に逆らう者はおらず、
皆大人しく部室から出て行く。

残ったのは、リョーマだけだ。

「悪い。監督に呼び止められて遅くなった。
すぐに支度するから、待ってろ」

優しく頭を撫でられ、リョーマは「うん」と頷く。

「なんだ、この写真は?」
「あ、それは」

忍足が放り出していった写真を見付けて、跡部は不思議そうな顔をする。

「俺の写真じゃねえか。お前のか?
欲しいなら、先に言えよ。
こんな隠し撮りみたいなやつじゃなく、正面からポーズを決めたやつをやるから」
「いらないし……。それに、俺のじゃないから」
「じゃあ、誰のだ?」
「それは、」

忍足達にもした説明をもう一度口にすると、
跡部はふん、と鼻を鳴らした。

「写真を落としても気付かないような連中、ファンといえるものでもないだろ。
ただ皆と一緒に騒ぎたいだけじゃねえのか。くだらねえ」

バッサリと言い切る辺り、跡部らしい。
だけどリョーマの中には割り切れない何かがあって、素直に「そうだね」と言えない。

「で?お前は何を気にしているんだよ。
自分も写真を持っていたいって言うのなら、さっきも言ったけど写りの良いやつやるぜ」
「違うよ。ただ……」

俯くリョーマに、跡部は腕を組んだ。

「説明するのに、考える時間が必要か?」
「え、っと」
「だったら今からシャワー浴びて着替えて来るから、その間に気持ちを整理しておけ。いいな」
「何でそんなに命令口調なんすか」
「バーカ。当たり前だ。
そんな顔して、気にならないわけないだろうが。
言いたくなくても吐かせるからな。覚悟しとけ」

ロッカーに向かう跡部の背中を見て、溜息をつく。
出来れば黙っておこうかと思ったが、そうもいかないらしい。

けど自分の気持ちを伝える良い機会なのかもしれない。








「それで、何を思い悩んでいるんだって?」

いつもきちんと髪をセットして出て来るのに、今日は半乾きの状態だ。
時間を与えると言った割には、急いで来たらしい。
ネクタイも結んでおらず、シャツのボタンも空いている。
それだけ自分のことを気にしているのだと、理解した。

こっちも誤魔化している場合じゃない。

説明するのは難しいが、思い切ってリョーマは口を開いた。

「上手く言えないけど、跡部さんって……半端無くもてるよね?」
「それがどうした」

否定しないのかよと心の中で呟き、先ほどの写真に手を伸ばす。

「さっきの、軽い気持ちって言ってたけど、本気の部分だってあると思うよ。
いつか跡部さんの恋人になれたらって思っている人は、きっといっぱいいるんじゃないっすか」
「そうかもしれねえな。で?」
「で、って……。
だから、それだけの人達に好かれていているのに、なんで選んだのが俺なのかなって。
あんたの隣にいるのに相応しい人なんて、沢山いるのに」


途端に、写真を跡部に奪われる。
言葉が出るよりも先に、ぐしゃっと手で握りつぶされてしまう。

「ちょっと、何して」
「くだらねえこと言っているんじゃねえぞ」

跡部が今まで見たことない怖い顔をして、低い声を出す。

「誰が俺を好きかなんて、関係ねえ。
俺は、お前しか欲しくない。
理由なんて知るか。けど、他の奴には興味が無い。
触れたい、抱き締めたい、側にいたいと思うのは、お前だけだ。
それじゃ駄目なのか?」
「……」

真剣な目で言われ、リョーマは自分が跡部を傷つけるようなことを言ったんだと気付く。

他の人が相応しいんじゃないかと逆の立場で言われたら、きっと悲しい。

「ごめん。俺、今無神経なこと言った」
「ああ、かなりな」

言いながら、ぎゅっと抱き締められる。
痛いくらいだったけど、文句は言わない。
むしろそうされのが、リョーマにとっては嬉しいことだ。

「心配するな。誰に好かれていても、俺の相手はお前だけだ。
こう言えば、バカなお前の頭でもわかるよな?」
「バカは余計なんだけど」
「実際、バカじゃねえか。俺が誰かに靡くんじゃないかと心配したんだろ?
ま、それはお互い様だけどな」
「え……?お互い様って」
「お前だって、青学のファンクラブの連中とかに騒がれてるじゃねえか。
リョーマ様ーって。試合毎に応援に来てるだろ。
前からかなりムカついていた」
「あれこそ、騒いでいるだけじゃん」
「そう思っているのはお前だけだろ。告って来たらどうするつもりだ?」
「断るよ。決まってるでしょ」
「だろ?」

こつん、と額を合わせられる。


「俺も同じだ、リョーマ。
だからなんの不安に思うことなんて無いからな」
「不安と思っていたんじゃないから」
「わかった、わかった」

よしよし、と背中を撫でられて、何かあやされているような気がしたが、
これも悪くないと大人しく身を預ける。

どうして自分なのか、理由なんてどうでも良いのかもしれない。

彼が好きだと言ってくれるのなら、その内に周囲なんて気にならなくなる。
誰が騒いでいても、動じない位に好きでいてくれるなら。

石鹸の香りよりもっと跡部を近くに感じたくて、自分から体を密着させると、
少し驚いた顔をした後、すぐに頬に手を添えてキスしてくれる。


それから二人は、今までの中で一番長い長いキスをした。


終わり


2011年03月11日(金) 跡リョ 本当のことを教えてよ

メールを打とうとした手を止めて、そのまま携帯をポケットに仕舞いこんだ。

どうせ返事なんて来ない。

『見ていなかった』
『だって、打つの面倒だから』

そんな言い訳はもう聞き飽きたと、跡部は溜息をついた。

付き合う前からリョーマがマメな性格ではないと見抜いていた。
約束にすら黙って遅刻するような奴が、メールの返信をきちんとするわけがない。

予感は当たったわけだが、ここまで放置が続くと虚しくなっていく。

文句を言うと鬱陶しがられるのがわかるから、ずっと黙って我慢していた。

これが惚れた弱みというやつらしい。

付き合うことを申し込んだのはこっちから。
渋るリョーマを強引に口説き落としたのもこっち。

だから跡部にしては珍しく自分を抑えて、リョーマに合わせて来たつもりだ。

一時間や二時間の遅刻にも目を瞑った。
先輩達の約束が先と言われたら、大人しく引き下がった。
メールの返事がなくても、文句を言ったりしない。

しかし跡部にも限界というものがある。

元々、気は長くはない。

いつまでも素っ気無いままのリョーマに、このまま付き合っていても良いのだろうか疑問を抱き始めていた。


(無理矢理付き合うことになって、本当は嫌がっているのかもしれねえな。
だからわざと嫌われるような態度を取っているのか)

それならメールを無視するのも納得出来る。

好きな人が相手だったら、短くても何かは返すはずだ。

(想像つかねえけどな……)

嬉々としてメールを打つリョーマなど、考えられない。

元々、恋愛向きな性格ではないと思う。

口を開けばテニス。やりたいことといったら、テニス。
そうでなければ飲み食いして、後はひたすら眠っている。
起きてやることはゲームか、猫と戯れる位か。

相手が女だったら、一日で破局していそうだ。

ここまで続いたのは自分が我慢強かったからだろう。
いや、そもそもリョーマの方では付き合っていると認識しているかどうかも怪しい。

考えていくと、落ち込んでしまいそうだ。

とりあえず、今日は迎えに行くとのメールはこのまま送らないでおこう。

毎週、欠かさず青学に迎えに行っていたが、もしかしたらそれも迷惑だったのかもしれない。

メールが無いことに、リョーマは戸惑うだろうか。

(気付かない可能性の方が高いな……)

何も思うことなく青学の連中とどこかに寄り道して行くかもしれない。

跡部が連絡しなければ、リョーマはそれを当たり前として受け止め、以前の日常に戻って行くのだろう。

呆気ない位、この関係を終わらせることが出来る。

いっそ、そうしてやるべきなのかもしれない。


投げやりな思考が次から次へと浮かんでしまう。


昼休みの間、他の生徒から注目されているのにも気付かず、跡部はずっと暗い顔を晒し続けていた。






「で、結局ここに来ちまうわけか」


放課後になって、青学の練習が終わった頃を見計らって車を飛ばして来た。

メールは送っていないから、リョーマは帰ってしまったかもしれない。

だけど、もし待っていてくれたら。
ちょっとでも希望があるのなら。
リョーマと話し合いたいと思って、ここに来た。

「あれ、跡部さん?」

自転車でさっと通り過ぎようとした直前、桃城がブレーキを掛けて停止する。

「こんな所で何してるんすか?越前なら、部室の前で座っているっすよ」
「あいつ、まだ残っているのか?」
「え?だって今日は跡部さんが来る日だから一緒に帰れないって、越前が」
「そうか、わかった」

最後まで聞かずに、跡部は走り出した。
桃城が怪訝な顔をしていたが、知ったこっちゃない。

何度も迎えに来たので、部室の位置はわかっている。
一目散に走り抜けると、花壇の所に座っているリョーマを発見した。

「越前!」

リョーマは携帯ゲームを操作していた。

跡部の声に顔を上げて、「ちょっと待って」とゲーム機を操作して鞄に仕舞う。

それを見届けてから、「お前、こんな所で何してる」と跡部は声を出した。

「何って、跡部さんを待っていたんだけど?」
「今日は迎えに行くってメールしてないだろ。何で待っているんだ」
「え、でも今ここに居るじゃん。来るつもりだったんでしょ」
「そうじゃなくて!もし来なかったらどうするつもりだ。
俺は行くってメール出していないんだぞ!」

大きな声にびっくりしたようだ。
だけど何か訴えてたいことがあるとは気付いたらしい。

少しリョーマは考えてから「でも、あんただっていつも俺のこと待っててくれるし」と答える。

「だからちょっとの間、待っていても平気」
「お前な……。それよりもメールか携帯にいつ来るかどうか、連絡した方が早いだろうが。
その位は出来るだろ」
「いいよ、そんなの。面倒だし」
「そう言って、この先一度だって連絡を寄越さないつもりかよ。
一言だって構わねえのに……」

今まで溜め込んでいた文句が、零れる。

リョーマは目を瞬かせた後、「返信ってした方が良かったの?」と惚けたことを言う。

「当たり前だろ。してくれた方が、嬉しいに決まっている。
まさか、わからなかったのか?」
「うん」
「……」

嘘を言っているようには見えない。
本気で何も考えていなかったのだとわかって、がっくりと肩を落とす。

跡部の様子を気にすることなく、リョーマは「うーん」と考えてから、口を開く。

「でも、長い返事は書けないよ?あんまりメール打つの慣れてないから。
それで良かったら送るけど?」
「本当かよ!?」
「何、この食い付きっぷり」
「お前があまりに素っ気無いからだろうが。
だからひょっとして別れたいってサインを送っているのかと考えていたんだぞ」
「はあ?」

ぽかんとした顔をした後、リョーマは小さく笑った。

「そんなこと考えていたんすか。だったら、そもそも付き合ったりしないよ」
「じゃあ、別れたいわけじゃないんだな」
「それはあんたの勝手な想像でしょ」

馬鹿らしいと言いながら、リョーマは立ち上がった。

大きく伸びをして「帰ろうっか」と、笑みを向けられる。

冷たくされて、素っ気無い態度を取られても、この笑顔ひとつでどうでもよくなってしまう。


リョーマがどの位好いてくれているのかわからないけれど、
自分の気持ちだけはハッキリわかる。

嫌われたくなくて、返事が来ないと悲しくて、少し優しくされただけで嬉しくて。

些細なことに感情が揺さぶられる位、好きなんだ。


先を歩くリョーマの手を見て、距離を縮めたくてそっと手を伸ばしたら、
途端に引っ込められてしむ。

「ちょっと。ここ、青学の敷地内なんだけど?」
「それがどうした」
「どうした、じゃなくって。見られて噂されるのが嫌なんだって」

わかっているけど触れ合いたい時があうってわからないのか……。

項垂れる跡部に、
「だから、後で。二人きりになった時に」と、リョーマは背伸びして耳元で囁く。

「お、おう……」
「わかったなら、さっさと外に出よ」


早歩きで歩くリョーマの背中を追いながら、
(こいつが恋に向かないなんて思ったのは、間違いだった)と考える。


言葉は少ないけれど、簡単に翻弄させるようなことを平気で言う。


無自覚な小悪魔というのは、こいつのようなことを指すんだ。

ますます夢中になって離れられなくなる。

数年経っても、俺達はこんな感じで続いているんだろうなと、跡部は思った。


終わり


2011年03月10日(木) 甘い傷  跡リョ

越前リョーマはよく怪我をする。
それがテニスしている時につけたものなら、跡部も文句を言ったりしない。
スポーツをしている以上、怪我の一つや二つ、あっても仕方無いものだ。

ムカつくのは誰かと揉めたり、ケンカしたりして傷を作ることだ。

「お前、ここどうした?」
「は?どこ?」
「ここだ」

襟首を掴み、引っかき傷のようになっているそこに指を押し当てる。
顰め面して、「何なの」と言うリョーマに、「とぼけるな」と低い声を出す。

「誰かに引っ掛かれた痕がある。浮気してるんじゃねえだろうな」

万が一でもそんな可能性は無いと、跡部も承知している。
リョーマは二股を掛ける程器用な性格をしていない。
それに愛されている自信もある。
だけど一応確認だけは取っておかなくてはならない。

「浮気?そんなわけないじゃん」

馬鹿らしいと言って、リョーマは跡部の手から逃れようとする。
しかしそれを許さず、逆にソファの端へと追い込み動きを封じ込めた。

「だったらどこで付けて来たんだ?」
「そんなの覚えてない」
「よく考えて思い出せ。この前会った時には無かっただろ。
三日以内のことすら忘れたっていうのか?」
「だからさ、いちいちそんなの覚えているわけ……・。
って、そういえば」

目を泳がせていたリョーマが、閃いたように声を上げる。

「一昨日、購買の所で知らない奴に襟首掴まれたんだった。
その時に出来た傷かな?」
「知らないやつ、だあ?特徴は?身長は?髪型は?本当に見覚えないのかよ」
「ないよ。それにもうどんな奴かも忘れた。次に会っても気付かないだろうし」
「どしてそう呑気なんだ。大体なんで知らない奴にそんなことされるんだ?」
「それがジュース買おうとしたら、横入りされて。
ちゃんと並べよって言ったら、一年生のくせに生意気だって首の所掴まれて、壁に押し付けられた。
そうそう、思い出してきた」
「……」

相手は上級生か、と跡部は思った。
良くないことなのだが学年が上というのをいいことに、横暴な真似をする輩は少なからずいる。
一年生は立場が弱い。
あとで報復されたらと考えて、譲ってしまうのが普通だ。
しかしリョーマは黙っているような性格じゃないとわかっている。
相手の方は何故大人しく従わないのか苛立って、掴み掛かってきたのだろう。

「で、どうした。殴り返したりしてないだろうな?」

リョーマならやりかねないと思って尋ねると、
「まさか」と肩を竦める。

「そんなことしたらテニス部に迷惑掛かるでしょ。
周りが騒いだ所為で、そいつの方から手を放してくれた。今度から気をつけろってさ。
馬鹿みたいだよね。横入りしたのはそっちなのに。
どっちが気を付けなくちゃいけないんだか」
「おい、リョーマ」

跡部は深く溜息をついた。

「もう、そいつに会っても無視しろ。見るな、その辺の石ころだと思え。
また横入りされたとしても何も言うんじゃねーぞ。同じことする他のやつらにも対してもだ」
「何で?目の前に入られて黙ってろって、変じゃない?」
「それでもまたケンカを吹っ掛けられたらどうする。
頼むから大人しくしてくれ」
「ヤダ。俺、間違ってないのに」
「だとしても、だ。
ここで頷かないのなら、手塚にこの件を報告するからな」
「ちょっと止めろよ。部長は関係ないじゃん」
「あいつは生徒会長だ。
青学の生徒の中に一年生を苛める奴がいるんだって、訴えてやる。それでもいいのか?」
「……よくない」

渋々というように、リョーマは返事をした。

「わかったよ。そいつに会っても無視する。横入りも見逃す。
これでいい?」
不満ありげな顔に、そうするつもりはないなと瞬時に悟る。
「そうか。なら、手塚には黙っておいてやるよ」
だから後でこっそり手塚に連絡しようと考える。

こういう時、リョーマと別の学校ということが歯痒く思える。
目の届く所なら、決してリョーマに不自由な思いはさせない。
横入り禁止を新たな校則として翌日から実行させるのに。
青学にはさすがに口出し出来る権利は無い。
手塚に連絡を入れて、嫌味の一つや二つを交えながら、
リョーマがケンカに巻き込まれないよう、しっかり見張っておけと言うことしか出来ない。
それがもどかしくて、たまらない。
怪我一つさせないようにリョーマを守ってやりたいのだが、近くに居てやれない。

「もう、無茶するの止めろよ」

言っても聞かないだろうなと思いつつ口に出すと、
「え?何が?」と予想通りの答えが返って来る。

「何が、じゃねえ。
体に傷を付けるなって言ってるんだ」

不機嫌そうに言ってみせても、リョーマには通じていないらしく、首を傾げている。

こういう時、自分の気持ちが伝わっているんだろうかと疑いたくなる。
好きな人が理不尽なことで傷付く姿を、誰が見たいと思うだろうか。
まるでわかっていないな、と跡部は眉を寄せた。

「ちゃんと、聞け。
もし同じ事が起こったら、相手が誰か必ず見つけ出して報復してやるからな。
お前につけた傷の100倍、酷い目に合わせてやる」
「ちょっと、何もそこまですることは無いんじゃないの」

呆れたように言うリョーマに、跡部は真剣な口調で訴える。

「ムカつくんだよ。俺の知らない所でお前を傷付けた奴が。
その場に居て守ってやれなかった自分のこともな。
だから次は絶対許さねえ。
俺を止めたいのなら、金輪際無茶はするな。
わかったか!」

跡部の開き直りともいえる台詞に、リョーマは大きく目を見開いた。

そしてしばらく沈黙した後、「……ごめん」、と謝罪の言葉を口にする。

「あんたがそんな風に考えてるって知らなかった。
これからは気を付ける。だから、そんなに怒んないで」
「怒ってねえよ。けど、見るとやっぱりムカムカする」

薄く傷になっている部分に唇を寄せると、擽ったいのか後ろに引こうとする。
しかし嫌がっているわけじゃなさそうだ。
それをいいことに、さっさとリョーマのシャツのボタンを外しに掛かる。

直接肌に触れる度、首筋にキスする度に、リョーマが小さく声を上げる。
抑えようとして左手を口に当てている姿に、また煽られる。

擦り傷を消すようにして、執拗にその部分を唇で吸う。

「ねえ、見えるところは……やだっ」

何をしようと気付いたのか、手を突っぱねて抵抗して来る。
逆にその手を取って、優しく手の甲に口付けた。

「後で絆創膏貼っといてやる。安心しろ」
「安心出来るか!本当に、駄目だって、景吾……っ」

文句言いながらも甘えたような声を出すリョーマに、
跡部はこっそりと笑いながら、弱い所を責めてやる。

段々と大人しくなる姿を見て、「二度とこんな怪我するなよ」と念押しすると、
こくりと素直に頷いた。





跡部の本気を身をもって知ったリョーマは、
それからしばらく大人しくしていた。

先輩達に「どうしたの?首を中心に蚊に刺された?」「それにしては不自然だにゃー」と、からかわれることに懲りた所為もあった。

見えない所には、もっとあるなんて絶対に言えない。


部室の隅でこそこそと着替えながら、無茶はほどほどにしようとリョーマは思った。

跡部の思いは、一応通じたようだ。

終わり


2011年03月08日(火) 坂道の途中  塚←リョで跡→リョ


周囲を見渡す仕草に、リョーマが誰を探しているのか、跡部にはすぐピンと来た。

着いた早々、あいつのことを気にしているのかよ。

リョーマが再び合宿に戻って来たのは喜ばしいことだが、同時にやるせなくなる。

気に掛けているのは、いつも手塚だけ。

他の部員は全国大会後にリョーマがどこに行ったか知らなかったのに、
手塚だけは知っていた。
きっとリョーマはアメリカに行く前に、手塚にだけは報告と相談をしていたのだろう。

全く、面白くない話だ。

こっちは手間暇掛けて行方を捜さなければ居所すらわからなかったというのに。

手塚は何もしなくても知ることが出来る。

不公平だ、と跡部は思った。

リョーマが氷帝に入学していたら、手塚の立場にいたのは自分だったはずだ。
もしかしたらあの熱っぽい視線を向けられていたのも。

鈍感な手塚とは違い、俺だったらすぐにリョーマの手を取ってやるのに。
あいつのどこがいいんだ。
さっぱりわからない。
そう考えてしまうのも、嫉妬の所為か。

全て自分の思い通りに進んで来たつもりだった。
だけど好きになった人が必ずしも振り向いてくれるわけじゃないと、初めて知った。












山から帰還した負け組を交えた夕飯は、いつもより騒がしい。
食堂のあちこちで貪るようにご飯を食べている連中に、
今までどんなものを食べていたのかと、呆れた目を向ける。

そんな中、一人で隅っこに座っているリョーマを発見した。
てっきり桃城と遠山のテーブルに一緒に座って、競うように食べているのかと思ったのに。

喧騒から逃れるようにして座るリョーマに、そっと近付く。
テーブルを覗き込むと、意外にもトレイに乗っている量は少ない。

らしくない姿だ。
手塚が自分の判断でドイツ留学を決めて、リョーマに何も言わず行ってしまったことがそんなに堪えているのか。

青学の連中から話はもう伝わっているのだろう。
合宿所に戻った直後よりも、覇気が無くなっている。

極端過ぎるだろうと胸の内で呟き、跡部はリョーマの正面に回り込んだ。

「よお。ここ、いいか?」
「……跡部さん?」

ぼんやりしていた所を声掛けられ、ゆっくりと顔を上げる。
意外そうな目をするリョーマに、構わず向かい合わせの形で椅子に座った。

「しかし、うるっせえな。この程度の食事ではしゃぎ過ぎだぜ」

ここに座ったのは他の席が騒がしいからだとアピールする。
空いてる席はまだいっぱいあると突っ込まれたらどうしようもないのだが、
「そーっすね」と投げやりな声が返って来る。

リョーマは箸で皿に乗ってる焼き魚の身をほぐしている。
しかし食べ進んでいる形跡は見られない。
ご飯も味噌汁もそのまま残っている。

眉を顰め、「どうした。食欲ねえのかよ」と尋ねてみた。

「そういうわけじゃないけど、なんか入らなくって。
急にまともなご飯が出て来たから、慣れないのかも」

カタン、と箸を置く。

「食わないのか?それじゃ明日からの試合を乗り切れねえぞ」
「……なんとかなるでしょ」

席を立とうとするリョーマに、「なるかよ。バーカ」と跡部は挑発した。

「そんな腑抜けた状態で勝ち抜けると思っているのか?ああ?
期待を掛けてたルーキーがここで退場することになったら、手塚もさぞがっかりするだろうな」
「部長は関係ない」

手塚の名前を出した途端、リョーマは引き掛けていた椅子に座り直す。
そしてこっちをじっと睨み付けて来る。

そうだ、その目だ。
心を切り込むようなその目に、惹かれた。
何にも屈しない魂や、常に上を見ている姿勢も好きだ。
そして手塚を想う憂いた表情も。

自分とは違う別の人のことで心がいっぱいなんだとわかっていても、こいつのことが好きなんだ。

本当にどうしようもねえなと皮肉に笑って、再びリョーマを挑発する。
小さくなってしまった心の炎を煽る為に。



「関係なくはないだろ。手塚にとっちゃお前は自慢の後輩なんだから」
「そんなことない」

否定するリョーマに、更に畳み掛ける。

「いや、手塚は言っていたぜ?
自分がチームから抜けても越前がその穴を埋めてくれるだろうってな」

ぴくっと動く手に、食い付いてきたなと心の中でほくそ笑む。
そうだ、乗って来い。
意気消沈してるなんて、お前らしくない。
俺が好きになった越前リョーマに戻れよと思いながら続ける。

「おかしいだろ。負け組が帰ったなんて端から信じていなかったんだぜ。
しかもお前が戻ることも確信していた。
そこまで手塚に言わせたてめえが腑抜けたままなのか。
20名の中に残れなかったら、どう言い訳するつもりだ。あーん?」
「部長、そんなこと言ってたんだ……」

黙って聞いていたリョーマは急にハッと気付いたように箸を持ち、
残していたご飯を食べ始める。
こうしてはいられないと思ったのだろう。
魚もものすごい勢いで口に運んでいる。

「おいおい。もっとゆっくり噛んで食べろよ。消化に悪いぜ?
腹痛で棄権することになったら、しゃれにならねえだろ」
「そ、そっか」

言われてゆっくり租借する姿は年相応に幼く見える。
自然とこちらも笑みが零れた。

手塚の名前を出したから素直になったというのは気に入らないが、
今は致し方ない。

俺一人ではこいつの心を動かすことが出来ない。
悔しいが、それは事実だ。

「そんなもんじゃ足りないだろう。野菜もちゃんと食えよ」
自分のトレイから煮物の小鉢を取り出し、リョーマの前に置いてやる。

「なんか、色々と……ありがと」
小さな声で、礼を言われる。
嬉しいけど、わざと「礼を言われるほどじゃねえよ」と突き放すように答える。
そうでないと、しまりない顔になってしまいそうで怖かった。
リョーマの前ではいつでも格好良くありたい。そう思っているから。

極力見ないようにして、自分も箸を持って食事を口に運ぶ。
普通なら和食を選んだりしない。
だけどもしかしてリョーマが食べたいと言って来たら、分けてやれることが出来るかもしれない。
そんな期待があった。
結果的に、和食を選んで正解だったようだ。


「ねえ」
「なんだ」
声を掛けられて、仕方なく顔を上げると、少し不思議そうな目をしたリョーマがこっちを見ていた。

「なんで跡部さんは……。わざわざ俺に部長の言葉を伝えてくれたんすか?
他校生の俺のことなんて、放っておいても良かったのに」

そう尋ねて来るリョーマに「ただのきまぐれだ」と答える。

「手塚が不在の今、楽しませてくれる奴もそういないからな。
だからお前が腑抜けたままだと困るんだよ。それだけだ」
「そう、なんだ」

納得したように頷くリョーマに、
手塚に負けず劣らず鈍感な奴、と肩を落とす。


本当の気持ちなんて言えるわけがない。

圧倒的不利な状況で、告白したらどうなるか結果は見えている。

だから。

あいつがドイツに行っている内に、絶対俺の方に気持ちを引っ張ってみせる。


片思いなら付け入る隙はあるはずだ。

絶対負けねえと、何も知らずに食事を続けているリョーマを見て、密かに誓う。

いつか好きだと告げられる日は必ず来る。


そう信じてる。





終わり


2011年03月06日(日) 呆れながらもついて行く 塚リョ

部長ほど見掛けとのギャップが激しい人っていないと思う。

付き合いの長い三年の先輩達なんかは割りとわかっているみたいだけど、
同学年の一年生の部員達なんかは未だに厳格な優等生という外面を信じ切っている。

間違っていないんだけどさ。
でもそれは部長の一部に過ぎない。

付き合ってみてからわかったんだけど、部長は俺に対して時々とんでもないことを要求してくる。
あの澄ました顔でこんなこと言うのかと、初めは随分驚かされた。
実は今も、慣れてない。

だって、本当に突拍子も無いことを言うから……。





「越前、これを付けてみろ」
「……何すか、それ」

目の前に差し出されたものに、顔が引き攣る。
まさか、自分で買ったのか。
やりかねないから怖い。

硬直したままの俺に、「見てわからないか」と部長は不思議そうに言った。

「えっと、カチューシャ?」
「なんだ、わかっているじゃないか」

溜息をつく部長に、脱力する。
カチューシャはカチューシャでも、猫耳がついているものだ。
何故部長がこれを持っているのか、。

「えっと、これ猫耳がついているんですけど」
「そうだな。猫耳カチューシャだ」
「……」

猫耳カチューシャなんて、部長の口から発するような単語じゃない。
少なくとも四月当初の俺ならそう思っていた。
けれどお互いを知っていく内に、イメージとは違う人だとわかって来た。

「その猫耳カチューシャがなんでここにあるんすか?
まさか買って来たとか!?」

誰もいないのをいいことに、少し強い口調で話す。
今、俺達が居るのは生徒会の執務室だ。
部室だといつ何時忘れ物をしたとかで、誰か来るかもしれない。
ここなら使用する日以外は誰も来ないし、鍵を持っているのは職員室にあるのを除けば部長だけ。
互いの家だと家族がいるから、二人きりになりたい時はここに来ることに決めている。
何をしているかなんて、きっと誰も知らない。


「俺がこんなものを買うわけ無いだろう」
何を言ってる?と呆れたよな顔をする部長に、頭を抱えたくなる。

「じゃあなんでここに、その、猫耳カチューシャがあるんすか」
「菊丸が持っていたのを没収したからだ」
「え?どういうこと?」

部長からの説明が始まる。
今朝、菊丸先輩が部室でカチューシャをバッグから取り出し、皆に見せていたらしい。
遅刻すれすれに来る俺は知らなかったんだけど、
菊丸先輩のお兄さんが何かのゲームの賞品で貰ってきたもので(そんなのが賞品って……)、
要らないからと部屋に放置してあったのを無断で学校に持って来たというわけだ。

「お前に付けたら似合うだろうと、菊丸が話していた。不二や乾も同意していたな」
「へ、へえー」
「だから没収してやった。感謝しろ」

なんでだよ。
皆のおもちゃにされずに済んだのは良かったけど、
結局付けることには変わりないじゃないか。
どおりで今日、皆が何か言いたそうにチラチラ見てくるわけだ。
菊丸先輩なんて、かなり挙動不審だったし。
でもこの話をすると部長が「グラウンド30周!」って言うのわかっていたから、黙っていたんだろうな。

「それでやっぱり付けなきゃいけないの?」

出来ればスルーしたい。
部長しか居ないとはいえ、猫耳なんてアイテムを装着するのはご免だ。

しかし部長は「付けてくれ」と、カチューシャを持っている手を突き出してくる。

「何で?えーっと、俺の方より部長の方が似合うと思うよ」
出鱈目言って、この場を逃れようとする。
だけど「そんなわけないだろ」と部長がずいっと距離を縮めて来た。

「お前の方が似合う。この俺の目に狂いはない」
「最初に似合うって思ったのは、菊丸先輩なんじゃないの?」
「とにかく、猫耳を付けた姿を見せてくれないか。
頼む、越前」
「…………」

この人って、本当にずるいと思う。

頼みごとなんて普段は絶対にしなくて、
そこまでやらなくてもって事まで一人でやってしまうのに。
こういう時だけお願いしてくるんだ。

期待を込めた目で見詰められて、動けなくなってしまう。
どうせならテニスの方で期待されたいものだ。
いつもこんなことばかり望まれても困る。

だけど。

「越前」

名前を呼ばれると、もう抵抗する意識が消えて行く。
こんなこと絶対にしたくないのに、この人に頼まれると断ることが出来ない。
恥かしいことばっかりなんだけど、好きだからこと叶えてしまうんだろうなと改めて思い知らされる。

だから俺は差し出された猫耳カチューシャを、そっと受け取った。

「……」

きっと顔、赤い。
熱くなる頬を止められないまま、カチューシャを付ける。

真正面から見られるのは抵抗があるから、
俯き加減で「これでいい?」と尋ねた。

「よく似合ってるぞ、越前」

満足そうな部長の声に(嬉しくない……)と思いつつ、
「もういいでしょ。外すから」と言う。

「いや、ちょっと待て。
その格好のまま、『にゃあ』と鳴いてみてくれないか」
「はあ!?」
「大丈夫だ。お前ならやれる」

大丈夫って何が。
そんなのやりたくない。

固まったままの俺に、
「頼む」と部長はまた懇願の言葉を口にする。

ああ、もう。
俺が部長のお願いに弱いって、絶対わかってて言っているよね!

それでもやっぱり断ることが出来ずに、
俺は小さな声で「にゃあ」と鳴いた。

「もう一度、少し大きな声で言ってくれないか」

まじまじと見詰められて、(勘弁して欲しい)と唇を噛んだ後、
もう一度「にゃあ」と鳴く。

「後一回、言ってくれ」
「にゃあ !」

もう、やけになっていた。
サービスで丸めた片手を胸の位置に持っていて。
ちょっと可愛くやってみせた。

すると部長は、「よく頑張ったな、越前」と、わけのわからない褒め言葉をくれた。
更にぎゅっと抱き締められる。

「猫耳も可愛いが」
部長は俺が付けているカチューシャを外して、ぽいっと机の上に放り投げる。
え、何?と思っていると、耳たぶをやんわりと噛まれる。

「お前の耳の方が、もっといい」


だったら最初から猫耳カチューシャなんて付けさせるなと思いつつも、
部長の嬉しそうな声にどうでもよくなって来てしまう。

そのまま俺は大人しく部長の腕の中に収まっていた。

終わり


2011年03月02日(水) ラプンツェルの憂鬱 塚←リョ前提の跡リョ

いつの間にか、すっかりこの部屋になじんでいた。

ほんの少しの気まぐれから始めたことなのに、両手の指じゃ数えられない位ここに来ている。

自分の部屋のベッドより寝心地の良いソファに横になって、ぼんやりしているこの瞬間が好きだ。
いつも綺麗に活けられている花の香りも気に入っている。

そんなことを口にしたら、
「俺よりもソファの方を気に入っているのかよ」とこの部屋の持ち主に文句を言われそうだから、
リョーマは黙って目を瞑っていた。

「そういえば、手塚が戻って来るんだってな」

反対側のソファに座って本を読んでいた跡部が、今思い出したかのように声を出す。

わざとらしい、と思った。

珍しく約束もしていないのに今日迎えに来たのは、このことが言いたかったのだろう。

冷めた目で、リョーマは跡部を見た。

「そうらしいね」
「らしいって、どういうことだ。本人から直接聞いたんだろ?
別に俺に遠慮することなんてねえよ」

最後の方はやや自虐気味な表情をしていた。

リョーマはそれを見ると無性に楽しいような、それでいて顔を張り倒してやりたくなる程苛立つ気持ちになる。
もっと酷いことを言って傷付けたい。だけど、憐れにも思える。
相反する気持ちが、心の中をぐるぐると渦巻く。
いつから、こんな風に考えるようになったんだろうか。

「遠慮なんてしてないけど」

事実を言っているだけだと、リョーマは淡々とした口調で告げる。

「大石先輩達が話していtのが聞こえて来たから知っただけ。
前にも言ったけど、部長から俺に連絡なんて無いよ」
「マジ、かよ」

少し驚いたように跡部が目を見開く。

「けど、いつ帰って来るか位は言うんじゃないのか。
だってお前ら……、付き合っているんだろ」

はあ、とリョーマは溜息をついてみせた。

何度否定してもわかってもらえない。
思い込みもいい加減にしろと、言いたくなる。

馬鹿馬鹿しいと思いつつも、
「違うって言ったじゃん。俺達、付き合ってなんかないよ」と何回目になるかわからない言葉を告げる。

たしかに、手塚とはキスした。
それから手塚の体に触れて、自分も触れられて、苦しかったけど気持ち良いこともした。
一度や二度じゃなく、何度も。
だけどそれが付き合っているかと聞かれたら、違うなと思う。
世間一般の恋人のような関係じゃない。
誘ったら、手塚が乗って来て、それが続いているだけ。
そこには甘い言葉も約束も何も無い。
跡部とも同じことをした。でも恋人じゃない。
何故わからないんだろうと、呆れた目を向ける。

言ったことがやっと本当だと認識したのか、
跡部は一瞬目を丸くした後、「何だよ、それ」と低い声を出した。

「じゃあ、手塚に俺達がやっていることをばらしても何の問題は無いよな?」
「言いたければ、どうぞご勝手に」

勝手にしろ、と思いながらリョーマはそう答えた。

「言ったところでさ、あの人は気にもしないんじゃないの?
ダメージ与えられるとも思えないし、意味なんてないよ」
「別に手塚にダメージ与えたくて、お前を誘ったわけじゃない」

跡部にしては珍しく酷く真面目な顔だった。
そういえば最初に声掛けて来た時もこんな顔してたような、気がした。
あの時はなんだか毎日が憂鬱で仕方なかった。
今は暇潰しが出来る分、マシという程度だが。

「へえ、そうなんだ」
「何だよ、その言い方」
「いや、だって他に理由が思いつかなかったから。
あんただったら、いくらでもその辺の女の子を捕まえて適当に処理すること出来るでしょ。
なんで俺に声を掛けて来たかって考えると、やっぱり部長絡みかなって思うじゃん」

リョーマの言葉に、跡部はますます不機嫌になっていく。

「そんなんじゃねえよ。
手塚とお前がデキてるのは知ってたけど、奪って優位に立ってやろうとかそんなこと考えたのは、一度だって無い」
「へえ」

少し体勢をずらして、リョーマは跡部から視線を外した。

高い天井が目に入る。
いつも跡部に組み敷かれて、その肩越しに見て来た模様がぼやけて映る。
その時も、前からも跡部のことなんて考えてなかった。
気を紛らわせてくれるなら、誰でも良かったのだ。
たまたま跡部がタイミング良く声を掛けて来ただけで、他に何も無い。

「聞いてるのかよ」
「何が?」

どうでも良さそうに答えると、とうとうソファから降りて来て、跡部はこちらに近付いて来る。
肩を掴まれ、強制的に跡部の方へと向かされた。

「手塚とか関係ない。俺はお前だから声を掛けた。それだけだ」
「ふうん」
「だからお前も俺を選べ」
「は?何それ?」

間抜けな言葉だと、リョーマは笑った。

「選ぶも何も、俺は最初から誰のものでもないし、あんたのことも考えてなんかない。
暇だったから誘いに乗っただけ。
わかってなかったの?」

すると跡部は悲しげな目をした。
傷付いたのかな?と、どこかわくわくした気持ちで顔を覗きこむと、
「もう、気付かない振りするのは止めろ」と言われる。

「振りって、何の」
「自分でわかっていないのか。
でも外側から見ると、よくわかるんだよ。
手塚とのことで傷付いて、疲れているんだろ。
奴がお前の期待に応えてくれないからか、はっきりしないからか。
本当は好きだって、言われるのを待ってるんだろ?」
「そんなことない!」

思わず大声で否定してしまう。
しまった、とリョーマは唇を噛んだ。

こんなこと軽く流して答えられるはずだった。
「何言ってんの?」と平気な顔をして。

だけど指摘されたことにかなり動揺させられているのは、自分でもわかった。

やっぱりな、という顔をしている跡部に、腹が立つ。

「俺、帰るから」

立ち上がってドアへ向かおうとしたリョーマに、
「逃げるな」と跡部が腕を掴んで引き止める。

「もう、いいんじゃないか。
結果がどっちに転ぶかわからなくても、自分の気持ちを伝えるべきだろ。
ただあいつからの言葉を待っているなんて、お前らしくもない。
これ以上駄目になる前に、ちゃんと話しをしとけよ」
「……」

睨み付けても、跡部は手を放してはくれない。
むしろ痛い位力を込めて来る。

「苦しいのは、手塚の所為だけじゃない。
お前が何も言わないからだろ。
一言口に出せば、その苦しさからも解放される。
本当はわかってるんだろ」

優しいとも言える跡部の言葉に、
「あんたの言う通りかもしれない」とリョーマは静かに答えた。

「でもそんなの俺の勝手でしょ。どうなろうが、あんたには関係ない」
「越前」
「部長にばらしたければ、そうしたら?別に構わないよ。
話したところで何も変わらないと思うけど。
あんたこそ……、もう俺のこと見限った方がいいと思う」

言い終わるより前に、抱き締められていた。

そんなこと出来ないと、囁く跡部の声に、困ったように視線を彷徨わす。

跡部と自分は似ているんだと思う。
手に入らない人の側に居て、苦しむことになってもそれでも構わないと現状を受け入れて、
不満から目を逸らし続けている。
そんならしくない行動を取る所とかがそっくりだ。

どこにも行こうとしないで膝を抱えているだけの、自分を見ているようで。

だから跡部を見ると、腹が立ったり傷付けたくなるのかもしれない。


ここい留まるべきか。それとまた手塚との曖昧な関係を続けるべきなのか。

いつの間にか、自分の立ち位置を見失っていた。
考えて、いっぱい考えたらその内答えが出て来るのだろうか。


同じようにどこにも行けないまま、縋るように抱き付いている跡部の背中に手を回し、
「どうしたら、いいんだろうね」
自分自身に問い掛けるように呟いた。

終わり


チフネ