チフネの日記
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2009年06月25日(木) 雨なんて大嫌い 後編 不二リョ

コートから出た不二は、タオルで汗を拭きながら入れ違いに入っていったリョーマのことを見た。

ここ最近、リョーマは不二の家に来ることは無い。
偶然にも、晴れ間が続いているからだ。
例え降っても夜の間だけだったり、通り雨だけとかで放課後の練習に差し支えることは無い。
そう。リョーマが暇潰しをする必要が無くなっている。

晴れの日のリョーマは、とても元気だ。
コートにいるのが何よりも楽しい。
語らずとも、その表情でわかる。
もっと強くなりたいと、純粋に上を目指しているリョーマは生き生きとしている。

家に来る時とは大違いだ、と不二は思った。
暇潰しにやって来る時のリョーマは、最初に誘って来た時とは別人のように静かで、事務的に服を脱いでいく。
本気で時間潰しをしたいだけなのかもしれない。
だったら別のことでもいいのに、何故あんな行為を望むのだろう。
セックスするのが好きなのかな、と考えるがすぐ否定する。
もしそうだとしたら、晴れの日も誘われているはずだ。
雨の日だけ限定なんて、おかしい。
わからない。
リョーマのことをどんなに眺めても、抱き合っても、何一つわかることは無い。

「不二ー、何ぼんやりしてんの?」
別のコートから飛び出してきた菊丸に声を掛けられ、不二はハッと我に返った。
「……今日は暑いなあ、と思って」
「そうだにゃー。もう俺ふらふらだよ。最後まで立っていられるかなあ」
「不用意にそんなこと言わない方がいいよ。乾が特製汁飲んで元気出せって勧めてくるかも」
「げっ。そうだった」
「呼んだか?」
ふらっと現れた乾の手には、ドリンクボトルがある。
「いいえっ、何も呼んでなんかない!」
「そうだ。今日は特製の汁があるんだ。試してみないか」
「いらないー!」
「そう言わずに」
逃げ出した菊丸を、乾が追い掛けて行く。
やれやれ。
溜息をついた所で、不二はもう一度リョーマのいるコートに視線を戻す。
海堂相手にポイントを取り、ニヤっとあの挑発的な笑みを浮かべている。
一方の海堂は悔しそうに歯軋りしている。相当悔しいみたいだ。

「まだまだだね、海堂先輩」
「うるせー。次は俺が取る」
「ふーん。俺もそのつもりだよ」
「言ってろ。次は俺からのサーブだ!」

晴れの日のリョーマは、テニスしか眼中に無い。
不二の方を見向きもしない。
無視しているとかではなく、他の部員と変わらない態度を取っている。
雨の日など、まるで忘れているかのように。
対戦相手としてコートに入れば見てくれるが、それだって今そこにいる海堂との扱いに差は無い。

(なんで、君は僕のことを誘ったりしたんだろ……)

いい加減、悩みを抱えたままこの状態を続けるのも苦しくなってきた。
だったらリョーマの誘いを断れば良い。
もう来ないでと言えば、リョーマのことだ。あっさりと承諾するに違いない。
理由を聞いてくることも、怒ることも無く、黙って帰って行く。そんな姿が容易に想像出来る。
あっけない程簡単に切れる、この関係。
そしてリョーマは何も無かったかのように振舞うはずだ。

こうして見ていると、雨の日のリョーマは別人じゃないかと思う。
一体何が彼をあんな行為に駆り立てているのだろう。
幾度と無く尋ねてみようとしたが、いつも失敗に終わる。
どこまでリョーマに踏み込んで良いか、不二自身も迷っている所為だ。

(理由を聞いて、そして僕はどうしたいんだろう)

好奇心から知りたいと思っているのか、それとも一歩踏み出せば晴れの日もリョーマはこちらを向いてくれると期待してるからか。
海堂とのラリーに夢中になっているリョーマを見て、不二はぎゅっと拳を握った。

「ねえ、越前」
その日の帰り、不二は思い切ってリョーマに声を掛けてみた。
「今日、これからちょっと時間ある?」
「何で」
後片付けしているリョーマは、つまらなそうにそっぽを向いている。
いつも通りの反応に苦笑しつつ、もう一度声を掛けてみた。
「たまには寄り道でもどうかなと思って」
笑顔で誘ってみたが、リョーマの表情が晴れることは無い。
それどころか、険しくなっていく。
「悪いけど、疲れているから帰るっす」
「そうなんだ。じゃあ、またの次にでも誘うから」
語尾が小さくなる不二にリョーマは更に追い討ちを掛けて来た。
「誘われても行かないっすよ」
「え?どうして?」
素っ気無い拒絶に、胸が絞め付けられるようだ。
セックスはOKで、寄り道が駄目だなんてリョーマの言うことは無茶苦茶だ。
問い掛ける不二に、リョーマは肩を竦めて言う。
「晴れの日は用が無いから、それだけっす」
「越前……」
「じゃ」

背を向けて行ってしまうリョーマに、掛ける言葉が見付からない。
やっぱり雨が降らなければ一緒にいてくれないのだろうか。


翌日。

珍しく朝から降った雨は、夕方を過ぎても晴れることはなく部活は中止となった。
昨日、あんな会話をしたからリョーマは来ないかもしれない。
悶々としたまま不二は自室で窓の外を眺めていた。
他に誰かを誘い、そっちに乗り換えようとしている可能性だって考えられる。

(もしそうしたら、僕はどうしたらいいんだろう)

そんな事を思いながら道行く人の中に、リョーマを探す。
すると見覚えのある傘が、家へと近付くのが見えた。
たまらず部屋から出て、階段を駆け下りる。そして一気に玄関へと向かう。

「越前!」
「随分早いお出迎えっすね」
チャイムを押そうとした手を引っ込めて、リョーマは笑った。
「俺のことを待っててくれたんすか」
「うん……、昨日のことをあったから、もう来ないかと思った」
震える声で言ったのに、リョーマは「まさか」と軽く言う。
「ここ以外に時間を潰す所を知らないから、来るっすよ」
「……とにかく入って、今日は君と話をしたい」
「話?」
リョーマは靴を脱いで、家の中へと入った。
いつもならそのまま部屋に入った後は、すぐキスして服を脱ぐ。
だけど不二はコトを進めようとするリョーマを、やんわりと制した。

「君に聞きたいことがあるんだ」
「何すか」
ごくっと不二は唾を飲んだ。
目の前にいるリョーマは何故早くしないのかと、不思議そうな目でこちらを見ている。
ふらふらと誘われるように手を伸ばし掛けるが、ぐっと堪える。
今日は話をしなくちゃいけない。

「ねえ、越前。いつから君は……雨の日にこんなことをするようになったの?」
慎重に口を開く。
が、リョーマはそんなことかと言いたげに「二年前位かな」と答えた。

「二年前!?君、まだ12歳だよね?」
驚きを隠せない不二に、「でも事実っすよ」とリョーマは言った。
「一体、どういう流れでそうなったのか、聞いても……いいかな?」
「はあ。大したものじゃないけど」
呆れる位、リョーマはあっさり話を始める。
「当時も俺は雨が降る度に退屈していて、何か面白いこと無いかって騒いでいたんだ。
そうしたらあの人が楽しいことを教えてあげるって、それが始まりだったんだ」
まるで深刻に受け止めていないリョーマに、くらっと眩暈を起こしそうになる。
「あの人って?越前とどういう関係なの?」
「何興奮しているんすか。名前は、ちょっと勘弁して下さい。一応プライベートなんで」
「じゃ、じゃあ、その人とは恋人だったの?これだけ教えてよ」
不二の必死な表情に、呆気に取られながらもリョーマは「違うよ」と答えた。

「そんなんじゃない。まあ、嫌いな人じゃないけど、恋人かと言われたら違うっすね」
「でも、だったら恋人でもないのに、なんで越前に手を出すようなことしたの?おかしいじゃないか」
不二は思わず声を上げていた。
子供にそんなことを教えるなんて、しかも好き合ってもいないのに。許されるはずがない。
だが当の本人は「何かおかしいんすか?」と首を傾げる。

「俺が暇だって言うから、時間の潰し方を教えてくれただけっすよ。
何で先輩が怒っているのか、わからない」
「越前……」
「けどあの人が忙しくなって、雨が降っても家に来ることが無くなって、ちょっと参っていたんだ。
そんな中、日本に帰ることが決まって、雨が降る度ますますストレスが溜まってどうしようかと思っていた」
ちらっと、リョーマは不二を見る。そこでにやっと笑う。
「あの日、もしかしたらいけるかもと不二先輩に声を掛けて良かった。これでも迷っていたんだけどね。
でも不二先輩が誘いに乗ってくれなかったら、変な奴に引っ掛かってもおかしく無かったかも。
その点では感謝しているっす」
「……そう、なんだ」

リョーマにとって、自分はそれだけの存在だと知って悲しくなった。

それに前の人のことを嫌いじゃないと言っていたが、
本心では未だ忘れていないんじゃないだろうか。
だから雨が降る度思い出して、代わりでもいいから誰かに側にいて欲しい、
そんな風に思うようになったんじゃないだろうか。

リョーマに言ったところで、否定するだろう。
暇潰しが欲しい、それだけだと言い張るに違いない。
でもこの子供が求めているのは、本当は違うもののはずだ。
退屈な雨の日に、大切な誰かと過ごしていたい。
本当はそれだけのことだったのかもしれない。

リョーマにこんなことを教えてしまった人は、どうだろうか。
もしかして彼のことを好きで、つい騙すような真似をして手を出したことだって考えられる。
次第に罪悪感から、リョーマに好きと言えずそのまま去ったのかもしれない。
本人に聞かないと、何ともわからないけれど。

「ねえ、越前。もし、その人が違う暇潰しの仕方を教えていたのなら、
僕とも違ったことをしていたのかな?」
少し考えて、リョーマは言った。
「そうかもね。でも俺にはそれが何かわからない。今は他のことが考えられないっすよ」
「そっか、そうだよね……」

例えば、その人がリョーマにトランプや、チェスとか、家の中で遊ぶゲームを教えていたのなら、
今ここにいる二人は違っていただろう。
最初はそんな誘いをするリョーマに戸惑って、
だけど他愛ないゲームに夢中になって、そして笑い合っていた……。

でも現実はそうでなく、リョーマは話は終わったとばかり、「じゃ、しようか」とシャツのボタンを外し始める。
反射的に、誰かの温もりを求めてるのだろうか。
動作には迷いが無い。
そしてさっさとシャツを脱いでしまう。
「越前、僕でいいの?本当に?」
問い掛ける不二に、リョーマは「勿論」と笑った。
「あ、でも先輩がしたくないならいいっすよ。無理強いするつもりは無いから」
「そんなこと……」

無いよ、とリョーマをぎゅっと抱きしめる。

このままでいい。
何も気付かないふりをして、リョーマの望みを叶えてやろう。
雨が降っても、ここに来ればいい。不二自身も、リョーマのことを待っているのだから。

最初の日と変わらず、リョーマの暇潰しに付き合う。
今はこのままでいようと、決めた。











それから、リョーマが姿を消したのは全国大会が終わって三日後のことだった。

「今頃、何しているんだろうねー、おチビちゃん」
「そう、だね……」

机を並べてお昼ご飯を食べている最中、菊丸はリョーマの行く先をああでもない、こうでもないと推測している。
生返事しながら、不二もリョーマのことを考えていた。

(一言、言ってくれればいいのに……)

あんなにも抱き合っていたけれど、結局リョーマは不二に何も言わず去ってしまった。
リョーマらしいといえば、リョーマらしい。

もしかして、前の人を忘れられずそっちに戻ったのかも。
一瞬考えて、落ち込む。
だとしても、リョーマを責めることは出来ない。

何も言えなかった自分には、そんな資格すら無い。

(今……雨が降った時、越前は誰の側にいるんだろう)
それだけが気に掛かる。
また適当な人を見付けて、声を掛けているかもしれない。
それともストレスを溜めながらも、未だ一人で過ごしているとか。

いずれにしろ、不二にはそれを知る手段は無い。
リョーマの行き先は誰も知らない。
もう、擦れ違う可能性すら無いのだろうか。


「雨、止まないねー。午後のサッカーは体育館に変更だな、こりゃ」
それまでぺらぺらと喋っていた菊丸が、大粒の雨の音に反応して窓の外を見る。
不二も同じように視線を移す。
「うん、そうだね」
「あーあ。勉強で鈍った体を思い切り動かそうと思ったのに。つまらない競技だったら、どうしよう」
「勉強で鈍った?いつ?」
「そんな真顔でツッコミ入れられると、辛いにゃ」
頬を引き攣らせる菊丸に、苦笑してもう一度外を眺める。

この分だと、きっと雨は放課後になっても止くことは無さそうだ。
家に帰ったら、何をしよう。
リョーマの暇潰しにずっと付き合っていたおかげで、雨の日の過ご方をどうするか、すっかり忘れてしまった。
退屈で、退屈で仕方無い。


あれ以来、不二は雨の日が大嫌いになった。

来るはずのない無い相手を待ち続けて、疲れてしまうから。

だけど、もしも奇跡でも起きてリョーマと再会することがあったら。
今度こそ、間違えることなく告げたいことがある。


(言えば良かった、好きだって)

「おーい、不二?何落ち込んでんの?」
机に突っ伏した不二に、菊丸が心配そうに声を賭けて来る。
「なんでも無いよ。気にしないで」
「気にしないでって言われても……気になるだろうが」

肩を揺さぶってくる菊丸を無視して、不二はチャイムが鳴るまで俯いていた。




まだ、合宿の話が全員に届く前。
リョーマとの再会は無いと思い込んでいた頃の話だった。


2009年06月24日(水) 雨なんて大嫌い 前編 不二リョ

上半身にシャツだけを纏った姿で、リョーマがベッドから降りる。
不二はまだ横たわったまま、そんな彼の姿を見ていた。
疲れた訳じゃない。ただ起き上がるのが億劫なだけだ。
その間にもリョーマは散らばった衣類を見につけていく。
シャツのボタンを全部留めたのを見て、不二は「帰るの?」と問い掛けた。

「うん、雨も止んだみたいだし」
先程までの乱れ方が嘘みたいだ。
淡々とした言い方。冷めた表情。
この子は一体、何を考えているんだろう。
不二もよく人から思考が読めないと言われるが、リョーマ程では無いと思った。
普段からわかりにくいけれど、まさか……こんな事をするなんて。
きっと誰も想像しないだろう。
不二自身も、まだこの行為をどこか夢の中のように捉えているのだから。

「じゃあね、先輩」
「……気をつけて」
挨拶も短い。振り向きもしない。
あっけない位あっさりと、リョーマは出て行った。いつもこんな調子だ。
数分前の行為をなかったかのように、去って行く。

あの子にとって、本当にこれは暇潰しなんだと今更ながら確信する。
どんなに抱き合っても、心はあの時から一歩も近付いていない。
勿論、不二も近付こうとする努力はしてないのだけど……。

虚しくなりそうな心を止めるように、不二はごろんと寝返りを打った。
視界の端に、窓が映る。外には夕焼けが広がっていた。
午後から降り始めた雨は、完全に止んだみたいだ

リョーマとする日は、いつも雨と決まっている。
テニスが出来ない代わりにの暇潰し。
リョーマはそう言っていた。
だから晴れの日にリョーマも寝たことは無い。
もし青学に室内コートがあったなら、こんな関係にはならなかったかもしれない。
あのとき、雨が降らなければ。
声を掛けたりしなければ。
きっと、リョーマは違う相手と暇潰しをしていた……。



最初にリョーマを抱いたのも、雨の日だった。
今日みたいに突然午後から降り始めた雨は、夕方まで続いた。
当然部活は休みになった。
菊丸は委員の仕事で残るというので、不二は一人で下校しようと教室を出た。
ちょうど折り畳みの傘を持っていたので、雨に足止めをされることもない。
そして帰ろうと下駄箱まで移動して、リョーマの存在に気付いた。
じっと、空を見ている。
その手には傘が無い。
それで帰れないのか、とすぐに察した。

「越前」
思わず声を掛けてしまう。
「あ、……不二先輩」
リョーマが振り返る。少し様子が変だった。
瞳に力が篭っていない。
どこかぼんやりとしていて、いつもの強気な彼らしくない。
調子でも悪いのかと、不二は思った。
「今、帰るところ?」
「っす」
「でもその様子だと傘が無くて困っている、と」
「うん」
素直に答える姿に、驚いてしまう。
部活の時にリョーマが見せる態度は、生意気でこんな簡単に頷く子では無かったから。
不二は思わず「じゃあ、入って行く?」と提案してしまう。
「でも、家の方向が、多分違うと思うっす」
リョーマらしくなく、遠慮している。
「いいよ、遠慮しないで。君の家まで送ってあげるから」
「悪いっすよ」
「先輩として当然じゃないか」
実際リョーマとはそこまで親しくないのだけれど、
しおらしくしている姿にすっかり使命感みたいなものが芽生えて、家に送らなければという気になっていた。
迷っている目ですら可愛いと、思えてくる。
不二は強引に「さ、入って」と傘の中へと引っ張った。
そこまで言われたらリョーマも観念したらしい。

「それじゃ、お願いします」
「うん、行こうか」

この時にもうリョーマは不二に狙いを定めていたのかもしれない。
不二なら、乗ってくれるのかと、見抜いていた可能性もある。

「先輩」
「何?」
学校を出て、少し歩いてからリョーマが口を開く。
「やっぱり俺の家まで送ってもらうのは悪いっすよ」
不二の目をじっと見て、言う。
「だから先に先輩の家に行ってもいいっすか」
「僕の家に?」
「うん。そこで傘を貸して下さい。その方が先輩の負担にならないっすよね」
「でもいいよ、送るよ」
「駄目。もう決めたから。いいよね?」
にこっと笑うリョーマに、こんな顔も出来るんだと見惚れてしまう。
「じゃ、行きましょうか」
「あ、うん」
気付いた時には、頷いていた。



まさか傘を渡して、そのままバイバイという訳にもいかず、
不二は「お茶位なら出せるから」と、リョーマを家に上げた。
母は不在だったが、飲み物位は一人で用意出来る。
先にリョーマを自室へ通し、それからキッチンへ行き冷蔵庫からジュースを出して二人分のグラスに注ぐ。
ついでに買い置きのお菓子もトレイに乗せた。
再び自室に戻ると、リョーマはベッドを背に床に腰掛けていて、物珍しそうにきょろきょろと部屋を見渡している所だった。

「先輩の部屋って、いつもこんなに綺麗に片付いているんすか?」
「そんなこと無いよ。普通じゃない?」
グラスを渡してやると、「サンキュ」と言って受け取る。
不二もその横に腰掛けた。
「ふーん。でもこれが普通なら、俺の部屋を見たらびっくりするよ。床にいっぱい物が散らかっているから」
リョーマの言葉に、不二は少し笑ってしまった。
きっちりと整理整頓した部屋はなんとなく似合わないと思ったからだ。
それに気付いたらしく、リョーマが頬を膨らましながら口を開く。
「あ、今俺が掃除している姿なんて、想像出来ないって考えたでしょ」
「そんなことないよ」
「嘘。笑っていたくせに」
「それは、えっと」

何か言い訳をしなくちゃ。
あたふたする不二に、今度はリョーマがくすっと笑う。
「怒ってないっすよ。掃除嫌いなのは本当なんで」
「そう……」

気のせいだろうか。
こちらを見ているリョーマの目が、家に入る前と違って見えた。
何がどうと説明は出来ないけど、ドキッとさせられるような。
そんな目をしている。

年下の、しかも男の子相手に変だ。
微妙に不二は視線を他へ向けた。
だけどリョーマは気にもしないで、また話し掛けて来る。

「ねえ。不二先輩って女子に人気あるんでしょ。練習していると、一杯見学している人よね」
「そうかな。よく、わからないけど」
「俺のクラスでも先輩のこといいなって騒いでいる奴いるよ」
「へえ」
この子はこんなにおしゃべりだったっけ。
無口なイメージしかなかったけど、今日はやけに饒舌だ。
「告白とかされたこともあるんでしょ。誰かと付き合ったことはある?」
「何でそんなこと、聞くの」
「さあ」

いつの間にか不二はまた視線をリョーマへと戻していた。
会話に誘われるように。
そして猫のような目が、不二を捉える。

「もし、先輩に興味があるって言ったらどうする?」
「越前、何言って……」
冗談として笑おうと思った。
出来なかったのは、リョーマの瞳に前にして動けなくなってしまったから。
コートの中にいる時とはまるで違う。
別人かと思う位の不思議な色香を漂わせている

「さすがに男と付き合ったことはなさそうだね」
ニヤリと、リョーマが笑う。
その口元を見て、不二はごくっと唾を飲み込んだ。
「でもこの機会に試してみたら?」
「試すって……」
何をするかなんて、想像がつく。
考えを見透かすように、リョーマの左手が不二の腕に触れる。

「俺じゃ、不満?」
「……」

答えの代わりに、不二はリョーマの唇を塞いだ。


それからは、もうなし崩しだった。
さすがに不二は男との経験は無かったが、リョーマが導いてくれたおかげでコトはスムーズに進んだ。
誘って来るだけあって、リョーマは行為に慣れていた。

ほぼ同時に絶頂を迎えた後、ぐったりと二人でベッドに横たわる。
浅く息を吐くリョーマの顔をぼんやりと眺めながら、
不二はゆっくりと口を開いた。

「越前、どうして……試してみるなんて言ったの?」
薄く目を開き、リョーマはなんでもなさそうに呟く。
「ああ言ったら、誘いに乗ってくれるかと思って」
「なんで、そんなこと」
「雨が、降ったから」
「え?」

リョーマの様子は、またいつものように戻っていた。
「ねえ、シャワー借りてもいいっすか?」
「あ、うん……」
素っ気無い態度。必要以上に口を利こうともしない。
いつも通りの、越前リョーマだ。


風呂場に案内をして、タオルを出してやる。
その間も不二は、さっき言われたことを考えていた。

「雨が降ったから、ってどういうことなんだろ」

考えてもわからない。
けれど、今日のリョーマは様子がなんだかおかしかった。
それが雨の所為だというのか。
雨になると、あんな態度で誰かを誘うのか。
わからない、と不二は首を振る。

やがて、リョーマがシャワーを終えて、出て来た。

「どうも。すっかり世話になったっすね」
「ううん、僕なら構わないけど。それより」
このまま帰って行きそうなリョーマを引き止める為、不二は必死に呼び掛けた。
「もう少しだけ、時間を貰えるかな」
「うん、いいよ」
あっさりとリョーマは頷く。
一応説明をしてくれるらしい。
ほっとしつつ、また自室へと戻る。

乱れていたベッドはきちんと片付けておいたのだが、
先程の行為を思い出し、不二は顔を赤くした。
そんな場合じゃないと首を振って、もう一度リョーマに向き直る。

「越前、さっきの事なんだけど」
「何?」
あっさりとした反応。リョーマにとっては何でもなかったような言い方に、眉を顰める。
たしかに慣れているようだったけれど、頻繁に誰かを誘ったりしてないだろうな。
妄想に不二が頭を痛めていると、
「不二先輩、さっきから何なの」とリョーマがくすっと笑う。
先程見せた、子供とは思えない笑みだ。

「心配しているんすか?俺が誰かに喋ったりしないかって。
大丈夫っすよ。誘ったのはこっちなんだから、誰にも言ったりしないよ。安心した?」
「僕が言いたいのはそういうことじゃない」
軽く首を振る。

このままだとリョーマのペースに乗せられっぱなしだ。
いけないと思いつつも、言葉が出て来ない。
自分らしからぬことだ。
誰かを丸め込んだり、話を引き出すのは得意だったのに。
リョーマ相手だと上手くいかない。
年下の子供に翻弄されているなんて、どうかしている。

不二の動揺を見透かすように、リョーマがまた笑う。

「違うの?じゃあ、今度はいつにするかって相談をしたいとか?」
「いや、あの」

どう返事したものか。
ここはきっぱりと拒絶するべきだと、頭の片隅で警報が鳴る。
過ちは一度で十分のはずだ。
「……」
だけど、言葉が出て来ない。
リョーマを前にして、拒否が出来ない。

「いいよ」

距離を詰められる。
キスされるのかと、不二は体を引こうとした。
が、リョーマに腕を掴まれて動けなくなる。
そしてもう一方の手が、シャツの上から胸に当てられる。
自然と鼓動が早くなる。
気付かれてる、とさっと顔を赤くする不二に、リョーマは満足そうに頷く。

「次に雨が降ったら、またしようよ」
「雨?」
その言葉に、首を傾げる。
「さっきもそんなこと言っていたよね」
「うん」

あっさりとリョーマは不二に触れていた手を引いた。
それだけで、少し緊張が解ける。まだ体は動けないけど。

「雨が降ったら、テニスが出来ないよね。暇なだけだし。そういうことっす」
「え……そんな理由なの」
たったそれだけの理由に、不二は目を見開いた。
セックスがテニスの代わりになるなんて、そんなの馬鹿げている。
自主トレでは駄目なのか。無茶苦茶にも程がある。
しかしリョーマは大真面目だった。
「そう。暇つぶし。他にしたいことも無いし」
「もし、僕が断ったら?」
そんなつもりは無いけれど、このまま翻弄されっぱなしなのも悔しくて、
不二はつい正反対のことを口にした。
だがリョーマは肩を僅かに竦めただけで、冷静なままだった。

「それなら他を探すだけっすよ」
「……」

この子には敵わない。
諦めて不二は雨の日限定でリョーマの暇つぶしに付き合うことを了承した。
他の誰かを誘うくらいなら、手元に置いといた方がいい。
それに、もっと彼に触れたいという欲求も生まれていた。

「じゃあ、また雨が降ったら」
「うん……雨が降ったら」


その日から、雨が降る度にリョーマは不二の部屋を訪れるようになった。
している事は変わらない。
終わったら、さっさと帰って行くリョーマの態度も。




一体、彼は何を考えているのだろう?
日増しに不二の中で、疑問が大きくなっていく。
何度抱いても、リョーマの気持ちはわからないままだ。

だけど、まだそれを尋ねる勇気が無い。

口に出したら、リョーマはもうこの部屋に来なくなるんじゃないかと思って。
何も言えずにいる。


2009年06月14日(日) 全ては愛の為   不二リョ

後ろ手でリョーマが鍵を閉める音を聞いて、不二は違和感に振り返った。
いつもリョーマの部屋へ訪れた時には鍵なんて掛けない。
南次郎が在宅することの多い越前家で、やましい行為は出来ないから。
鍵を掛けても物音や漏れる声でばれる。南次郎は色々鋭い。
ここではそういう意味でリョーマに触れない、と不二は決めていた。
なのに、リョーマは鍵を掛けた。
内緒の話でもするのかと、首を傾げる。

「ねえ、先輩。ちょっといい?」
リョーマの表情はいつもより興奮しているように見える。
これから話すことに関係しているのだろうか。
ここは先輩らしく、そして恋人としてきちんと聞くべきだ。
そう決めた不二はいつものようにベッドに腰掛け、真剣にリョーマの話を聞く体勢に入った。
「うん、いいよ。なんでも言ってみて」
「さすが、先輩」
リョーマが感心したように頷く。
「話があるってわかったんだ」
「そりゃ、まあ」
「じゃあ、俺が何を言いたいかもわかる?」
「そこまでは、わからないよ」
「そっか、覚悟を決めてここに来たかと思ったのに」

覚悟?
何のことだろうと、不二は瞬きした。
その間にリョーマは覆い被さるようにして抱き付いて来る。
自然と不二はベッドに押し倒される形になった。

「越前?」
「先輩がいけないんだよ」
リョーマは言った。
「格好良くて、それい綺麗だし、皆にも優しいよね。
だから、こんなことになるんだよ」
「褒められているのか、何なんかわからないんだけど……」
リョーマの言いたいことがわからない。
どうしたものかと思案していると、両手首をぎゅっとそれぞれ掴まれる。
傍から見たら、リョーマに押し倒されている構図だ。
大胆だな、と不二は呑気に思った。

「先輩はものすごくもてるよね。うちのクラスでも、先輩と付き合いたいって話してる女子がいる。
いずれ告白しに来るかも」
「へえー。でも断るしかないなあ。僕には越前がいるからね」
耳元で囁くと、リョーマは一瞬とろんとした目をした。
が、すぐにハッと我に返る。
「とにかく俺は先輩がもてることが気にいらないの。だから行動に出るって決めたんだ」
「具体的にどうするつもりかな」
リョーマが何を決めたのか、気になる。
楽しそうに不二は続きを尋ねた。
「先輩には、今日からここで住んでもらいます」
真顔でリョーマは言った。
「ここで?越前の部屋で?」
「そうっす」
「ご飯はどうするの」
「今日からこの部屋に自分の分として食事を運ぶんで、それを分けて、なんとかなるんじゃない。
足りなかったら、俺は自分で調達するし」
「トイレは?」
「申し訳ないけど、それもこの部屋で……その時は外に出るから」
「お風呂は?」
「濡らしたタオル持ってくるっす」
「そんなんじゃ、洗髪出来ないよ」
「先輩の髪が痛むのは、俺としても困るかも。隙を見てバケツにお湯運んで来るっす」
「ふーん」

ここまで聞いても、不二は冷静だった。
リョーマが本気でここに閉じ込めようと考えているのはわかったが、無理が有り過ぎる。
こんな穴だらけの計画はすぐにバレてしまう。
大体、今だって一応体勢的には押さえ込まれているが、
不二が少し力を込めれば逆転することは出来る。
所詮、腕力では不二の方が上だ。
それでもリョーマの話をもっとちゃんと聞こうとして、じっとしていることにした。
何か理由があるはずだ。
不二は優しく問い掛けてみた。

「ねえ、越前。僕がここに住むとして、君はどうするの?」
「どうするって?」
「一人で学校へ行くつもり?僕を一人ぼっちにするつもりなんだ……」
それを聞いてリョーマは動揺したように、肩を震わせる。
「そんなつもりじゃ……、だったら俺もここに残る」
「そうしたらお父さんは絶対部屋に入って来るよ。いつまで寝ているんだって、その時僕がここにいるのをどう言い訳するつもり?」
「それは……」
「僕の家族だって、きっと心配する。もし大事になったら、僕らは引き離されるかもしれない。
そんなことになったら嫌だよ」
「……」
不二の話を聞きながら、リョーマは俯いてしまう。
しばらく沈黙が続く。
それからリョーマは不二の手首を開放した。

「やっぱり無理みたいっすね」
「当たり前だよ。上手く行くと思っていた?」
リョーマは首を横に振った。
「でも、先輩を誰の目が届かないところに隠してしまおうと思ったのは、
本気だった」
溜息交じりで言うリョーマを、不二はそっと抱きしめた。
「心配しなくても、僕には君だけだよ。これからも。
誰に好意を寄せられても、心が動くことは無い。
僕を熱くさせるのは、君だけなんだ。
それに、僕だってずっと一緒にいたいと思っているんだよ。
でも、ここじゃ駄目なんだ」
「なんで?」
不二はすっと右手を動かし、リョーマのシャツの中へ滑り込ませた。

「ここじゃ、こんなこと出来ないでしょ?」
「ちょっと、先輩?」
驚いている間にもっと奥へと入り、平らな胸をなぞっていく。
「先輩、待ってよ……」
軽く触れただけでも、リョーマの息が上がっていく。
可愛いなと笑いながら、もう少し進めてみようかと不二が考えた瞬間、
「おい、ガキども!人の家で盛ってるんじゃねえぞ!」と、ドアを叩く音が聞こえた。
南次郎の声だ。
意外と来るのが早かった。もしかしたら、最初から見張られていたのかもしれない。
「親父っ!?」
慌ててリョーマは不二から離れて、外へ向かって叫ぶ。
「ドアが壊れるだろ、叩くの止めろよ!」
「だったらおかしな真似してねえで、さっさとここを開けやばれ!」
リョーマはぶつぶつ言いながらも、鍵を開けた。
不二もすぐに起き上がって、さっきまで座っていた振りをする。
放っておけば、南次郎は蹴破っても入って来る。
この場は開けた方が良さそうだ。

「よーし」
顔を出した南次郎は、リョーマと不二を見て口を開く。
「この家で妙なことをするのは許さないからな。やったら即叩き出す。覚えておけ」
「くそ親父!」
「なんと言われようとも、禁止は禁止。下に戻るけど、ずっと様子を伺っているのを忘れんなよ」
南次郎は笑いながら、退出して行った。
本気で怒っている訳では無さそうだ。勿論、続けていたらどうなっていたかは、わからないけれど。

「ね?越前」
南次郎に対して怒りを抑えきれない様子のリョーマに、
不二は静かに話し掛けた。
「これでわかったでしょ。この部屋で暮らすのは不可能なんだよ」
「よく、わかったっす」
肩を落とすリョーマに不二は立ち上がって、近付いた。
そして、手を握る。

「じゃあ、今の続きは僕の部屋に行ってからにしようか」
「え?」
「まさか、このままお預けにするつもりは無いよね」
「え……っと」
「じゃあ、行こうか」

有無を言わさず、不二はリョーマを部屋の外へと引っ張って行く。
不二の家でなら、南次郎もさすがに手出し出来ない。
ここから早く立ち去ろうと、急ぐ。

「なんだったら、越前が僕の家に住まない?
ずっと一緒にいられるよ。部屋も余っているし、母さんも姉さんも君だったら、大歓迎」
「それは、ちょっと」
さっきの勢いはどこへやら。
急に尻込みするリョーマに不二はにこっと笑ってみせた。

「冗談。でも、いつでも泊まりに来ていいからね」
「はあ」


少し本気だったんだけどな、と不二は呟いた。

リョーマが閉じ込めたいと言ってくれたこと、本当は嬉しかった。
二人でこのまま誰もいない所に行けたなら、どんなに幸せか。
でも今は二人共まだ子供で、そんな生活を送るなんて不可能に決まっている。

だから、可能な年齢になった時には……。
リョーマの望みを叶えてやろう。
降りるなんて、勿論言わせない。
誰の目にも届かない所へ、そう言い出したのはリョーマが先なのだから。


「本当に……僕には君さえいれば、いいんだ」

振り返りながらそんなことを口にする不二に、
リョーマは少し頬を赤らめた。


終わり


チフネ