チフネの日記
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2010年04月24日(土) 明日、君に会いたい 3 塚リョ

全ての雑務を終えてから、手塚は疲れたように左手を額に置いた。
急いで片付けたつもりだったが、その所為で色々抜け落ちてしまったようだ。
気を取られると、余計悪い結果になると、今回のことでよく理解した。
余裕を持って行動しなければいけない。
早く片付けてしまおうと焦ってやったから、二度手間を掛けることになった。
だからこうして役員達のフォローをするのは、当然のこと。

しかし、
(かなり怒っていたな。
桃城と帰ることをわざと俺に聞かせるように言ったのも、嫌がらせのつもりか……)
リョーマの怒りの深さを思うと、溜息をつきたくなる。

「会長、まだ帰らないんですか?」
一人の役員の声に手塚は、
「すぐに出る。鍵を掛けて行くから先に行ってくれ」と答える。
「それじゃ、お先に」
「お疲れ様でした」
ひと段落したおかげでか、皆ほっとしたような顔で執務室を出て行く。
手塚一人だけが重苦しい空気を纏い、眉間に皺を寄せていた。

(一緒に下校は出来なかったが、このまま明日を迎えるのは避けたい。
拒否されるかもしれないが、会ってもらえるまで家の外で待ち続けて、誠意を見せよう)

明日なんて悠長なこと言っていられない。
これ以上リョーマと離れていたら、倒れてしまいそうだ。
ケンカなんて冗談じゃない。
絶対今日の内に仲直りしなくては。

決めた、と手塚は立ち上がった。
そこへノックの音が聞こえる。
役員の一人が忘れ物を取りに来たのかと思い、
「ハイ」と答えると、ドアが開く。

そこに立っていたのは、今から会いに行くつもりのリョーマ本人だった。

「越前、何故ここにいるんだ?」
手塚の言葉に、リョーマは顔を顰める。
それでも中へと入って来た。

ドアが閉まる。
外と遮断され、室内は手塚とリョーマの二人きりだ。

「来ちゃ悪いっすか?」
ジロッと睨むリョーマに、「いや、そういうわけでは」と、しどろもどろに返答する。

怒っていると、一見してわかった。
しかしここに来てくれたということは、完全に見限られたというわけでもなさそうだ。
まだ、仲直りするチャンスはあるはず。
自分が諦めさえしなければ。


「悪いはずがない。嬉しかった」
手塚は口を開く。思ったことを、リョーマに伝える為に。
「本当なら俺の方から出向くべきだと考えていた。
けれどお前の方からこうして歩み寄ってくれて、それがどんなに嬉しいか。
怒って口を利いてくれないかもしれないと、つい数秒前まで絶望していたから」
「歩み寄ってなんかいないっす」

リョーマはふいっと視線を逸らして言った。
けど口調は柔らかいもので、そこまで怒ってるわけではないとわかる。

「ただ、今日だけは絶対一緒に帰りたいと思っていたから、
戻って来ただけ。
そうじゃなかったら、もう家に帰っているところなんだけど」

ふん、と鼻を鳴らすリョーマに、
手塚は「その通りだな……」と頷いて、もう一度謝罪する。


「すまなかった。お前が怒るのも無理はない。
今回は俺が悪い。どうか許してもらえないか」
「……本当に反省してる?」
「している。お前がここに来る前からずっとしていた」
「ふーん。たしかに嘘をついているようには見えないけど」

ちらっとこちらを見上げるリョーマに、手塚はゆっくりと近付いた。
手塚自身ももっとよく、リョーマの顔を見る為に。

「当たり前だ。お前との約束を守れなかったことで、俺がどんなにショックを受けて、後悔したか。
理解したら驚くと思うぞ」
「何言っているんすか。自分が生徒会長なんて引き受けるからでしょ。
そんなの俺には関係ないっす」

リョーマの口調から、生徒会長の肩書きに不満を持っていることが伝わった。
忙し過ぎることが、気に入らない。
そう言いたいのだろう。

「だからと言って、今更放り出すわけにはいかないのだが……」
どうしたものかと、手塚は小さく項垂れた。

リョーマとの時間は大切。
だけど引き受けたことを投げ出すことは、自分の信条に反する。
どちらも両立させるのは、不可能なのだろうか。

どうしようかと悩んでいると、
「わかってるよ」と、リョーマの声。
肩を掴まれて、手塚は顔を上げた。

「部長が忙しい人だってわかってるよ。
だからって俺のこと放っておくのは、ムカつくけど。
でも、ちょっとは俺も理解示しても、いいかなって思ったんだ。
部長が頑張っているのも、わかっているから。
今日だって、無理して部活の時間に間に合わそうとしてたんでしょ?
だから、まだそこまで怒っていないというか……」

最後の方は口篭ってよく聞こえなかったが、言いたいことは伝わった。

リョーマなりに答えを出してここに来てくれたようだ。
しかもそれは手塚にとって、嬉しいことで。

「ありがとう、越前」
「えっ、ちょっと」
そのまま腰に手を回して引き寄せると、簡単にリョーマは手塚の腕の中に納まった。

「ここ、学校なんだけど?」
「知ってる」
「誰かに見付かったら、大事になるんじゃないの?」
「そうだな」
「人の話聞いてる?早く放した方がいいと思うけど」
「嫌だ」
「嫌って、……鍵締めてないから、開けられたら見られるかもしれないって言ってるのに」

呆れたようなリョーマの声に、
手塚は「だから、どうした」と答えて、更に力を込めて抱き締めた。

「その時はその時だ。
俺達は付き合っている、と言えば済むことだろう」
「はあ!?あんた、それでいいの?きっと大騒ぎになるよ」
「騒ぎたい奴は騒げばいい。
今、お前を放したくない。だから、他の奴なんて、どうでもいい」
「あんたって……」

結構、我侭っすね、とリョーマが小さな声で言うのが聞こえた。

「そうかもしれないな」
「そうだよ。ひょっとしたら、俺以上かも」
「それは無いんじゃないか」
「少なくとも校内でこんなことしようなんて、俺は思わない」
「……」

その割には抵抗しないな、と言い返そうと思ったが、止めにした。
今日はもうケンカは無しにしたい。

「そうだな。俺の方が我侭だ」
「でしょ」

先に降参すると、リョーマは嬉しそうに笑った。

「でも、そんな部長に今日は特別に付き合ってあげてもいいよ」
「それは、ありがたい」
「でしょ。だから、続きは部長の家でしよ。
さすがにここじゃまずいでしょ」
「続きって……」

考えたところで、手塚は何度も頷いた。
その件に関して、全くリョーマに同意だったからだ。

「じゃあ、帰ろ」
「そうだな」

頷いて、名残惜しげにリョーマの体を離す。
先程まで触れていた体温が離れたことに寂しく思っていると、
リョーマの方から手を握って来た。

「周りに誰もいない間だけ、こうしていてもいいけど?」
「越前」
「その代わり、家に着いたら美味しいお菓子を期待してます」
無いとは言わせない、と笑うリョーマに、
「ああ、期待していいぞ」と手塚も笑顔で返す。

昨日の時点で、リョーマとただ下校するだけではなく、
家に寄ってもらおうと考えていたので、その辺りは抜かりなく母に頼んである。


そして二人は、久し振りに並んで帰り道を歩く。











「そういえば、越前。ゲームはまだクリアしていないんだろ?
いいのか?」
手塚の問いに、リョーマは「そういえば……」と首を傾げる。

手塚と一緒に帰ることが出来なくて、当て付けのようにゲームを始めてそれなりに夢中になったけど、
今日はすっかり忘れていた。
それよりも、手塚と居る方が大切で。
だから、ゲームなんて本当はもういい、と言いたいところだけど。


「後少しでエンディングなんだ。折角買ったことだし、クリアだけはしておきたいかな。
だから、部長。明日から、家に来てレベル上げ手伝って下さいね」
「どうしてそうなる俺は、ゲームは苦手なんだ」
「大丈夫、簡単だから。
それともクリアするまで、会わないってことにした方がいい?」

少し沈黙した後、「それは困る……。手伝うから、一緒にいて欲しい」と言う手塚に、
リョーマは笑い出しそうになるのを必死に堪えた。





電話なんかよりずっと、こうして会って会話を交わす方がいい。

リョーマも手塚も、お互い同じ思いのまま、家までの道のりをゆっくり歩いて行った。




終わり。


2010年04月23日(金) 明日、君に会いたい 2 塚リョ

手塚から電話を受けたリョーマは、とてもご機嫌だった。

ここの所ずっと二人だけの時間を過ごす余裕は無かった。
それもこれも手塚が生徒会長なんてのをやっているからだ。

部長というポジションにいるんは、まあ、許せる。
だからこそ自分はランキング戦に入れてもらえた。
部長としての用事だったら、リョーマもそこまでムカついたりしない。

しかし手塚は更に生徒会長という肩書きを持っている。
これは必要ないんじゃ、と常々考えていた。
部活が終わるか、終わらない頃に役員に助けを求められて、
酷い時は顔を出すことさえ無い日もある。

どうせ選挙時に周囲から頼まれて、断ることも出来ずに引き受けたんだろう。
そのことを考えると、リョーマは腹立たしい気持ちになる。
自分がその場にいたら、絶対反対していた。
ただでさえ忙しいのに、これ以上背負い込むものを増やしてどうするんだと言ってやったのに。

だからしばらく一緒に帰れないと聞いた時、
「俺も買ったばかりのゲームをクリアするつもりだから。ちょうど良かった」と、強がった。
それは真っ赤な嘘だった。そんなゲームなんて無い。
だから当て付けのようにゲームを買いに行き、
それが意外にも面白くてのめり込んでしまったのは誤算だった。
おかげで手塚のことを一時でも忘れさせてくれた。

(でも明日は部長と一緒に帰るんだ)

緩む頬に、どれだけ会いたかったんだろうと恥ずかしくなる。
勿論、そんな態度を表に出すことは無く、
手塚の前では余裕ある所を見せるつもりだ。

(楽しみだな……)

ただ下校するだけではなく、どちらかの家に寄ることになるかもしれない。
どうせなら美味しいお菓子を出してくれる手塚の家がいいなと思いつつ、
今夜は念入りに体を洗っておこうと、リョーマは風呂場へ向かった。

そんなご機嫌なリョーマだったが、物事はそう簡単に上手くいかないものだ。







「会長ー!やっぱりもう一度、執務室に戻って下さい!」

手塚がコートに姿を現したのは、部活が終わる直前だった。
そのまま帰った方が着替えの手間も掛からずに済んだのに、と言う大石に、
手塚は「そうだな」と頷いて誤魔化していた。

ここに来たのは自分を迎えに来る為だけ。
そう思うと優越感からリョーマの機嫌は更に上昇する。
が、解散の声と共に、生徒会の役員達がコートに飛び込んで手塚を取り囲んでしまう。

困り顔の役員達を前にして、手塚はちらっとこちらを向く。
そこはいつもの威厳は無く、お伺いを立てているような表情を浮かべている。

要するにこれだけ頼まれているんだから、仕方無いだろ?、と言いたいのだろう。
瞬間、リョーマは頭に血が昇るのを感じだ。
なんだ、あの野郎。
あっさりと約束を破って、自分は悪くないって顔しやがって―――。

ふいっと視線を逸らし、リョーマは少し前を歩く桃城を見付けて、
「桃先輩!」と声を上げる。
「これからストリートで打とうよ。そんで終わったら、マックに行こ」
「おいおい、さっき俺が誘ったら用事あるって言ってたじゃねーか」
「そんなの無い。最初から無かったんだよ!」
手塚に聞こえるようにわざと大声を出す。
桃城はびっくりしたが、
「そういうことなら、行こうぜ」とすぐ笑顔になる。
頷いて、リョーマは桃城の後をついていく。
コートを出る直前振り返ると、手塚が青い顔をして立ち竦んでいるのが見えた。

けれど、絶対追って来ない。
生徒会の役員を振り切ってまでも、約束を果たそうとはしない。
チッと舌打ちして、リョーマは今度こそ振り返ることなく前へと進んだ。



全く、忌々しい。
一度躓くと、運に見放されたかのように、悪いことが続く。
まずストリートテニス場へと行くと、いつも以上に混んでいて、
とてもシングルスをやる雰囲気ではない。
仕方なく桃城とダブルスを組んで順番を待ってコートへ入り、試合を始める。
が、手塚のことですっかり気を取られていたリョーマはダブルスのルールすら忘れ、
地区大会以上に酷い有様となった。
そんなリョーマに桃城は「勘弁してくれ」と、逃げ出してしまう。
別の誰かとダブルス組んで、勝手に再戦してしまう。

しかも即席ダブルスなのに桃城はあっさり勝利してしまう。
これでは非が自分だけにあるようなものではないか。
その証拠に、これだけの人数がいても誰もリョーマに組もうと誘って来ない。
さっきの醜態を見て、同じことになるとわかっているのだろう。

面白くない、とリョーマは地面を蹴った。

(今日は部長と一緒に下校しているはずなのに。
何やっているんだろ)

こんな風になったのも全部手塚の所為、と考えた所でリョーマは大きく息を吐いた。

(しょうがないよね。部長は生徒会等で、皆に頼られている。
簡単に放り出したりするような人じゃないって位、わかってる)

あの時はカッとなって無視してしまったが、少しずつ冷静になっていく。
手塚だって約束を破ろうとしたわけじゃない。
必死に片付けて、部活の終了ギリギリには掛け付けてくれた。
一緒に下校しようとする意思はたしかにあったはず。

(俺も少し柔軟になってやらなきゃ。まだまだ、だね)

顔を上げて、よし、と小さく呟く。
自分の居るべき場所はここではない。
まだ試合を続けている桃城に近付き、「ねえ」と声を掛ける。

「あ、悪ぃ。もうちょっと続けていくから」
「ううん。好きなだけやってて。俺、やっぱり用事が出来た」
「はあ?おい、マックはどうするんだよ」
「また、今度ね!」

軽く手を上げて、リョーマは走り出した。
呆気に取られた桃城は、直後に相手のサーブを受け損ねてしまう。

(今、俺がいなくちゃいけない場所は、ここじゃない)

そう思って、急いで学校へ向かう。

今日こそ手塚と一緒に下校するんだ。

その目的を果たす為にも、学校へ戻る必要がある。

(まだ部長は、学校に残っているかな)

そうであって欲しいと、走るスピードを更に上げた。


2010年04月22日(木) 明日、君に会いたい 1 塚リョ

ここの所生徒会の仕事が続いて、リョーマと一緒に帰宅することが出来なくなっている。
その事実に、手塚は溜息をついた。

本当なら毎日顔を合わせて、出来るだけ長く同じ時間を過ごしたい。
恋人を持つ身としては、当然そんな風に考える。
けれど手塚はテニス部の部長で、生徒会長という肩書きを持っている。
普通の生徒より忙しく、自由になれる時間も少ない。
今更、何故引き受けてしまったのかと、頭を抱える。

テニス部の部長は柱になると決めたのだから、これは別に問題ない。
しかし生徒会は、やはり事態するべきだった。
部長としてやるべき事が片付いても、次は生徒会の仕事が待っている。
これではリョーマと一緒に下校する日は減る一方だ。
推薦された時に断っておけば、と手塚は軽く首を振った。
あの頃は周囲に頼み込まれて、仕方なく引き受けてしまった。

だがリョーマが入学した今、状況は変わっている。
しばらくすれば生徒会の方も落ち着くとわかっていても、
それでもリョーマの側にいたい。
顔を見て、ゆっくりと家まで歩いて行きたい。

しかし一緒に帰ることが出来ないと知ったリョーマの反応が軽くて、
それがまた更に寂しさに追い討ちを掛ける。

「え、しばらく遅くなるって?いーよ、別に。
この間買ったゲームを進めようと思ってるところだから、ちょうど良かった」
そんな風に言われ、ゲームに負けたのかと、落ち込んでしまう。

部活にもまともに出られない。下校も別。
手塚はかなりストレスと溜めていた。

(顔を見ることが出来ないのなら、せめて……)

声だけでも聞きたい。
そう考えた手塚は携帯を取り出した。
掛ける相手は勿論、リョーマの自宅だ。














「何?明日の朝練の変更の連絡っすか?」
開口一番そういったリョーマに、
「違う……」と手塚は肩を落として答えt。

全く、家の電話に掛けるこちらの勇気をわかっていないというか。
もし越前南次郎が出たらどうしようかと緊張していた。
幸い、母親らしい人が取ってくれて、ホッとしたらこれだ。

「今、ゲームしてた所だったのか?」
手塚の指摘にリョーマは「わかる?」と笑った。

「戦闘していた所に、電話なんて掛けてきたから、全滅する所だった。
もしそうなってたら、どう責任取ってくれんの」
「今、話しているということは大丈夫だったんだろう?」
「まあね。ちゃんとセーブ出来たくらいまでは」
「なら、いいだろう……」

だから電話に出るのが遅れたのか、と手塚は肩を落とした。
早く出なさい、と大声出していたリョーマの母親の声を思い出す。
その間セーブしようと必死だったに違いない。

「で、部活のことじゃないなら、なんなの?」
あっけらかんと言うリョーマの物の言いように、手塚はまた落ち込みそうになる。
「恋人に電話なするのに理由なんてあるのか」
「えっ」
「ここの所一緒に下校出来なかったから、声だけでもと思って。
しかし迷惑だったようだな。もう切らせてもらおう」
「わあっ、ちょっと待って!」
リョーマは焦ったように声を上げた。

「まさか部長がそんな気の利いたことをするなんて思わなくて……ごめん、って」
少し馬鹿にされたような気もしないでもないが、
リョーマの謝罪に手塚は電話を切るのを止めにした。

「だったらもう少し話をしても構わないか」
「うん。でも、びっくり。部長ってそういうことしないって思っていた」
「お前の中で俺は一体、どういうイメージなんだ」
「えーっと、それは色々あって」
口篭るリョーマに、聞かない方が良さそうだと、手塚はそう判断した。
これ以上ダメージを受けたら、明日の朝までに立ち直れないかもしれない。

「とにかくお前の声が聞きたいから電話をした。
それはわかってくれるな?」
「はあ。それで、一体これからどんな話をするつもりっすか?」
「……それは」
改めて問われると、困ってしまう。
何も考えていなかった
リョーマと少しでも会話が出来れば、とそれしか頭になかった。

「部長?ちょっと、黙るの止めてよね。掛けて来たのはそっちからでしょ」
「ああ。すまない。しかし普通はこんな時、何を話すんだろうな」
「だから、何で俺に聞くの」
「……困っているからに決まっているだろう」

本音を漏らすと、リョーマが向こう側で小さく笑うのが聞こえた。

「そりゃそうだよね。
いつもは俺が喋って、部長は黙ってやり過ごすばっかりだけど、電話じゃそうもいかないんだから」
「……そうだな」
「掛ける前に何かネタの一つでも考えていれば良かったんだよ」
「ネタって、笑わせる為に電話をしたわけじゃない。
ただお前の声を聞きたくて、それで安心したかっただけだ」
「安心?」

聞き返すリョーマに、「そうだ」と手塚は答えた。

「ここしばらくまともに顔を合わせていないから、忘れられているんじゃないかと寂しかった。
だからせめて声を聞いて、心を紛らわせようとして……。
おい、越前。聞いているのか?」

黙ってしまったリョーマに呼び掛けると、
「聞いているよ!」とでかい声が響く。

「お前……大声を出すな!耳が痛くなったぞ」
「部長の方こそそんなこと不意打ちで言うの止めてくれる?
ああ、もう。びっくりした」
「それはこっちの台詞だ」
「とにかく、そんなこと電話でなんか言われたら困る。
もう一度、ちゃんと顔を見て言って欲しいんだけど」
「今から家まで来いというのか。さすがにそれは……」
リョーマの家族にも迷惑になるだろう。
中学生が出掛けるには、少しだけ遅い時間だ。
「わかってる。だから明日、どうにかならないかって聞いているんだけど。
いい加減俺も部長と過ごしたいなって、ちょっとだけ思った」

可愛い言葉に、携帯を落としそうになる。
そしてさっきのリョーマの気持ちがわかった気がした。

今の台詞を顔を見て、もう一度聞きたい。
電話じゃとても足りない。

「そうか……。明日なら大丈夫かもしれない」
生徒会の方も急げばなんとか終わらせることが出来るだろう。
それを伝えると、「約束破ったらゲームクリアするまで、部長とは帰らないからね」とリョーマは言う。
「それは困るな」
「じゃあ、頑張って下校時刻までに部活に顔出して」
「わかった。努力しよう」
「うん」


また明日。
そう言って、お互いに電話を切る。

声を聞けたのも嬉しかったけれど、やはりそれだけでは足りない。
顔が見たい、触れたいと欲求は膨らむばかりだ。
何がなんでも終わらせなければいけないな、と手塚は小さく微笑んで、
さっきまでリョーマと繋がっていた携帯を枕元に置いた。


2010年04月08日(木) 君の為に伝える言葉  塚リョ

言葉が足りない。

リョーマにそう指摘されて、手塚は確かにその通りだなと思った。

リョーマならわかってくれている、心が通じていると、
いつに間にかそんな風に考えていた。
実際、リョーマは手塚が黙っていても気持ちを察して、応えてくれる。

それに甘えてつい言葉を掛けることが多くなっていた。
良くないな、と改めて反省する。
好き合っていても、別々の人間だ。
伝えることはきちんと言葉にしないと、
いつかリョーマに愛想をつかされるかもしれない。
わかってくれるはずだ、なんてムシのいい話、続くわけがない。
リョーマが怒るのも当然だ。

話すのは苦手だが、そうも言っていられない。
好きな人のためだ。
努力しようと、手塚は出来るだけ思ったことを口に出してみようと決めた。
もっとリョーマとわかり合えることが出来るのなら、嬉しい。

そして手塚の言葉を発していこう企画は始まった。


「手に触れてもいいか?」
「今、キスをしたくなった」
「抱きしめて、そこから先に進みたいと思うのだが、気分じゃないのなら言ってくれ」

手塚が言葉を発するたびに、リョーマは目を見開いて固まってしまう。
慣れない会話にきっと照れているのだと、手塚はそう解釈した。
だが実際には少し違っていた。

数日後、
「なんでいちいち聞いてくんの!?」とリョーマが爆発したからだ。

幸いにもその日は休日で、部活も無く、
しかも両親と祖父が不在の手塚の家ということもあって、その叫びは誰にも聞かれずに済んだ。
もし耳聡い母にでも聞かれたら、
「国光!?越前君を苛めたりしていないでしょうね?」と、部屋に乗り込んで来るに違いない。
手塚の母はリョーマのことをとても気に入っているので、間違いなくそうする。
あらぬ誤解を避けられてまず良かった、と手塚は胸を撫で下ろしつつ、
リョーマに反論した。

「文句を言われるようなことはしていないと思うが」
「してるって」
「どこがだ。言葉が足りないと言われたから、改善しようと頑張っている所だ。
何が悪い?」
「またあんたは……真面目な顔をしてそういうことを言うか」
「何を怒ってるんだ?本当にわからないぞ」

眉を潜めると、リョーマはハァ、と大きく溜息をついた。

「あのさあ。俺の言ったこと、本当に理解していなかったんだね。
会話だよ、会話!
俺からばっかり話を振るんじゃなくて、部長からもして欲しいって言ったよね?
誰がエッチの許可をいちいち聞けって言った?」

目を吊り上げるリョーマに、手塚は「それは駄目だったのか?」と首を傾げた。
「なに、本当にわからなかったんだ?」
「いや……、出来るだけ思ったことを口に出そうと努力していたのだが、
どうやら間違っていたようだな。すまない」
頭を下げて、リョーマに許しを請う。

すると慌てたように、「そんな畏まらなくても」とリョーマは早口で言った。
「部長が頑張っていたのは知っているよ……。
でもああいうことは、出来ればいちいち聞いて欲しくないような、
ほら、雰囲気で大体わかるでしょ?
いいよって、わざわざ許可する俺の方が、乗り気みたいで、なんか微妙になるんだけど」

赤い顔をしてもごもご言うリョーマに、「わかった」と手塚はそっと細い肩を抱いた。

「要するに恥ずかしくて困るということだな?そういうことか」
「ちょっと、なんでこんな時ばっかり強気なわけ?」
「強気なわけじゃない。ただ、自信はあるけどな。
お前にものすごく好かれているということに関してだけだが」
「何それ」

じろっとリョーマに睨まれる。
が、頬を赤くしたその顔では迫力がない。
むしろ可愛いとさえ、思えてしまう。

「お前のことばかり考えているから、少しはわかるようになったんだ」
「……あっ、そ」
「だから余計に応えたいと思った。
俺もお前のことが好きだ。
言葉が足りないと言うのなら、努力してその不満を解消したいと思った。
だからどんな時でも言葉にした方が喜ぶと思った。
特に触れる時は俺の都合で進めてはいけない、許可を求めるべきだと考えた。
しかし嫌がっていないのなら、これから遠慮はしない。そうしよう」

リョーマは答えない。
俯いたまま、動かない。
感動して泣いているのだろうか。
顔を覗きこみ、手塚はそっと声を掛けた。

「越前?どうかした」
「だから、いちいち口にすんな!」

振り上げたリョーマの拳が、手塚の顎に決まった。

「痛いぞ、越前……」
「ああ、もう、結局それかよ。
何が俺のことばかり考えている、だ。
そんなんで誤魔化そうとしやがって。
結局、そっちのことばかり妄想してたってこと!?」
「それは違うぞ」
痛む顎を押さえながら、手塚はきっぱりと否定した。

「お前のことを思っていたのは本当だ。
毎日毎日、どうしたら今の幸せが続くか、好きでいてもらえるか、
そんなことばかりを考えている」
「また、そんなこと言って」
「嘘じゃない」

胸を張って言える真実だ。
今こそ言葉を伝える瞬間だと思い、手塚はリョーマの目を見て言った。

「言葉が足りないと言われてから、どう改善すれば喜んでくれるか、
悩んで、出来るだけ口にしようと決意をした。
それなのに迷惑になるなんて思いもしなかった。
すまなかったな……」

リョーマに喜んでもらいたくて、好きになってもらいたくて、
どうしたら良いのかわからず、いつも悩んでいる。

そう口にすると、
リョーマは「わかったよ…」と手塚の顎にそっと手を添えた。
「まだ痛む?」
「いや、大丈夫だ」
「さっき怒ったのは取り消す。
部長が俺のことをいつも考えているのはよくわかったから、それでもういいっすよ」

目が合って、お互いそっと顔を近付ける。
ここでキスしたいと口にしたら、「そんなのわかってる!」と怒られることは、
さすがの手塚も察しがついた。
だから黙って、そっと唇を触れ合わせた。

言葉が足りなくても駄目。
いちいち聞くのもNG。
リョーマの気持ちに応えるのは難しいけれど、手塚は諦めるつもりはない。
大好きな人と巡り合えたのだから、これからも努力は惜しまないつもりだ。

(しかし、さっきの越前の話を総合すると……)

キスを続けながら、手塚はふと頭の片隅であることを思った。

口に出さなくとも察したのなら、押し倒しても良いのだと。
だったらこの状況は確実に良いということになる。

よし、と行動に移すことに決めて、手塚はリョーマの背に手を回す。
そしてそのままゆっくりとベッドまで押し倒そうと、じりじりと距離を縮め始めた。


終わり


2010年04月06日(火) 一言だっていいから  塚リョ


話し掛ける回数は圧倒的に自分の方が多い。

それに気付いたリョーマは、試しに黙ってみることにした。
すると沈黙が続いまま、時間だけが過ぎて行く。
ベンチで隣に腰掛けて、黙っている二人。
変な光景だ。

耐えられなくなって、リョーマは「ねえ」と口を開いた。

「なんだ」
「あのさあ、部長から話を何か振ろうとか、少しは考えてもいいんじゃない?
なんか俺ばっかりが話し掛けている気がする。
すごく不公平に感じるんだけど」

リョーマにとって、会話は苦手の部類に入る。
それでも頑張っているのは、手塚が自分以上に無口だからだ。
もし自分から話しかけなければ、言葉を交わすことなく一日が終わってしまうのだろうか。
そう思うと、少し悲しい。

非難の目を向けると、手塚は珍しく慌てたように「すまない」と言った。

「お前が話し掛けてくれるのがれしくて、つい甘えていた。
悪かった、俺も努力しよう」

心から申し訳なさそうに謝罪する姿に、
「ずるい」とリョーマは唇を尖らせる。

「ずるいって、何のことだ?」
「これじゃ俺が一方的にだだを捏ねているみたいじゃん。
部長のそういう所、得だよねー。
謝罪したら許すしかないって思わせるんだから、ムカつく」
「俺にどうしろと言うんだ……。頼むから、そう拗ねるな」

一生懸命機嫌を取ろうとしている手塚に、リョーマは顔を背けてこっそり笑う。
普段、無表情な手塚のこんな崩れた顔を見ることが出来るのは、自分だけ。
そう思うと、もう許してやろうかなという気にさせられる。
やっぱり甘いなと思うけど、仕方無い。
好きな人の困った顔というものには弱い。リョーマも例外では無かったようだ。

「じゃあ、これからはちゃんと部長からも話を振ってよ」
「わかった。約束しよう」
「絶対だからね。
それに帰りの誘いだって、いつも俺からばっかり。
たまには部長からも一緒に帰ろうって、言って欲しいんだけど」

今日もそうだった。
待ってると言い出さなければ、部室で二人きりなんて状況にはならない。
知らん顔して帰る素振りを見せても、引止めやしない。
一緒に居たくないのだろかと、リョーマが疑うのも無理は無い。

ついでだからと、正直にそのことを告げると、
手塚は少し首をかしげて「引きとめても良かったのか?」と言った。

「なにボケたこと言っているんすか?いいに決まってる。
俺達、付き合っているんだから。それとも違うと言いたいんすか?」
怒ったように手塚の襟元を掴むと、
「そういう意味じゃない」と必死で首を横に振る。

「お前は桃城や菊丸に誘われることが多いから、
楽しみを奪うのが悪いと思って」
「はあ?」
「入部した頃はよくあいつらと寄り道していたじゃないか。
楽しそうな顔をしていたのを覚えている。
だから、邪魔してはいけないと思ってだな」

もごもごと口を動かす手塚に、リョーマは手の力を緩めた。
そんなこと気にしていたのか。
しかも入部していた頃から、こっちの行動をチェックして、
未だに覚えているとか。
無関心かと思いきや、結構気にしてくれているらしい。

うわあ、とリョーマは両手で顔を覆った。

「越前?」
「あー、もう、なんか一気に気が抜けた。
今まで悩んだのが馬鹿馬鹿しくさえ思えた」
「そうか。
だがここはきちんと確認しておきたい。
俺は待っていてくれと言っても大丈夫なのか?」

真顔で尋ねて来る手塚に、より一層脱力してしまう。

「うん……いいよ」
「なら、良かった」
「部長って変なところに拘ったりするよね。そんな前のこと持ち出されるとは思わなかった」
「そうか?」
「そうだよ。もっと早くそういうこと言ってくれればいいのに。
言葉は足りないくせに手を出すのだけは早いとか、どういうこと?」
「どういうことって……」
「行動で示すのも悪くないけど、たまには言葉が欲しいって時もあるんだよ。
そこの所、ちゃんと理解するように」
「……はい」

こくんと頷いた後、手塚は「では、早速だが」と口を開く。

「今のお前の言葉とか表情がすごく可愛くて」
「はい?」
何を言い出すのかとリョーマは瞬きをした。
照れることなく手塚は「キスがしたくなった」と堂々と言い放つ。

「してもいいか?」
「な……、わざわざ聞くことっすか!?」
「言葉にしろと言ったのは、お前の方だ」
「いつもは勝手にしてるくせに」
「これからは言葉で示してからにしようと考え直した。
で、どうなんだ」

じっと見詰めて来る手塚に、リョーマは内心焦ってしまう。

反則もいい所だ。
手塚の本気の表情を見せられると嫌って言えないのに、
そんな言葉も付けられたら降参するしかない。

「でも、出入り口空いているんじゃない?
誰かが忘れ物したって入ってきたら、どうすんの」
「安心しろ」

リョーマの肩に手を乗せて、手塚は落ち着いた様子で言った。
「俺を待っている間、お前は暇そうに携帯ゲームに熱中していたようだが、
実はその時、こっそり鍵を掛けておいた」
「えっ?」
「こんなチャンスもあるかもしれないと思ってな」
「……」

しれっとした表情で言う手塚に、
リョーマは呆気に取られて、そしてすぐに挑発的な目に戻った。

「じゃ、してもいいよ。
今の部長の積極的な言葉に、俺もそんな気分になった」
「それは、良かった」

嬉しそうに顔を近付けて来る手塚に、
もしかしてテニスだけじゃなく他のことでも敵わないんじゃないかとふと考えて、思考を止めた。

今は触れ合う唇だけに集中しようと思ったからだ。

終わり


チフネ