チフネの日記
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2010年11月25日(木) |
2010年 千石誕生日話 千リョ(千石が二十歳の設定) |
「いやあ、二十歳の誕生日をリョーマ君と迎えることが出来て嬉しいなあ。 本当に俺って幸せ者だよ」 「さっきから何度同じこと言ってんの……」 「だって嬉しいんだもん」
へらへら笑っている千石に、リョーマは軽く溜息をついてみせる。 こっちに帰って来てから、ずっと浮かれ調子のままでついていけない。 今朝、空港に到着したばかりというのもあって疲れている所為もある。
「けどスケジュールの方は大丈夫だったの?やっぱり無理して来たんじゃ」 「暇だったからって言ってるだろ。 大会の方はひと段落したし、オフになったから来ただけ。 清純が気にする事なんて無いよ」 「なら、いいんだけど」
嬉しいなんて言うくせに、こちらの予定を気にするようなことを口にする。 千石はいつもそうだ。時々、本心から喜んでいないんじゃないのかな、と勘繰ったりする。 思うだけで、言わないけど。 こっちだって全部を話しているわけではない。 たしかに大会は無い。 けれど次に備えて、トレーニングは始まっている。 今度はもっと良い成績を、と周囲が動く中でオフを申し出た瞬間はさすがに心苦しかった。 でも無理してまで日本に来たのは、単に千石に会いたかったからだ。 二十歳になる、その瞬間を一緒に祝いたかった。 普段会えない分、せめて恋人らしいことをしたい。 勿論それも、口には出さないが。
「じゃあさ、リョーマ君の誕生日には俺がそっちに行くからね。 バイト代、結構溜まったんだよ!」 だたの学生である千石には、渡航費用もそう簡単に出せるものではない。 気を使わせないようにと、 「へえ。けどひょっとしたら、パーティーの予定が入っているかも」とリョーマは言った。 「スポンサーからも色々声掛かると思う。、これでも色々忙しくって」 しかし千石は「うん、構わないよ」と返す。 「少しでも一緒に居られたら、俺はそれでいいんだ」
全く凹むことの無い千石に、リョーマはいつも不思議に思う。 こんなに多忙で滅多に会うことも出来ない距離にいて、それでも千石の好きという言葉は変わらない。
離れ離れになると決まった時、すぐに自然消滅するもんだと思っていた。 けれどメールと電話を忘れることなく寄越してくるものだから、 結局リョーマも無視することが出来ずに未だに別れることなくこうして続いてしまっている。 最初に『お付き合い』を決めた頃はまだ12歳で、この恋がこんなんも長く続くなんて思っていなかった。 千石に押されてというノリの延長でこんな所まで来てしまった。
―――どこまで自分達は行くんだろう。行けるのだろう。 ふとそんなことを考えると怖くもなる。 いつまでも続けられるはずがない。 それは多分、千石もわかっている。 世間的に認められない関係というだけじゃなく、もう二人の立ち位置はずれ始めている。 プロの道を着々と歩いているリョーマと、日本で学生をやっている千石と。 五年前の二人とは違い過ぎる。あのころはただの中学生だった。だから側に居られたのだと実感する。 今ではどちらかが努力しないと、誕生日を一緒に過ごすことさえ難しい。
お互いわかっていても、口には出さない。 どちらかが言ってしまえば、終わりになるのはわかっているから。 こうして会っても、知らん顔、気付かない振りしたまま。 もう少し先延ばししたいという気持ちがどちらにもあるから、仕方無い。
「ねえ、リョーマ君。ケーキ食べよう。ケーキ! それでまた歌を歌ってよ」 「また?まあ、いいけど」 「やったー!」
初めに千石の誕生日を祝ったとき、リクエストされてからずっと続いている。 ただのハッピーバースデイの歌。プレゼントが買えなくて、そんなもので誤魔化したっけ、と苦笑する。 リョーマの口から紡がれる綺麗な発音に、千石は驚きつつも喜んでくれて。 さすがに今は新鮮さは失われているけれど、彼が嬉しい顔をしてくれるのなら、 こんな歌くらい、いくらでも歌ってやろうと思う。
短い歌を口ずさみ、リョーマは考える。
ここに自分がいない間、千石が女の子と遊んでいることを知っている。 遠く離れているのに、彼を縛り付けることは出来ない。わかっているから、何も言わない。 それに自分だって、テニスに集中している時は千石のことを忘れることもある。 むしろ千石が連絡を寄越さなければ、解放される、なんてちらっと思うことだってあるのだ。 スケジュールを調整して、わざわざ日本に行く必要が無くなる。 そうしたらその分、テニスに打ち込むことが出来るだろう。 メールや電話が来ても自分が無視さえすれば、簡単に関係を切ることが出来るはず。
なのに、それをしないのは……。
「誕生日おめでとう、清純」 歌い終わってそう告げると、「ありがとう、リョーマ君」と千石はとびきり嬉しそうな顔を覗かせる。
この表情が見たくて、またここに来てしまう。 好きだって気持ちを確かめたくて、また千石に会いに来る。 言葉を交わして、抱き締めて。 これっぽちの幸せを手放したくないから、また今回も問題を先送りにしてしまうのだ。
「リョーマ君、どうかした?」 顔を覗き込んで来る千石に「何でもない」と答えて、ケーキに手を伸ばす。 そしてクリームを指で掬って、ぺろっと舐めた。
「美味しい」 「でしょ?ここ、俺の一押しのお店なんだ」 「ふーん。じゃあ、これ食べて。それですること、しよ」 「うわあ、大胆発言!それもプレゼント?」 「バカ。……ただ、時間が勿体無い、それだけの理由だよ」
リョーマの言葉に千石は一瞬素の表情に戻り、そしてまた笑顔で頷く。
「そうだね。時間、そんなにないもんね」 「……うん」
抱きついて来る千石の重みを受け止めて、目を閉じる。
流されて、止めることもなくこんな所まで来て、 一体いつまでこうしているつもりなんだろう。
けれど好きという感情がお互いにある限りは。
(行ける所まで行くのも、悪くないかもしれない)
たとえそれが自分達が知らないような彼方の果てでも。
(二人一緒なら、いいかもね……)
気持ちが消えてしまうその瞬間のことなんて、何も考えられない。 「好きだ」という千石の言葉と自分の中にある衝動を信じて、今日も、来年もその次もここに来て、短い歌を歌うのだ。
終わり
チフネ
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