チフネの日記
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2009年10月20日(火) 睡眠上手(不二リョ)

越前の眠りに落ちる時間は、驚くほど早い。
布団に潜り、瞼を閉じたと同時に寝ているんじゃないかと思う位だ。
始めの頃は狸寝入りじゃないかと疑った。
返事をするのが億劫で、寝たふりをしているんだって。
しかし揺さぶっても、頬に触れても聞こえて来るのは規則正しい寝息だけだ。

この子は本当に寝ているんだと、確信した。
昏々と眠り続けている王子様。ただしキスをしても、起きない。
今ではこの状況も慣れっこなので、好きに眠らせている。

僕は、といえば越前と違い眠るまでに少し時間が掛かる。
気持ち良さそうに寝ている彼の横に寄り添ったり、寝顔を眺めたりして、
睡眠に入る準備をする。
電気を点けたところで彼は起きたりしないのだから、本とか読んでもいいのだろうけれど、
折角一緒にいられるのに、それも勿体無いと思って結局くっ付いているだけだ。

それが、寂しいと思う時もある。
僕としては泊まりに来た時くらい、沢山色んな話をしたり、遊んだり、じゃれあったりしていたいのだけれど、
あまり越前は喋ってくれないし、室内での遊びを誘っても興味なさげ、
することをしたらさっさと寝てしまう。
そんな彼の汗でベタベタになった体を拭いてあげるのは、僕の役目だ。
もっと最初の頃はお風呂に入れようと頑張ったりしたけど、もう無理だと理解した。
全く無抵抗な越前を見て、ここで何されても文句を言えないよな……と邪な考えが浮かんだのも一度じゃ二度ではない。
だけど無垢と言える寝顔を見ていると、結局罪悪感から実行出来ないままだ。
起きている時じゃないとやっぱり出来ないよな、と溜息をつくだけだ。

越前の姿は天使が寝ているんじゃないかと、思わせるから。
僕にとって、眠りの世界にいる彼は神聖なもののように映っている。
恋に落ちているから、そう思えるだけなのかもしれないけれど。

よく眠って、よく食べて、よく運動する。
越前のライフスタイルはとても単純だ。
こんな小さな体で対戦相手を圧倒するようなテニスが出来るのも、
十分な位眠っているからなのかもしれない。
僕は時々、そんなことを考える。

「眠れない日とかって、あるの?」」
一度越前に質問をぶつけてみたことがある。
付き合ってまだ間もない頃だ。
「無いっすね」
あっさりと答える。
「どこでも眠れるのが特技っす。後、10秒以内に眠れるのも」
「そっか……。でもこれだけ寝ているのに、起きられないのはどうしてだろうね」
「さあ。それはわかんない」
越前はちょっと肩を竦めた。
「朝になったら起きなくちゃいけないって、俺もわかっているんだけどやっぱり起きられないんだよね。
もっと寝ていたいと思う位、ベッドの中にいるのが心地良い。引き止められているみたいな感じがする。
特に試合当日とかはそうなることが多いっす」
「遅刻はまずいよ、越前……」
「うん、わかっている」
頷いているけれど、試合に間に合うか怪しい彼の為に、部長命令で桃が迎えに行っていることは知っていた。
放っておくとメンバー登録に間に合わないからだ。

でももしかして大事な試合の時ほど、少しでも眠ってエネルギーを蓄えているんじゃないかと僕は思っている。
実際、桃の自転車の後ろに乗っている最中も眠りながらやって来た越前は、
会場が沸くようなテニスを見せてくれる。
一時も目が離せない、そんな越前のテニスに何度も何度も魅了された。
あの眠り王子が生き生きとコートを走っている姿に、恋をした。

やっぱり、睡眠って大事なんだな。
ぐっすり越前の寝顔を見て、僕は頷いた。
強さの秘密は睡眠にある。きっと、そうだ。
ここまで効率良く睡眠のパワーを吸収しているのは越前だけだと思う。

もしもこの子が眠れなくなった時、どう影響するのか。少し怖くなる時もある。
だから、越前がぐっすり眠っているのが寂しくもなるけれど、
今日も眠れて良かった、と思うんだ。

意識の無い彼に、「よく寝ているね……」と小さな声で語り掛ける。
声を出しても起きたりはしない。
越前は今眠りの底にいる。
夢も見ないのだそうだ。
一度も見たことがないのだと、真顔で言われた時は驚いた。

「一度も?」
「うん。覚えが無いっす」
「それは、それは……」
どこまで眠りの世界に持って行かれているんだと、呆れもした。
気を取り直して僕は口を開いた。
「じゃあ、今度僕の写真を枕に入れてみてよ」
「なんで?」
「夢が見られるかもしれないかなと思って。
初めて見る越前の夢に、僕が登場出来たら嬉しいよ」
「え、やだ」
「どうして?」
何気なく言ってみただけなのに、即座に断られたことにショックを受けた。

すると越前は、
「そんなことしたらドキドキして起きちゃうかもしれないじゃん」と言った。
「俺はゆっくり寝ていたいんで、却下させてもらうっす」
「えっと、今の意味って……」
目を瞬かせる僕に、鈍いなあというように越前は唇を尖らせた。
「不二先輩が出てきたりしたら、きっと寝ている所じゃなくなるっすよ。
今だって、そう」
「えっ」
ほら、と越前は僕の手を掴んで自分の胸へと導く。
トクントクンと響く鼓動は、少し早い。
「好きな人と一緒にいるっていうことは、こういうことっすよ。寝ているどころじゃないでしょ?」
「う、うん……」
「それで、先輩も今ドキドキしている?」

こちらの表情を見てしてやったりというように笑う越前を見て、
ドキドキどころじゃない位僕の心臓は激しく脈を打っていた。


夢の中で会うことは出来ない。
でも起きている間は、彼は僕のことを考えてくれている。
好きでいてくれる。
僕も同じだ。彼のことが好きで仕方無い。


寝ている間は僕は放置されている。
寂しさも感じるが、朝が来たらまた僕のことを好きな越前が帰って来る。
多少起こすには時間が掛かるが、目をこすりながら僕を見た時、越前が見せる笑顔が好きだ。
幸せな気持ちにさせてくれる。
それから一緒に朝食を食べる。
越前がもりもり食べている姿を見ながら、僕もご飯を口に運ぶ。
なんて幸せな時間なんだろう。

だからまた朝を迎える為、僕も眠ってしまおう。

柔らかな髪を撫でてから、僕も越前の体にくっ付くようにして目を閉じた。
おやすみない、と呟いて。


2009年10月07日(水) 2009年 手塚誕生日話 


誕生日、だからとどうということもない。

この14年、手塚はずっとそう思っていた。
恋人が出来たから、何か劇的に変わるものじゃない。
しかし、目の前の光景は……。

「部長。誕生日、おめでとうっす!」
「……越前」
「何すか?」
「一つ聞きたいのだが、その格好はなんだ?」
「何って、裸エプロンだけど」
「どうして、そんなことをしている」
「え、だって部長の夢なんでしょ?こうして祝ってもらうのを望んでいるって、聞いたけど」
「誰にだー!?」

思わずここが越前家だということも忘れて、手塚は叫んでいた。
ご近所さんに聞かれなかっただろうかと、手で口を覆う。
幸いなことに、両親は不在。あの厄介な父親に用事で出掛けているとリョーマは言っていた。
従姉もまだ帰宅の時間じゃない
誰もいなくて良かった、と手塚は胸を撫で下ろす。

「誰って、不二先輩と菊丸先輩」
なんかまずかった?というようにリョーマは手塚を見上げた。
「こういうふりふりエプロン持っている?って聞いたから、無いって言ったら、使うといいよって貰った。
どう?」
「どう、と聞かれても……」

手塚は改めてリョーマの姿を直視した。
少し大きめのエプロンを見につけて、リョーマは床に座っている。
ところどころちらちら見える生足や、脇腹に、耳が熱くなって行くのを感じた。
似合う。似合い過ぎる。
その点だけでは不二と菊丸の見立ては確かなものだが、
中学生男子に何やらせている。

手塚は大きく溜息をついた。

お茶を持って行くから待ってて、と言うので先にリョーマの自室に上がらせてもらった。
やけに時間が掛かっているなと思ったが、
こんな準備をしているなんて。
しかも奴ら二人の話を間に受けて、行動を起こすなと言いたい。

「あれ、部長?ひょっとして、嬉しくないの?」
リョーマが顔を覗きこんで来る。
その動きでエプロンがぴらっと揺れた。
咄嗟に体を引くが、狭い部屋の中。
すぐ真後ろにあるベッドに背中が当たった。

「やっぱり……菊丸先輩が提案した第二候補の猫耳、猫グローブ、猫しっぽのセットの方が良かったかなあ」
「ちょっと待て」
遠くを見るように呟くリョーマを、手塚は手で制した。

「誤解しているようだが、俺にはそんな変態的な趣味は無い」
「え、だって不二先輩達が、潜在意識では望んでいるって」
「それは間違いだぞ、越前」
「ええ!?」

大きく驚いた後、リョーマは「おかしいなあ。絶対部長は好きだと思うんだけど」と呟く。
悪気無い言い方に、手塚はがっくりと肩を落とした。
お前はどういう目で俺を見ているのだと。

「あいつらの言うことは、ほとんど当てにならない。
からかって遊んでいるようだ。以降、俺に確認するように」
「はーい」
「では、そのエプロンから服に着替えて来い」

目のやり場に困るから、とはさすがに言えない。
やっぱり好きなんだ?と勘繰られたら元の木阿弥だ。
ここは速やかに着替えさせようと、手塚は考えた。

だが、
「着替えなくちゃ、駄目っすか?」とリョーマはしょんぼりとした様子で言う。
「え、越前?」
「だって、俺……他になんのプレゼントも用意していないから」
困ったように俯く。
その表情に、手塚は僅かに狼狽した。

(越前は俺を祝ってくれようと、真剣に考えていたのかもしれない。
そしてプレゼント=自分自身という結論を出したのか?
だとしたら、俺はなんてことをしてしまったのだ。
恋人からのプレゼントをいらないなんて、酷いことをした)

反省しつつ、手塚はリョーマの肩に手を置いた。
その心遣いは嬉しい、と伝える為に。

「えちぜ」
「これも親父が小遣いを前借させてくれなかった所為だ!
ファンタを我慢すればいいって、出来るわけないじゃん。
一日3本飲まなきゃ調子出ないのに」
「3本!?」
「ごめんね、部長。プレゼントを買うお金は、全部ファンタに消えたんだ。
こうしておわびとして、せめて部長の好きな格好で喜んでもらおうと思ったのに。
リサーチ不足っすね。セーラー服の方が良かった?」
「……いや、だからそういう趣味は無い」

頭が痛いというように手塚は左手を額に置いた。
この恋人は、いつまで勘違いを続けているのだろう。
そして一日ファンタ3本は明らかに摂取し過ぎだ。
色々と説教したいことがある。

「部長?大丈夫っすか?」
「ああ。とにかく……着替えてくれ。
俺はお前からおめでとうと、言って貰えたらそれでいい。
プレゼントは、必要ない。気持ちだけでいいぞ」
「部長……」

良かった、とほっとしたような笑顔。
それはプレゼントを買わずに済んだからなのか、
今の言葉が嬉しかったからかはわからない。

でも、
「ありがとう、部長。そしておめでとう!」と、ぎゅっと抱きついてくるリョーマが可愛いから。

(これはこれで、幸せかもしれないな)

エプロンって結構良いものだなと、手塚はリョーマに気付かれないようひっそりと笑った。

終わり


2009年10月04日(日) 2009年度 跡部誕生日話

「今度の日曜なんだけど」

リョーマがそう切り出した時、跡部は咄嗟に頬が引き攣るのがわかった。
いつ来るか、出来ればやり過ごしたい。
ここ最近、ずっとそのことを考えていたから。

「あんたの誕生日なんだって?」
「あ、ああ」
誰に聞いたんだろう。
自分からは教えていない。
何気なく話すには、少しばかりの事情を抱えているからだ。

「誰から聞いた?」
跡部の質問に、リョーマは「青学のあちこちで噂になっている」答えた。
「氷帝の跡部様がもうすぐ誕生日を迎えるらしいから、プレゼント渡そうかしらって。
あんた、うちの学校でも結構有名なんだね」
「ふーん……」
どこのお喋り女達だよ、と顔も知らない連中を恨む。
リョーマには、知らせたくなかった。
言えば、多分落胆させることになる。
しかし知られた今、黙っておくわけにもいかない。
どう説明しようかと、跡部は一生懸命頭の中で考え始める。

そんな跡部に気付かないまま、リョーマは「そういえば、忍足さん達にも確認したんだけど」と言った。
「日曜が誕生日で合っているんだよね?
当日は忙しいみたいだから、前日にお祝いさせてよ」
「いや、その日は朝から忙しくて……前日??」
どう説明しようか悩んでいたが、思いがけないリョーマの誘いの言葉に我に返る。
「今、前日って言ったのか!?」
「なんで二回も確認してんの。ちゃんと前日って言ったのに」
「いや、その、でも、いいのか」
支離滅裂になりながら言うと、リョーマはこくんと頷いた。

「忍足さんや向日さんから聞いた。
毎年誕生日は、色んな人集めてパーティーするんでしょ。
両親の仕事の関係者も来るって。
そんな大事な用事があるなら、欠席出来ないんじゃないの。
俺は前日に沢山祝ってあげるから、それで良しとしてよ」
「越前……」

跡部には、返す言葉が無かった。
全部事実で、しかも本当なら自分が説明しなければいけなかったこと。
先延ばしにしている間に、リョーマは他の者達から事情を聞いて、
その上で当日に会えないことを見越して、先に自分から「前日に会おう」と提案してくれた。

なんてことだ。
ぐだぐだ悩んでいる間に、全て悟って尚且つ跡部にとって良いと思える提案を出してくれるなんて。
気を使わせてしまったな、と項垂れる。

「何?まさか、前日も約束が入っているとか?」
リョーマの声に、跡部は力無く答えた。
「そんなんじゃねえよ。まるまるお前の為に空けとく」
「いや、別に丸一日とかいらないし」
「いらないのかよ!?」
「ただ、ちょっと、4日になる瞬間までいられたら、それでいいんじゃない?」

にこ、と笑うリョーマに、また言葉が詰まった。
それ以降の時間は、リョーマ以外の者達と過ごさなくてはいけない。

ほとんど仕事に行っている為、滅多に顔を合わさない両親。
同じくこの家の財産のみに関心のある親族達。
仕事の関係者ということで祝う気もなくやって来る大勢の他人。

リョーマと一緒にいる時間の方が何よりも大切なのに、
結局、その連中とのパーティーを選んでいる自分が本当は嫌いだ。
跡部家の人間だから仕方無いと、誤魔化して。
いつか、大切なものを見失ってしまうんじゃないかと思うと怖い。

だけど、折角自分の為に笑顔で提案してくれるリョーマに弱音を吐くわけにもいかない。

跡部は顔を上げた。


「そうだな。じゃあ、朝まで一緒にいようぜ」
やっとの思いでそう言うと、リョーマは嬉しそうに笑った。
「前日はちょうど土曜だから、宿泊も出来て良かったね」
笑顔の裏側に、どんな思いが渦巻いているのだろう。
忍足達から話を聞いた瞬間、当日一緒に入られないことを知って、瞬時に諦めた。
そしてわざわざこうして前日にしようと言ってくれたこと。

いつもこちらを振り回してばかりのリョーマが、気遣ってくれている。
そう考えると、ちくんと胸が痛んだ。







当日は、コート付きのとあるホテルを予約した。
リョーマを車に乗せて、そこへ移動して到着すると同時にテニスしようと誘った。
テニスと聞いて、案の定食い付いてくる。
すぐに着替えてコートに入った。


「ねえ。一応誕生日のお祝いなのに、こんなことでいいの?」
「ああ。お前とテニスするのは楽しいからな。暗くなるまで打ってようぜ」
「俺も楽しいからいいけど。これじゃいつもと変わらないじゃん」
「へえ、それじゃいつもよりすごいことしてくれるってことかよ?」
わざとそんな風に言うと、リョーマは一瞬きょとんとした後、
「バーカ」と渾身のショットを打って来た。



罪滅ぼし、のつもりのつもりだったのかもしれない。
明日を一緒に過ごせない。その後ろめたさから、せめてリョーマが喜ぶように、テニスしようと。
短絡的な考えだ、と跡部は自嘲した。
そんなことしても、明日の朝になればリョーマと別れて家に帰ってしまうのに。

「考え事?余裕、だねっ!」
ぼーっとしている一瞬に、ボールは跡部の横を抜いてラインすれすれに落ちた。
顔を上げると、得意げに笑っているリョーマが見える。

なんで、そんなに楽しそうでいられるのか。
大体のことは察しているだろうに。
そうやって笑える彼の強さが、眩しい。
自分はそこまで強く無いから。

「楽しもうよ、今を。だから、集中してよね。
手抜きしたら、この後祝ってあげないよ。
あんたなんか放って、さっさと寝てやるから」
「……それは、困るな」

跡部はサーブを打つ為にベースラインまで下がった。


両親や、その他の家の者達に抵抗するには、自分はまだまだ子供で。
抗うことが出来ずに、恋人の好意に甘えてばかりだ。

でも、いつか覚悟が出来たその時には……。

リョーマが笑ってくれている間に、なんとかしよう。早く、早く。
甘えて寄りかかっていてばかりだと、いつかは彼も離れてしまう。
だからその前に、独り立ち出来る勇気と力を持たなくては。


数年後の誕生日には、必ず二人だけで祝うと誓って。
跡部はぎゅっと黄色いボールを握り締めた。

リョーマを失望させないような、そんな力強いサーブを打つ為に。
前へと、踏み出した。



終わり


チフネ