チフネの日記
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2011年02月28日(月) 彼のこととか 不二リョ 2011年 不二誕生日話

どんなに離れていても、彼のことはすぐに思い出せる。
大きな目や小さな手に柔らかな髪、少し高い体温も。

大丈夫。
今は違う場所に居ても、彼との思い出があれば生きていける。
見送った時にそう思った。
今だって、信じてる。




彼、越前リョーマと初めて会ったのは、青学のコートだった。
同じ位の背丈の一年生が居たけれど、彼だけが特別に見えた。
それは桃と打ち合った一年生の話を聞いていた所為かもしれない。
一人だけしっかり前を見据えたその態度に、あの子がそうじゃないかって見当つけていたけど、
今考えるとそれは一目惚れの兆候だったのかもしれない。

話したら笑われそうだから黙っているけど、
出会ってからずっと好きなままなんだと思うんだ。

それから彼は軽く籠にボールを入れたり、荒井と揉めてボロラケットでコートに立ったりと何かと注目を集めていたけど、ついにレギュラー入りを果たした。
つまりそれは同じくレギュラーになった僕との接点が増えるということを意味していて。
当たり前だけど彼が視界に入る時間も増えていく。

色んなことを知っていく度に、僕は彼に惹かれた。
物怖じしない態度や、どれだけピンチになっても絶対に諦めない所や、常に上を目指している考え方とか。
可愛い顔も好みだったけど、彼の内面の方がもっともっと好きになっていた。

それでも告白しようとは思っていなかった。
二つ年下の、しかも同性に「好きだよ」なんて言ったら、どうなるか。
ただの先輩・後輩というポジションさえも失う位なら、言わない方がマシだと考えていた。


だけどある日、偶然にも部室で彼と二人きりになった。

そして珍しくも、彼の方から僕に話し掛けて来たんだ。

「不二先輩って、俺のこと好きなんでしょ?」

彼の言葉に、僕は硬直してしまう。
前振りもなく、隕石を落とされた気分だ。
どうしてばれたんだろう。
どんな顔したらいいんだ。
いっそのこと逃げてしまおうか。
色んな思いが頭の中を駆け巡って行く。


部活前だというのにうっすらと汗を掻く僕に、
「違った?」と彼が顔を覗きこんで来る。

そこで否定すれば話は終わっていただろう。
だけど僕は正直に「違わないよ」と答えてしまう。

言ってからしまった、とまた汗を掻く。
折角冗談に出来るチャンスだったのに、何をやっているんだ。
心の中で頭を抱える。


しかし彼は僕の返事を聞いて、
「良かった」と何故か嬉しそうに笑った。

「良かったって、何が?」
「だって俺も不二先輩のことが好きだから。両想いで良かった、でしょ」
「え、両想い?」
「うん」
「君も僕のことが好き、なの?」
「うん」
「それって、両想いってことだよね」
「さっきからそう言ってるけど。話聞いてた?」

呆れた顔をする彼に、からかわれているわけではなさそうだと理解して、
僕は思わず目の前の小さな体を抱き締めた。

いきなりの行動に自分でもびっくりしたけど、
彼は抵抗することなく大人しく腕の中にいてくれた。

誰か他の部員が入って来たらどうしようかと気にしながらも、
時間ぎりぎりまで僕らはそのままの体勢でくっ付いていた。


それからお付き合いがスタートしたのだけど、
一緒に居られる時間はそう長くないことを彼の口から知らされた。

「え……。じゃあ、大会が終わったら向こうにまた行っちゃうの?」
「そうっす。最初から決まっていたことなんで」

夏が終わる前に、彼は再びアメリカに行ってしまう。
淡々とした言い方に、一瞬僕のことなんてすぐ忘れてしまうように感じた。
けれどそれは僕の一方的な思い込みで、彼は彼なりに色々考えていたのだ。

「遠距離になるけど、いいっすか?」

小声で尋ねた彼の目の中に、試合でも見られないような必死ともいえる色があって、
それだけでわかった。
自分が知っている以上に、彼に好かれているということ。

「いいよ」

頷くと、嬉しそうに笑う。

そんな姿をいつまでも見ていたいと願ったけれど、
大会が終わり、言葉通りに彼は飛行機に乗ってアメリカへと旅立っていった。


現在、僕らは離れ離れで暮らしている。
U−17の選抜で再会はしたけれど、終わってしまえばまた元の生活に戻ってしまった。

側に居られるようになるには、まだまだ時間が掛かるだろう。

もう少し大人になるまで、思い通りに会うことも出来ない恋だけど。


(大丈夫)


いつも彼のことを考えている。
忘れたことなんかない。忘れられるはずがない。

何万キロも離れた場所から送られて来たプレゼントの包みにそっと触れて、彼のことを思う。

今年は誕生日が無いから、プレゼントも無しだよ、なんて言っていたくせに。

こうしてわざわざ送って来てくれた、その気持ちが嬉しくて自然と笑みが零れる。

時差があるからすぐに電話することも出来ないけど、ちょうど良い時間になったらお礼をちゃんと言おう。

だけど春休みにそっちに行く予定にしていることは、まだ秘密で。

いつも驚かされてばかりだから、たまにはこちらがびっくりさせてもいいだろう。

その時の彼の表情を想像しながら、僕は幸せな気持ちに浸っていた。


終わり


2011年02月04日(金) ファンタよりも好き  不二リョ ※注意:SQ3月号ネタバレ有りです

こっちを見ている不二の表情は、いつもの優しい笑顔と違って強張って見えた。

ひょっとして、怒ってる?

心当たりがある為、リョーマは黙って目を逸らした。
本当は一番最初に、話し掛けたかった。
ただいまって、言いたかった。
だけどとても軽々しく声を掛けられない雰囲気に、ぼろぼろになった帽子のツバをぎゅっと下げる。





負け組みが戻って来て、一時合宿所は混乱した。

まず一番の問題が出戻って来た選手に、部屋の用意も何も出来ないということ。

明日までにはなんとかするからと言ったのは、負け組を三船コーチの元へ送り込んだ齋藤コーチだ。
とりあえず今日は、ここにいる人達の部屋の隅でも使わせてもらってと提案を述べる。
寝袋なら各自持っているから問題ないでしょうと笑う齋藤に、
てめえの部屋を明け渡せよ、と負け組みメンバー達はそう思った。

早速皆がチームメイトの所に皆が散らばって行く中、
リョーマはどうしようと立ち尽くしていた。
いつもなら桃城の元へと向かうのだが、彼も同じ出戻り組だ。
その桃城は不動峰の神尾に頼み込んでいる。
伊武がどちらを選ぶのかとぼやいているが、橘が引っ張って行って問題は片付いたようだ。

全員、それぞれ頼む相手がいるようだ。
不二と気まずくなってしまった今、リョーマに心当たりは他にいない。


野宿しようかなと外に歩き出す。
山の中での生活で、別に部屋じゃなくても眠れることがわかった。
死にはしないだろう。

まず自販機でファンタを買って落ち着こうと考える。
山の中ではファンタを買えず(そもそも自販機がない)、ひもじい思いをした。

ファンタ、ファンタと頭の中で単語を繰り返し、小走りで自販機を探す。

(あった)

すんなりと見付かって、急いで駆け寄る。

ポケットから小銭入れを取り出す。
こっちに戻る時、荷物は返してもらった。
お金があって良かった。そうでなければ、ファンタも買えない。
もし無一文で自販機の前に立っていたら、全力でボールをぶつけてファンタを中から出そうとしてたかもしれない。
その位、ファンタに飢えてた。

2本買ってもいいかな、と小銭を出そうとした瞬間、
後ろからにゅっと突き出た手がお金を自販機に入れる。

驚いて振り返ると、そこには不二が立っていた。

「いつからそこにたんすか!?」

思わず大きな声を上げると、「ついさっきからだよ」と呆れ顔で言われる。

「外に出て行くからどうしたのかと思って後をつけたんだよ。
越前は全然気付いていなかったみたいだけど。
そうしたら自販機に向かって行くから、ファンタを買うんだなってすぐわかった。
相変わらずファンタのことばかり考えているの?」
「だって、美味しいし……」

不二の剣幕に、リョーマはごにょごにょと口の中で言い訳をした。

すると頭の上で盛大に溜息をつかれる。

「越前は僕よりファンタを飲む方を優先させるんだね」
「いや、だってそれは」

話しかけ辛い雰囲気だったじゃんか、と言いたいのをぐっと堪える。
久し振りに会えたのにケンカするつもりはない。
それに不二に悪いことしたって、自分にも自覚はある。

「……ファンタグレープでいい?」
「えっ」
不二は自販機を指差す。

「お金入れたから、好きなの買っていいよ」
「奢ってくれるんすか?」
嬉しいけど、裏がありそうでなんか怖い。

ちらっと不二の様子を確認すると、「その代わりちゃんと話をしよう」と言われた。

結局グレープ味に決めてボタンを押すと、不二は続けてお金を入れた。
ホットコーヒーを購入し、「こっち」と壁へと移動する。
隣同士に並んで壁に寄り掛かった。

プシュッと音を立てて、ファンタを仰ぐ。チビチビと炭酸とグレープの味を堪能する。
ファンタが飲めるのは嬉しいけど、それより隣にいる不二の方がずっと気になる。

「あのさ……」

沈黙に耐えられない。
さっさと言ってしまおうと、リョーマは口を開いた。

「ごめん、勝手な行動して」

ぴく、と不二の肩が揺れた。
コーヒーの缶は開けないままで、手の平で握っている。
少し赤い手に、寒いのかななんて呑気に思った。

「結果的に棄権って形になったのは、完全に俺のミスだよ。
先輩になんの一言も無く、黙って行ったのは悪いって……思ってる」
「本当に?」

不二がこちらに顔を向ける。
リョーマは大きく頷いた。

「心配、掛けたよね?」
「当たり前じゃないか」

探したんだよ、と不二はぐっと缶を凹む位に握り締める。

「コーチにも行き先を尋ねて、皆で向こうにいるて聞いた時は脱力した。
全く、どうしていつも勝手な行動を取るの?
その度に僕がどんな思いをしているか……、きっと君にはわからないんだろうね」

これは相当心配掛けてしまったようだ。
突然消えたのだから、当たり前なのかもしれない。

「ごめんなさい」

謝罪の言葉を口にすると、「本当にそう思ってる?」と言われる。

「思ってる」
本心が伝わるように、ちゃんと言葉で伝える。
「俺だって、不二先輩に心配を掛けたいわけじゃない。
一緒にいたいって思っているし……」

無意識に不二のジャージの裾をぎゅっと空いてる手で掴むと、
ようやく笑顔を向けてくれる。

やっぱり不二は笑っている顔がいい。

今回それを曇らせたのは自分の行動の所為だから、反省するべきだろう。
これからはもっとよく考えようと、心に留める。

「君がそう言ってくれるなら、今回の件はもういいよ……」

僕も大概甘いよなあ、と不二は苦笑する。

「じゃあそれを飲んだら、僕の部屋に行こうか」

ね、と言う不二に「いいんすか?」とリョーマは聞き返した。

「いいに決まっているでしょ。
それとも本当に野宿するつもりだった?」
「罰として入れてもらえないかと思った」
「バカだね。僕がそんなことするはずないよ」

ペシッと、おでこを軽く叩かれる。

「それに向こうでの生活がどんな風だったか聞きたいし、アメリカでのこととかもね。
君といっぱい話がしたい」
「俺も、先輩の話を聞きたいっす」

離れていた分を沢山埋めたい。
多分、不二と同じ気持ちだ。

「そう。じゃあ、行こうか」

ほら、と手を差し伸べる不二に、リョーマも左手を伸ばす。
缶を握っていた部分は暖かいが、それ以外は冷たい。
暖めるように握り締めると、不二は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐ同じように握り返してくる。

今日からはまた一緒だ。
嬉しいと、思う。
この気持ちを大事にしたい。

部屋へと歩く途中、「寝袋は必要ないよね?」と言うと、
「当然」と笑って言われる。

久し振りのベッドだが、きっとゆっくり眠ることは無いだろう。

でもそれも悪くないと、不二の足取りに合わせて足を進める。


「そうだ、まだ言っていなかったけど」
「何?」
「ただいま、不二先輩」

帰る場所はここにある。

おかえり、と響く優しい声は、ファンタよりもずっと好きなのは何か気付いた。

終わり


2011年02月03日(木) 幸せの味 不二リョ

‘もし越前の都合が良ければなんだけど。
明日、一緒にお昼ご飯食べない?’

不二にそう言われた瞬間、リョーマは思わず顔を赤くした。

まるで恋人同士みたいな誘いだ。
でも実際そうなのだから、そんな会話があってもおかしくないのかもしれない。

黙ったままのリョーマに、「どうかな?」と不二が顔を覗き込んで来る。

頷くのが、精一杯だった。

それでも不二はわかってくれたようで、
「じゃあ明日、越前の教室まで迎えに行くよ」と言った。


それが昨日の帰り道での会話だ。

たまに菊丸に「ラブラブだにゃー」とからかわれる位、不二とのお付き合いは順調だ。

幸せ過ぎて怖い位。
そんな気持ちとは縁が無いと思っていた。
だけど今の状況は、他に当て嵌まる言葉が見付からない。

不二のことが、好きだ。

はっきりと自覚している。

もう手放すことなんて出来ない位、リョーマは不二に夢中になっていた。

恥かしいから、思っていることの10分の1も口には出さないけれど。






「越前」

出入り口から聞こえた不二の声に、リョーマはお弁当を持って立ち上がった。
待ちに待ったお昼休みの時間だ。

一年生(特に女子)の間でも、不二は有名だ。
クラスメイトの視線の中、リョーマは小走りに彼の元へと向かう。
これ以上不二の笑顔を関係ない奴に見せたくない。
そんな思いから一刻も早く、ここから離れようと急ぐ。

「どこで食べる?」
扉を閉めて不二の顔を見上げると、「ついて来て」と言われる。
どこに行くか、もう決めていたらしい。

「いい所があるんだ。案内するよ」
「へえ、楽しみ」

言いながらも、不二と一緒ならどこでも良いと思った。

側に居られるだけで幸せなのだから。
睡眠以外でも温かな気持ちになるということを、初めて知った。

恋人がいる人々は、皆こんな風なのかなと少し先を歩く不二の背中を見てそんな風に思う。



「ここだよ」

到着した場所は、使っていない予備教室だった。
だけど床や机は綺麗に掃除して、最近使った形跡があった。

「時々、英二とここに遊びに来るんだ。
自習の時とかね」
「へえ」

内緒だよ、と人差し指を口の前に立てる不二に、リョーマは頷いた。

「あ。今日、菊丸先輩は?一緒じゃないんすか?」

いつもは二人で食べていると聞いている。
だったら後から来るのかな?と思ったリョーマに、
「うん、越前と二人きりでお昼ご飯食べたいから、今日は譲ってって頼んだ」と不二は言った。

「え?二人きり?」
「うん。嫌、かな?」
「そうじゃないけど……。菊丸先輩に悪いかなって」

気を使ってくれたとしたら、少し申し訳無いという気持ちになる。

しかし不二は「大丈夫」と笑った。

「数学のノートで手を打つって言っていたから。
それに今日は大石と昼休みに特訓するんだって」
「そうっすか」
「それより座って。お弁当食べようよ」
「っす」

一つの机に二つ向かい合わせになっている椅子に腰掛ける。
お弁当の包みを置いて箸を取り出す。

ふと、不二の弁当に視線を向けると、結構大きいことに気付く。

痩せているけど、食べる量は多いのかなと呑気に考えていると、
「ねえ、越前」と不二が意を決したように口を開く。

「食べ物の好き嫌いってあるかな?」
「あるっすよ。乾先輩の汁とか」
「そういう特殊なものは置いといて、一般的なもので」
「うーん。牛乳以外には特に別に」
「本当?」
「っす」

何が言いたいんだろうとじっと不二を見ると、
「だったら」と、弁当の蓋を開けてこちらへ向けられる。

「ちょっと食べてみない?越前の為に作ったんだけど」
「不二先輩が!?」
「うん」

驚きつつ、中身を確認する。

卵焼きに唐揚げ、アスパラベーコンにポテトサラダ、おにぎりとデザートにりんごとごくごく普通のメニューだった。

「そんなに難しいものは作れないから、ありきたりのものなんだけど。
良かったら、どうぞ」
「……」

よく見ると、不二の手に小さな火傷のような跡がある。
油が跳ねた時に出来たものだろうか。
そんなものを見て、「いらない」なんて言えるわけがない。
それに恋人が自分の為に作ってくれたのだ。
元より断るつもりは無い。

(例え、どんな味付けだとしても……)

覚悟を決めて、リョーマは「いただきます」と箸を取った。


不二の味覚はかなり変だということを知っている。
好物がわさび寿司で、乾の汁だって美味しそうに飲む。
だからどんな味でも驚いたりしないと、自分に言い聞かせて唐揚げを口に放り込む。

「……!」
「どう、かな?」

じっと見詰める不二に、リョーマはよく噛んでから飲み込む。

そして「美味しいっす」と感想を述べた。

お世辞ではない。
辛くもなく、変な味付けも無く美味しい。

どういうこと?と思いつつ、他のメニューにも手を伸ばす。

卵焼きも程好い甘さ。アスパラベーコンやポテトサラダもこれといっておかしなこともない。
おにぎりの中身も梅と鮭で、気をてらったものは入っていない。

普通だ、と首を傾げつつ、食べ進めて行く。

「先輩も食べたら?美味しいのに」
「本当に美味しい?」
「うん。嘘じゃないっすよ」
「良かったあ」

ほっとしたように、不二が胸を撫で下ろす。

「そう言ってもらえるかどうか、ずっとドキドキしていたんだ。
姉さんに何度も味見してもらったから、大丈夫だとは思ったけど」
「お姉さんに?」
「うん。最初はこんなに辛くするな!とか、いっぱい怒られちゃった」

不二の姉の味覚はまともだったらしい。
なる程。だから不二にしては普通のおかずが出て来たのか、と納得する。


「けど、なんで不二先輩の手料理?朝練もあるから、作るの大変だったんじゃないの?」

嬉しいけど、手間や準備は相当時間掛かったはずだ。
わざわざ平日にそんなことするなんてどうしてだろう。
不二をじっと見詰めると、照れたような笑顔を浮かべる。

「うーん。折角初めて一緒にお昼ご飯を取るんだから、何か驚かせるようなことがしたくって。
あ、迷惑だった?」
「そんなわけない。嬉しいに決まってる」
「そう、良かった。その言葉が聞きたかったんだ」

にこ、と笑う不二を見て、じんわりと幸せな気持ちが体を満たしていくのを感じる。

また好きになってしまったと、赤くなった頬を隠すように俯く。

好きという気持ちに底は無い。

それも不二に教えられたことの一つだ。



「本当に先輩の料理、美味しいっすよ。
……ありがとう」
「どういたしまして」
「毎日、食べたくなるくらい美味しいっす」
「なんか、それってプロポーズみたいな言葉だね」
「……何言っているんすか」

冗談、と笑う不二に、リョーマも一緒になって笑った。


でも、いつか冗談じゃなくなるかもしれない。

その時までに、自分も料理の腕を磨こう。
勿論、不二を驚かせる為に、練習はこっそりと。

そんな計画をこっそり胸に秘めつつ、
不二が作ってくれた料理を口に運ぶ。

やっぱり美味しいね、と言うと、また不二が笑顔を見せる。

幸せの味って、こういうものかもしれない、とリョーマはそう思った。



終わり


2011年02月01日(火) いつかこの思いは届くから  不二←リョ

いつも笑顔を絶やさない、そんな不二も好きだけれどもう一ついいなと思う表情がある。

「この前も言ったはずだけど」

それは困った時に見せる顔。

‘あの’不二が困っている。
そうさせているのは自分だと考えると、不謹慎ながらわくわくしてしまう。
これって好きな子を苛めたい心理と同じ?と不二の顔を眺めていると、
「聞いてるの?」と大きな声で言われる。

「えっ、あ、はい」

実は不二の顔に見惚れて何も聞いていなかったのだが、そんなこと言えるはずがない。
誤魔化してみたものの、バレバレだったようだ。
「もう、いいよ……」と不二は疲れた声を出す。

「君と付き合う気持ちは無いって、そこの所だけ理解してくれればいいから」
「……」
「返事は?」
「理解出来ないことに、ハイなんて言えるわけないよ。
だって俺、不二先輩のこと好きだから」
「それ、100回位聞いた。それで僕はちゃんと返事したよね。君とは付き合えないって」
「明日になったら意見が変わるかもしれないから、待っているっす」
「変わらないから」

どうしたらわかってくれるんだ、と肩を落として、不二は部室へと行こうとする。
その後に続こうとしたら、「君は片付けが残っているでしょ」と振り返りもしないで言われる。

「サボりは感心しないよ。そういう子は好きじゃないな」
「戻ります」
「うん、頑張って」

ひらっと前を向いたまま片手を振る不二に「お疲れ様でした」と声を掛ける。

それに対しての返事は無かったけれど、
今日はこれ以上アプローチしても無駄だとわかったから黙ってコートに向かうことにした。

(今日も振られた)

事態を重く受け止めることなく、明日はいつ告白しようかと考える。
今日は放課後の練習の解散後だったから、意表をついて朝練前にしてみるか。
まだ頭が働いていない隙を狙って言えば、OKをもらえるかもしれない。
しかしその為には、自分も遅刻しないよう登校する必要がある。

出来るんだろうかとあこれ作戦を練りながらボールを片付けていると、
「まだ諦める気はないのかい?」と声を掛けられる。

振り返ると乾がボールを片手に立っていた。

「コートの外に落ちていたから拾っておいたよ」
「どうも」

ポン、とボールを籠に戻してくれた乾に礼を言うと、
「それでさっきの回答は?」ともう一度問い掛けられる。

「いや、諦めないって決めているし」
「ずっと連敗しているのに?不二はきっと変わらないよ」
「そこを俺の魅力でどうにか」
「越前は不二の好みのタイプには当て嵌まらないとデータに出てる。
それでもチャレンジするつもりかい?」
「勿論っす。それにそんなデータ、いつまでも同じってわけじゃないでしょ?」
「言うねえ」

どうしてそこまで?と、首を傾げる乾を、リョーマはふっと鼻で笑った。

「好きになったもんはしょうがないじゃん。
だから不二先輩にも俺のことを好きになってもらう。
それに望みがゼロってわけじゃないだろうし」
「その根拠は?」
「俺の勘」

即答するリョーマの肩を、乾は軽く叩いた。

「まあ、頑張って」

何その言い方と思ったが、面倒なので言い返すのは止めておいた。

相手が不二ならともかく、他の人と会話しても嬉しくもなんともない。
籠を両手に持って、さっさと倉庫へと戻すことにする。



いつからかなんてわからない。
気付いた目が不二を追ってて、それが好きだって気持ちだと知った。
自覚したと同時に、リョーマは不二に告白した。

皆がまだ部活で着替えている最中だったから、不二を含め、そこに居た全員を驚かすことに成功した。

皆がどよめく中、リョーマは動じることなく不二の目をじっと見詰めた。

それで我に返った不二は言葉を詰まらせた後、
困った顔をして「ごめんね」と言ったのだ。

「君の事はただの後輩としか思えないよ」

その答えにリョーマは落ち込むことなく、
「じゃあ、これから後輩以上に思ってもらえるよう頑張るっす!」と答えた。

不二が絶句したのは、言うまでもない。



宣言通り、それ以降も度々告白しては振られた。
他の先輩達から望みがないから止めとけと忠告を受けることもあったが、
どうして諦めなければいけないのかと、反論した。
折角好きになったのに、簡単に無かったことには出来ない。

それに。

(望みがないわけじゃないし)

軽い足取りで、倉庫から出る。

今日がダメでも、明日がある。明日がダメなら、またその次の日。
それでもダメなら一週間、一ヶ月、一年掛けても落としてみせる。
両想いになれる確率は、きっとゼロじゃない。
そう確信しているから、リョーマは決して悲観することは無かった。












「これ、返却お願い」

翌日。図書館のカウンターの椅子に座っていたリョーマに、不二が本を差し出した。

「今日、当番だったんだ」
「っす」
頷くと、「頑張ってね」と言って去ろうとする。
思わずシャツをぎゅっと掴んで引き止めた。

「越前?」
「あの、不二先輩」

好きです、と今朝出来なかった告白をしようとした。
目覚ましを掛けたはずなのにいつの間にか止まっていた為、早朝告白の計画は台無しになった。
だから今言おうと思ったのだが、焦った顔した不二に口を手で塞がれてしまう。
そして耳元で「ここは図書室だよ」と、言われる。

「妙な真似はしない。他の人に迷惑でしょ」
不二の口調が少しきついものだった為、本気なんだとわかった。
頷くと同時に、解放された。

「じゃあ、当番の仕事頑張って」

本棚の間へと消えて行く不二を見て、リョーマは返却された本の束を持って立ち上がった。
さっきまでは面倒だからと放置していたのだが、今は状況が違っている。
不二に近付けるチャンスに変わった。

これも仕事の内、と本を棚に戻す振りをしつつ不二を探す。

「……越前。ちょっと露骨過ぎるよ」

本を手に取っている不二を見付けると、苦笑交じりで言われる。

「カウンターはどうしたの?無人だと、今入って来た人が困るでしょ」
「誰か来たらすぐに戻るっす」
「そうじゃなくって、さ」

頭を軽く掻いてから、不二はリョーマの顔を正面からじっと見た。

「そんなに僕と一緒にいたいの?」
「当たり前じゃないっすか。今更」
「でも僕は君の事はただの後輩としか思えない」
「今はね」
「すごい自信。僕のどこがいいの?何も知らないくせに」

突き放すような言い方だった。
それに傷付くことなく、「全部」とリョーマは胸を張って答えた。

「知らない部分もいっぱいあると思う。
けど知ったからって嫌いになったり、失望したりしない。
好きってそういうものでしょ?」
「……」

不二が一瞬動揺するのがわかった。
けれどそれについて触れることなく、リョーマは何て言われるのか、それだけを待った。

「そう。君の気持ちはよくわかった」

不二はリョーマの前に本を差し出した。

「けど、僕の気持ちは変わらないよ」
「だったら変えてみせる」

ニッ、と挑発的に笑って本を受け取る。

「覚悟しといて」
「……あんまりしたくないんだけど」

リョーマの好きな困った顔をして、「貸し出しの手続きして」と歩き始める不二の後ろを追い掛ける。


(わかっているから、いいんだけどね……)


本当に振るつもりなら、自分が当番の時に図書室に寄ったりしないし、
望みを絶ちたいのなら「君なんて好きじゃない」とハッキリ言うだろう。
不二は優しいけれど、そういうところはきっぱり線を引く。そんな性格をしている。
いつだったか同学年の女子が不二に告白している場面に遭遇したのだが、
「君とは付き合えない。多分、好きになることはないから」と結構酷いこと言ってお断りしていた。
リョーマの告白に対してそんなことを言ったのは、一度も無い。

ただの自惚れじゃない。
だけど、わかるのだ。

不二はどこかで自分に諦めて欲しくないと思っている。

困った風を装いつつ、心の奥底で喜んでいるのが伝わってくるのだ。

(だから平気。問題は……、いつ先輩の本音を引き出してやるかってことだけか)

その時が来たら「知ってた」と満面の笑みで答えよう。

驚いた不二の顔も可愛いんだろうなと、リョーマは思った。





















(参ったなあ)

後ろからついて来るリョーマの気配を感じながら、不二は小さく溜息をついた。

二つ年下の後輩に告白されて、振って、また告白されて、振って、を繰り返したが、
一向に諦める気配がない。
どうせ彼も他の人と同じで上辺だけで好きだなんて言っているのかと思ったが、どうやら本気らしいと気付いた。

まだ子供のくせにドキドキするようなことを言って、心をかき乱す。
このまま迫られ続けると、自分のペースを保つのは難しいかもしれない。

(普段は気まぐれな猫みたいに振舞ってるくせして)

ちらっとリョーマの方を振り返る。

じっと無心で見上げる純粋なその目に、引き込まれそうになる。


(僕にだけは子犬みたいな顔を向ける。そういうのって、……ずるいよ)

もしかしてとっくに彼に落ちているのかもしれない。
だけど何だか悔しいから、しばらくは言ってあげない。

でも心の準備が出来たら、その時は―――。


こっちの本心を伝えたら、きっと子犬のようにはしゃぐんだろうな。

その時のリョーマを想像して、不二はそっと笑った。



終わり


チフネ