チフネの日記
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2010年02月28日(日) 不二リョ 2010年誕生日話

「じゃあね、不二。また明日!」
「気をつけてな」

挨拶をする友人達に手を振って、不二は家へ向かっていた。

本日の誕生日、このじかんまで仲の良い友人達と過ごしていたのだが、
心の全てが満たされているわけではない。

(君が、ここにいない)

空を見上げて、小さく溜息をつく。

本当なら恋人であるリョーマとこの日を一緒に過ごしたいと考えていた。

しかしリョーマは去年の夏に青学を辞めて、渡米している。
これでお別れではないと互いに確認して、
不二はリョーマを静かに見送った。

プロを目指すリョーマにとって、日本で足踏みしていてはいけない。
夢へ近付く為なのだから、仕方無い。
しばらくは遠距離恋愛になるだけだ。
大人になったら自分の力で会いに行ける。側にいることだって不可能ではなくなる。
それまでの我慢だと言い聞かせて、不二はこの遠距離恋愛に耐えている。

けれど、普段は少し寂しいと思う位だが、
誕生日に直接お祝いを言ってもらえないのはいつも以上に堪える。
やっぱりすぐに抱きしめることが距離って大切だ、と再確認する。

(こうやって少しずつ心が疲れて、駄目になっていく人が多いんだろうな……。
少し気を引き締めよう)

遠距離でもいいと決めたのは自分だ。
それにこれから先、リョーマ以上の人と巡り合えるとは思えない。
こんなにも好きになれる、胸が熱くなる相手はいない。

だから、きっと大丈夫。

そう自分を励まして、スピードを上げて家へと急いだ。



「ただいま」

夕飯に好きなものを沢山作るからね、と嬉しそうに笑っていた母の為、
家に帰って来た。
でなければ、友人達に誘われるまま食事も一緒に取っただろう。
しかし姉もケーキを用意してくれてると聞かされたからには、
早めに帰宅しないわけにはいかない。
昼は友人達、夜は家族と誕生日を過ごすのも悪くはないだろう。

そう思って靴を脱いで中に上がろうとすると、
「おかえりなさい」と母がキッチンから出て来た。

「思ったより早かったのね。もう少しでご飯だから、待っててくれる?」
「いいけど……。何?」
なんだか妙な笑顔を向けている母に、不二は不審な目を向ける。
今日の料理によっぽどの自信があるのだろうか。
びっくりするようなものを用意したのかな?と考える。

「いいから。早く入って来なさい」
そう言ってリビングへと手招きする母に、不二は首を傾げながら歩いて行く。

ドアを開けると、あらかた出来上がっているらしい夕飯の良い匂いする。
不二の好きなスパイス料理だ。
それを嬉しいと思う間も無く、ソファで寛いでいる人物へと目を注ぐ。

「先輩、おかえりー」
そこにいるのが自然のような仕草で、軽く手を上げる。
堂々とした態度に、勝気な表情。

どう見ても、リョーマそのもので。
一瞬ぽかんと口を開けて、数秒経過する。

じっとこちらを見ているリョーマに、不二は我に返った。


「越前!なんでここにいるのっ!?」


声を上げると、リョーマと不二の母が同時に笑い出した。
















「だから、黙って来たのは俺が悪かったって。
ちょっとしたサプライズってやつをしたかったんだよね」

あの後、呆然とする不二を母が食卓へと連れて行って、
ちょうど姉も帰って来たこともあって、四人で食卓を囲んだ。
その時に知ったのだが、
リョーマは不二の母と電話の取次ぎの合間に会話を交わしている内に仲良くなって、
今回の計画を思いついたらしい。

リョーマがこの時期に日本に来ると知り、家に泊まればいいと勧め、
どうせだったら不二に内緒にして驚かそうと会話した結果が今日の出来事だ。
全く知らなかった、と不二は楽しそうにしている家族を見て、苦笑するしかなかった。


「でも来るってわかったのなら、君のこと迎えに行きたかったのに」

少し拗ね気味に返すと、リョーマは目を丸くしてから、
「ごめんね」と擦り寄って来た。

「でも日本に到着したのもついさっきだし、
本当に来られるかはぎりぎりまでわからなかったんだ。
だからもしがっかりさせることになったら悪いと思って言えなくって……ごめん」


髪からは不二と同じシャンプーの匂いがする。
食事とケーキを食べ終えて、しばらくリビングでだらだらした後、それぞれ入浴を済ませて、今は不二の部屋で二人きりだ。

間近で見る久し振りのリョーマに、やっぱり好きだなあ、と改めて思う。

「ううん。謝らなくてもいい。
越前が来てくれて、嬉しかったのは本当だから」
そっと肩を抱くと、リョーマは頭を不二の胸へと寄せて来た。

「なんか、僕より母さんと仲良くしていることにヤキモチ焼いていたみたい。
素直になれなくて、ごめんね」
「もう怒っていない?」
「最初から怒ってないよ」

不二の言葉に、リョーマは嬉しそうに笑う。
それだけで、帰り道に抱いた不安がスッと消えていくのがわかった。
やっぱり定期的に触れ合うのは必要だ。
高等部に行ったらバイトしようかな、と漠然と考える。

「それで、いつまで日本にいられるの?」
「えっと、先輩の卒業式くらいまでかな」
「そうなの?じゃあ、ちょっとだけゆっくり出来るね」
「うん。その間、テニスの相手してくれる?」
「……君は本当にテニスばっかりだなあ。
デートもしてくれるのなら、いいよ」
「勿論。断るわけないじゃん」

色んな所行こうよと言うリョーマに、心が温かくなっていくのがわかる。
どうしようもない位メロメロになっている自分に呆れつつも、
こんな恋をしていることを幸せだとも思う。

「じゃあ、こっちの誘いも断らない?」

ちゅっ、と軽いキスをして、リョーマをベッドへ押し倒す。
二人きりになった時から、ずっと意識していたわけで、
そろそろ不二も限界に近い。
抱きしめる位では、離れていた時間を埋めるには足りない。

そう思ってリョーマの顔を覗き込むと、
潔い良い位清々しい笑顔で「いいよ」と答える。

「むしろ俺から誘おうかなって、ちょうど考えていたところだから」
「……君って子は、本当に」
「先輩?」

がっくりと項垂れる不二に、リョーマが気の抜けた声を出す。

全くわかっていない。
こんなたった一言で、どれだけ自分の心を溶かしてしまうのか。
きっとわかっていない。

一つ息を吐いて。

「じゃ、その誘いを喜んで受けることにするよ」
と、不二は言った。

「どうぞ。不二先輩の望むままに」
まだ余裕の顔をしているリョーマに、
絶対崩してやろうと決めて、小さな体にそっと覆い被さる。

「あ、そうだ」
「何?」
「お誕生日おめでとう。まだ言ってなかったから」
「……うん、ありがとう」

今ここにいること、全て含めての感謝の言葉を口にした。


終わり。


2010年02月25日(木) 卒業  (不二→リョで失恋?ネタ)

「僕、君のことが好きだったんだ」

突然の告白に、リョーマはその場に固まった。
それを見て、不二は楽しそうに笑っている。

「あ、君でも驚くことがあるんだ」
「……そりゃ、あるっすよ。
俺の驚く顔が見たくて、嘘言ったわけ?」
「違うよ。今の告白は、本気。好きだよ、越前」
「な、何度も言わなくてもいい。もう、わかったから」
「そう?本当にわかってる?」
「いや、突然で驚いたけど……本当だって言うのなら信じるしかないじゃん。
でも不二先輩が、俺を、っていうのがまだ繋がらない気がするけど。
しかも、こんな不意打ちみたいに」
「しょうがないでしょ。
いきなり全国大会後に、誰かさんが消えちゃったんだから。
しかも今日は連絡も無しに突然の来日して来るとか。
こっちだって心の準備ってもんが欲しいんだけど」
「……はあ」
「いいけどね。
今日、君に会えただけで嬉しかったから。
だからかな、思わず好きだって言っちゃった」

ふふっ、と笑う不二に、リョーマは眉を寄せた。
こういう時、なんて返したらいいかわからない。

だってこの先輩に好かれているなんて、
考えもしたことないのだから。

今日、リョーマが日本に来たのは、手塚と試合する為だ。
卒業後はプロを目指す為に留学すると聞いている。
そうなったら、気軽に野試合なんて出来ない。
お互いプロとしてコートに立つのも、可能性としてはあるが、
ずっと先のことだろう。
それまで待ってなんていられない。
だから単身で卒業式に乗り込んで、手塚に試合を申し込んだ。

さすがに全校生徒の前で断るような真似は出来なかったらしく、
手塚はリョーマの申し出に応じてくれた。

その試合が終わってからの出来事だ。
先程までテニス部の人々に囲まれ、手塚との試合のことや、今日突然来たこと、
これまで何をしていたか、色々話し掛けられた。
ひと段落ついて、三年生達が他の生徒に写真に一緒に入って欲しいと頼まれたりした時、
ふと気付いたら、不二だけがリョーマの側に残っていた。

そして、突然の告白。
もう、一体なんなんだよ、とリョーマは横目で不二を見る。

「それで、この後どうするつもりっすか」
「どうって?」
「俺に好きだと言って、終わりってことじゃないでしょ?
まさか言ってみたかっただけ、なんてことじゃないよね」
「うん、そのまさかだよ」
「はあ!?」

爽やかに言う不二に、リョーマはあんぐりと口を開けた。

「やっぱり嫌がらせ?」
「うん。それに近いかも」
「うん、って……あんた」
「だって越前って、結局手塚のことしか考えていないよね。
いつも真っ先に向かうのは、手塚、手塚。
なんかそう思ったら、悔しくって……」
「人聞きの悪いこと言わないで下さい。
部長は倒したい相手としか思っていないんだけど」
「うん、だとしても君にここまで追い掛けて来てもらえる手塚が羨ましい。
でも僕は手塚みたいにはなれないから、
せめて最後に僕のことを忘れられなくなるような言葉を、ぶつけてみたくなって……。
それで、告白してみた」
「本気で嫌がらせだったんすか」
「しょうがないでしょ。
テニスでは最後まで手塚に敵わなかったんだから」

そう言う不二は笑顔のままだが、どこか寂しそうにも見えて。
なんだかリョーマは自分が悪いような気になってくる。

(って、これは不二先輩のペースに嵌っているだけか!?)

軽く首を振って、リョーマは体勢を立て直した。

「不二先輩だって強いのに、何言ってんの。
俺が部長より先に試合を申し込まなかったからって、拗ねるのも変だと思う。
大体、何度も再戦したいって言っても、断ったのはあんたの方でしょうが」
「そうだっけ?」
「そうっしょ。なんなら今からでも」

試合しよう、と言おうとしたリョーマの口を、
不二はひとさし指でそっと制した。

「嫌だよ。手塚と打ちに来たついでに、なんて。
これでも僕ってプライドが高い方なんだ」
そんなのわかっている、とリョーマは口の前に置かれた指を左手で軽く払う。
「知っているっすよ……。本当に面倒な人だなあ」
「うん。自分でもわかってる。
もっと真っ直ぐに気持ちに向かい合うことが出来たら、
こんな急な告白をする事はなかったと思う。
ごめんね。折角、日本に来たのにおかしな話しちゃって」
「いや、謝らなくてもいいんだけど……」

申し訳なさそうな顔をする不二に、
だったら最初から言わなきゃいいのにと思ったが、
それには触れずにいた。
衝動で溢れる言葉だってあるはずだ。
本気の好きなら、謝罪はいらない。
誰かを好きになる気持ちを止める権利なんて無いのだから。

「いいんじゃないっすか。
言いたいことは溜め込まずに言えば。
びっくりさせられたけど、俺は、そんなに悪い気にならなかったっていうか……。
あの、でもだからってOKっていうことじゃないんだけど」

一生懸命、自分の気持ちを伝えようとするリョーマに、
不二は「ありがとう」と、ふっと穏やかな顔になった。

「やっぱり越前は優しいね」
「俺、優しくなんかないっすよ。いつも生意気だって言われてるのに」
「ううん。そんなことない。
今の返事、嬉しかったな……。
やっぱり伝えて良かった。
今日、ここに来てくれてありがとう」

そっと右手を差し出す不二に、リョーマも慌てて手を差し出した。

ほんの数秒、二人は握手を交わした。

まだ少し風が冷たい季節の中、
不二の手は温かく、ほっとするような心地良さをリョーマに与えた。


「さてと、そろそろ皆の所に行こうか。
越前も来るでしょ?
タカさんの家で卒業パーティーするんだよ」
「えっ、行っていいんすか?」
「勿論。皆そのつもりでしょ」

不二が頷いたところで、
「不二ー!こっちで写真撮ろうよ!」と、何人かの女子生徒達が声を掛けて来る。

「あ、クラスの子達だ。見付かっちゃった」
「行った方がいいんじゃないっすか?」
「そうだね。名残惜しいけど」
「また後で会えるっすよ。河村先輩の家で」
「そっか。まだもうちょっと一緒にいられるか。
だったら行ってこようかな。無視したら、後が怖い」
「そうっすよ。いつまでも不二先輩と喋ってたら、俺の方が睨まれるかもしれない」

おどけた口調で返すと、不二は目を丸くしてから小さく笑った。
つられてリョーマも笑う。

さっきまでの切ない空気を吹き飛ばすように。

明日にはアメリカに帰るリョーマは、不二の告白に応えることが出来ない。
不二もそれはわかっているのだろう。


気付いていても、知らん振りで笑い合う。

卒業という今日、この日。
不二は気持ちを吹っ切ってしまおうと思ったに違いない。
叶わないのならいっそ玉砕して、そして新しい恋を見付けていこうと。

だからリョーマも少し優しい気持ちになった。
本気で拒絶するのではなく、でもやっぱり無理だと遠回しに伝えて。
お世話になった先輩の背を、別の道へと押してやろうと思ったのだ。


「じゃ、行くね」
「うん」

まだかと騒ぎ始めた女子生徒達の所へと、
不二は歩き出す。

その背を見て、リョーマは不意にまだ言っていない言葉を思い出した。

言いたいことはすぐに伝えようと、口を開く。

「不二先輩ー!卒業おめでとうっす!」

声を上げると、不二はちらっとこちらを振り返る。

そこにあったのはいつもと変わらない笑顔だ。

だからリョーマも笑顔で、不二のことを見送った。


終わり


2010年02月22日(月) 手塚さんちの気まぐれな猫達 (不二リョ?)3 周助

この家のお母さんが僕を引き取ってくれたのは、
もっともっと小さい頃だった。
僕はその時、今のリョーマ君よりもっとちっちゃかった。
ご飯を食べてすくすくと育って行く内に、この家の全てが僕のテリトリーになった。

勿論、いけすかない国光の部屋も例外ではない。
ここに来た当初から、なんとなく僕は彼のことが気に入らなかった。
向こうは僕と遊ぶ気満々みたいで、何度か猫じゃらしを揺らしてきたり、餌で釣ろうとしていたが、
僕は絶対にその手には乗らなかった。
奴より、僕の方が上の地位にいる。
それをわからせたくて、いつもツンと澄ました態度を貫いていた。

最近ではようやく自分の立場がわかったのか、
国光も大人しいものだ。
ちょっかいを掛けて来ようともせず、僕の顔色を覗っている。
家族に一番可愛がられている僕のことを、ようやく敬う気になって来たのか。

よしよし、と気分良くしていたら、
ある日、国光が子猫を拾って来た。
普通なら、追い出してやる所なのだけれど、
その子猫はとっても可愛くて、一目見て気に入った。
世間知らずなところも守ってやりたくなる。

国光もたまには役に立つと、少しだけ見直して、
この子は僕が守ろうと決めた。
こんな可愛い子、外に出したら色んな猫達に狙われる。
大事に大事にしようと、僕はそう決めたんだ。




「周助、どうして外出たら駄目なの?」
出たいー、と騒ぐリョーマ君に、僕は「静かにね。お母さんが心配して様子を見に来るよ」と言った。
するとリョーマ君は口を閉じた。
お母さんはとっても僕達のことを可愛がってくれているいい人だ。
リョーマ君も素直に懐いている。
たまには違う味のご飯が食べたいなーと思うと、タイミング良く新しい缶詰をくれる、
そんな風に僕らの気持ちがわかってくれてるような、優しい人だ。

「外は危ないんだよ。
リョーマ君だって、ちょっと散歩に出たら道に迷って帰れなくなったんでしょ?
今度も迷って帰って来られなくなったりしたら、どうするの。
僕は嫌だよ。リョーマ君と離れたくない……」

悲しげな顔をすると、リョーマ君は「そんなつもりで言ったんじゃないけど」と、
気まずそうに俯く。
「じゃあ、もう外に行きたいなんて言わないよね!
今からここで僕と一緒に遊ぼう」
「そう言って、昨日も出られなかった気がするんだけど」
首を捻るリョーマ君のしっぽを軽く噛むと、何すんの、とパンチを繰り出してくる。
それを避けながら、また体にタッチする。
段々と、リョーマ君は僕とのじゃれ合いに夢中になって、
外に行くことを忘れてしまう。
そうしている内に、お母さんがおやつをくれる時間になって、
今度はお昼寝に突入すれば、こっちのもの。

よし、今日もリョーマ君と二人きりの時間が守れそうだ。
この調子で、リョーマ君を外に行かせないぞ、と僕は心に誓う。
だって外に行ったら、皆がリョーマ君に注目しちゃうよ。
リョーマ君の一番は、僕だけでいい。
だからこの平穏な日々を守ろうと、努力している。

本当にリョーマ君は可愛いなあ、と軽いパンチを交わしていると、
「リョーマ、周助と一緒にいたのか」と、国光が寄って来た。

なんの用だ。僕とリョーマ君の時間を邪魔しないでよと、威嚇するように低い声を出すと、
「周助は向こうで母さんと遊んで来い。
リョーマ、おいで」と言いやがった。

こいつ……僕とリョーマ君を引き離すつもりか!?

再び威嚇するが、国光は気付いていない。
嬉しそうな顔をして、片手に持っていた袋から何かを取り出す。

「何?何?」
リョーマ君は無邪気に国光へと寄って行く。
きっとお菓子か何かを貰えると期待しているのだろう。
それが奴の手なんだ!
危ない、と僕はリョーマ君の背中に乗って引き止めに掛かった。

「駄目だよ、リョーマ君。この人に近付いたら、何されるかわからないよ?」
「なんで?国光は周助が言うほど、悪い人じゃないよ?
だって俺をここの家に連れて来てくれたんだから。
もしあのまま国光が俺を放っておいたら、周助とも会えなかったかもしれない。
なのに国光のこと悪く言うの?」
「それは、……だって、こいつは僕とリョーマ君を引き離そうとするから」
「え?なんで?」

僕らが話をしている間に、国光は「ほら、リョーマ」と猫じゃらしを取り出す。
棒の先におもちゃのねずみがついたものだ。
僕は絶対に引っ掛からないけれど、好奇心旺盛なリョーマ君は目を輝かせる。

「ほら、ほら。どうだ、遊びたくなっただろ?」
ゆらゆらと国光がねずみを動かすたびに、リョーマ君のしっぽが揺れる。
「それ、俺のものー!」
「あ、リョーマ君!」
止める間もなく、リョーマ君はおもちゃのねずみに飛び付いた。

「よーしよし、リョーマ。楽しいか?」
リョーマ君が食いついて来たことに、国光は嬉しさを隠せず笑顔でねずみを動かしている。

この僕を無視するなんて、いい度胸だね……。

背後に回り込、僕は無防備な国光の背中に思い切り爪を立ててやった。

「ギャー!!」

悲鳴を上げた瞬間、国光は棒を手から落とした。
「今だっ!」
リョーマ君は鼠を咥えて、足で棒を固定させて思う存分に弄り始める。

楽しそうで良かった、と僕はそんなリョーマ君を見て笑顔になった。







「沢山動いたら、眠くなったー。
俺、今から昼寝するね」
「うん、いいよ。僕の背中に頭を乗せてごらん」
「こう?」
こてん、とリョーマ君がもたれてくる。
国光を撃退して、また二人きりになれた。
幸せな時間、再びというわけだ。

リョーマ君は僕の体にもたれたまま、すぐ寝てしまった。
寝顔も可愛い。
リョーマ君と一緒にいるだけで毎日が楽しくて、幸せでたまらない。
こんな日がずっと続けばいいなあと考えながら、
僕もそっと床に頭を置いて目を閉じた。
次のご飯まで、リョーマ君と一緒にお昼寝を堪能しよう。





静かになった部屋に、手塚はそっと足を踏み入れた。

先程まで元気良く遊んでいた猫達は、ベッドの上でお昼寝中らしい。

(折角買ったのにな……。リョーマが眠っているんじゃしょうがない。
しかし周助はなんだか、よく邪魔してくるような気がするけど、どういうつもりだ?
今までは俺の側には決して寄ろうとしなかったくせに、
リョーマと遊ぶと邪魔してくる。
ひょっとして、ヤキモチか?)

だったらこの先は周助とも遊んでやらなくてはいけない。
上手くいけば、二匹同時に遊ぶ日も近い。

勘違いした手塚は、その場面を想像して楽しげに微笑む。

今度は同じおもちゃを二つ買ってこようと、
眠る猫達の顔を幸せそうに眺めた。



終わり


2010年02月21日(日) 手塚さんちの気まぐれな猫達 (不二リョ?) 2 リョーマ

外に出て、日当たりの良いところで寝ていたら、
突然地面が疎き出した。
びっくりして、その場に爪を立ててしがみ付いているのが精一杯だった。
やっと収まってから、慌てて別の場所へと避難する。
やれやれと顔を上げた時には、もう知らないところだった。

なんでこんな所にいるんだろう?
そう思ってとぼとぼと歩いている内に、どんどん間違った方に来てしまったらしい。
一晩、外で眠って目が覚めてから、空腹に気付いた。
食べ物はどっかにないか……。
ふらふらと探し回っていたら、食べられそうなものを発見した。
だけど手が届かない。

なんとかして獲物を取ろうとした俺に、背の高い人間が近付いて来た。
俺が一緒に暮らしていた人達よりもずっと大きい。
誰だろ?と顔を上げた時、その人が食べ物を持っているのが見えた。
それ、ちょうだい!と、俺は声を上げた。
けれど伝わらなくて、背の高い人間は俺を抱え上げて、狭いところに閉じ込めやがった。

さすがに抗議しようとバタバタ手足を動かしていたけど、
無視される。
お腹空いているんだって!なんかくれ、と声を上げても無視。
どうしてくれようと暴れ続けている内にすっかり疲れて、
俺はぐったりと体から力を抜いた。

このまま空腹のままでどうなるんだろ。
そう思っていたら、不意に周囲が開けた。

「あらあら。可愛い猫さんね」
今度は優しそうな女の人が俺の前に現れた。
「そうでしょう。俺もこんな可愛い猫は見たことありません」
「まあ、国光ったら。周助が聞いたら、怒るわよ」
「……そうですね。
ほら、リョーマ、ミルクだぞ。お腹減っているんだろ」
「もう名前をつけたの?」
「ええ。いい名前だと思って」
「そうねえ。いいんじゃない」

二人が喋っている間に、俺は出されたミルクを飲み始めた。
やれやれ。やっと、食べ物にありつけた。
助かったー、と夢中で飲み干していく。

「リョーマ、そんなに慌てなくても誰も取ったりしない。大丈夫だ」
背の高い人が、俺の背中を撫でながら言う。
リョーマって、俺のことだろうか。
なんでもいいや、とまたミルクをぺちゃぺちゃと舐める。

全部平らげたところで、満足して寝転がると、
「リョーマ、眠いのか?」と大きな手に抱かかえられる。
「ここにいると周助に怒られるかもしれないからな。
俺の部屋に行こう」
周助って?
そう思ったが、眠くて俺は目を閉じていた。
昨日から、すっかり疲れている。

下ろされた先はふかふかと柔らかくて、
俺はそのまま熟睡していた。



再び目を覚ました時には、辺りは暗くなっていた。

何かが鼻に触れている。
そう思って目を開けると、知らない誰かが俺の顔を覗いていた。

「誰……?」
真っ白い綺麗な猫。
俺の母さんより綺麗、と見惚れてしまう。
「僕は周助。初めまして、よろしくね」
丁寧な挨拶に、俺も「よろしく」と慌てて飛び起きて答える。

綺麗だけど、同じ男かと、少しがっかりする。
もし女の子だったら、絶対好きになっていただろう。
それ位、周助は綺麗な猫だった。

「君はどこから来たの?」
「えーっと、あっち」
遠くを指差す。
しかしここがどこかもわからないから、あっちも何も無い。
困ったように俯く俺に、周助は「そう」と真面目に頷く。
「今日からここで暮らすことになったのかな?」
「わかんない」
あの背の高い人がここに連れて来てくれたということは、俺を引き取ってくれようとしているのかもしれない。
けど。

「周助はこの家に住んでいるの?」
「そうだよ」
「だったら、俺がここに居たら駄目だよね。
余所に行くよ」
縄張りがあること位、俺も知っている。
周助の場所なんだから、邪魔しちゃいけない。
そう思って、下に降りようとしたら、くいっと首を持ち上げられる。
「え、え?」
周助に首元を咥えられて、また元に戻される。
驚く俺に、周助は「どこに行くつもり?」と言った。

「どこから来たかわからないんでしょ?
だったらここに居ればいよ」
「でも、ここは周助の家なんじゃ……」
「うん、だから僕が許可する。
君みたいな可愛い子は大歓迎だよ」
そう言って擦り寄ってくる周助に、驚きながら口を開く。

「可愛いって、俺、男なんだけど」
「そう。僕もだよ」
「えーっと、だから、可愛いと言われても嬉しくないよ」
「でも可愛い。すっごく可愛い。
だから君ともっと仲良くなりたいなーって」
「いや、それは女の子に言うことなんじゃないの!?」
「別に問題ないね」
「ええええ!?」

圧し掛かってくる周助に、声を上げて抵抗する。
こんな展開ってありなの?
出会ったばかりで、しかも同じ男同士なのに。
冗談だよね?と思っている間に、周助に体を撫で回されてる。
くすぐったいその感触に、俺は堪え切れず声を上げた。






「リョーマ、どうした?何かあったのか」



二階から騒がしい声が聞こえて、手塚は急いで自室へと戻って来た。
ドアを開けると、自分のベッドの上で猫二匹が取っ組み合いを始めている。
周助がリョーマを苛めているのかと勘違いして、
急いで駆け寄る。

「周助!駄目じゃないか。リョーマはまだ小さいんだぞ。
この部屋以外なら好きにしてもいいが、ここはリョーマの縄張りだ。
外に行っていろ」

そう言って、リョーマを助け出そうと周助の体を掴もうとした瞬間、
バリッ、と盛大に手を引っ掛かれてしまう。

「ギャー!!」

容赦ない爪攻撃に、手塚は悲鳴を上げる。

そんな様子を見て、周助はふん、と鼻を鳴らした。
「僕とこの子の間に入るからだよ。
お前こそ、外に出てろ」
「周助……ここ、あの人の部屋じゃないの?」
「関係ないね。この家は全部僕のテリトリーなんだから」
「……すごいっすね」

感心したように呟くリョーマに、周助は「これからは君のものでもあるんだよ」とにっこり笑った。


2010年02月20日(土) 手塚さんちの気まぐれな猫達 (不二リョ?) 1 手塚

派手に散らかった部屋を見て、手塚は溜息をついた。
誰がやったかなんて、わかっている。
だから部屋を出る時にはきちんとドアを閉めて出たのに。

奴は最近ドアノブにジャンプして重みで開けるという技を会得した。
この目で目撃したのだから、間違いない。
きっとここにも自由に出入りしているのだろう。
真剣に、鍵をつけてもらおうかと考えてしまう。
びりびりに破られた山のポスターの切れ端を片付けながら、
手塚は(困ったものだ)と呟いた。

階下へ降りると、母は食事の準備中だった。
手塚の足音に気付き、
「国光、ちょっと待っててね」と振り返る。
「はい」
そう言って、いつも座っている椅子を引こうとして気付く。
気持ち良さそうに目を閉じて、猫が眠っている。

ここでもかと思い、手塚は部屋を散らかしたお返しを込めて椅子を動かすと、
「ニャーオ」と抗議の声が上がる。

「あらあら、周助。どうしたの?」
母がまた振り返る。
そして手塚を見て、「そこで寛いじゃったのね。国光、悪いけど他の椅子に座ってくれる」と言った。

猫優先ですか……、と手塚はがっくりと肩を落とす。
勝ち誇ったように周助と呼ばれた猫は、また椅子の上で丸くなった。

この周助と呼ばれる猫と、手塚の相性はあまり良くない。

母が友人から周助を譲り受けた時、手塚は最初は目一杯可愛がるつもりでいた。
動物は好きだし、周助はとても可愛らしい姿をしていたから。

しかしどういうわけか、周助は手塚にだけ懐こうとしない。
母や父、そして祖父にはとても懐いているというのに、
手塚だけが無視され、存在しないかのように振舞っている。
足を踏まれるなんて、しょっちゅうだ。
かと思えば、自室に入ってやりたい放題、いたずらのし放題。
なんだかとても理不尽な扱いを受けている。

もっと自分に懐いてくれていれば多めに見るのだが、
やられっぱなしのままで、さすがの手塚もストレスが溜まる一方だ。

(俺にも懐いてくれる可愛い猫が欲しい……)

日増しにそんな願望が膨らんでいく。
周助は触れようとすると逃げていくし、引っ掛かれることもある。
そうじゃなく、一緒に遊ぶとか、布団の上に寝ていて重くて目が覚めたとか、
微笑ましい日常を送りたいだけなのに。

どこかに自分と合う猫はいないかと、
そんなことばかり考えていた。


或る日、ストレス解消にと手塚はよく行く川へと釣りに出掛けた。
祖父は将棋仲間の家へと出掛けたので、一人での行動だ。
たまにはそんなのもいいと、釣り道具を持って馴染みのポイントへと出向く。

早速、釣り糸を垂らす。
そして本でも読もうと文庫本を取り出したところで、
糸が引いたのを確認する。
ゴミでも引いたかと思ったが、魚だった。

その後も、手塚は次々と魚を釣り上げた。
今日は調子が良いようだ。

バケツがいっぱいになるな、と次の魚を釣り終えた所で、
何か小さな動物が動いているのが見えた。

それはバケツの中を覗きこんで、今にも中に落ちそうな様子だ。

(猫、か……)

真っ黒な小さな黒猫だ。
お腹を空かせているのか、とうとうバケツの中に手を入れる。
が、届かない。手足が短いから当たり前かもしれないが、
バケツにしがみ付いているのがやっと、という感じだ。

こんな山の中に猫?と思ったが、心無い人間が置いていった可能性もある。
なんて酷いことを、と憤りつつ手塚は口を開いた。

「おい、そのままだとバケツに落ちるぞ」
猫に言葉が通じるかはわからないが、手塚はまず注意をした。
すると子猫がぱっと顔を上げる。
全身真っ黒で、金色の瞳が手塚を見て「ミャア」と鳴く。
やはり腹が減っているのだろうか?
手塚が今釣ったばかりの魚に視線を移し、「ミャア、ミャア」と鳴き始める。
「いや、これは生のままだから、食べたら腹を壊すかもしれないぞ」
「ミャア!」

猫にそんなことを言っても通じないか、と手塚は口を閉じた。
それにこんな小さな猫だから、それ用のミルクを飲ませた方がいいかもしれない。
家に連れて帰ってやろうと、手塚は思い始める。
ここで出会ったのも、何かの縁だ。
子猫を放って帰ることも出来ない。
見たところ、民家は無いのだから、この子の飼い主もいないようだ。
連れ帰って、飼おうと手塚は決意する。
家族は反対することは無いだろう。
こんなに可愛い子猫なのだから、きっと賛成してくれる。


(問題があるとしたら……奴か)

手塚は家にいる周助のことを思い浮かべる。
気位の高い周助のことだ。
縄張りに新入りが来ることを良いと思わない可能性はある。
まず、この子は俺の部屋だけで飼うか、と手塚はひょいっと、小さな体を抱き上げた。
「ミャア」
抵抗することなく大人しく手の中にいる猫を見て、微笑む。

周助から無視され続けている自分へ、神様がこの子をプレゼンをしてくれたのトかもしれない。

だとしたら、最後まで責任持って飼わなければならない。

「俺と一緒に来るか?」
子猫にそう尋ねると、「ミャア」と鳴いたので、
手塚は付いて来る気があるんだな、と勝手な解釈をした。


2010年02月16日(火) 不二リョ 君に一番のチョコをあげたいんだ。

目的の人物を見付けて、菊丸は一目散に駆け出した。
そして両手を広げて、ぎゅっと抱き付く。
「おチビ〜っ!」
「菊丸先輩、苦しいっす……」
不満顔で見上げるリョーマに、菊丸は「またそんなこと言ってー」と、笑った。

「それでさ、どうなったの?」
「あの、いきなり何の話っすか」
「またまた惚けてー。先週、おチビの相談に乗ったことを忘れたとは言わせないぞ?」
「あれは、相談ってもんじゃないような」
「けど、どうしようかって方向性は決まったんじゃないのー?だとしたら、俺のおかげでしょ?ね?」
「……」

先週、菊丸はたまたま空いた時間にテニス部へと顔を出した。
その日は不二がアルバム委員で忙しかったのもあって、
一人だけでの参加だった。
顧問と、現部長に許可を取りコートに入って、後輩達の相手をしていく。
一通りこなした後、なんだかぼんやりとしているようなリョーマに声を掛けてみた。

「おチビちゃん、どうしたのー。なんか今日は気合いが足りないぞ?」
「そんなこと無いと思うけど……」
「んん?なんか悩みでもあるんじゃないの?そんな顔してる」
「いや、悩みってほどじゃないような」
「でも、なんか考えてる。そうでしょ?もし俺で解決出来そうなことだったら、話してみてよ。
力になれるかも」
「えーっと、うん、そうだね…」
言葉を切った後、リョーマは顔を上げた。

「あのさ、不二先輩って普段、チョコレート食べたりしてる?」
「えっ」
「どうなのか、知りたいんだ」
なんだ、やっぱり不二のことかあ、と菊丸は微笑んだ。
不二とリョーマが付き合っているのは、周知のこと。
恐らくバレンタインに向けて、リョーマでさえ色々考えているようだ。
ここは真面目に答えてやろうと、菊丸は小さく頷く。

「不二がチョコ食べるところはあんまり見たことないなあ。
あいつ、辛党だから」
「やっぱり……」
「不二にどんなチョコ贈ろうかって悩んでいるんだ?もう、可愛いなあ〜」
ぎゅっと抱きつくと、「苦しいっす!」とリョーマが抗議の声を上げた。

「あ、ごめん。
でも、不二にチョコ、ね。おチビから貰えるのなら、なんでも喜ぶんじゃないの?」
不二のリョーマへの溺愛ぶりを見ると、例え溶けたものでも、賞味期限切れのチョコでも喜ぶだろう。
それを指摘すると、リョーマは首を横に振った。

「だとしても、俺はちゃんと不二先輩が喜ぶものを贈りたいんす。
なんでもいいってわかっていても、どうせなら好きなものをあげたいじゃないですか」
「うわー、今の言葉、不二に聞かせたらきっと喜ぶよ。
そこまで僕のことを想ってくれてるんだって、ね」
「茶化さないで下さい。もう、菊丸先輩に相談したのが間違いだった」
そう言って去って行こうとするリョーマを、慌てて引き止めに掛かる。
頼りない先輩と烙印を押されたままでは、格好つかない。

「待って、おチビちゃん」
「まだ何かあるんすか」
「あのさ、不二はチョコっていうか、甘いものは苦手みたいなんだよね。
だからチョコに拘らず、違うものあげたら?」
「でも日本ではチョコをあげるのが常識なんでしょ?そう聞いた」
「いや、そりゃ間違ってないけど……」
困ったな、と菊丸は頭を掻く。
たしか不二は去年も一昨年も貰ったチョコを部室に置いて、
欲しい人にあげていた。
本当に甘いものが好きではないのだろう。
リョーマから貰ったものはなんでも嬉しいだろうが、それはチョコが好きになったということにはならない。
「もういっそ、不二の好きなものにチョコレートをコーティングして渡しちゃえば?」
「それって、どういう……」
「例えば、わさび煎餅に溶かしたチョコを塗って、とか、じゃ駄目かにゃー」
適当なこと言っちゃった、と乾いた笑いを浮かべる菊丸に、リョーマは目を瞬かせた。

「それ、いいかも」
「えっ」
「アイデア頂きます」
ぺこっと頭をリョーマは下げる。
本当に実行する気かと思ったが、それはそれで不二も喜ぶかもしれない。
特に反対することなく、その日の部活を終えた。



結果が気になった菊丸は、リョーマにどうなったか確かめようと思って、
今日も部活に参加を決めたのだ。
「ねえねえ、本当に不二にわさび煎餅チョコあげたの?」
「そんなわけないでしょ」
あっさりとリョーマは否定する。
「え、じゃあ何あげたの?」
「柿の種チョコ。あれなら普通に売っているし、不二先輩も喜ぶと思って」
「ああ、あれか」
なるほど、と菊丸は納得した。
バレンタインっぽい品ではないが、不二でも食べられるし、喜びそうなものだ。
「考えたね、おチビちゃん。不二、喜んでいたでしょ」
「っす」
「それで、不二からは何貰ったの?」
「……、なんのことっすか?」
「惚けなくてもいいよ。おチビが悩んでいたように、不二だって何贈ろうか色々考えていたんだよねえ。
秘密、とか言って不二は教えてくれないし、これはおチビに確認しようと思って」
「なら俺も秘密っす!」
「あー、もうそんなつれないこと言ってー。ちょっとだけ、教えてよ。ね?」

菊丸が今日ここに来た理由はもう一つあった。
不二が何を贈ったのか、リョーマに確認する為だ。
「ね、教えて、教えてー」
「絶対、嫌っす。あんなこと……」
「あんなこと??」
「とにかく絶対に言わないっす!」

にじり寄る菊丸に、リョーマは反対方向へ逃げ出そうと背を向ける。
が、菊丸は素早くリョーマの裾を掴んだ。
「逃がさないよ、おチビちゃん。さあさあ、詳しく聞かせてもらおうか」
「ヤダ!いくら菊丸先輩でも言えないことはあるっす」
「でも聞いちゃうもんねー。逃げられないよ?」
じっくり聞かせてもらおうと、菊丸はリョーマの肩に手を掛けた。
瞬間、
「不二先輩ー!何やってんすか!?」と、リョーマが声を上げる。

「英二……。越前に何してるのかなあ?」
「へ?」
突如現れた不二に、菊丸は思わずリョーマの肩から手を放した。
「ふ、不二?今日は委員会は」
「早く終わったんだよ。で、越前を迎えに来たところなんだけど。
それで英二はここで何してるの?」
「えーっと、それはあ」
「菊丸先輩に迫られていたっす」
「お、おチビっ!」
何てことを言うんだと青くなる菊丸に、リョーマはべー、っと舌を小さく出す。
どうやらしつこくしたことに対するお返しらしい。

「そう、英二……覚悟は出来ているよね?」
「目が怖いよ、不二!あ、あの、俺、用事を思い出したっ。じゃあ、先に帰るね!」
「話はまだ終わっていないよ」
しかし菊丸は俊敏な動きで、ひらっと不二の手をかわしてその場から逃げ出す。

「英二って、時々素早いよね」
既に遠くなって行く菊丸の背を見て、不二は苦笑する。
「今日、逃げても明日きっちりお仕置きするだけなんだけどな。
ま、いいか」
「……」
「それで、英二となんの話してたの?」

笑顔を向ける不二に、リョーマは溜息をついた。

「話なんてしてない。
あんなこと、言えるわけないじゃないっすか」
「あんなこと?」
「バレンタインのことっす!あんたがくれたチョコのこと!」
「ああ、あれね」
嬉しそうな顔をして、不二は言った。
「美味しかったでしょ?越前だってそう言っていたじゃない」
「言ってないっす!大体、なんでわざわざ体に塗って、とか馬鹿みたいなこと……。
チョコくれるなら、普通に下さい!」
「それじゃ面白くないでしょ?可愛かったなあ、僕の体についたチョコを一生懸命舐める越前の顔がまた」
「わー!!も、もうこれ以上喋るの禁止っす!」

顔を赤くしてリョーマは耳を塞いでしまう。
そんな仕草も可愛いと思いつつ、これ以上怒らせるのはまずいと判断した不二は、
もうこの件を喋るのを止めることにした。

「折角、貴重な体験をさせてもらったんだから、
他の誰かに聞かれるのも勿体無いし、学校で話すことはしないよ。約束する」
「そうしてもらえると助かるっす……」

ほっと息を吐くリョーマに、不二はにこっと笑顔を浮かべた。


「でも家でだったらいいよね?
ホワイトデーの相談もしたかったんだ。
今度は越前がホワイトチョコで、っていうのがいいな。
柿の種チョコも美味しかったけど、越前に勝るものなんか無いからね。
お返しはそれがいいなあ。
チョコは僕が用意しておくから。ちゃんと熱くしない程度に調節するよ」
「笑顔で言うところじゃないから……」

どうやらまだまだ苦難は続きそうだと、
リョーマはがっくりと肩を落とした。


2010年02月15日(月) 遅れて来たバレンタイン 不二リョ

壁に背を預けて、リョーマは小さく欠伸をした。

不二はまだ戻らない。
まだ3分も経過していないから仕方無いのだろうけど、
早くして欲しいなあ、と眉を寄せる。

折角、一緒に帰ろうと不二が待っていてくれたのに、
そのタイミングで呼び止められるなんて、ついていない。
どうせなら、部活が終わるまでに済ましておけよ、とリョーマは内心で悪態をついた。

不二を呼び止めた女の子。
すごく必死な表情だった。声も震えていた。
何の用事かは、リョーマでさえ聞かなくてもわかる。

不二への告白だ。

2月14日のバレンタインは昨日で終わったというのに、今更かよ、とリョーマはぷいっと横を向いた。
不二は少し困った顔をしつつも、
勇気を振り絞った女の子の気持ちを無視するわけにはいかない、と判断したのだろう。
リョーマの方を見て、
「ちょっとだけ、待っててもらってもいい?」と聞いた。

ここで「嫌だ」と言えば、不二はオロオロとしつつも、リョーマの後を追って来てくれるだろう。
そうなることはわかっている。
不二が自分を大切に思ってくれてるなんて、知ってる。

だからリョーマは「いいよ。待ってる」と答えた。
不二の困った顔は、出来ればあまり見たくない。
嫌だけど、本当は告白を聞きに行く不二を見送ることなんてしたくないけど、
ここは我慢するしかない。
不二がどんな返事をするか、それはわかっているんだから、とリョーマは自分に言い聞かせる。

(しかしバレンタイン終わったタイミングでの告白って、遅刻っていうか……。
わざとずらして印象付けようってこと?
それとも昨日、渡す為のチョコを作っていて今日になったとか?)

だとしても、よりによってこのタイミングで来ることは無いだろう。
不二が女の子にモテるのは知っているが、わざわざその場面を見たくなんかないのに。

先週の金曜日も、沢山チョコレートを貰っていたのを知っている。
直接、渡そうとした女子には丁寧に断ったらしいが、
勝手に机の中に入れられていたチョコはどうにもならなかったらしい。
まさかゴミ箱に捨てるわけにもいかず、仕方なく適当な袋に詰め込んで家に持って帰っていた。
山盛りのそれを見た時、面白くなかったのは事実だ。

リョーマ自身は、不二にチョコレートは渡していない。
14日は二人でデートして、それだけで満足した。
付き合っているんだから、こんな日までも何かを贈り合う必要は無い。
先にそう提案したリョーマに、不二も「そうだね」と頷いてくれた。

けれど……。
こんな風に一生懸命な女の子達を見てると、不意に不安になる。

皆、全力で好きだと不二に気持ちをぶつけて来る。

好きだという気持ちに、負けてるつもりはない。
ないのだけれど、いつも恥ずかしさの方が先に立って、
伝えることはほとんどしない。
バレンタインだって、それが何、とスルーした。
改めて気持ちを伝えるのは、照れくさいものだ。
でも、不二が喜ぶのなら……たまにはこんなイベントに合わせて、素直な言葉を口にしても良いのかもしれない。


「越前っ」
名前を呼ばれて、リョーマは顔を上げた。
不二が走ってこっちに来るのが見える。

「もう終わったの?」
「うん、待たせてごめんね」
「そんなに待ってないよ……」
言いながら、リョーマは不二の手を確認する。
何も持っていない。
さっきの女子は綺麗にラッピングされた箱を隠しながら持っていた。
不二に渡そうと意気込んでいたに違いない。
断られた時、悲しかっただろう。

けど、自分だって譲るわけにはいかない。
リョーマだってこの恋はとってもとっても大切なのだから。

「チョコ、貰えなかったんだ?」
「えっ、ああ、うん……」
受け取らなかった、が正しい。不二は曖昧に頷く。

リョーマはバッグに手を突っ込んで、入れてあったものを出した。
あげるつもりで買ったのではないけど、今渡したい。そう思ったから、行動することにした。
ちょうど買っておいた板チョコ。色気も何も無いけど、しょうがない。

「じゃあ、俺からチョコあげるよ。
おやつに食べようと思って買っておいた板チョコで悪いけど」
「え?」
「遅くなったけど……バレンタインのチョコ。
不二先輩のことが好きだから、なんだかあげたくなった。
こんなんで良かったら、受け取って下さい」

はい、と両手でその板チョコを差し出すと、
不二は一瞬、驚いたように目を開いた後、恐る恐るというように両手を伸ばして来た。


「越前から、チョコレートもらえるとは思っていなかったな……驚いた」
「俺もこんなイベント馬鹿にしてたんだけど、
たまには気持ちを伝えるのもいいかと思って。
もっと早くに気付けば良かった。
そしたらこんなただの板チョコとかじゃなく、ちゃんと買っておいたのに」
「ううん。十分だよ。嬉しい」

そう言って、笑顔を見せる不二を見て、
リョーマは何故かほっとしてしまう。

不二の笑顔を見るのが、好きだ。
出会った時から、ずっと。

だから、笑顔を向けられると安心する。
何よりも幸福な瞬間だ。


「そう、良かった。先輩、甘いもの苦手だから、食べられるかどうか少し考えたんだけど」
「食べる?とんでもないよ」
「えっ」
「越前がくれたチョコレートなんだよ。
これは大事に大事に取っておく。初・バレンタインの記念としてね。
枕元に飾っておこうかなあ」

真顔で言う不二に、リョーマは「えーっと……」と額に手を当てた。
たかが板チョコで記念とは。
嬉しいが、ちょっと大袈裟じゃないだろうか。

「そんなことしたら、いつか溶けるっすよ。
記念になんか取っておかずに、ちゃんと食べてよ」
「えー、でも勿体無いのに」
「じゃあ、俺が食べさせてあげようか?」
「……」
「今から先輩の家に行こ?そのチョコレート、俺の手から食べさせてあげる」

にこっと笑い掛けるリョーマに、不二は数秒固まった後、
「是非!」と声を上げた。


更に嬉しそうな顔をする不二を見て、
やっぱりリョーマの心はほわっと幸せに包まれるのだった。


終わり


2010年02月03日(水) けれども心は擦れ違ったまま 不二リョ ※BAD END注意!

本日、一つのニュースが日本中を駆け巡った。
それは一人の日本人選手が、ある世界大会でベスト16まで勝ち進んだこと。
彼の経歴や、そして父親が有名な選手だったことから、徐々に大きく取り上げられて行く。
まだ年が若過ぎるということから、今回の優勝は無理そうだが、
ひょっとして将来、グランドスラムも夢じゃない、そんな期待が寄せられる。

「今後が非常に楽しみな選手です」
ニュースキャスターが笑顔で締め括った言葉は、
彼に注目している全ての人々が抱いている思いと同じだった。





そんな中、不二は独りで自分の部屋に閉じ篭り、
ずっとベッド中に持ち込んだノートパソコンの画面を凝視していた。
一つの画像を見ては眺め、次へと進んで行く。
クリックし続けているのは、不二がこれまで撮って来た写真のデータだ。

―――ただの写真ではない。

誰にも見せたことのない秘密のフォルダに収められたもの。
不二は時々、それを眺めては閉じて、眺めては閉じてを繰り返している。
でも、今日の場合はちょっと違った。

越前リョーマ。
彼の名前をニュースで見た瞬間、不二はとうとうこの時がやって来たのかと、胸を押さえた。

いつか自分の手の届かない所へと行ってしまう。
初めからそんな予感はあった。

他の一年生の中に紛れていても、リョーマには特別な輝きがある。
目立ってしまう。無視することなんか出来ない。

だから才能が無い者は嫉妬し、早い内に芽を摘もうと画策する。
しかし本当の意味で特別な存在は、妨害を妨害とも思わず、
相手を圧倒してしまうものだ。
その証拠に、たった一度退けただけで、誰もリョーマに何も文句を言わなくなった。

言えるわけがない。
恐ろしい存在だと、文句を言った者達はわかってしまったのだろう。
触れたら、近付いたら、自分の才能の無さに気付かされて、きっと立ち直れなくなる。
ここがプロの世界なら、そういうのもあるだろう。
己の限界を知って、身を引いていく。勝負はとても厳しいのだから、時にそんな絶望と会うこともある。
そこから学んで、強くなっていく。
プロに飛び込んだ者達は、化け物に出会うのを覚悟して飛び込んでいるのだから、
立ち直る術も知っている。

けれど。
たかが部活動、しかも中学生の身でそんな挫折を味わってどうする?
勝てるわけがない。
存在自体が卑怯という相手に、どう立ち向かっても結果は敗北しか無い。
そんな惨めな気持ちを抱いたまま過ごせというのか。

一年生達は、まだいい。
リョーマの強さを無邪気に褒め称えて、敵わないなあ、と当たり前のように言えるのだから。
二年生達はそうはいかない。
自分達が超えられなかった壁をひょいっと乗り越えて、高みにへと行く。
その姿を追い付くどころか、横に並ぶことも出来ない辛さ。
どんなに悔しいだろう。

そして、レギュラーである自分も。
いつ追い抜かれるかという恐怖に、震えて過ごしていかなければならない。

越前リョーマには関わらないでおこう。
不二は、最初に会った時からそう決めていた。
あんな存在と張り合うことすら無謀だ。
おまけに同学年には手塚という化け物もいる。彼だけでもう十分だ。
天才と呼ばれながらも、身近にいる手塚に勝つことも出来ないのに、
これ以上屈辱を味わうのはごめんだ。

意図的に、不二はリョーマを避けていた。
このまま半年、何事もなく過ごそうと決めていたのに。

なのに、彼が「好き」なんて言うから……。

あの雨の日の試合。
絶対やりたくないと思っていたリョーマと、初めてネットを挟んで向かい合った。
なんとか逃げ切ろう。
そんなことばかり考えていたら、途中から雨に降られて、
こちらが優位のままで終わらせることが出来た。
続けていたら、間違いなくやられていただろう。
絶望を味会わずに済んで良かった、とほっと胸を撫で下ろしたことを覚えている。

だが、その所為でリョーマにいらぬ興味を抱かせてしまったらしい。


「俺、先輩のこと好き、みたいなだけど……」

偶然、二人きりになった部室で告白された時、
不二は衝撃に動けなくなってしまった。

「なんか気になるんだよね。
今まで全然親しくなかったけど、いや、だからかな。
先輩がどんな人か知りたくて目で追っている内に、好きになったみたい」


あの、越前リョーマに好きだと言われた。
天才なんてもんじゃない、化け物のような彼が、
こんな本気を出しても敵わない自分を好きだって?

恥らうように顔を赤くするリョーマをまじまじと見て、
不二はすぐに目を逸らした。

この子は、いずれ世界に出て、誰もが名を知るような選手になる。
たまたま同じ学校というだけで、側にいるけれど、
数年後には手の届かない存在になる。
好きだなんて言ってるのは、今の内だけだ。

そんなことはわかっていたけど、
「先輩は、俺のこと……どう思っている?」と小さな手が肩に触れた瞬間、
体が勝手に動いて、リョーマを抱きしめていた。

だって、こんなすごい子が好きだって言ってくれているんだよ?
彼を無視することなんて出来ない。
しようと思っていても、いつでも視界に入ってしまう。
関わらないようにしてても、意識してしまう。
結局、逃れることなんて出来やしない。
だって、彼は特別なんだから。

その越前リョーマが、好きだと言ってくれいるんだ。
例え、短い間だけでも構わない。
世界に出る前までは、この子を自分のものにしてしまおうと、不二は考えた。



今、不二が見ているのはその頃の思い出ばかりだ。
リョーマは性に関しては全く無知だったらしく、
最初は恥らっていたけれど、段々と不二の要求に応えてくれて大胆になっていった。
カメラの前で、こんなポーズを取るくらいに。

「これなんて、よく撮れているよな。
ネットに流したら、きっと騒ぎになる……」

女との性行為ではなく、男にされているとわかるアングルもある。
勿論、相手が不二だというのはわからない撮り方だ。

何かリョーマとの思い出を残しておきたい。
そんな気持ちから、二人の間にカメラを持ち込むようになった。
最初はリョーマも抵抗していたが、不二が熱心にお願いすると、聞き入れてくれた。
多分、好きだったからこそ、いいよと言ってくれたのだろう。

まさか、その写真が命取りになるなんて知らずに。

(もし、これをネットに流したりしたら……)


まず、本物か悪戯かで憶測が飛び交うだろう。
そしてその内、偽物だろうがどうでもよくなって、面白がっている内に下種な推測が飛び出す。
例え本人がきっぱり否定しても、
もしかしたら……なんて、勘繰りもされるかもしれない。
いや、越前のことだ。
案外、「あれ、本当に俺の写真っすよ」と言って、世間を騒がせる可能性もある。

そうなったら、大会どころじゃなくなる。
これからの試合も出られるかどうか。

たった一枚の写真を流せば、リョーマのこれからは全く変わってしまう。

自分がリョーマの人生を握っている……。


そこまで考えて、
不二は勢い良くパソコンを閉じた。

わかっている。
そんなことをしても、リョーマは戻って来ない。
だって自分から、手を放したのだから。

留学の話が来ているけど、どうしようと、彼は相談してくれただけなのに。
いよいよ離れる時が来たと、自分が勝手に先走り、
リョーマの背中を押すのだと、妙な義務感に駆られて、別れようと告げた。

「本気で言っているんじゃ、ないよね?」

泣きそうな顔をしていたのを、今でも覚えている。
なのに「本気だよ。もう、君には飽きちゃった。さっさとどこにでも行ってくれない?」と言ったのは、自分の方だ。
「わかった……先輩がそう言うのなら」
涙声で、去っていくリョーマの後を、不二は追うことはしなかった。
こうなるとわかっていたのだと、自分に必死に言い聞かせているばかりで、
何もしなかった。


リョーマが今、必死で努力をして、前を見ているのに、
過去をちらっとも振り向いてもくれないと勝手に落ち込み、その上邪魔をしようなんて、
そんな権利なんてどこにもない。
一緒に歩むことを選ばなかった自分に、相応しい結果だ。

(今更わかるなんて、僕は本当に馬鹿だ……)

リョーマが特別な才能を持っているからとかじゃない。
駆け足してでも横に並ぼうとしなかった、自分こそが愚かなだけ。

パソコンを抱きしめて、不二はぽろぽろと涙を流し続けた。












「ちょっと疲れたから、部屋で休んでくる」


マネージャーにリョーマはそう告げて、
自分の部屋に戻り、早速ベッドに横になった。

勝ち進むにつれて、インタビューだのなんだの、面倒なことが増えていく。


「テニスだけしていればいいってもんじゃないのかよ。
鬱陶しい……」

そのテニスも注目され始めて来てから、
段々と楽しくなくなっているような気がする。
強い奴と戦いたい、それだけだったのに、
今じゃ負けるのが怖くなっている。

負けたら次の大会、と切り替えていけばいいのだが、
その時に体調が万全じゃなかったら?怪我していたら?
悪いことが頭の中に降り積もっていくみたいだ。

数年前はこんなことなかった。
何故あの時は、誰であろうと倒せるなんて自信があったのだろう。
そんなもの、今は欠片もない。


むくっと起き上がって、リョーマはバッグを手にした。
そして奥に仕舞いこんである写真を取り出す。

中学時代に付き合っていた人が撮ってくれたものだ。

リョーマは彼のことが、とても好きだった。

何を考えているかよくわからなかったけど、
笑顔はとても綺麗で、それを見ると嬉しくなったり苦しくなったりしたものだ。
初恋だった。
今でもとても好きだ。
けれど、あっさりと振られてしまった。

もしかしたら、最初から彼は自分のことなど好きではなかったのかと思うこともある。
告白したから、暇潰しに付き合ってくれていただけなのかもしれない。
だとしても、一緒にいられて幸せだったのは本当だ。
短い間だけでも、付き合うことが出来て良かったと写真を胸に抱いて目を閉じる。


「不二先輩……」

写真には、とても人に見せられない自分が写っている。
ベッドのカメラを持ち込む不二に、最初は抵抗したけれど、
そんなに熱心に頼むのならと、許して素の姿を晒した。

撮られることが普通になってから、
一度だけ、どんな風な出来上がりになっているか、見たいとせがんだことがある。
不二は「じゃあ、一番良く撮れていると思ったものをあげるよ」と、
大真面目な顔して渡してくれたのがこの一枚だ。

不二に触れられて、喜んでいる自分の姿がそこにはあった。
この頃の幸せを写している一枚だと、リョーマは思った。

正直に言うと、試合しているよりも、不二としている時を思い出す方がずっと興奮する。

あの手にもう一度触れられたい。
キスもして欲しい。
前みたいに体を繋げて、そして滅茶苦茶にして欲しい。

渇望するのは、二度と叶わないからだろうか。


『さっさとどこにでも行ってくれない?』

冷たい声で言われて、彼の愛を失ったと知って絶望したあの日。
テニスだけが支えとなって今日まで来たけど、
本当はまた不二とやり直したい。そう願っている。

だけどしつこして、嫌われたくない。
遠くから、思うことしか許されないのだ。

「不二先輩……」

熱っぽく彼の名前を呼んで、何度も思い返す。

不二が愛してくれた過去の記憶をなぞる為に、
リョーマはハーフパンツの中に左手を突っ込んだ。


終わり


2010年02月02日(火) 不意打ち  不二リョ

テーブルに置かれた封筒を手にもって、リョーマは自分の部屋へ直行した。

「相変わらず、マメだよね」

靴を脱いでベッドに飛び乗る。
そして封筒を手でゆっくりと開けた。
週に一度必ず届けられるそれは、不二からのもので。
中身が何かもリョーマにはわかっている。

(今回の写真は部活に顔を出した時のと、
菊丸先輩達とカラオケ行ったのか?お姉さんのケーキは相変わらず美味しそうだな)

ケーキが乗った皿を持って微笑んでいる不二の写真は、おそらく姉が取ったものだろう。
他の二枚も菊丸や、桃城にシャッターを押してもらったものに違いない。
そうやって手紙と共に不二は近況を報告してくれる。

週に一度送ってくれるのだから、そう書くこともなさそうなのだが、
この写真は何を歌っていた時だの、ケーキの味を具体的に書いたり、
引退後もちょくちょく部活に顔を出していて、一年生達はこんな風に上達したよ、とか知らせてくれる。

最後はリョーマの体調を気遣うような言葉で締め括る。
決して、返事の催促は無い。
多分、忙しいリョーマに無理して書かなくて良いと思っているのだろう。

だけど。
(全く期待されていないっていうのも、ムカつく)

ふんっ、と鼻から息を吐いて、リョーマは封筒をぽいっと枕元に投げて横になった。



アメリカに行くことが決まった時、
どうするのかは不二に委ねようと思った。
振られてしまっても仕方無い。アメリカは遠過ぎるから。

でも、続けようといってくれたなら?
こんなに距離が空いても不二さえ良ければ、続けることにしよう。

そう思って、リョーマは翌日不二に全てを話した。
さすがにその時は驚いた顔をした。
ああ、不二もそんな顔をするのだと、リョーマは呑気にも思った。

しばらくして衝撃から立ち直った不二は、いつものような表情で、
「それで、越前はどうしたいの?」と言った。
「え、俺に聞くの?」
「当然じゃない。僕を置いてアメリカに行こうとしているんだから、越前がどうしたいのかちゃんと言うべきだ。
振りたいのなら、ハッキリ言えば」
「そんなことないよ!」
思わず声を上げると、不二は嬉しそうに笑った。

「じゃあ、別れるつもりは無いんだね。良かった、安心したよ」
え、なんか、違うとリョーマは瞬きした。
不二がどう思うか聞くはずだったのに、これでは逆だ。
「いや、だけど不二先輩がどう思っているか、聞くつもりだったんだけど」
腑に落ちない表情でリョーマが尋ねると、
不二は「僕がどうしたいかなんて考えるべきじゃない」と言った。
「越前は別れるつもりは無かったんだよね?じゃあ、それでいいじゃない。
ものすごく遠くなるけど、これからもずっと変わることはない。
僕はそう思っているよ」
「はあ……」

なんか上手くはぐらかされた気がするが、
これ以上尋ねても不二は教えてくれそうにないのがわかったので、
もうリョーマは黙っていることにした。

「通い合う僕らの心に国境は関係ないよ」
ポジティブな不二の発言に、リョーマは「そうっすか」とだけ返した。
よくわからない内に、お付き合いは継続するということが決まった。


不二の本心はどうなのか、今も気になっている。
こんなに会えなくても、本当にいいのかと。
週に一度手紙を送ってくれているけど、いつかそれが途切れる日が来るんじゃないかと、
リョーマは時々そんなことを考える。
今のところは続いているけど。
それは受験勉強も無いから暇だからなのかな、と失礼なことを考える。

対してリョーマは手紙なんて書くわけないから、
たまにパソコンのメールに「元気だよ」と今日の出来事を添える程度だ。

なんかなあ、と溜息をつく。
不二が勝手にやっていることなんだから、気にする必要な無いのだけれど、
なんか負けてる気がして悔しい。

手紙も書いたこともなく、メールも気が向いた時だけど。

だけど気持ちは、同じ位好きなんだから。
それだけは忘れてもらったら困る。

(よし、決めた)

リョーマはすぐに起き上がり、不二にメールを書く為にパソコンを立ち上げた。












不二の朝はリョーマからのメールが入っていないか、それを確認するところから始まる。
空振りになることも多いが、不満に思ったことはない。
別れたわけでないのだから、悲観的になることはない。

たしかにアメリカと日本は離れている。
でもずっとこの状況が続くわけではない。
お互いが大人になれば会いに行けることは可能だ。
いつかはまた近くにいることが出来るだろうと、思うことにした。

そうでないと、リョーマを行かせないよう引き止めてしまいそうだったから。
リョーマにある無限の可能性を自分の我侭で潰すことは出来ない。

だから不二はリョーマが別れたいのかどうか、それを確認することにした。
振られるのなら、それも構わない。
涙を隠して、見送るつもりでいた。
だけど続ける意思があるというのなら、
お互いの気持ちだけを大事にしてこのまま付き合いを続けようと思った。

結果リョーマは別れるつもりはないと言ってくれて、
かなりの遠距離恋愛になるが続けることが決定した。


リョーマは筆不精で、メールの返事も遅いとわかっていたから、
不二は一方的に近況報告を送ることにした。
離れても忘れることがないようにと願いも込められている。
返事は少ないが、気にもしていない。

そのリョーマからメールが入ったことに、
不二は驚きつつも急いで開いた。

(珍しい。何かあったのかな)

しかも添付メールだ。
写真は何かなと思って開くと、本文は何もない。
あれ?と思って写真に目を向けると、結構な数が並んでいる。

そのどれもがリョーマ自身が携帯で撮ったようなものだ。
手や髪、頬に目、足先にふくらはぎと、実に適当な感じの写真に、
不二は首を傾げた。
何かの謎掛けかなと思って視線を移動させていくと、
最後の写真には文字を書かれた紙が写っている。

小さな文字に目を凝らすと、
そこには「全部、不二先輩のものだよ」と書いてある。

「…………」

離れていても、俺が好きなのは先輩だけ。
そんな声が聞こえた気がして、不二は机に突っ伏した。

朝から破壊力のあるメールに、どうしてくれようと悶える。

「そんなの、僕だって君だけのものだ」
そう言って、気を取り直して立ち上がる。


次の写真は何を送ろうか。
リョーマがびっくりすようなものを考えなくちゃね、と考えながら、
顔を洗う為に部屋から外へ出た。


終わり


チフネ