チフネの日記
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2011年01月31日(月) |
隠すことすら出来ない 跡リョ ※注意:SQ3月号ネタバレ有りです |
そんなに傷だらけのくせして、何笑っていやがる。
しかも2番コートの連中を、負かしただって?
相変わらずこっちの予想の上をいく奴だな。 全く、どうなっているんだ。
こっちは必死こいて3番コートに昇格したばかりだっていうのによ。
さっさとトップを取って、そこから「遅かったな」と言ってやるつもりだった。 なのにそれを先にやってのけるなんて。
少しは自重しろと不敵に宣誓しているリョーマに、跡部は溜息をついた。
しかし不思議と嫌な気持ちにならなかった。 むしろ嬉しいような、これから起こることにわくわくするような、そんな気分にさせられる。
お前って奴は、最高だ。
俺様の次に、だけどな。
「痛い、痛いってば!放せよ!」
文句を言うリョーマを引っ張って、自室へと向かう。
あの後、負け組みと勝ち組との間でひと悶着あったのだが、 そんなことに構うことなくリョーマに近付いて、その腕をがっしりと掴んだ。
とにかくさっさと二人きりになりたい。 今起きている問題よりも、リョーマの方がはるかに重要だ。 ぽかんとしている周囲を置いて、足を進める。
最初リョーマは驚いて声も出さなかったが、すぐに我に返って抗議を口にする。
知ったことか。 折角こっちに帰って来たくせに、試合放棄して離れ離れになるような真似をしたリョーマが悪い。 もう限界だった。 これ以上離れていたら、どうにかなりそうだ。
「皆見てあのに、何なの!? それにコートに戻らないとまずいんじゃない? 試合することになったらどうすんの!」
部屋に放り込んでもまだ抗おうとするリョーマに舌打ちする。
試合なんて、今日はもう無いはずだ。 お前らが滅茶苦茶やってくれたおかげで、それ所じゃないってわからないのか。
しかしそれは口にせず、 「てめえ、それより俺に何か言うことないのかよ」と、尋ねた。
「え、何かあったっけ」
きょとんとするリョーマに、「ふざけんな」と文句をぶつける。
「何で試合を放棄した!? お前なら勝てたはずだ。 それなのにチャンスを棒に振って、向こうに行くなんてバカか?」 「バカって、そんなに言うことないじゃん。結果的に前より強くなれたんだし」
胸を張るリョーマに頭が痛くなってくる。 バカだ。本当の意味でテニスバカだと改めて思う。
無言のまま睨み合っていると、不意にリョーマが納得したように笑った。
「なあんだ。結局、俺と離れたことが寂しいってわけ? だから、拗ねているんだ」
からかうように言われる。
こいつ……絶対わかって言っているだろ。
いつだってそうだ。 俺様の気持ちをわかっていて、そんな煽るようなことを口にする。
どうにもならない思いに、軽く頭を掻く。
普段なら絶対に本音は見せない。 いつだって俺様は人の上に立つ存在で、弱みなんか見せたりしない。 山より高いプライドで虚勢を張って生きてきたんだ。
だけど、こいつの前では簡単に崩れてしまう。 本心が零れるのは、それ程好きだってことだ。 よくわかっている。
「そうだ。寂しかった」
跡部の言葉に、リョーマは目を丸くした。
驚いている顔をしている。 簡単に言うはずないと思っていたのか。
バカめ。 これからが本番だ。
「お前がいないと知ってかなり落胆したんだぞ。 一緒のチームで戦えることを喜んでいたのによ。 まさか別々の行動になるなんて予想出来るか!?理不尽にも程がある。 追いかけようと思ったが、さすがにそれは出来なかった。 だが毎日お前のことを考えていたぜ」
「も、もういいから!」
ストップ、ストップと止めようと口を塞ごうとしてくる。
恥かしがっているのは一目瞭然だ。 その姿を見て、やっと満足する。 振り回されっぱなしは性に合わないからな。
リョーマは普段クールなくせに、こういうストレートな言葉に弱いんだ。 本音をぶつけると、素の反応を見せてくれる。
よし、これで五分五分だなと、跡部は満足そうに頷いた。
「俺様の気持ちが伝わったか?」 「ハイハイ。よくわかりました」
赤い目元を伏せて小声で言う仕草が可愛くてしょうがない。
衝動のままに小さな体を抱き寄せた。
「ね、ねえ。あんたの気持ちはわかったけど、向こうに戻らなくて大丈夫? これからのこと色々話したりしているんじゃないの」 「そんなの決めたい奴に任せておけばいい。 それに気に入らないルールなんてぶっ壊せばいいだけだろ? お前の得意なやり方だろうが」 「それも、そうか……」
でも、と迷っているリョーマの首筋に軽くキスする。
くすぐったいと身を捩る体の動きを簡単に封じ込める。
どこを触れられたら弱いか、よくわかっている。 それに更に進化したインサイトのおかげで、まるっとお見通しってわけだ。
俺だって強くなっている。 お前に置いてかれるなんて、これっぽっちも心配していない。 追い抜く位の勢いで、成長しているのだから。
その身を持って体験するんだなと、さっさとリョーマをベッドに押し倒す。
とりあえずテニスでの決着は後だ。
今は恋人としての時間を過ごすことだけに集中する。
傷だらけのリョーマの体に目を細め、「痛むか?」と尋ねる。
「平気。あんただって傷ついているじゃん」 「まあな。結構手強い相手だったからな」 「ふうん。どんな試合したか聞かせてよ」
こんな時にもテニスの話題を出すリョーマに、「後でたっぷり聞かせてやる」と軽くキスして、 再び手の動きを再開した。
夢にまでみたリョーマがここにいる。
もう離れたくないと呟くと、 「それはこれからの展開次第」と、またあの勝気な笑みで言われた。
全く、こいつには敵わねえな。
終わり
認めたくないが、精神力ではリョーマの方が上かもしれない。
そんな風に考えるようになったのは、全国大会決勝での勇姿を見た所為だ。
五感を奪われ、コートに立っているのさえ困難な状況でさえ、 リョーマは諦めようとしなかった。 普通なら絶望して、試合を棄権するはずだ。 それなのに見えない視覚の中、ラケットさえ掴むことが出来ない状況でも、試合を続けようとしていた。
「テニスって楽しいじゃん」
お前、満足に打つことも出来なかっただろうが。 それで楽しいって、どうして言えるんだ。
出て来たリョーマの言葉に、跡部は呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。 あそこに居たのが自分だったら、同じことが言えただろうか?
無理だな、と軽く首を振る。
人前では決して弱気になるような真似はしないが、 あんな風に笑って「楽しい」とは言えないはずだ。
それを思うと、この自分より小さくすっぽりと腕に収まるサイズのリョーマが大きく見える。 小さい、なんて言ったら滅茶苦茶怒るから口には出さないけど、 どこにあんな度胸が仕舞われているのか不思議で仕方が無い。
と、ごちゃごちゃ色んなことを考えながらリョーマの体にぺたぺたと触れていると、 「ちょと、邪魔しないでくれる?」と不機嫌そうに言われる。
目線は画面に向けたままで、コントローラーを握っている手を止めていない。 映っているのは何とかという欲しがっていた最新のゲームソフトの画面。 今日のリョーマはずっとそれに釘付けのままだ。
欲しがっているのを知ってわざわざ買って来て遊んでもいいと家に呼んだのは自分だが、ずっと放っておかれるのは面白くない。
跡部はクッションに座っているリョーマを後ろから抱き締めて存在をアピールしていたのだが、数時間無視され続けた。 やっときりのいい所まで来たのか、リョーマの方でも声を掛ける余裕位は出たらしい。
「邪魔なんてしてねえよ。今まで大人しくしてただろ?」 反論すると「俺のけつ、触ってたくせに」と刺々しく言われる。
触れたのは事実だが、あんまりにも無反応だった為、虚しくなってすぐに引っ込めたじゃないか。 わかっていたのなら何でもいいから、言葉くらい発して欲しかった。
ムッとしつつ「お前がゲームに夢中になっているのが悪い」と言い返す。
「新作ゲーム買ったから来いよって呼んだのはあんたの方でしょ。 ゲームして何が悪い?」 「数時間もやっている奴があるか!ゲームは一日一時間って決まってるだろうが」 「誰が決めたんだ、そんなルール!それじゃいつまで経ってもクリア出来ないじゃん!」 「そりゃ残念だったな。だったら毎日うちに来いよ」 「何その理屈……」
ハア、と溜息をついた後、リョーマはぴこぴこと画面を操作して、 そして初めてコントローラーを床に置いた。
「もういいよ。セーブしたし、中盤までやれたから今日はこれで満足しておく」 「リョーマ?」
ニッと笑ってリョーマはこちらを振り返った。
「いまからはあんたと時間を過ごすことにする。それでいいでしょ」 「いいでしょって、お前その言い方」
なんだか投げやりみたいで嫌だなと思ったのも束の間、 「ほら」とリョーマは両手を広げてこちらを迎えようとするような体勢を取る。
悔しいけど、この誘いを断れるはずがない。逆らえない。
リョーマは我侭で、生意気で、素っ気無いけれど、 こちらが甘えたい時は惜しみなく愛情を与えてくれる。
これでは、ますます嵌っていくばかりだ。
「お前って、本当にずるいよな」 不意に出た言葉に、リョーマは「は?何それ」と首を傾げる。
「だから責任取れよな」
正面から抱き合う形で抱き締めると、 「わけわかんないし」と小さな呟きが聴こえる。
跡部は何も答えず、やっぱりまだまだ成長途中の小さな体を包み込むように抱き締めた。
だけど、何故か自分の方が守られているような、 そんな安心出来る気持ちになった。
終わり
迷いに迷った挙句、一人で会場を訪れた。 チケットは二枚持っているのに、連れがいないなんて間抜けだな、と跡部は思った。
背中を丸めて、指定の席へと向かう。 ずっと考えて、出した結論がこれだ。
―――リョーマをオペラに誘うのは、止めよう。
誘った所で「興味ない」と断られる光景が目に浮かんだ。 だったら最初から何も言わない方がいい。 好きなものは一人で楽しむべきだ。 決して相手にも強要することではない……と、綺麗事を浮かべても、 胸に広がったなんとも言えないモヤモヤとした気持ちは晴れそうにない。
そもそも、跡部とリョーマの間にはテニス以外の共通点がほとんど無いのだ。 それが悪いわけじゃない。そんなこと考えて誰かを好きになるわけじゃない。わかっている。
まさにあれは一目惚れだった。 恋に落ちた衝撃は、今も鮮明に覚えている。 関東大会の大舞台でも臆することなく、 「後、100ゲームやる?」と挑発的な笑みを浮かべたリョーマから目を離せなかった。 ただの生意気な奴、だけじゃない。 存分にその実力を見せ付けて青学を勝利へと導いた少年に、心を奪われた。
気付いたら、即行動。 そこから跡部はリョーマの元に通い詰めて、根競べの末にお付き合いの承諾を得たのだった。
しかしいざ交際がスタートすると、互いの価値観の違いに困惑させられるばかりで。
例えばリョーマは、趣味といえばゲーム位で、後は寝て過ごすと言う。 他に何か楽しみは無いのかと問えば「風呂に入ること位かな」と、あまりデートには向かないようなことで。(とはいえ、いつか温泉に連れて行ってやろうという楽しみは出来たのだが)。 跡部は休日は山登りや釣りといったものを楽しんでいるのだが、 それに誘っても「興味ない」と、ばっさり切り捨てられて落ち込んだりもした。 乗り気じゃない相手を無理に連れ出しても仕方無いと割り切り、 今はテニス中心のデートを繰り返している。 跡部としてはもうちょっと恋人らしいこともしたい気持ちもある。 けれどリョーマは楽しそうにしているし、ケンカしてまで引っ張って行くのは気が引けて、今の状態をずるずると続けている。
そして、本日。 跡部が前から鑑賞したいと思っていたオペラ公演のチケットが取れた。 誘いたい相手はリョーマしかいなのだが、とてもオペラを理解するとは思えないし、 見たがるとも思えない。 一応2枚指定を取ったのだが、その日の前日になっても誘うことが出来ずに、 結局一人で会場へとやって来た。
部活は休みなので、本当ならリョーマと一緒にコートで過ごしているはずだが、 今回は待ち合わせのことも何も言わなかった。 リョーマは元々無口で、こちらも話題も振ってくることもほとんど無い。 そんなわけで「明日の休日はどうする?」と聞いてこなかったので、今日はなんの約束もしていない。 ひょっとしたら、こちらが何か言わなければこの先もずっと休みに会わないままなのでは……。 そう考えると、また一つ気持ちが沈んでいく。 付き合って欲しいと言い出したのはこちらからだ。でも、リョーマも、もうちょっと歩み寄る姿勢を見せてくれてもいいんじゃないだろうか。 それとも、そんな気も起きないくらい何の関心も持っていないとしたら。
(落ち込むってレベルじゃねえぞ、おい)
演奏が始まっても、跡部は目の前の舞台に集中することが出来ずにいた。 今、一緒に居ないリョーマの方がずっと気になる。
こんなことなら、無理にでも誘って一緒にいるべきだった。 それとも「時間の無駄」ときっぱり切り捨てられて、やっぱり別行動になってしまうのか。
大好きなオペラを見ているはずなのに、考えるのはリョーマのことばかり。 この自分が完全に振り回されている。 今までなら面倒な相手はさっさと切り捨てていたのに、今回だけは出来そうに無い。
(多分、それだけ好きなんだろうな……)
結局、休憩の合間に跡部は外へと出ることにした。 これ以上鑑賞しても集中出来ないし、今日は楽しむ余裕すらない。 リョーマに会いたいという欲求の方が勝った。 車を呼び出し、越前家に向かうことにした。
どうせリョーマは昼寝しているか、自主練していると予想し家に行ってみると、 従姉が出て来て「裏のテニスコートで打っています」と教えてくれた。 考えが当たったことにどこかほっとしつつ、従姉に一礼してコートへと向かう。 もし、青学の先輩(例えば仲が良い桃城とか)や同級生と出掛けてると聞かされたら、 きっと落ち込む所じゃない。 居場所を探し出して、連れ戻していたかもしれない。 そうならなかったことに安堵しながら足を進めると、規則正しいボールの音が聞こえて来た。
リョーマは壁に向かって一心不乱にボールを打っていた。 意識を集中しているらしく、近付いてもこちらに気付かない。 どうしたものか、とリョーマの横顔を眺めていると不意に跳ね返っていたボールをリョーマは片手でキャッチする。 そしてくるっとこちらに顔を向けた。
「声くらい、掛けたら。なんで黙って見てんの」 「気付いていたのかよ?」 「そりゃ、こんな近付いて来たら普通気付くでしょ」
当たり前か、と跡部は苦笑する。普通、この近距離なら気配で気付くのは当たり前だ。 でもあんまりにもリョーマの様子が熱心だったから、わかっていないのかと思ってしまった。
「何笑ってんの?俺、そんな変なこと言った?」
跡部の顔を見て、リョーマはむっとしたように唇を軽く曲げる。 誤解を解く為に、「お前のこと笑ったんじゃねえよ」と、跡部は言った。
「あんまり集中しているから、俺のことが見えないのかと思った。 お前はテニスに関することとなると、すぐ夢中になるからな」 「そんなこと……無いと思うけど」
リョーマにしては珍しく、目を逸らしてぼそぼそとした声で言う。 そんな言いにくいことか?と首を傾げていると、 「単にやることなかったから、壁打ちしていただけだし」と何故か怒ったように言われる。
「それより、あんたは?」 「あん?」 「どっか、出掛けてたの?」 「いや……、俺は」
用も無くふらふらしていたと言うのは簡単だ。 しかし嘘をついて、なんになる。 一人でオペラを観に行ったことを決断したのは後ろ暗いことだ。 だけど隠したりしたら、もっと悪い方向へ転がることは跡部にだってわかっていた。 妙な誤解が生まれる前に、さっさと吐いてしまった方がいい。
「さっきまで、オペラを観に行ってた」 「はあ?オペラ?」
リョーマが引いたように見えたが、構わず頷く。
「趣味の一つだ。文句あるか」 「ないけど。それ、面白いの?」 「まあな。良かったら、今度……一緒に行くか?」 「え?」
極自然に出た言葉に、しまったと口を閉じる。
きょとんとしているリョーマの声に、今から取り消そうかと考える。 オペラなんて興味ないのに、行くはずがない。 バカなことを言ってしまったと後悔する。
「あ、いや無理にとは」
慌てる跡部と反対に、リョーマは冷静だった。 こちらを向いて、目を合わせて口を開く。
「いいけど」 「は?」 「だから、行ってもいいって言ってんの」 「いや、だってお前そういうの興味ないだろ」 「うん、全く」 「だったら俺に合わせることなんてしなくたって」 「でも、面白いんでしょ?さっきそう言ってた」 「けど……。お前にとっては面白くないかもしれねえぞ」
リョーマがどういうつもりなのかわからなくて、次々と否定的な言葉を口にしてしまう。 だがリョーマはそれを不快なことと受け取らず、 「でも、一度行ってみないとわからないよ」と返してくる。
「途中で寝るかもしれないけど。一度は一緒に行ってみたい、かも」 「そ、そうか」 「跡部さんが乗り気じゃないなら、別にいいんだけど」 「いや、そんなことはない。まさかそんな風に言うとは思わなかったから驚いただけだ。 今度、チケット用意しとく」 「うん」
こくん、と頷くリョーマを見て、本気で一緒に行くつもりがあるようだ、と悟る。
興味無いはずなのに、どうして……と考えて、ふと思い付く。
(ひょっとして、こいつも気にしていたのか? いつもテニスばかりで……たまには恋人らしいデートをしてみようと思って、 俺に合わせる気になった、とか)
リョーマに限って、と否定してみるものの、期待してしまう。
自分が思ってる以上に、好かれている。 今のやり取りはそういう合図なんだって、解釈しても良いのだろうか。
「じゃあ、早速来週行くか?」 「いいけど」
いつも通り素っ気無い言葉だったけど、少し優しく聞こえたのは気のせいじゃないはずだ。 リョーマの表情が笑ってるように見えるのも。
来週の約束に嬉しくなって、跡部もリョーマに笑顔を向けた。
きっと、次に鑑賞するオペラは楽しく過ごせる。
多分、リョーマは寝顔を晒してろくに演奏を聴かないだろう。 だけど一人でいるよりもずっと、音楽は素敵に聴こえるはずだ。
(こいつの方から誘ってくれないと悩むのは止めた。 俺が誘えば済む話だ。 これからの休みは全部独占してやる。 覚悟しとけよ……)
まだ付き合って間もない二人。 距離があるのは当たり前。 これからは遠慮することなく積極的に埋めていこうと、 跡部は決意のこもった眼差しをリョーマに向けた。
終わり
「飽きた……」
ぽいっとコントローラーを放り投げる越前を見て、 今度こそこちらを向いてくれるのかと期待する。
ところが、「眠い」と呟き、そのままソファーに横になってしまう。 俺は慌てて「寝るなよ!」と起こしに掛かった。 ろくに会話も無いまま、一日が終わってしまいそうで。 何の為に一緒にいるのか、わからない。
肩を掴んで軽く揺さぶると、「寝かせてよ……」と、越前は半分夢心地の声を出した。
「お前なあ、部屋に入るなりゲームやり始めて、終わったと思ったらそれか。 少しは俺の相手をしてくれたっていいだろう?いや、するべきだ。 たらふく飯食って、その上部屋の中央を陣取ってずっとゲームやって、途中ファンタを飲んで、またゲームに戻ってその繰り返ししかしてないだろ。 そんな快適な空間を提供した俺様に感謝しやがれ」 「あー、わかった、わかった。落ち着いて。感謝してるって。 けど新作のソフトあるって勧めたのは跡部さんの方だけど? やってもいいって言ったじゃん」
それは、お前を部屋に引き入れる為の口実だ。
目を逸らして、溜息をつく。
使いもしないゲーム機をわざわざ購入し、越前が欲しがりそうな最新のソフトも用意した。
それもこれも、『部屋で二人きりで過ごす』という単純な目的の為だけだった。
勿論部屋じゃなくても、二人きりで会うことは出来る。 ただ、越前は会うといつも「テニスしよう」とそればかりを口にする。 お前の頭の中はテニスしかないのか、と言いたくなる。
俺だって越前とテニスするのは好きだ。 楽しいし、刺激にもなる。 けれど、それが毎回毎回続くと……、付き合っている意味があるのかとふと虚しくなる。
テニスばかりしていたんじゃ、ただの友達と同じだ。 友達だって出来るようなことだけを、していたくない。 それよりもっと近付きたかったから、恋人になったはずなのに。
どれだけ勇気を出して想いを告げたか、こいつはわかっていないんだろうな。 誰よりも高いプライドをぐしゃぐしゃに潰れるような気持ちで、好きだと言った。 押して押して、それでOKを貰った時は舞い上がってしまいそうなほど嬉しかった。
今だって、こうして室内に二人だけで居るっていう事実にちょっと緊張もしてたりする部分もあって。 なのに越前は呑気に寛いで、その上勝手に寝そうになって。
この温度差は何なんだ。 俺ばかり空回りしているのかよ、と肩を落とす。
それでも好きなんだから、どうしようもない。 これが惚れた弱みというやつなのだろうか。
「ねえ」
ごちゃごちゃ考えている間に、越前が俺のシャツを引っ張っていることに気付く。
「なんだ」
改めて顔を越前の方に向けると、少し気まずそうにこちらを見ていた。
「あのさ、俺といてあんたは楽しいの?」 「は?何言ってるんだ。そんなの聞くまでも無いだろうが」
楽しいし、嬉しいに決まっている。 今更言うことか、と眉を寄せると「言ってくれなきゃわからないよ」と少し拗ねたように言われる。
「テニスしている時は、何も考えなくてもいいけど。 それ以外はどうしたらいいか、よくわからない。 あんたと俺って学校も学年も違うし、テニス以外の共通の話題も無さそうじゃん。 だから、つまり、一緒にいても面白い話なんて出来ないよ。 それでも、いいの?」
無口な彼にしては珍しく、長く話してくれた。 その内容を理解するのに、しばし時間を必要とする。
つまり、俺が退屈していないかどうか、心配してくれてるのか?
「そんなの、いいに決まってるだろ」
俺の回答に、越前はどこかほっとしたような表情を浮かべた、ように見えたのは気のせいじゃないと思いたい。
「別に会話なんてなんだって構わねえよ。 だからもう少し、テニスとかゲームとかじゃなく、俺にも興味示してくれよな」
こつん、と額に拳を当てると、越前は驚いたように目を見開いた後、 「うん」と小さく頷いた。
「つまり、俺に構って欲しくて拗ねてたってわけ?」 「……それは違うんじゃねえか?」 「え、でも今のあんたの顔、カルピンが構って欲しくて擦り寄ってくる目と同じなんだけど」 「カルピンって誰だよ」 「あ、家で飼ってる猫」 「猫と同じ扱いかよ……」
露骨に落胆してみせると、声を立てて越前が笑った。 やがてつられて、俺も笑う。
そこから飼ってる猫の話や、俺の家にいる動物の話になって、 気付くと3時間以上も会話していた。
そんな幸せな、これからも続く二人きりの時間。
チフネ
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