チフネの日記
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2010年01月28日(木) |
不二リョ 世界に二人だけじゃいられない |
ある日の放課後。
部活が始まろうと皆が着替えをする中、 リョーマは桃城にそっと近付いて声を掛けた。 「ねえ、桃先輩。帰りにハンバーガー食べて帰ろうよ。勿論、桃先輩の奢りで」 当然のように言うリョーマに、桃城は眉を顰めた。 「何で俺が奢ることが前提になっているんだ?」 「それは桃先輩だから」 「理由になってねえだろ。ったく、しょうがねえなあ」
和やかな会話の中、ふっと背後から冷気のようなものを感じる。 察知した桃城は慌てて首を横に振った。
「あーっ、やっぱり今日は無理だ。用事がある」 「またっすか?この間もそんなこと言ってたじゃん」 不満を続けようとしたリョーマの声を遮るように、 「じゃあ、僕が奢ってあげるよ」と不二が二人の間に割って入って来た。
「なんでも好きなものを頼んでいいよ。だから、一緒に行こう?」 「でも、昨日も奢ってもらたし」 「いいんだよ。それよりリョーマ君は桃と帰る方が嬉しいの? 僕と一緒じゃ嫌?」 「嫌とかじゃなくって、毎日一緒に帰っているから、今日一日位別にいいかなって」 反論しようとすると、「リョーマ君が冷たい……」と不二は俯く。 本気で悲しんでいるように見えて、慌ててリョーマは撤回を口にする。
「わかった。一緒に帰るっす。だからそんな顔しないで下さい」 「本当?約束だよ!」
二人がこんなやり取りをしている間に、 桃城は急いで着替えを終えて部室を飛び出していた。 他の部員達も同様に、不二の邪魔をしないようにと慌しく出て行ってしまう。 気付いたら、リョーマと不二の二人だけになっていた。
「ふふっ、僕達二人だけだね」 満足気に笑う不二に、リョーマは首を傾げる。 「皆、早いっすね。俺達も急がないと遅れるかも。ほら、不二先輩も早く着替えて」 「リョーマ君、折角二人きりなのに」 「そんなこと言っている場合じゃないっすよ。遅刻したらグラウンド20周っす」 「それもいいんじゃない。二人だけで走るのも楽しいよ」
真顔で言う不二に、リョーマは首を横に振った。 「部活の時間が減るのは困るっす。さ、早く準備しよう」 「うん……」
まだ未練がましくのろのろと動いている不二を急かして、 リョーマも手早くレギュラージャージに着替えた。
それから、一時間後。
ちょうど交代となったリョーマはコートを出て、水分補給の為に水飲み場へと移動した。 すると同じように水を飲んでいる桃城を発見する。彼もコートから出たばかりらしい。 聞きたいことがあったので、リョーマは桃城のすぐ隣へと移動した。
そして、「最近付き合い悪く無いっすか」と言った。 「は?」 タオルで顔を拭いながら、桃城は振り返った。 「この間も用事があるって、俺の誘いを断っていたけどなんでそんなに忙しいんすか? いつなら一緒に帰れるのか、教えてよ」 「バッ、お前、何言い出すんだ!」 慌てて桃城は周囲を見回す。 そしてほっと息を吐いた。
「そういや、俺と交代でコートに入ったんだった。 いや、油断はいえねえな。いけねえよ」 「ねえ、一体何の話?」 首を傾げるリョーマに、「いいか、よく聞け」と、桃城は真面目な顔をして言った。
「お前は不二先輩と付き合っているんだよな?」 「そうだけど」 事実なので、リョーマは頷いた。隠すまでも無いことだ。 何しろ不二に告白されて、悩んだ末にOKした翌日、 「僕とリョーマ君、付き合うことになったからよろしくね」 と、不二が全部員達がいる所で宣言をしてしまった。 なんでそんなこと、と詰め寄ったら「ごめん、だけど隠し事はしたくなかったから」と頭を下げる不二に、 リョーマもそれはそうかと、その行為を許したのだった。
というわけで、二人の交際は部内公認ということになっている。
「だから?不二先輩と付き合っているからって、何?」 理由になってないんだけど、と唇尖らすリョーマに、 察しが悪いなあ、と桃城は頭を掻いた。 「お前な、少しは考えろよ」 「何を?」 「だから不二先輩と一緒に帰ればいいだろ。俺を巻き込むな」 「はあ?でも毎日一緒じゃなくたって」 「バカ!不二先輩の方では毎日帰るつもりでいるんだぞ。 なのに他の男を誘ったりしたらどう思うか、想像出来ないのか?」 わからないというように、リョーマは首を傾げた。
「でも今までだって、桃先輩と一緒に帰っていたりしたのに」 「今までとは状況が違う。お前は不二先輩と付き合っているんだろ」 「だからって他の人と帰っちゃいけないことにならないんじゃ……」 「いーや、あの人は絶対それを快く思っていねえよ。 とにかく俺はこの先も予定がいっぱいってことにするから、誘ったりするんじゃねえぞ」 「ちょっと!それって不二先輩だけに奢らせろってこと? 一人だけに払ってもらうの悪い気がするんだけど」 「奢られる前提で話すなよ……。 まあ、不二先輩ならねだられるのは嬉しいと思うはずだぜ? むしろ他の奴に奢ってもらうことの方を不愉快に取るんじゃねえかな」 「ふーん」 よくわからなかったが、とりあえずリョーマは頷いた。
「じゃあ、俺はもう戻るけど、ここで二人で会話していたなんて不二先輩に言ったりしないでくれよ。 頼むからな」 そそくさと逃げ去る桃城の背中に、そこまで言うことかとリョーマは眉を寄せた。 あれではまるで不二に怯えているみたいではないか。
変なの、と思いつつリョーマは不二のことを考えた。
たしかに桃城の言うことにも思い当たることがある。 さっきも不二は「僕が奢るから、一緒に帰ろうよ」と話しに入って来た。 本当に彼ならこの先ずっと奢り続けても構わないと、考えているかもしれない。 今日の帰り、ちょっと確認してみよう。 それがいいと、リョーマもコートに向かってゆっくりと歩き始めた。
「ふふ、リョーマ君との寄り道……嬉しいな」 「いや、昨日も一緒に寄り道してたから」 部活が終わり、約束通りリョーマは不二と一緒にファーストフード店にやって来た。 窓側の席が空いていたので、向かい合わせになって座る。 早速ハンバーガーを被り付きながら、不二の独り言に突っ込みを入れると、 心外というように反論される。 「今日は今日で新しい喜びが生まれるんだよ。リョーマ君と一緒にいられるだけで嬉しいんだから」 「はあ……」
大袈裟すぎる発言に、やっぱり桃城から言われたことは本当なのかと考えてしまう。 急いでハンバーガーを食べ終えて、改めて不二に向き直る。
「不二先輩、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 「何かな?リョーマ君の為なら何でも答えてあげるよ」 「じゃあ、聞くけど俺が明日別の人と帰るって言ったらどうします?」
途端に不二は持っていたドリンクを、テーブルに落としてしまう。 「わっ!不二先輩、何やって、零れてる、零れてる!」 「リョーマ君!」 慌てるリョーマと反対に、不二は流れる液体のことなど気にしていない。 そしてテーブルに置いたリョーマの手を、さっと掴む。 「僕、何かした?もし悪い所があるなら遠慮なく言ってよ。すぐに直すから!」 「そういう場合か!とにかく拭かないと」 「そんなものより僕らの問題の方が重要だよ。 もしかして他に好きな人でも出来た?相手は誰?」 「そんなのいるわけないだろっ、いいから早くなんとかしろー!」
リョーマの必死の訴えに、不二はやっと手を放した。 零れた液体を拭くべく、二人は紙ナプキンを手にして被害を食い止めようと奮闘した。
「ああ、驚いた……。不二先輩が急に落としたりするから」 「呆れた?もうこんな僕は嫌いになったのかな?」 「ジュースくらいで大袈裟っす。 そんなに卑屈になることないのに、何でそんな発想になんの?」 笑いながら言うリョーマとは逆に、不二はどんよりとした顔で口を開いた。
「なんでって言われたら、やっぱり自信が無いからかな。 いつか君が離れて行くんじゃないかって、怖くてたまらない。 いつまでも好きでいてくれる自信がないんだ」
手で顔を覆う不二を見て、そんなことを考えていたのかと、リョーマはびっくりしてしまう。 「心が狭いと言われるかもしれないけど、君が他の人と喋ったりするのを見るのがすごく嫌だ。 まして一緒に寄り道なんて、とんでもない。僕以外の人を瞳に映すのすら嫌なのに」 「いや、それは無理だから」 無理無理、とリョーマは左手を顔の前で振った。
「ようするに、先輩は俺の好きという気持ちが信じられないんだ。 だから、いつか離れて行くって怯えている。そういうこと?」 「改めて言われると情けないね……。やっぱりこんな僕は」 「あー、もうネガティブな発言は止めようよ」
長く続きそうだったので、リョーマは少し大きな声を出して不二の言葉を止めた。 「俺が先輩を好きなのは本当なんだけどな。 でも、どうしたらわかってもらえるんだろ」 ふーん、と腕組してから、目を開く。 一つの案を思い付いた。
リョーマは身を乗り出して、正面に座っている不二に小声で囁く。
「じゃあ、いっそ俺のことを殺しちゃう?」 「えっ」 「そうしたら、永遠に不二先輩だけのものになるよ」 「……」 にこっと笑って見せると、不二は慌てて飛び上がろうとして、 膝をテーブルにぶつけてしまう。
澄ました顔をしてリョーマは「何焦っているんすか」と言った。 「何って、君があんなことを言うから!びっくりしたじゃないか。 なんで、あんな……信じられない」 「とにかく座ってよ」 中途半端な形で立っている不二に、リョーマは手で座るようにと指示する。
「だって不二先輩があんなこと言うから、手っ取り早い方法かと思って」 「なっ、僕はそんなの考えたことないよ!」 拳を握り締めて、不二は反論する。
「君を僕だけのものにしたいとは思うえど、そういうのは嫌だよ。 生きて二人で幸せになりたいんだ」 困ったように言う不二に、「じゃあ、しょうがないね」とリョーマは答えた。
「俺は不二先輩のことが好きだけど、他の人と関わらずに生きていくことは出来ない。 だってこの先も色んな人と出会って試合したりしていくつもりだから。 それに先輩にも、もっと視野を広げていい男になってもらいたいんだ。 それこそ俺が余所見出来ない位のね。あんたならなれると思うけど?」
くすくす笑うリョーマに、不二は「そうか、そういう考えもあるか」と呟いた。
「君をどうこうするよりも、自分が成長するべきだとは考えていなかった。 そうだね。君が好きになってくれる位の僕になれば、不安も消えていくかもしれない」
不二の言葉に、リョーマは頷いた。
「うん。だけどさ、一つ不満があるんだけど」 「何?」 「俺、先輩のこと好きだって言っているよね?だから付き合うことも決めたのに。 わかってもらえないの、なんかムカつくんだけど……。 わかってもらえるように、もっとすごいことをするべきなのかなあ」 「すごいこと??」
目を丸くする不二に、リョーマは「今から先輩の家に行こう」と立ち上がった。
「ごちゃごちゃ考えるよりも俺が先輩のものって身をもって教えてあげればいいんだ。 あんなすごいことをしているのは自分だけだって、きっと自信持てるようになるよ。 そうしよう!」 「あの、リョーマ君?」
さ、行こうと不二を引っ張って、リョーマは店から外へと出る。
先を歩くリョーマの後姿を見詰めながら、 (すごいことって、どの位まで許されるんだろ? というか、普通は僕から言い出すことじゃないのかな) 悶々と悩みながら、歩き続ける。
それで不安が解消されるかはわからないが、 少なくともリョーマの周りにいる人々より特別だと自覚出来るかも、と不二はにっこりと微笑んだ。
終わり
2010年01月26日(火) |
出会い。退屈が消える日 |
部活を引退してから、時が過ぎるのが遅くなった気がする。
そんなことを考えながら、真田は一人で帰り道を歩いていた。 立海大付属は夏が終わると、三年生は引退することになっている。 後輩の指導という名目で時々顔を出す程度なら許されているが、 毎日というわけにもいかない。
常勝を掲げて練習に明け暮れていた頃は、良かった。 勝つことだけを考えて。 テニスに打ち込んでさえいれば良かったのだから。 勿論、引退した今も真田はトレーニングは欠かさず行っている。 しかし全国大会という一つの大きな目標が終わった今、 心にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚が続いている。
(たるんどる)
自分を叱咤したももの、虚しい気持ちは去ってくれない。 次の公式戦は進学してからだ。 その時にはまた再び熱い気持ちになれるのだろうか。 だが、一年以上も先というのは遠過ぎる。
この退屈を解消する何かは無いかと考えて、真田は歩き続けた。 そうして5分ほど歩いたところだろうか、 数メートル先にひょこひょこと動き回っている小さな人影を見付けた。
(あれは……) 真田は早足で歩みを進めた。 その人物が真田にとって顔見知りだったからだ。
「こっちでもないし、あっちだっけ……」 周りを探っている顔はどう見ても道に迷っているようで、追い付いた所で迷い無く声を掛ける。
「越前、リョーマ。こんな所で何をしている」 声を掛けるとリョーマは振り返り、そして驚いた顔をして真田を見上げた。 「立海の、……真田さん」 「見た所困っているようだが、道にでも迷っているのか?」 「あ、えっと」 バツが悪そうにリョーマは目を逸らす。 「どうした。何か力になれることとかあるかもしれない。言ってみろ」 思わず真田はそんなことを口にしていた。
コートの上では相手が誰であろうと一歩も引かないような強さを持っているのはわかっているが、 今のリョーマはどこか頼りなげに見えて、ついつい手を貸したいと思ってしまう。 それに真田は困っている人を放っておけない性分でもある。 ここで素通りしたら、家に帰ってもどうなったのか気になって仕方なくなって、 夜も眠れなくなるかもしれない。 それなら話を聞いて力になってやるべきだ。
試合に負けた相手とはいえ、困っている時はお互い様だ。 そう思ってリョーマの顔を覗き込むと、 少しの間考え込んでから、観念したかのようにゆっくりと口を開く。
「実は店の場所を忘れちゃって、歩いている内にここがどこかもわからなくなったんだよね」 「ふむ。どこに向かっていたのだ?俺が知っている場所なら良いのだが」 「えっと」 リョーマが告げた店の名前は、真田もガットの張り替えに利用している所だった。 これなら大丈夫だ。案内出来る。 真田は頷いて、「そこならわかるぞ」と言った。 「本当?」 「ああ。ついて来い」
ここからならそう遠くはないはずと、 真田が歩き始めた所で「ちょっと待ってよ」とリョーマがストップを掛けて来た。 「教えてくれるだけでいいっすよ。一人でも行けるから」 「しかしこの辺りははっきりとした目印があるわけでもないから、説明しにくい。 一緒に行った方が間違いないだろう」 「でも、あんたにとっては手間なだけじゃん」
どうやらリョーマは真田に余分な時間を使わせてしまうことを、 気にしているらしい。
生意気だの、先輩に対する態度はなっていないだの、 耳に入ってくる越前リョーマの評判は、そんなものばかりだ。 しかし試合から離れてみると年相応に見えて、 知らない場所に放り出すのが可哀相と思えてくる。 きちんと案内しなければ、と真田の中はいつの間にか使命のようなものが芽生えていた。
「俺もその店に用があったのを思い出した。 ついでなら、構わないだろう」 「……」 バレバレの嘘だったが、リョーマはこくんと頷いて真田の後をついて来る。 あまり断っても申し訳ないと思ったのかもしれない。
ほっとしつつ、二人で店へと向かう。
「しかしこんな所までガットの張り替えに来るとは、 近くにないわけでもないだろう?」 真田の問いに、リョーマは「三本まとめて張り替えてくれる所は無いっすよ」と答える。 「三本?全部使えなくなるまで放っておいたのか。ラケットの手入れも蔑ろにするべきではないぞ」 「違うって。今日の練習で一度に駄目になったから、仕方なく」 「一度に?」 そうか、と真田は頷いた。 「相変わらず熱心にやっているようだな。新人戦に備えているのか」 「まあ……」
頷くリョーマに、羨ましいと思えてしまう。 まだ、一年生。これから先も大会連覇を目指し、退屈など無い日々を送れる。 充実した輝いた日々。 引退した身の自分には、遠過ぎる。
こっそり溜息をつくと、「真田さん?」とリョーマが訝しい顔で見詰めて来る。 「いや、なんでもない。もうすぐ到着するからな」 「はあ」
他校生のリョーマを羨むなんて、どうかしている。 真田は余計なことは考えまいと、真っ直ぐ前を向いて足を動かした。
ガットの張替えは運良く他の客がいなかった為、 店の人はすぐにリョーマのラケットに取り掛かってくれた。 用事があると言った手前、自分もラケットを出した方が良いだろうか。 考えながらラケットが入っているバッグを肩から下ろし掛けて、 しかしどうにもなっていないのに出すのもどうかと思われる。 困ったようにうろうろする真田に、 リョーマが「終わるまで、ちょっと外に出ません?」と声を掛けて来た。
「いや、俺も用事が……」 「終わるまでに戻って来ればいいんだから、行こうよ」 お願いします、と店の人に声を掛けて、リョーマは真田の腕を引っ張って行く。
どこへ連れて行くのかと思ったが、店のすぐ近くにあった自動販売機前に立って、 「好きなもの選んで」とリョーマは笑顔で言った。 「大したお礼は出来ないから、これ位で悪いけど。 連れて来てくれたお礼っす」 「いや。大したことはしていないのだから、お礼など不要なのだが」 「いいから、いいから」 さっさと小銭を入れてしまうリョーマに、仕方無いか、と真田は緑茶のボタンに指を置く。 こうでもしなければ、リョーマの気も収まらないのだろう。 たかが道案内なのに、律儀な面もあるのだなと、また新たな面を知った。
「俺はファンタにしよ」 再び自販機に小銭を入れて、リョーマはファンタグレープを購入する。 「炭酸が好きなのか?」 「うん。ファンタが特に好き。スポーツマンなら、こんなの飲むなって思う?」 「いや。好きなものを飲むのは悪く無いと思うぞ」
自分でも驚くような発言だった。 もし自分の学校の後輩なら、『そんなものは止めておけ』と一喝する所だ。 他校生だからどうでもいいという発言なのか。 いや、嬉しそうにファンタを持っているリョーマに、 好きなものを飲むのも悪くないと思えるから不思議だ。
リョーマと二人、ガードレールに腰掛けてそれぞれの飲み物を口にする。
そろそろ夕陽が沈もうとしている頃、 こんな時に他校生のリョーマと何をしているんだろうと思うが、 不思議と居心地は悪くない。 越前リョーマの試合の時とは違う一面も見られて、 なんだか楽しい気持ちにもなっている。
そのリョーマは、真田を見上げて笑顔で言った。 「あーあ。折角、真田さんと会えたんだから手合わせして欲しかったなあ。 ラケットが元通りになってからじゃもう遅いし、ちょっと残念っす」 「そうだな。向こうに戻るまで時間も掛かるだろうし、今日は無理だな」
リョーマとテニスをする。 それはとても魅力的な誘いに思われた。 大会での見せた彼の実力は申し分もので、きっと良い練習になるに違いない。 だが、今日は時間が無い。
今回のような偶然はそうそう無いだろうから、 このまま打つ機会は訪れないのだろうな。と、どこかがっかり気分で肩を落とす。 すると、 「今日が駄目でも、今度打とうよ」とリョーマが声を上げる。
「俺の連絡先教えるからさ、真田さんの都合の良い時を教えてよ」 そう言ってバッグから鉛筆をノートを取り出し、文字を書き出す。 はい、と渡されたメモには電話番号が書かれていて、 真田は呆然としつつ、それを受け取った。
「本当に打つつもりがあるのか?」 ただの社交辞令かと考えていたのだが、リョーマは違うらしい。 打ちたいと言ったら、それは全て本当のことなのだ。 何言っているの?というように、 「あるよ!あ、でも真田さんが忙しいのなら、無理にとは言わないけど」と、そんなことを返してくる。 「いや。時間ならある」
いくらでも。 リョーマに付き合える時間は作ることが出来る。 きっと彼とするテニスは楽しい。その時間を逃すなんて、とんでもない。
俺の連絡先も教えておこうと言うと、 リョーマは笑顔でノートと鉛筆を差し出してきた。
今日のこの出会いが、 心の中にある「退屈」を消してしまうことに、 真田本人はまだ気付いていなかった。
俺達って、なんでこんなことをしているんだっけ。
そんな疑問が浮かんだのは、もうこの行為を両手以上に超えてからだった。 ようやく俺も何か、変じゃない?と思うようになった。 もっと早く気付くべきだったんだけど、 今まではなんとなく流されて、考える間も無かったんだ。
部長から好きだと言われた覚えは無い。 それは間違いない。 勿論、俺もそんなことは言っていない。 じゃあ、なんで体を重ねたりしているんだろう。 恋人でもないのに。
突然浮かんだ疑問を、俺は着替え中の部長にぶつけようと思った。 わからないことは、すぐに聞いてみる。溜め込むのは良くない。 それが俺のやり方だ。
「ねえ。なんで俺と部長ってこんなことしているんだっけ?」 部室には俺達二人きり。声はよく響いた。 部長は着替えの途中だったんだけど、ボタンを中途半端なまま俺の方へと振り向く。
「お前は今頃何を言っているんだ?」 「何って、今になってわからなくなったから、聞いているんじゃん。 ねえ、どうして?」 「……」
すると部長は深く溜息をついた。 「ではお前は、今まで何も考えずに身を委ねて来たということか?」 「そうなるっすね」 「……」 力無く腕をだらっと下げた部長に、首を傾げる。
何も考えずに、と言われても事実だからしょうがない。 あの時は、なんかそういう雰囲気だった。 抵抗する・しないすら俺は思い付かなかったんだ。
俺達が最初にこんなことを始めたのは、一ヶ月前からだ。 帰り際に眠たくなった俺は、着替える前にちょっと休むつもりでベンチに横になっている間に、 本当に眠ってしまった。
そうしてしばらくしてからのことだ。 そろそろ起きようと、意識が覚醒を始めた頃、 すぐ側に誰かがいるのを気配で感じた。 寝惚けていた俺は、母さんが起こしに来たと勘違いして、 「今、何時ー?」と目を閉じたまま尋ねた。
「もうすぐ7時になるな」 「そう、7時……」 何かおかしい。 今のは母さんの声ではないし、親父にしても落ち着いた口調だった。 うっすらと目を開けると、俺の顔を覗き込んでいる部長と視線が合う。
「部長?」 「よく寝ていたな」 部長はフッと笑った。 その出来事に驚いた俺は、思わず凝視してしまう。 仏頂面か、怒っている所しか見たこと無かったから、新鮮に映ったからかもしれない。
綺麗な笑顔。 もっと見たいと、不覚にもそう思った。
「何を見ている」 じろじろ見ていたら、部長は居心地悪そうに体を引いた。 「いや、部長って整った顔をしているんだなと思ったから。 いつもそんな風に笑っていたら、ますますファンが増えそうっすね。 ちょっとその気持ちがわかったかも」
正直な感想を伝えると、 部長は目を見開いた後、口の中で何かもごもご呟き始める。 なんだろう?と思った瞬間、顔が近付いて来た。 近いな、とぼーっとしていると、今度は口を塞がれる。 部長の唇が触れているんだ、と理解した時にも俺は抵抗しなかった。
だって部長とのキスはあんまりにも気持ち良くって、 終わらせるのが勿体無い気がした。 起きた直後の所為で、俺もまともな判断がつかなかったのかもしれない。 もうちょっとキスしてもいいな、と思って目を閉じた。
すると部長は今度は角度を変えて、また俺の口を塞いだ。 吸うような動きに、なんだろ?と思っていると舌を入れられて、びっくりした。 固まっている間に、部長はどんどん行為を進めて、 段々と大胆になっていく。 生まれて初めてのディープキスってやつに、翻弄されっぱなしの俺は受け入れるだけで精一杯で。 部長って、慣れているのかなあとぼんやりした頭でそんなことを考えていた。 だからウェアを脱がされたときも、やっぱり大人しく寝そべっているだけだった。
部長の長い指が素肌に触れる度、ぞくぞくっとした何がが俺の中を駆け抜けていく。 触れられるのはキスと同じ位気持ち良かった。 変な声も出て、とてもじゃないけど聞いていられないと唇を噛み締めると、 それに気付いた部長がまたキスをしてくれて、全部封じ込めてくれた。
さすがに繋がった時は痛くて、涙も滲む位で、 止めとけば良かったなとちらっと思った。 だけど、その程度の後悔だった。 後は全部気持ち良かったから、文句は言えない。そんな気分だった。
終わった後は立てなくなった俺に、部長はちゃんと服を着せてくれて、 家までおんぶして送ってくれた。
帰り道、部長は一言も口を利かなかった。 俺の何を話して良いかわからず、黙って広い背中に体重を預けていた。 そうしている間に、また眠っちゃって、気付いたら布団の中という有様で。 あの不思議な体験は夢なんじゃないかと一瞬思ったけど、 体の痛みがそうじゃないと教えてくれた。
それからまた2日後、部長と二人きりになる機会が訪れた。 その間は一言もやったことに対して何も触れていなかったのだけど、 部長が俺の顔に手を添えた瞬間、 ああ、またするんだという位の認識で、俺はまた目を閉じた。
部長とのキスは気持ちいい。 手で触れられるのも。 俺を背負ってくれる背中も居心地よい。
それを理由にずるずると続けて来てしまったけど、 不意にこれでいいのかっていう気になった。
部長は沢山の女子からモテるから、 わざわざ男の俺を相手にしなくてもいいんじゃないか。 今日の部活の時間に、フェンスの向こうから騒いでいる人達を見て思った。 そういう人達は部長に誘われたらものすごく喜ぶだろう。
女の子の方が色々いいんじゃないかと、 思ったことを口にすると、部長は眉間に皺を寄せた。 メモが挟めそうな程の深さに、俺は思わず笑いそうになる。 が、部活でふざけていた時に怒るよりももっと怖い空気を纏っていて、 俺は口をぎゅっと閉じた。
「お前は、」 部長は絞るような声を出した。 「俺と付き合っているのに、そんなことを言うのか?」 「え!?」 思わず声を上げてしまう。 「俺達って付き合っていたんすか!?」 「当たり前だろう」 心外だというように、部長は首を振った。 「でなければ、あんなことをするものか」 「そうっすか……」
付き合っていたんだと付き付けられて、 俺は戸惑ってしまう。 いつの前に、好きだって言われていたんだろ。 俺も知らない間に言っていたのか? 首を捻っても、思い出せない。
「それよりお前は付き合ってもいないのに、あんなことをすると思っていたのか?」 「えっと、」 「どうなんだ」 詰め寄られて、俺は内心で焦る。 流されていただけだと思いました、なんて今の部長を前にして言えるわけがない。
「いや、だって、ほら」 何とか誤魔化そうとして、俺は思いつく言葉を口にした。 「あの時、部長はなにも言ってくれなかったじゃん。 だから性欲でそうしたいのかと思っても、仕方無いんじゃないの」
途端に部長は動揺する。 「性欲だけじゃない!違う、誤解だ」 「違うんすか」 「当たり前だ」 「じゃあ、なんで俺に手を出したの?」 そうだ。なんで、俺なんだ? 無防備に寝ている姿に、簡単に食べれそうだと思ったんじゃないのか?
じっと見上げると、 「そんなの言わなくてもわかるんじゃないか?」と部長は憮然として答えた。 「キスもして、その先もしたんだぞ?好きでもない相手にすることじゃない」 「「好きかどうかなんて、言わなきゃわかんないよ」 「お前ならわかってくれると思っていた。 テニスのことでも、なんでも分かり合えていただろう」 「テニスと一緒にされても……。 言葉が必要な時だってあるよ」
俺の訴えに、部長は「そうだったのか」と俯いた。 「通じ合っていると思っていて、キスをしたのに。 俺は間違っていたようだな」
すまなかった、と謝罪する部長に、 「まあ、もう済んじゃったもんはしょうがないよ」と俺は言った。 抵抗しなかった俺も悪い。 あの時に、どうしてこんなことするの?と聞いておけば良かったんだ。
「ところで、越前」 「何すか?」 「順番は間違えたが、俺と付き合っていることをこれからは自覚してくれるか?」 「なんで?」 「なんでって、俺が困るからだ。 お前が他の人間と付き合うのは、非常に不愉快だ。 俺がいるということをわかっていてもらいたい。 その為にも、事実を今ここではっきりするべきだろう」
真顔で言う部長の言葉を、俺は今までになく真剣に考えた。
部長と、付き合う。 ここで断ったら、これっきりになるということだ。 そして部長は別の人と、キスしたり触れたり、背中を貸したりするのか……。
想像すると、かなり不愉快なものだった。 部長も同じこと言っていたけど、こういうことなんだろうか。 気持ち良いことは俺にだけ、して欲しいなんて。
なんだ、そういうことかと納得する。 最初に突き飛ばして逃げなかったのも、相手が部長だったからだ。 言葉で確認するよりも、体の方を求めることから始めるなんて、 色々飛び越え過ぎてしまっている気がする。 だけど、今はちゃんとわかったから。
流されるんじゃなく、俺は自分の意思をちゃんと伝えた。
「はっきりする前に、言って欲しいことがあるんだけど」 「なんだ」 「それは俺が強要するようなことじゃない。 でも、言わないとわからない大事なことっす」
上目でじっと見詰めてその言葉を強請ると、 部長は、「ああ、そうだな」と優しく笑った。
「俺はいつもわかってもらえると思って、大事な言葉を省いてしまうみたいだな」 「そうだよ。だから、ちゃんと言って」 「越前、好きだ。最初に触れた時よりも、その前から好きだった」
ちょっと遅い言葉だけど、真剣に言ってくれたからもう許すことにする。
「俺も、部長が好きです」 そう言って部長に抱きついた。 すると包むように背中に手を回される。 ああ、やっぱり部長に触れられると気持ちいいなと思って、 うっとりと目を閉じた。
これからは擦れ違いが無いように、 ちゃんと言葉で思いを伝えよう。
それは付き合い始めた俺達が決めた最初のルールだった。
2010年01月20日(水) |
今はどうしようもない僕だけど 千リョ(本妻リョマと浮気キヨ) |
リョーマを迎えに青学までやって来たが、まだ部活が終わるには少し時間がある。 (よし、女テニの練習風景を見て来よう) 鼻の下を伸ばしながら、千石は足取り軽く女子テニス部が使っているコートへと向かった。
昔から可愛い女の子を眺めるのが好きだ。千石の癖みたいなものだ。 その辺を歩いていても、つい擦れ違う女の子を目で追ってしまう。 リョーマはその時呆れたように先を歩くか、時々脛を蹴飛ばされるか、 どちらかの反応を見せる。 大抵は放っておかれる方が多い。 そしてスタスタと早歩きで行ってしまうリョーマを慌てて追い掛けて、千石が謝り倒す。 それが二人のいつものやり取りだ。
(俺の女好きは病気みたいなものだよなあ)
今まで付き合ったの子達とは、それが原因でケンカして別れてしまった。 勿論、長続きもしない。 一ヶ月もったら、良い方だ。
余所見を全く許さない子もいたし、浮気がバレて殴られて振られたこともある。 いずれも原因は千石にある。
「じゃあ、私が浮気しても許してくれるの?平気だって言えるの?」 気性の激しい女の子に、そう詰め寄られた時、 千石は冷静な声でl答えた。 「そんなわけないじゃん。浮気されたらマジで怒るよ」 「だったら今の私の気持ちもわかるでしょ!なのに、なんでそんなことするの!?」 「そりゃしょうがないよ」 千石は頭を掻いた。 「俺の目は自然と可愛い女の子を追っちゃうんだよ。 だって可愛い女の子が大好きなんだから。 でも最後には君の元に戻っていくから、安心して」 「……」
その直後、思い切り殴られた。 せめて平手打ちにして欲しかった、と千石は痛む頬を摩った。 安心できるかっ、と捨て台詞と共にふられた。
今考えると、もう少し言い方を考えてやれば良かったと反省もした。 だけど、自分は正直な気持ちを話したに過ぎない。 『わかった。これからは君一筋になるよ』 なんて、嘘を並べる方が最低だ。 大体そんなこと、無理に決まっている。
その一件を友人に話したら、「最低だなあ」と呆れられた。 確かにそうかもしれない。 だけど我慢して生きるなんてそんなのつまらない。 可愛い女の子を見て、何が悪い。 寄って来る女の子と遊んだって、いいじゃないか。 本命の子はちゃんと大切にしているんだから!
でもきっと、こんな勝手な考え方について来てくれる子はいないだろう。 千石だってそれは気付いていた。 だったらそれはそれでいいや、と割り切って色々な子と短い付き合い続けていた。
しかしようやくここに来て、わかってくれそうな子と巡り合えた。 それがリョーマだ。
勿論、リョーマだって千石の浮気を黙って見過ごすような性格はしていない。 時には拳を振るうし、謝罪の為に飯を奢れ、という流れはしょっちゅうある。 だけど「別れる」という言葉は、一度も口にしたことはない。
我慢強い、というわけではないはずだ。 不機嫌になる頻度は、付き合っていた女の子達より多い。 だけど、千石の「好き」という気持ちを絶対的に信用してくれていて、 浮気したからといって気持ちを疑われることはない。
「だって、清純の一番好きなのって、俺でしょ」 自信満々に言ってのけるリョーマに、いつも敵わないなと思わされる。
今までも誰にもそんな風に言ってもらえたことは無かった。 皆、他の女の子に目を行く千石を責めて、どっちが好きなのかと怒ったり、悲しんだりするばかりだ。 一番好きなのは付き合っている子だけなんだと、わかってくれたのはリョーマ一人だ。 まだ12歳なのにとんでもない大物かもと、密かに思っている。
けど、そんなリョーマと付き合ってもやっぱり可愛い女の子に目が行くのは止められない。 時々、浮気もして殴られて、ぼこぼこにされて、 それでも二人は上手くいっている。
(というわけで、女テニへ行くか。今日は見るだけだし、いいよね)
足取り軽く、千石は女子テニス部の専用コートへと近付いた。 さすがに堂々と覗くのは躊躇われて、樹の陰からそっと様子を覗う。 美しい足を晒して部活動に励む部員達を見て、頬が緩んでいく。
「やっぱりいいよな、青学女子。いつ見てもレベル高いなあ」 「なんのレベルが高いって?」 「そりゃ可愛い子が他の学校より多い……って、リョーマ君!?」
耳に届いた低い声に振り返ると、じっとこちらを睨み付けているリョーマと目が合った。
「なんで!?まだ部活の時間だよね?」 終わる直前には男テニのほうへ移動しようと思っていたのに。 するとリョーマは「今日は早く終わったんだよ」と表情を崩さないままで言った。 「罰ゲームに使った乾先輩の新作の汁にほとんどの人がやられちゃって、 最後までやる状態じゃなくなったんだよ」 「へ、へえー、そうなんだ」
乾君め。余計なことをしてくれた……と、心の中で恨み言を言う。 時間通りに終了すれば、見付かることも無かったのに。 自分の行動を棚に上げて、千石はそんなことを考えた。
「でも、俺がここにいるってよくわかったねー。これも愛の力ってやつ?」 なんとかリョーマの機嫌を直そうと、笑顔で冗談を言ってみても、 ニコリともしない。 「片付けをしている時に、ちょうど清純が歩いて行く所を見たんだよ。 真っ直ぐこっちに来ていたよね」 「……」
最初からばれていたようだ。 千石は肩を落とした。
「それで、リョーマ君は怒っているんだよね?」 恐る恐る尋ねてみると、「怒っているよ」ときっぱりと言われる。
「なんで変質者に間違われそうな行動を取るんだよ。 しかも清純と一緒にいる所を見られたら俺まで同類だと思われそうなんだけど。 そうなったら、どうしてくれんの?」 「…えっと」 リョーマの反論に、千石は数秒固まってしまった。
怒ってはいるが、理由がおかしい。 普通は迎えに来たのに、他の女子を見ているなんて何しているんだと、 責めるのではないだろうか。
やっぱり、リョーマはどこかずれている。
「ぷっ、……アハハッ」 堪え切れず笑い出す千石に、「何笑っているんだよ?」と、リョーマは視線を険しくする。 「本当に怒っているんだけど。 あーあ、もう清純なんかに鎌っていないで、一人で帰ろう。 こんな所に立っていたら、本当に覗きに来たと勘違いされるから!」
リョーマはくるっと背中を向けて、早足で歩き始めた。 千石もなんとか笑うのを止めて、その後を追う。
「待ってよ、リョーマ君!」 「好きなだけ、見学していれば?なんで俺の後を付いてくるんだよ」 「なんでって、リョーマ君を迎えに来たからに決まっているでしょー」 「ふーん。あっ、そ」 「本当だって!ただ空いた時間を有効に使おうと思っただけで、浮気とかじゃないよ! そりゃ、すぐにリョーマ君の所に向かわなかったのは悪かったって思っているってばー」
ぺこぺこ頭を下げる千石に、リョーマはそっぽを向いたまま溜息をつく。
「じゃあ、これからは青学で不審な行動しなって約束出来る?」 「うん、うん。約束します」 「じゃあ、今回は許す」
そう言ってこちらを向くリョーマのその顔は、 余裕の笑みを浮かべていて、なんだかほっとさせられてしまう。 やっぱり帰るべき所はここなんだと、思わされる。
リョーマの懐の深さに、かなり依存している自覚はある。 許されて、甘やかされて、もっと好きになって行く。 そうしてずるずると嵌っていって、最後には可愛い女の子を見てもなんとも思わなくなるかもしれない。
まだ先のことかもしれないけど。
「じゃ、今から清純の家に行こうか」 そう言って袖を引っ張るリョーマに、千石は「うん」と素直に頷いた。 いつだってそうやって、正しい方向へと導いてくれる。
君に出会えたことが、俺にとって最大のラッキーじゃないんだろうか。
「ところで青学に来たら、もう二度とさっきみたいな顔すんなよ」 「えっ、どんな顔?」 「職務質問されて、そのままパトカーに乗せられそうな顔」 「……」
そんなに酷い顔しているの?とは聞けない。 リョーマなら真顔で「うん」と頷くのがわかっているからだ。
終わり
チフネ
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