チフネの日記
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2009年12月27日(日) 2009年 リョーマ誕生日小ネタ 跡リョ

並べられた料理はどれも美味しそうなものだ。
「クリスマスイヴだけど、お前が和食好きだっていうからわざわざ用意させたんだぜ。
けど、バースディケーキもちゃんと用意してあるから、安心しろ」
だが得意げな顔をして腕を組んでいる跡部を前にすると、食欲も無くなっていく。
何故、こんなことになっているのか。
リョーマは溜息をついた。

それもこれも跡部の所為だ。
朝一に、そうまだベッドにくるまっている時間にいきなりやって来て、
「起きろ」と肩を揺さぶられた。
跡部を家に上げるなと、母に前から訴えていたのに聞いてくれない。
知らない間に跡部はすっかり母を懐柔してしまった。
騙されていると抗議しても、「跡部君っていい子じゃないの」と言われる始末。
今日もそうやって母に頼んで部屋に入り込んだのに違いない。

何が起こっているのかわからず、ぼんやりとしていたら、
「着替えろ」とパジャマに手を掛けようとした所で一気に覚醒した。
「何してんの!?」
「お前がいつまでも起きないからだろうが」
「だからって、何。触んな!」
尚も触れようと来る手を払いのけるが、跡部は全く動じない。
「今から外に出るぞ」
「なんで!?意味わからないんだけど。さも当然のように誘っているとか、頭大丈夫?」
「お前のご両親からの許可は貰っている。夜までには送り届けると言ったら、
どうぞお願いしますと頭を下げたぞ」
「……」
これでは逃れられない。
渋々リョーマは「着替えるから」と跡部を外へと出し、適当な服を身に着けた。
ドアから外へ出ると、待機していた跡部が「行くぞ」と偉そうに言う。
「顔くらい洗わせろよ……」
「まあ、仕方ねえな」
洗面所まで背後霊のようについてくる跡部に、真剣に殴りたいと思った。

そして朝食すら取らせてもらえず、跡部に引っ張られて家の外へと連れ出される。
待機した車に乗せられ、跡部が所有しているというマンションの一室に到着した。
ここに来たのは初めてだ。
アメリカと日本を行き来する際に必要だからと、マンションを買ったと聞いた時は本気で呆れた。
中は跡部の部屋らしく無駄に豪華なものが置かれている。使い込まれてないから、新品ばかりだ。
お金持ちってわからない……とリョーマが肩を落としていると、
待機していた使用人がテーブルの上に数々の料理を置き始める。
全ての準備が終わると外へと出てしまう。
跡部と二人きり、という状況にリョーマは頭を抱えたくなった。

「朝ご飯を食べていないのなら、腹減っているんだろ。遠慮なく食べるといい」
「食べられなかったのはあんたの所為だけどね」
「細かいことは気にするな」
ハハハッと笑う跡部に、何も返す言葉も無い。

それにしてもまたアメリカにやって来たのかと、リョーマは肩を落とした。
ここしばらく姿を見せなかったから諦めたのかと思ったが、違うということにがっかりする。

跡部の強引な行動は今に始まったことではない。
日本にいる時からずっと、こんな風に引っ張り回されていた。
何が気に入ったのかは知らないが、関東大会以降から言い寄られている。
無視していたら、余計エスカレートした。
どうして、とリョーマは悩み、思い切って跡部のチームメイトに何か知らないかと事情を尋ねたこともある。
曰く、跡部は今まで誰かに振られることは無かったらしい。
それで余計に執着しているんじゃないかと言われた。
生意気そうな言動も跡部の好みに当て嵌まるとも。

だったら一度でも付き合ってみれば引くんじゃないかと、リョーマは考えた。
目的を達成したことで満足して跡部から別れてくれるかもしれない。
しかし、「跡部って、滅茶苦茶手が早いから気を付けろよ」と忠告され、
その案も却下することにした。
手を出される、なんて恐ろしくて付き合うことなんてとても出来そうにない。
やっぱり放置が一番と、リョーマは「無理、付き合えない」で通すことにした。
「いつになったら、お前は俺を好きになるんだ」
「ならないから」
「ふん。そう言いながらも、俺のことを気にしているくせに」
「どっからそんな発想が出て来るんすか……?」
そんなやり取りも、リョーマが全国大会後に急遽アメリカへ戻ることになって終止符が打たれた。
と、思っていたのに。

驚くことに跡部はアメリカまで追い掛けて来た。
誰にも居場所を教えていなかったのに、何故か住んでいる所も知っていた。
行動力のあるストーカーだ。
跡部家が本気になればわからないことは無いらしい。
そんなことに労力を使うなと言っても、跡部が聞くはずもない。
「俺様から逃げられると思うなよ。お前が俺を好きだと認めない限り、諦めないからな」
宣言通り、跡部はちょくちょくリョーマの元を訪れるようになった。
つまり、日本にいる時と全く変わらないということだ。

(全く、なんだって今日みたいな日にも来るんだよ……)
しかもとうとうマンションに連れ込まれた。
ここを購入したと聞かされても「ふーん」で通したのは、密室で二人きりになることを避けていたからだ。
勢い余って手を出されることだって考えられる。警戒するに越したことはない。
しかもいつか一緒に住めたらいいな、などと以前に跡部が呟いていたことも覚えている。
夜までに帰してくれるって本当なんだろうか。
このままここに監禁されるのかもしれない。
疑いつつ顔を上げると、「どうした」と跡部が笑顔を向けてくる。

「いや、何でここに連れて来る必要があるのかと思って」
「そんなの決まっているだろ」
わからないのかと、軽く首を振る。
何故か上から目線で言われているような気がして、イラッとさせられる。
むっとしながらリョーマは跡部の回答を待った。
すると「しょうがねえな」と舌打ちしながら、返される。
「お前の誕生日を誰にも邪魔されず祝ってやりてえからだ。わかったか」
「……そんな理由?」
「悪いかよ。言っておくけど、もし他の誰かと約束があっても行かせたりしねえからな。
そんなことしても邪魔してやるから無駄だぞ」
「……」
つまりこの先もリョーマが誰かと良い感じになったら引き裂くと宣言しているようだ。
どうしようもないストーカーだ。
「別に、あんたが考えているような約束している相手はいないよ」
「そりゃ良かった。じゃあ、俺様と一緒に過ごすんだな」
「ヤダって言っても逃がすつもりもないくせに」

それよりも、とリョーマは浮かんだ疑問を口にした。
「あんたこそ、こんな所にいていいの?」
「いいって、何がだ」
「パーティーとかいっぱい招待されているんじゃないの。付き合いとか、あるんでしょ」
家の都合や仕事の関係で顔を出さなければならないこともあるはずだ。
なのにアメリカまで来て、しかもこんな所にいる場合か。
リョーマの問いに、跡部はまた豪快に笑う。

「そんなこと心配するな。全て病欠で済ませてある」
「心配しているわけじゃないけど……。やっぱり呼ばれているんじゃん」
「仕方無いだろ。誰といるよりもお前の誕生日を祝う方が大切だからな。
他の誘いなんて、知ったことか」
「……」
「好きな奴と一緒にいること以外に需要なことってあるわけないだろう」
きっぱりと言い切る跡部に、リョーマは言葉を失った。


気まぐれとか、手に入らないからムキになっているとか。
そう思って、今まで跡部の気持ちを本気に取ったことは無かった。
だけど今の告白に、そうじゃないと気付かされた。
言動がずれているだけで、真剣だったんじゃないかって。
見ない振り、聞こえない振りしていたけど、真正面から向き合えば、
彼の言っていることが本気だともっと早くにわかったはずだ。

(跡部さんが、俺のこと本気で好き……)

今更ながら、心に気持ちが響いた気がした。

「どうした。食欲無いのかよ?」
「えっと、違うよ」
心配そうに顔を覗きこんでくる跡部に、思わずリョーマは飛び退いた。
勘違いストーカーだと決め付けて軽く交わして来たのに、
今になって上手く出来なくなる。
海をを超えてまで誕生日の祝いに来てくれた。
それだけでも健気だとさえ思えてしまうから。

(ちょっと見直した、かも……)

これからは自分もきちんと対応して行くべきかと考えながら、
誤魔化すようにして料理に目を移す。
「あんまり美味しそうだから、どれを食べようか迷っているだけっすよ。
じゃあ、いただきます」
「おう」

嬉しそうにニコニコ笑っている跡部を見ないようにしながら、
箸を動かしていく。

これからの展開は自分でもどうなるかわからない。
ちょっと考え直しただけで、気持ちを受け入れるかどうかは別の話だ。
そう簡単に、変わったりはしない……はず。

「慌てずゆっくり食べていいからな。
なんだったら、俺の分も食っていいぞ」
「うん……」

あんまり優しくしないで欲しいと、リョーマは眉を寄せた。
今まではハイハイそうですかと流していたのに、
急に意識してしまう。
言動に隠されている好きという気持ちに、恥ずかしくなるのだから。

誕生日に跡部がくれたのは美味しい料理とケーキとプレゼントと、
そしてこの困ったようなくすぐったい気持ちだった。


終わり


2009年12月26日(土) 2009年 リョーマ誕生日小ネタ 真田リョ

ようやっと静かになった室内に、真田は溜息をついた。
つい先程まで甥っ子の左助を中心にしてクリスマスのお祝いをしていた。
真田はこういう行事を苦手としていたが、久し振りに家族で過ごす時に引っ込んでいるわけにもいかない。
それに客人であるリョーマも、左助の強い要望によって参加することが決まっていた。
なのに自分がその場にいないなんて通るはずがない。
リョーマの大ファンだという甥っ子は、ずっとはしゃいでいて、
それにつき合わされ真田を含む家族達は静かになった今、疲れた顔をしている。
唯一、リョーマだけはけろっとしてジュースを飲んでいる。
あれだけ左助と一緒にテレビゲームに興じていても、平気とは。
さすがというべきか。

「すまなかったな。今日は左助が迷惑を掛けた」
真田はそっとリョーマに声を掛けた。
左助が眠った今は、真田の自室にて寛いでいる。
リョーマは「平気っすよ」と言いながら笑った。
「俺も楽しかったから。なんか弟が出来たみたいで嬉しい」
「そうか」
「左助って可愛いね。素直でいい子だし、連れて帰りたい位」
「……」

リョーマの言葉に、真田は黙った。
少なくとも自分の前では素直・いい子とは程遠い。
身内だからだろうか。何度もおちょくられて、なめられている気がする。
それには答えず、真田はコホンと咳払いをした。

「あー、その、なんだ。左助の相手をして疲れただろう。
風呂に入ったらどうだ」
「いいんすか?」
「ああ。お祖父さんも先に休んだからな。
母から先に入ってもらうようにとさっき言われた所だ」
「じゃあ、遠慮なく」

立ち上がったリョーマの背中を見ながら、真田は長い一日だったと自分の肩を叩いた。
久し振りの日本で過ごす時間が、こんなに賑やかなものになるとは。
例年より左助のテンションが上がったのは、リョーマを連れて来たからで間違いないだろう。
甥っ子はテニスにさほど興味を持ってはいないが、現在活躍中の越前リョーマのことは知っている。
真田の試合は見向きもしないくせに、リョーマがテレビに映るとなるとその前にかじり付くとは、
やっぱり可愛くない。
今日だって玄関まで出迎えた時に発した第一声が「おじさん、越前リョーマさんを連れて来てありがとう」だった。
おじさん、という言葉にリョーマは目を丸くして、その後、肩を震わせていた。
笑いを堪えていたのは一目瞭然だった。

リョーマとは久し振りに会った。大会の会場で会う以外はメールのやり取りのみ。
お互いのスケジュールが忙しく、プライベートで顔を合わせたのは三ヶ月ぶりだった。
しかし偶然にもイヴから年末に掛けて予定が空いていた。
帰国を考えていた真田は、リョーマに良かったら一緒に来ないかと誘った。
リョーマの両親がちょうどその頃仕事で忙しくて、現在アメリカにある家に帰っても誰もいないと聞いていたからだ。
じゃあ、ホテルをどこかで取るから一緒に行こうかなとの返事に、
真田は家に泊まればいい、そんな必要は無いと説得した。
ずっと遠慮していたリョーマだったが、最後には折れて承諾した。
数々のお土産を手にして、今日、二人で真田家に到着したという次第だった。

それからずっとリョーマは左助に占領されて、ろくに話も出来なかった。
空港で合流した後も、飛行機に乗った後はすぐリョーマは寝てしまったので、
近況を聞くどころではなかった。
日付が変わる少し前の今、ようやく二人きりになれた。

「ぎりぎり間に合ったな」

小さく呟いて、真田は冷蔵庫へと向かった。
今回の帰国が決まった時に、すぐ兄に頼み込んで近くのケーキ屋に予約を入れてもらった。
お礼は代金と共に沢山のお土産を渡した。
そして家に戻って来て、リョーマが左助の相手をしている間こっそり抜け出して引き取りに行って来たのだ。
それをお皿に乗せて、真田はまた自室へ戻った。


「真田さん、お風呂上がったよ」
「ああ。それよりも…」
顔を覗かせたリョーマに、こちらへ来るようにと手招きする。
「何?」
「無理に食べろとは言わないが、今日中に出しておこうと思ってな」
「これって……ケーキ?」
「ああ。誕生日おめでとう、越前」
お皿をリョーマの方へと差し出す。
小さなケーキだけれど、チョコプレートにはちゃんとハッピーバースディの文字とリョーマの名前が書かれている。
夕飯後にクリスマスケーキは出たけれど、それはリョーマの為だけのものではない。
後で出そうと思っていたのだが、結局こんな時間になってしまった。
以前と違って、リョーマもケーキを見ても嬉しくないかもしれない。
だが、真田はずっと気にしていた。
ずっと前に、皆がクリスマスを祝う中で誕生日を迎えても虚しいと漏らしていたリョーマの言葉。
折角、この日を一緒に過ごすのだから、出来る限り祝ってやりたいと思っていたのだ。

「プレゼントも用意してある。クリスマスのものではなく、誕生日のものとしてだぞ」
「……」
「どうした、越前」
無言のままのリョーマに、真田は顔を覗き込んだ。

「いや、ちょっと感激してただけっす」
瞬きした後、リョーマは嬉しそうに笑った。
「久し振りにお祝いしてもらったかも。これまでずっと忙しくって誕生日どころじゃなかったから。
それに周りはクリスマス一色だったし」
「そうなのか」
「うん。これって、俺だけのケーキだよね?」
「ああ、そうだ」
「前に言ったこと、覚えてくれてたんだ」
13歳の誕生日のことを、リョーマも思い出したようだ。
懐かしい時を思い出すような目に、真田は頷いた。
「まあな。今回は急遽用意したから、小さなケーキになってしまったが」
「ううん。ありがとう。すごく嬉しいっす」
ほっとしたように笑うリョーマに、真田は目を奪われた。
その位、綺麗な笑顔だった。

「食べていいんすか?」
「も、勿論だ!」
リョーマから目を逸らして、立ち上がる。
「俺も風呂に入ってくる。その間にゆっくりと味わうといい」
「あ、うん……」

急に大声を出した真田に首を傾げ、それからリョーマはまたケーキに目を移した。
小さなケーキだけれど、その心遣いが嬉しくて。
大切そうにそっと優しく名前が書かれたチョコプレートを取り上げ、
書かれている文字にキスを落とす。

それは甘くて、幸せな味がした。






風呂場へと歩きながら、真田はふと幸村から言われたことを思い出していた。
帰国する前の電話のやり取りだ。

幸村はどうしてもスケジュールが合わず、今回は一緒に帰国することは出来なかった。
電話口で幸村はそのことをとても残念がっていた。
なので今度、こちらから訪ねてみようと真田は考えている。
幸村も異国の地でテニスに励んではいるが、旧友に会いたくなることもあるだろう。
忙しい、ばかりでなくその合間を縫って少しでも顔を合わせる努力をしようと決意した。

「それで帰国した後、ボウヤとは当然別行動だよね?そうに決まっているよね?」
何故か念押しされるように言う幸村に、真田はありのままのことを話した。
「いや、越前は泊まる所が無いので、俺の家に来てもらうことにした。
家族も賛成してくれたからな」
「……へえ、そうなんだ」
答えると同時に、何か電話の向こう側で大きな物音がした。
「幸村、大丈夫か!?」
心配して声を上げると、「いや、大丈夫だよ。掛けておいたハンガーが落ちたんだ」と幸村の低い声。
「そうか。何も無くて良かった」
ほっと真田は胸を撫で下ろす。
幸村が無事というのならば、大したことではないのだろう。

「それより、真田。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?遠慮無く言ってくれ」
「相変わらずボウヤと仲が良いのはわかった。でも、それは友達としてだよね?」
思いもしない質問に、真田は目を瞬かせる。
「それ以外、何があるというのだ?越前は良きライバルで、友人だ」
「そっか!それを聞いて安心したよ!
まだまだチャンスはあるとわかったからね。友人ね。うん、それは良かった」
「?」
「じゃあ、年末年始も良き友人と楽しんで来て。じゃあね」

一方的に電話を切られた。
最後は上機嫌だった幸村に、
そんなに楽しくなるようなことを言った覚えは無いのに何故だろうと、首を傾げる。

(友人か……)

リョーマと知り合って数年過ぎているが、
連絡が途切れることなく友人としての付き合いはずっと続いている。
リョーマも真田もお喋りな方ではないから、会話が途切れることも時々ある。
が、その沈黙は嫌なものではない。
むしろ心地良くなるような、そんな時間を共有していると真田は考えていた。

それは幸村とも柳とも、立海時代のチームメイト達とも違う。
リョーマといる時にだけ感じる不思議な気持ちだ。
幸村には友人だと言ったが、親友、という言葉じゃ足りない。
もっともっと、特別な何か。

(こういうのを何て表現するのだろう)

わからん、と首を振って、真田は風呂場の扉を開けた。

昔から気持ちを言葉にするのは苦手だった。
部屋に戻ったら、リョーマに尋ねてみる方が早いかもしれない。
リョーマが自分をどう思っているのか。
それも気になる。
確かめる良い機会だ。

そうしようとさっさと体を洗って、湯船に浸かることにした。


それから数十分後。
真田に質問を投げ掛けられ、リョーマは固まってしまった。
まさか、という気持ちでいっぱいで、上手く答えられなかった所為だ。

数年掛けてゆっくりと進んで来た二人。
だが12月24日の今日という日に、転機が訪れようとしていた。


終わり


2009年12月25日(金) 2009年 リョーマ誕生日小ネタ 塚リョ 

誕生日のプレゼントは何が欲しいかと母さんに聞かれて、
俺は「日本行きのチケット」と即答した。
高価なプレゼントより、部長に会いたい。
俺の望みはそれだけだった。

母さんは目を丸くして、「困ったわね」と言った。
「リョーマは私達と誕生日を過ごしてくれないのかしら?」
「それは、悪いと思うけど……」
親父はともかく、母さんは俺の誕生日を忘れたことはない。
そんな母さんを蔑ろにするのは、流石に申し訳無い。
周りがクリスマス一色の中でも、母さんはいつでも俺のことを考えてくれたから。

「えっと、じゃあ、別のにする」
誕生日は部長と一緒に居たいと思うけど、仕方無い。
ついこの間までU−17の合宿に参加して、またこっちに戻ったばかりだ。
そうそう頻繁に会えること位、覚悟していたじゃないか。
俯く俺に、母さんは溜息をつく。
「そんなに日本に行きたいの?」
「えっと、まあ」
「嘘がつけない子ね。あっちに行ったら一人でホテルに泊まるつもり?」
「それは、多分」
「また手塚さん家に泊まるつもりなら、反対しますからね。
そうそう迷惑を掛けるわけにはいかないのよ」
「わかっている……」

そこまで考えていなかった。
ただ部長に会いたい、それだけだ。
やっぱり単身で日本に行くなんて無理なのかな。

考え込んでいると、「リョーマ」と名前を呼ばれる。
「チケット代は私が出してあげるわ」
「え?」
「向こうでの宿泊費は南次郎にお願いしなさい。日本行きの許可もね。
その代わり手塚さんの家に迷惑を掛けたりしないと約束すること。
何度もお世話になるわけにはいかないでしょ」
「じゃあ……行っていいの?」
チケットを取ってくれるという言葉に驚く。
すると母さんは、
「仕方無いでしょ。
あなたが日本に行くのが一番のプレゼントだとわかってしまったのだから、許すしかないじゃない」
苦笑交じりに言った。

「……ありがとう、母さん」
感動する俺に、「でも、南次郎から許可貰えなかったら駄目ですからね」と笑った。


実は親父の説得は簡単だったりする。
秘蔵のコレクションの数々。
母さんに黙っていたのは、こんな時の切り札に使おうと思っていたからだ。
おかげですんなりと日本行きの承諾と、滞在費を巻き上げることに無事成功した。



12月24日、午後。
俺は日本に降り立った。
勿論、部長は俺の帰国を喜んでくれた。
「早く会いたい」とメールに乗せた素直な言葉に、俺も頷いていたことは内緒だ。
空港まで迎えに来てくれた部長と、ますホテルにチェックインした。
フライトでの疲れを取る為に荷物を置いて、ベッドに大の字になる。
「よく、ホテルの予約が取れたな」
「え?」
「いや、年末に部屋を取るのは困難ではないかと考えていただけだ」
部長はうろうろと落ち着かない様子で部屋のあちこちを見ている。
何が珍しいんだろ?
それよりも、と俺は声を上げた。
「ねえ。こっちに来て座ったら?
それとも何か気に入らないものでもあるの?」
「いや、十分だ。それにしてもこの部屋はお前自身が取ったのか?」
「ううん。親父のコネを使って取ってもらった」
「なる程……」
納得したように部長が頷く。
許可を貰ったついでにどこかいい宿泊先をお願いと、親父に頼んでおいた。
部長も泊まれるように、ジュニアスィートを指定した。
ほどなくして親父が「ここに行け」と地図を寄越してきた。
おかしな所を紹介されたかと思ったが、意外にもまともなホテルだ。
なんでもここのオーナーが現役時代からの親父のファンらしい。
ただのエロ親父だと知ったらどんな反応するんだろ、とちらっと考える。

「しかし、俺まで宿泊してもいいのか?」
「何言ってんの。その為に取ったんだから。
それとも部長は今夜、別々に寝るつもりだった?」
「いや、そういうわけじゃない」
きっぱりと否定して、部長は俺が寝転んでいるすぐ横に腰掛けた。
「お前の誕生日を一緒に過ごすことが出来て、とても嬉しい。
しかし本当なら俺の方から訪ねて行くべき所だったのだが、
実現出来る力がない自分を不甲斐無く思う」
「は?」
「しかも部屋まで用意してもらって、これではどちらの誕生日なのかわからない。
何から何までお前に頼ってばかりで、すまない…」
真面目に言う部長に、俺はぽかんと口を開けた。

つまり、何?
俺の誕生日だから、部長はアメリカまで祝いに来るのが筋とか考えている?
突拍子も無い話に、首を傾げてしまう。
「別にそんなの謝らなくてもいいよ。ほいほい行き来出来る距離じゃないんだから。
俺だって母さんにプレゼントとして航空券を貰えなかったら来れなかったよ。
あんたが気に病むことじゃない」
にこっと笑ってみせると、少し納得したらしい。
「そうか」と頷く。

「しかし次は俺の方から訪ねて行く。必ずな」
「…はあ、待ってます」
必死になってお金を貯めるんだろうなと、部長の表情を見て察する。
これでまた俺が日本に来たらどんな顔するんだろう。
ちょっとやってみたい気もする。

「それより夕飯はどうする?外に出て行くのも面倒だから、ルームサービスにしようか:
外に行きたくないのは、部長と二人だけの時間を邪魔されたくないからだ。
ここで思い切りいちゃいちゃしていればいい。
そう思っての提案だったのだが、部長は「いや、用意してある」と却下した。
「用意って?」
「家で母がお前の為に料理を作ってくれている。
お前の好きな和食だ。勿論、誕生日ケーキも用意した。ゆっくりと家で寛ぐといい」
「ちょっと、何それ!?」
俺は思わず体を起こした。

「折角二人きりなのに、部長の家に行くんすか?」
「ああ」
それがどうかしたか?という表情をする部長に、俺は切れた。
「あのさ、部長のお母さんに料理を用意してもらっているってどういうこと?
今回は世話にならないようにって言われているのに。
なんでそんなこと、勝手に決めてんの!?」

これじゃ母さんの言いつけを守ったことにならない。
どうしようと顔を顰める俺に、「どうしてそんなことを言うんだ」と部長に両肩を掴まれる。
「これは母からの申し出だぞ。
こちらに帰って来るなら、是非和食をお腹いっぱいに食べてもらいたいと。
そんな風に考えてはいけないのか?」
「いや、そうじゃなくて迷惑が掛かるから」
「越前」
俺の目を真っ直ぐに見据えて、部長は言った。
「迷惑なわけないだろう。
早も家族もお前のことを歓迎している。
だからそんな風に考えるな。それとも母の料理を無駄にするつもりか?
だがお前なら全て平らげてくれると信じている」
どうだ、と問われて、俺は唇を尖らせた。

「そういう言い方はずるいよ。断れるわけないじゃん。
部長のお母さんの料理、出来ることならまた食べたいって思っているのに……。
わかった、お邪魔させてもらう」
「そか。良かった」
ほっとしたように笑う部長の肩に、俺はそっと寄りかかった。
「あーあ。でも折角部屋を取ったのに、無駄になっちゃったね」
部長の家に行くのが嫌なんじゃない。
むしろあの美味しい料理を食べれるのは嬉しい。
しかしどうしても階下にいる家族の存在が気になって、こそこそと動くしか出来ない。
ここなら遠慮なく、なんて考えていたのは俺だけだったんだろうか。
恥ずかしくなる。

すると、「無駄にするわけないだろう」と、いきなり部長に押し倒される。
「え?部長?」
「言っておくが夕飯を食べたらまたここに戻って来るぞ。
始めからそのつもりだった。久し振りに二人きりになれるのに、そのチャンスを逃すわけがないだろう」
「そ、そうなんだ」
アハハ、と目を泳がす。
改めて言われると、困ってしまう。
考えていたことが見透かされていたのかと、気まずい。
それを知ってか知らずか「まだ時間があるな」と部長は軽くキスを仕掛けて来る。

「準備が出来たら携帯に連絡が入ることになっている。
それまでこの時間を有効に使うことにしないか?」
「有効って……」
「駄目か?」

それには答えず、俺は部長の背に手を回した。
部長は目を見開いた後、さっきより深く唇を重ねて来た。
応えるように、俺は口を軽く開ける。

日本に居られる時間もそんなに長いわけじゃない。
だったら部長の言う通り「有効に」過ごすべきだ。
蕩けるようなキスをしていながら、俺は体から力を抜いて甘い手の動きに身を委ねた。


終わり


2009年12月24日(木) 2009年 リョーマ誕生日小ネタ 不二リョ

「ねえ、英二。ちょっと相談したいことがあるんだけど」
そう言いながら、有無を言わせない勢いで、菊丸は不二に引っ張られた。

今日は早く帰ってテレビを観たかったのに。
菊丸は内心で溜息をついた。
が、不二に逆らうような真似はしない。
それが長生き出来る秘訣だとわかっているからだ。

連れて行かれた先は学校より少し遠くにあるファミレスだった。
誰かに聞かれてたくない話でもあるんだろうか。
そうだとしたら、自宅に招くはず。
わざわざ、何故こんな所に来たんだろうと、菊丸は首を傾げる。

そして真正面に座っている不二をちらっと見ると、
「何でも好きなもの頼んでいいんだよ」と笑顔で言われる。
ハッキリ言って、怖い。
これが不二以外の人物、例えば大石なら「えー、本当にいいの?高いもの頼んじゃうよ」と、
遠慮なく好きなものを注文しているところだ。
しかし相手は不二。
何を企んでいるのかわからない。
震えながら菊丸はメニューに目を通す。
食べ物系は時間が掛かるからパスだ。一刻もこの場から立ち去る為にもその方がいい。
飲み物にしようと決めて、オーダーを聞きに来た店員に「コーラフロート」と告げる。

「あれ?それだけでいいの?」
「うん……今日は飲み物だけでいいんだにゃー」
「遠慮なく頼んでいいのに」
「いや、本当に十分だから!」
「そう?じゃ、僕はミルクティー。ホットで」
畏まりましたと、頭を下げて店員が下がっていく。
その後ろ姿を不二は何故かじっと眺め続ける。
違和感ある光景に、菊丸はパチパチと瞬きをした。

不二は他人に興味を持つ方ではない。
いや、むしろ眼中に無いと言う方が正しい。
彼が気にするのは家族を除けば、恋人である後輩くらいなものだ。
その不二が他人をじっくり眺めるなんて。
実にらしくない行動だ。
たしかにこの店は可愛い制服が売りで、店員のレベルも高いと評判だ。
わざわざ通ってくる客もいるらしい。
しかし不二に限って、そんなこと考えるとは思えない。
何かおかしいと思って、菊丸は口を開いた。

「あの、今日はおチビと一緒に帰らないの?」
引退してからも不二は部活をしているリョーマを待って、一緒に下校している。
今日はどうして自分を誘ったのか。
そんな疑問を投げ掛けると、不二はずいっとテーブルの上に身を乗り出して来た。

「越前には聞かれたくない話なんだ。
英二も今日聞いたことは、誰にも言わないで欲しい」
「うん。勿論だよ」
念押しされなくても最初から口外するつもりはない。
そんなことしたらどうなるのか、よくわかっている。
「それで、僕が相談したいことは」
「うん」
ごくっと菊丸は唾を飲み込んだ。
「ここの制服って可愛いよね」
「は?」
「英二もそう思わない?」
「えーっと、思うけど…不二も本気で思っているの?」

さっきの行動といい、不二はここの店員に気があるというのか。
彼に限って浮気は無いと思ったが、世の中絶対なんてあり得ない。
真っ先に菊丸の頭に、リョーマのことが浮かぶ。
悲しむことになるのかと、一気に心配になる。
いや、逆に不二と別れるいいチャンスかもしれない。
性格に問題が有り過ぎる不二とすっぱり別れて、リョーマには別の幸せを掴んでもらいたい。
菊丸は弟のようにリョーマのことを可愛がっていたので、不二と付き合うと聞かされた時は気絶するかと思った。
本当にそれでいいのかと問い詰めたかったが、報告の際にも不二が隣にいるので出来なかったのだ。
大事な娘が悪い男に誑かされた気分がどんなものか、よくわかった。

「そうだね。僕も本気だよ」
菊丸の心など気付かず、不二はこくっと頷いた。
やっぱりそうなのかと、菊丸は口を開いた。
「お前がこの店の子に本気なら、仕方ないな……おチビになんて言うんだよ」
「はあ?何言っているの?」
「何って」
顔を上げると、呆れたような目でこちらを見ている不二と視線がぶつかる。
「僕はどうやったら越前にあの制服を着てもらえるか。
上手い切り出し方がわからないって悩んでいるんだけど」
「はああ?」
菊丸は大きく口を開けた。
こっちが呆れる番だ。
さっきまで考えていたことと180度違う展開に、動くことが出来ない。
お待たせしました、と店員が注文したものを前に置いて、ようやく我に変える。

「あのー、不二。ちょっと聞いていい?」
「何?」
「おチビに着せたいって、どういうこと?」
「そのままの意味だけど」
しれっとした顔で不二は言った。
「前から思っていたんだ。
越前ってフリルがついた格好しても可愛いんじゃないかって。
それにエプロンとミニスカートもいいよね。
だからこのお店の制服が似合うと思ってさ。
ただ、素直に着てくれるとは思えないんだよね。
なんとかクリスマスの余興とか言って着て貰える方法は無いかな?
いい案があったら、教えてよ」
「……」
そんなことかよ、と菊丸は脱力下。
目の前のコーラフロートを見ても飲む気がしない。
くだらないこと言うんじゃねえよと告げて帰りたいところだが、相手は不二だ。
思いつきでも何か言わないと、今日は返して貰えないだろう。

「上手にお願いしてみたら?プレゼントに制服が着ている姿が見たいとか適当に言い包めてさ」
「そうなんだけど、普通にお願いしたんじゃ嫌だって言われるのは予測出来るんだよね。
越前に嫌われるのも困るから、どうしようかなって」

嫌われるのが嫌ならコスプレさせようとか考えるなよと、心の中で悪態をつく。
無駄だと思いつつ、投げやりに答える。

「だったらおチビが断れない状況に持ち込んだら?」
「どうやって?」
「例えば、えっと、高価なプレゼントをあげるとするだろ。
その上で頼んだら、断り辛いんじゃないかにゃ。
これだけもらったんだから、おチビも引き受けようって気になるかもよ」
適当なことを並べただけだったが、「それいいかも」と不二は頷いた。

「やってみるよ。越前って意外と押しに弱いから嫌と言えないかも。
ありがとう、英二。相談して良かったよ」
満足そうに笑顔を浮かべる不二を見て、「どういたしまして…」と菊丸は顔を引き攣らせた。
このことをリョーマに知らせるか、否か。
少し考えて、やっぱり自分の身が大事だと判断して、黙っていることにした。

12月24日、当日。

その日の昼頃、リョーマは不二の家に到着した。

姉の由美子は彼氏とデート、母は仲の良い友人とクリスマスコンサートに出掛けている。
裕太はギリギリまで部活があるらしく、まだ寮から戻っていない。
最低でも夕方までこの家は全くの無人ということだ。
これを不二が見逃すはずがない。
母と姉に頼み込んで料理とケーキを作ってもらった。
それでリョーマをおもてなしする。
この招待に、リョーマは勿論喜んでくれた。
だがこれも作戦の一つで、美味しいものを食べていい気分にさせようと不二は企んでいた。
その後でプレゼントを渡し、今度はこちらの要求を出す。
ネットで購入済みの制服を着たリョーマを想像し、知らず頬が緩んで行く。

「どしたんすか?」
不二の様子に気付いたのか、リョーマがじっと凝視して来る。
「何でもないよ。料理はどう?美味しい?」
「勿論っす」
「ケーキも?」
「当たり前っすよ。こんなに美味しいもの食べさせてもらって、申し訳なる位っす」
「君の誕生日なんだから、遠慮することなんてないよ。
ああ、ほら、クリームついているよ」
「え?」
口元についているクリームを指で取って、それを自分の口に入れる。
甘いものはあまり好きではないが、姉の作ってくれたケーキは別だ。
しかもリョーマにくっ付いていたのだから、余計美味しく感じる。
さあ、これからが本番だと不二は微笑む。
何も知らないリョーマは、クリームを舐めたことに照れたように頬を染めている。

全ての料理とデザートがリョーマの腹に収まったところで、
「ちょっと待ってて」と別室に用意してあったプレゼントを取りに行く。

「お誕生日おめでとう、リョーマ君」
綺麗にラッピングされたプレゼントを机の上に並べると、リョーマは目を丸くした。
「え、これ全部?」
「そうだよ」
「だって、こんなにも!?」

複数貰えると思っていなかったのだろう。
落ち着かない様子のリョーマに「開けてごらん」と促す。
少し迷った後、リョーマは頷いて一つ一つリボンを解き始める。

不二が選んだのは新しいシューズに、ゲームソフトとリョーマに似合いそうなマフラーだ。
それらを見てリョーマは沈黙した後、顔を上げた。
「こんなにもらっていいの?」
「勿論」
にっこり笑って不二は言った。
この日の為にリサーチした品々だ。
気に入らないはずが無い。
「すっごく嬉しい。でも、俺……先輩に何も用意していないよ」
クリスマスプレゼント買えば良かったと言う呟きに、
それが狙いなんだけどねと、不二は気付かれないようにこっそり笑う。
手ぶらで来てと、念押ししたのもこの為だ。

「いいんだよ。僕はリョーマ君に喜んでもらいたいだけだから」
しゃあしゃあと嘘を付く不二に、リョーマはますます申し訳無さそうな顔になる。
「でも、何かお返しするから。今からいい。プレゼント買いに行く?
先輩みたいに高価なものは買えないけど」

その一言を待っていた。
不二はさっとリョーマの手を取る。
「そんな、君の気持ちだけで十分だから」
「えっと、先輩?」
「そうだね。どうしても気が咎めるって言うのなら、
ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何?」
「簡単なことだよ。ちょっと来てくれる?」
リビングから自室へと移動する。

ここからが問題だ。
果たしてリョーマは承諾してくれるのか。
柄にも無く緊張しつつ、不二は自室のドアを開いた。
「良ければあれを着たところを見せてくれないかな?」
この時の為にハンガーに掛けて飾っておいたファミレスの制服を指差す。
「……」
さあ、どう出る。
不二は唾をごくんと飲み込んだ。
菊丸の提案に乗ったものの、不安は残っている。
嫌だ、とリョーマが怒り出したら冗談だよと誤魔化そう。
「どうかな?」
リョーマの顔を覗きこむと、「あれ着るだけでいいんすか?」と普通に言われる。
「そうだけど、着てくれるの?」
「そんなんでお返しになるんなら着てもいいよ」
「是非、お願いします!」
思わず頭を下げると、大袈裟だなあと笑われる。

「でもさすがに恥ずかしいから一人で着替えてもいい?」
「うん、いいよ」
「準備が出来たら呼ぶから」
リョーマは部屋の中へと入り、ドアを閉めた。

(いやに、あっさりしてたな……)

ドアの前に立って、不二は首を傾げた。
余りにも上手く行き過ぎて拍子抜けしてしまう。
あれだけのプレゼントを渡したから、少しは悪いと思ったのかもしれないが、
全く拒絶されないのも変だ。
もしや着替える振りをして窓から逃げ出すつもりでは……。

「リョーマ君、そこにいる!?」
焦って声を出すと、「まだ待ってて!」と、中から声が聞こえる。
ほっと、不二は胸を撫で下ろした。
逃げたわけではないらしい。
しかし油断させて、実は着替えていないオチということも有り得る。
ドアを開けたら、ふざけんな!と制服を投げられるかもしれない。
悶々と悩む不二に、「終わったよ。入って」とリョーマが声を掛けて来た。
「あ、うん…」
覚悟を決めてドアを開ける。

するとそこには用意した制服に身を包むリョーマが立っていた。
やっぱり恥ずかしいのか伏目がちで所在無い手をもそもそ動かしている。
フリルいっぱいのエプロンに、ミニスカートから伸びるすらっとした素足が眩しい。
思わず不二はその場に膝をついた。

「不二先輩!?」
「こんな気持ち、滅多に味わえないよ……」
「どうしたの?」
「いや、君の姿が余りにも可愛くて眩暈を起こしたみたいだ」
「眩暈?大丈夫っすか?」
「うん。ああ、生きていて良かったと心から思うよ」
「大袈裟っすね」
ぷっと吹き出すリョーマに、「大袈裟じゃないよ」と返す。
「絶対着てくれるはずが無いと思っていたのに、こうして姿を拝めてどんなに嬉しいか。
最高のクリスマスプレゼントだ」
「嬉しい?本当に?」
「うん。すごくね」
不二の言葉に「良かった」とリョーマは笑顔を見せる。

「先輩に喜んでもらえて、俺も嬉しいっす。
何もプレゼント考えて無かったから、本当に申し訳なかったけど。
喜んでいる顔が見れるのなら、こんなの着るのなんてどうってことないっす」
きっぱりと言い切るリョーマに、不二は体から力を抜いた。

(君の気持ちを少し見くびっていたかな……。
まさか僕に喜んでもらう為に、そこまで考えてると思わなかったから)

黙っている不二に、今度はリョーマが手を掴んで来た。

「いっそのこと、今から店員とお客になりきって楽しむ?」
楽しそうに笑うリョーマを、不二はそっと抱きしめる。

「それは後にして、今はこうしていてもいい?」
「好きなだけ、どうぞ」
「じゃあ、キスは?」
「聞かなくっても、わかっているくせに」

そうだね、と不二は目を閉じたリョーマの唇に自分のそれを重ねる。
そっと離して、「改めて誕生日おめでとう」と耳元へ囁いた。

やっぱりこの制服はリョーマによく似合っている。
お願い聞いてくれるなら、来年は猫耳にしてみようかと懲りないことを考えた。


終わり


2009年12月23日(水) 2009年 リョーマ誕生日小ネタ 千リョ

約束の時間になっても現れないリョーマに、千石は携帯をポケットから取り出した。
メールも着信も無い。
寝坊かなあ、と苦笑する。
リョーマの遅刻癖にはもう慣れたけど、今日くらいは時間通りに来てくれてもいいんじゃないかと思ってしまう。
クリスマスイヴで、リョーマの誕生日。
二重の意味で大切なこの日に、恋人として一緒に過ごすのは当然のことだ。

夜も楽しみだなとニヤニヤしていると、いきなり後ろから脛を蹴り上げられる。

「痛ってぇな!……って、リョーマ君!?」
「お待たせ、清純」
遅刻した上に蹴るなんて、と泣き真似しながら振り向いた所で千石は気付いた。
リョーマの後ろに控えている女の子。
見覚えがある、なんてもんじゃない。
一気に青くなる。
ついこの間まで浮気してた相手だ……!

「この人がどうしても清純に聞きたいことがあるんだって。
直接聞けばいいのにね。何故か俺の家に来て、おかしなこと言うからさ。
だから連れて来た」
怖い。
笑顔だけど、リョーマの目は笑っていない。
千石は震えながら「そっかあ」と頷く。
取り繕うにも全てばれているのだろう。
舌打ちしたい気持ちで女の子の方へ向く。

本命はいるんだけどね、と千石の言葉に、それでもいいと返事をしたから浮気相手として選んだのに。
結局、こうなるのか。
自業自得だけど、腹立たしい気持ちになる。
大体、何故リョーマのことを知って、しかも家にまで行ったのか。

「なんで、リョーマ君と一緒にいるの?」
冷たい声を出すと、彼女はびくっと肩を揺らした。
「だって、千石君がイヴの日は会えないって言うから、気になって」
「俺、本命がいるって最初に言ったよね?
こんな日に君なんかと会う時間なんてあるわけないだろ。
そんで、リョーマ君のことなんで知っているの?家に押し掛けたってどういうこと?」
「それは…街で二人が歩いているのを偶然見掛けたから…。
その様子が妙に親しげで、もしかしてと思った。
信じたくなかったよ?千石君の本命がまさかその子だなんて。
今日もその子の為に予定を空けるなんて、信じたくなかった」

涙を浮かべる女の子を見ても、千石の心は動かされない。
「で、リョーマ君のこと調べたってこと?」
「だって、だって……」
「文句があるなら俺に言いなよ。なんでリョーマ君の所に行くの?
意味わかんないんだけど」
あーあ、と千石は溜息をついた。
遊びとはいえ、関わったことをすでに後悔していた。
泣いている女の子よりも、無表情でこのやり取りを見ているリョーマの方が気になって仕方無い。

ちらちらと様子を覗っていると、女の子が限界というように声を上げる。
「だってその子、男の子だよ!?千石君はなんか勘違いしているの?私にはわからない。
別れるべきだろうと思って、忠告しに訪ねただけじゃない。
なのにその子、別れないなんて言うから。何なの。
ねえ、千石君は本当にその子のこと、好きなの?」
「勘違いって、何。しているとしたら、君の方でしょ」
うんざりしつつも、千石は答えた。
「リョーマ君のこと、好きだよ。君なんかよりずっとね。
色んな女の子と遊んでも、俺の本命は変わらない。
性別がどうとかじゃなく、リョーマ君がいいんだ」
「そんな……」
「ああ、、もう鬱陶しいなあ。
早く帰れば?それで俺とリョーマ君の前に二度と顔を見せんな」
堪えきれず泣き出す女の子に、千石はうんざりというように首を軽く振ってみせた。
今日という日を滅茶苦茶にしておいて、泣きたいのはこっちだ。


「そういう言い方は無いんじゃないの」
ずっと黙っていたリョーマが口を開く。
そしてすっと千石に近付いたと思ったら、後ろから思い切り頭を殴りつける。
右手だったけど、十分な威力だ。
「痛っ。何すんの、リョーマ君!」
「殴られても当然だろ。
さっきから聞いていれば、向こうが悪いような言い方ばっかりして。
あんたも似たようなもんだろ。
一方的に責めるのって、どうなの。
その人に謝罪してもいいんじゃないの」
ふんっと、鼻息を荒くするリョーマに、千石は慌てて言い訳をする。
「だって、リョーマ君の家に押し掛けたりするから、それで」
「それもあんたの所為だろ。違う?」
「……はい」
うなだれる千石を押し退けて、リョーマは女の子の前に立った。
二人のやり取りを見て、びっくりして涙も引っ込んだようだ。
やれやれというように、リョーマは彼女に向かって言った。

「この馬鹿に引っ掛かったことは同情する。
でも、もう諦めた方がいいよ。
こいつが俺のことを好きなのは、変わらないんだから。
あんた、可愛いのに勿体無いよ。
大事にしてくれる彼氏を探した方が早いんじゃない?」
「……」
リョーマのその言葉に怒るわけでもなく、文句を言うわけでもなく女の子は目を伏せる。
そして、
「私、帰る」と、突然身を翻す。

小走りで去っていく背中に、「何あれ?」とリョーマは首を傾げた。
「気が済んだんじゃないかな?それと自分を省みて恥ずかしくなったとか。
バツが悪くなって、帰ったように見えたけど」
「あっ、そ」
千石の言葉に、リョーマは思い切り横を向く。
当たり前だが、相当機嫌を損ねている。
慌てて拝むようにして、頭を下げる。
「ごめんっ、あの子はちょっとの間だけ会っていた相手で、
浮気の内にも入らないような関係だから!
なのに今回はリョーマ君に迷惑掛けました。ごめんなさい!」
謝罪を口にしても、リョーマは無言のままだ。
怒っている。
当たり前か、と千石は奥歯をぎゅっと噛んだ。

リョーマのことは大好きだけど、会えない間に遊ぶくらいはいいんじゃないかという気持ちは常にある。
ばれなければい。
それは病気のようなものだ。

特にリョーマは部活で色々忙しくて、平日もほとんど会えない。
となると、適当な相手で寂しさを埋めたくなる時がある。
なにしろこっちは引退した身で暇を持て余しているのだから。

こんな時、同じ学校だったらなあと思ってしまう。
そうすれば少しは浮気の虫も治まるんじゃないか。
そんなことを考えていると、
「今日、俺の誕生日なんだけど」と低い声で言われる。

「こんな目に合わされて、すぐ帰りたい所だけど、
清純が誠意を見せてくれるって言うのなら一緒にいてもいいよ」
「勿論!誠心誠意、償いをさせていただきます!」
低姿勢のままで言うと、「じゃあいいよ」と短く返事してリョーマは歩き出す。
千石も慌ててその後を追う。

「言っておくけど、簡単には許さないからね。
これでも怒っているんだから」
「わかってます。リョーマ君のお怒りはごもっともです」

しかし即帰るということは無しになった。
ほっとしつつ、千石の表情は緩んでいく。
無関心な態度で済まされるよりも、怒られる方がずっといい。

それだけ君が俺のことを好きだとわかるから―――。

「あのさ、リョーマ君っ」
小走りでリョーマの横に並ぶ。
ツンと前を向いたままだけど、構わず続ける。
「さっき言ってくれたこと、嬉しかったよ」
「さっきって、どれ」
「ほら、俺が一番好きなのは、リョーマ君だってこと。
ちゃんとわかってくれてたんだなーって」
「なんだ、そんなことか」

呆れたようにリョーマは溜息をついて、そしてこちらを見た。

「そんなの、当たり前じゃん」
ニヤッと生意気そうに笑う姿に、千石はパチッと目を開く。

好きだなんて、わかっていて当然。
その自信満々な態度に、また惚れ直す。

この子には一生頭が上がらないじゃないかと、今日、改めて認識した。


チフネ