チフネの日記
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2009年05月24日(日) 君が笑ってくれるなら  真田リョ

聞こえて来た足音に、リョーマは身を固くした。
ここ最近、誰かに跡をつけられている。
ねっとりと気味の悪い視線も感じる。
今までも絡まれたり、やっかまれたりトラブルに巻き込まれたこともある。
それだけならいつものことと気にしないのだが、今向けられている視線は感じが違う。
どこか不気味だ。

リョーマは素早くダッシュして角を曲がった。
そして肩から掛けているバッグからラケットとボールを取り出す。
ボールをぶつけて気絶させた隙に、誰だか確かめてやろう。
正体も知らず怯えるのはご免だ。
勇ましくラケットをぎゅっと握り締め、近付いて来るであろう人物を見極める為にそっと角から来た方向を覗く。

「あれ……」

誰もいない。
先程までの気配は、もう消えていた。



リョーマの様子がおかしい。
待ち合わせ場所で一目見た時から真田は気付いていた。
口数が少ないのはいつものことだが、いつもな勝気な顔にうっすら暗い影が落ちている。
更にテニスコートでの打ち合いを始めて、確信する。
サーブにも切れが無く、ミスの連発でラリーも続かない。
何か、あったのだろうか。
体調が悪いというよりも、悩みを抱えているように見える。
なんとか相談に乗ってやれないものかと、真田は考えた。
そしてベンチに腰掛けてぼやっと遠くを見ているリョーマに、買ったばかりの飲み物を持って近付いた。

「越前、気分でも悪いのか」
「……何とも無いっすよ」
誤魔化すかのように首を振る。
スポーツ飲料を渡すと、「ありがとう」と礼を言って受け取る。
「今日は調子が出ないだけっす。つまらないゲームをして悪かったすね」
「いや、それよりも早く水分補給をした方がいい」
「っす」
蓋を開けて飲み始めるリョーマの姿を横目で見ながら、真田も同じベンチに腰掛けた。
そしてリョーマと同じものを一気に半分まで飲み干す。体中に足りない水分が行き渡ったような気がした。
リョーマは、というとちまちまとゆっくり飲んでいる。
どこか警戒しているような張り詰めた雰囲気に、やっぱり何かあったのだろうかと推測した。

聞いても良いものだろうか。
リョーマとは朝練闇を打ち明ける程親しい仲ではない。
大会が終わった後、偶然ガットを替えに来たリョーマと再会して、声を掛けたら流れでそのままテニスをすることになった。
それから連絡先を交換して、週末を中心に時間が合う時はこうして外で打ち合うようになった。
それだけだ。
テニス以外の話はあまりしていない。
リョーマも真田も無口な方なので、他に会話が無くとも不便になったりしない。
けれど、さすがに今日のリョーマの態度は気に掛かる。
未だにぼんやりとしてるということは、深い悩みなのかもしれない。
いくらテニスの才能gあるとはいえ、リョーマはまだ12歳。
人生で躓くことや考えることはありそうだ。
話を聞いて、何かアドバイス出来ることがあるのなら……。

よし、と真田は思い切って口を開いた。

「調子が出ないと言っていたな。それは何か気に掛かることがあるからなのか」
「え?」
それまで持っていた缶をぺこぺこと無意識に指で押していたリョーマが、こちらを向いた。
少し驚いたような顔はまだあどけない。
力になりたいと、真田はよい一層強く思った。
「テニスはメンタル面でも左右されるスポーツだ。
もし悩み事を抱えているというのなら、早めに解決した方がいい。違うか」
「それは、そうだけど……」
ふっ、とリョーマは溜息をついた。
「でも俺だってどうしたら良いか迷ってて」
「俺が力になろう」
「真田さん?」
力強く真田は頷いた。リョーマを安心させるように続ける。
「もし話したくないというのなら、黙っていても構わん。
しかし何か俺に手伝えることがあるのなら、遠慮なく言うといい。
相談に乗ろう」
ぽかんと口を開けているリョーマに、少し強引だったかと真田は口をぎゅっと閉じた。
ストレートな言い方しか出来に自分が恨めしい。
こういう時、友人の柳とかだったら上手い言い回しで相手に気兼ねさせることなく、悩みを引き出してやれるだろうに。
彼のような気の利いた言葉が見付からない。
困ったな、真田は眉を寄せた。

「あの、真田さん」
遠慮がちにリョーマが口を開く。
「ひょっとして、俺のこと心配してくれてるんすか」
じっと大きな目で見詰められる。
綺麗だな、と真田は思った。
純粋な子供の目だ。いつか曇ってしまうことが無ければいい、と柄にないことを考える。

「ああ、心配している」
きっぱりと答えると、リョーマは僅かに俯いた。
話すかどうか、迷っているようだ。
もう一度、真田は言った。後押しする為だ。
「もし良かったら、話してみたらどうだ」
「……」

沈黙は一分ほど続いた。
その間も黙って待ち続けた真田に応える形で、リョーマが口を開く。
「気のせい、かもしれないっすけど」

そしてここ数日に起きた出来事を、すっかり話してくれた。




翌日。
真田は早速行動に移すことにした。
リョーマの話を聞いて、これは放っておけないと判断したからだ。
ストーカーの類に違いない。
そう思ったが、リョーマには伝えなかった。悪戯に恐怖心を煽ることは出来ない。
ただ下校のときは誰かと常に一緒にいた方が良いと注意はした。
今まで送ってくれた桃城は副部長職になってから、忙しくてほとんど帰りは別らしい。
そこを狙われたのかもしれない。
いずれにしろ、リョーマのような小さな子を付回すとは不審人物に決まっている。
現場を押さえた後、しかるべき機関へ差し出す必要がある。

という訳で、真田は授業が終わってから真っ直ぐ青学に向った。
引退してからはテニススクールに通いトレーニングに励んでいるが、これもリョーマの為だ。
ストーカーを捕まえるまでは休みも止むを得ないと割り切った。
リョーマの周囲を見張って、憂いから開放してやろうと燃えている。
勿論本人に伝えるつもりは無い。
「そこまでしなくても」と、辞退されるだろうと予測したからだ。
しかし何か起きてからでは遅い。
だから真田は護衛のように部活が終わったリョーマを、影からこっそりと覗き、誰か不審者はいないかと探すことにした。

そしてそれは三回ほど続いた。
勘が働く奴なのか、ストーカーは姿を現さない。
しかしここで引いたら、奴の思う壺だと真田は諦めることなくリョーマの後を付けた。
今日は同じ一年生達と一緒に帰るらしく、駅前へと歩いて行く。
寄り道か?と真田がそっと追う中、彼らは会話をしながらスポーツショップへと入って行く。
何か買い物をするらしい。
店内ならストーカーも手出しはしないはず、と真田は息を吐いた。
今日も来ないつもりなのか。
このまま諦めてくれればいいが。
と、真田がそんなことを考えていたら、サングラスに帽子、マスクという怪しげな男がリョーマ達のいる店に入って行こうとしているではないか。
しかも周囲をきょろきょろと見渡して、行動も不審だ

(まさか、あの男か?)

真田はじっと男を注意深く観察した。
不自然なほど大きな鞄の中身は、一体何が入っているのか。
もしや犯罪に関わるものではないかと、疑惑が深まっていく。
このまま店内に入れて良いものか。
奴と決まった訳ではないが、怪しいのは確かだ。
店から出てリョーマが友人達と別れた所で襲い掛かってくるかもしれない。
先に身柄を拘束するか?と真田は迷った。
すると、男が店の中へと入って行く。

(仕方無い)

思い切って真田も移動を開始しt。
「いらっしゃいませ」
広い店内は各ジャンルのスポーツ用品でそれぞれ別れている。
リョーマ達はテニスのコーナーに違いない。
そう思って目を向けると、あの男もそちらに向っているではないか。
(やはりあいつがストーカーか!)
注意深く真田は男に気付かれないように近付いて行った。

「ねえ、リョーマ君。こっちとこっちのラケット、どちらが僕に向いていると思う?」
「なんだよ。テニス歴二年の俺が決めてやろうじゃないか」
「堀尾君には聞いていないと思うよ」
「なんでだよ!」
「こっちがいいんじゃない?」
「うん、ありがと。参考にするよ」
「って、勝手に話進めているんじゃねえよ!」
騒いでいる子供達の横で、男は鞄に手を入れてごそごそと動かしている。
あれはひょっとして盗撮しているんじゃないだろうか。
そう思った瞬間、真田は行動に移した。

「何をしている」
「……ってえ!」
腕を捩じ上げられて、男が声を上げる。
そしてリョーマ達も真田に気付いた。
「真田さん?」
「りっ、立海の真田さん!?」
騒がしくなる周囲に、男がじたばたともがき始める。
「放せっ、俺は何もしていない」
「今、この子を盗撮していただろう。そのカメラを渡してもらおうか」
「盗撮?」
リョーマが目を見開く。
「もしかして、この人……」
「例の視線の主に違いない。ストーカーめ、警察に突き出してやる」
真田の言葉に「違う、違う」と男は必死で否定する。
「俺はストーカーなんかじゃない」
「見苦しい。潔く罪を認めたらどうだ」
「本当なんだ。越前リョーマに取材を申し込みたかっただけなんだ!」
「え!?」

誤解だと叫ぶ男の声に店員達が駆けつけ、店を巻き込む騒動へと発展していった。




「しかし、本当に取材だったとはな……」
「うん、びっくりした」
帰り道。リョーマを送る為に真田は一緒に歩いていた。
他の同級生達は先に開放されているから、帰り道はリョーマ一人になってしまうからだ。
もう大丈夫とは言ったが、すっかり遅くなった以上一人では帰さんと主張したら、
リョーマは「わかった」と折れてくれた。

歩きながら、会話は自然と先ほどの出来事になる。
「でも勝手に写真を撮ったりする方もどうかと思う。あんなのは取材じゃないっすよ」
「そうだな」
男の身元は本当にある雑誌の記者だった。
元・プロの越前南次郎であるリョーマの活躍に目を付け、良いネタになりそうだと自宅を訪問したこともあったらしい。
南次郎にけんもほろろに断られ、こうなったら本人に直接交渉、その前に彼の素顔を追って記事にしようと暴走した結果だった。
警官からのお説教と、後日会社からの正式な謝罪をするということでこの話は一旦落ち着いた。

「でもこの数日のもやもやが晴れてすっきりしたっす」
大きく伸びをした後、リョーマは笑顔を向けてきた。
ああ、良かったと真田は肩から力を抜いた。
少なくとも今回の行動は無駄にならずに済んだ。
リョーマの憂いが消えて本当に良かった。
次の約束には、思い切りテニスが楽しめそうだと思ったら、なんだか嬉しくなった。

「真田さんがあいつを捕まえてくれたからっす。ありがとう」
「いや、別に礼など……」
「でも真田さんのおかげっすよ」
またニコッと笑顔を向けられ、真田は動揺した。

それは不思議な感覚だった。
誰かの笑顔を見て、こんな気持ちになったことは無いような。
説明し難いものだ。
越前リョーマとテニスするのは楽しい。けれど、それ以外では?
今、一緒に歩いているだけでも、嬉しい。そんな風に思えるのはどうしてだろう。

わからない。
もっとゆっくり考える時間が必要みたいだ。

「それにしても真田さんが急に現れてびっくりしたっす。あの店に用だったんすか?」
「あ、え……そうだな!俺の求めるグリップがあったんだ」
「へえ、どこのメーカー?」
「それは、だな」

偶然通り掛ったと信じて疑わないリョーマは、無邪気に質問を重ねてくる。
内心で冷や汗を搔きながら、真田は必死で辻褄を合わせる為の話をしどろもどろに説明し始めた。



「真田の奴……なんであんな親しげに越前と歩いてんの。信じられない!」
「いい加減にしろ、幸村。毎日、毎日越前を見張るような真似をして、通報されたらどうする。次の大会で後輩達が出場停止になる可能性もあるんだぞ」

二人から少し離れた所で、幸村と柳は声を落として会話をしていた。
ここ最近、幸村がリョーマを追い回しているという情報をキャッチした柳が止めに来た所だった。
「真田は休日に越前と会っているんだろ。俺が平日に越前と会って何が悪い」
「会ってる、ではなく付け回しているの間違いだろ。もし続けるというのなら匿名で通報するぞ」
「柳!君は真田の味方をするつもり?」
「危険人物を放っておけない。それだけだ」

喚き続ける幸村に柳はやれやれと肩を竦めた。
当分収まることは無さそうだ。

真田とリョーマの位置からは聞こえないらしい。それだけが幸いだ。
そのまま二人は仲良さげに会話をしながら、角を曲がって行ってしまった。


終わり


2009年05月21日(木) 2009年 真田誕生日話

誕生日だからといっても、特別な日ではない。
真田は常々そう考えていた。
一つ歳を重ねるだけだ。
その年齢に見合った振る舞いを身に着けるには、一日一日の精進が必要だ。
何もこの一日で変わるようなことは無い。
同級生達が「おめでとう」と口々にお祝いを述べながら、プレゼントを渡してくれるのはありがたく思っている。
しかし真田としては淡々と受け取るだけだ。
心遣いは嬉しい。が、おめでたいとはやはり思えない。
昔から、そうだった。

「折角の誕生日なのに、怖い顔をしてどうしたんだい」
「別にいつも通りだが」
何故か嬉しそうに話し掛けて来る幸村に、真田は普通に返事をした。
誕生日を盛り立ててくれようとして笑顔を向けてくれているのだろうか。
幸村は友人思いだなと、そんなことを考える。
「いや、ちょっと不機嫌そうだよ。俺にはわかる」
「本当にいつもと変わらない。そう気を使ってくれなくていいぞ、幸村」
「いいから、全部言わなくていい」
そう言って幸村は両手を胸に置いて、溜息をつく仕草をする。
「越前から何の連絡もプレゼントも無かったんだろ?渡米して数ヶ月。
そろそろ忘れられる頃だ。でも彼のことを恨んだりしたら駄目だよ。
そう、遠くに行って初めて他の男の魅力に気付くケースだってあるんだから」
「越前なら今朝方電話を話をしたばかりだが」
「え?」
たちまち幸村の顔が強張る。
それに気付かないまま真田はうっすら頬を染めて話を続けた。
「向こうはまだ日付が変わっていないが、おめでとうという言葉は頂いた。
プレゼントは以前、俺から辞退した。だからせめてこの位と、わざわざ国際電話を越前から掛けてくれてな……どうした、幸村」

固まったままの幸村を掛けると、先程と違い引き攣った笑いで「そう、良かったね」と言われる。
「あー、そう。……ふーん、越前から連絡来たんだ。
俺は番号さえ知らないのに、そうなんだー」
ぶつぶつ言いながら、遠くへ行ってしまう。

今のは何だったんだろう。
もしかして具合でも悪いのかと心配しながら、真田は幸村の背中を見送った。




『お誕生日、おめでとうっす』
リョーマからの電話を受け取ったのは、真田がちょうど起床した時間だった。
常ならばすぐに顔を洗い稽古をする所だが、久し振りのリョーマの声にこの電話が終わるまではと、自室に留まった。
『わざわざ、すまないな』
国際電話を掛けて来たことに対して礼を言うと、向こう側でリョーマが少し怒ったような声を上げた。
『俺の時だってお祝いしてもらったんだから、足りない位っすよ』
『そう、か』
『本当は直接会って言いたかったっす』

その言葉にドキッとさせられた。
真田も同じことを考えたからだ。
電話だけではなく、会ってリョーマの声を聞きたかった。
しかしそういう訳にもいかない。
アメリカでも上を目指そうと頑張っているリョーマに、そんなこと言えるはずがない。
だから代わりの言葉を口にする。

『次の機会に、な』
一瞬間を置いた後、リョーマの笑い声が聞こえる。
『うん、次にね』

他愛ない約束をした後、『またね』で電話を切った。
それはとても幸せな数分間だった。



別に誕生日は特別な日ではない。
授業をこなし、放課後の練習もいつも通りに励んだ。
幸村が朝の状態から復帰していたことに喜び、それから皆に誘われるままに丸井お勧めの駅前のカフェでケーキを奢ってもらった。
寄り道するのはどうかと思ったが、折角の誘いを無下に断るのも忍びない。
それに美味しいケーキを知る機会でもある。
次のリョーマの誕生日に用意出来るから。

ケーキは美味しくて、真田は満足した。
これで決まったと笑顔で皆と別れた。それぞれ怪訝な顔をしていたが、きっと気のせいだろう。
早足で家へと向う。
母はすき焼きを用意してくれると言っていた。大袈裟なお祝いを望まない真田の為に、誕生日は好物を作ると決まっている。
奮発するからと言っていたので、期待出来るはずだ。
ケーキ一つではお腹は満たされるはずがない。
美味しくお肉を頂こうと、ますます足取りは速くなる。

そして自宅に近付いた所で、誰かが門の前に立っていることに気付いた。
髪の長い女性だ。その人は振り向くと、真田を見てパッと笑顔を向けた。
「真田さん!」
「菜々子さん、お久し振りです」
「ええ、こんにちは。急に押し掛けてすみません」
ぺこっとお辞儀する菜々子に、真田も一礼をした。
菜々子はリョーマの従姉だ。越前家へ訪問した際、何度も顔を合わせたことがある。
「今日は一体どうしたんですか」
ここにいることが偶然であるはずがない。
リョーマに何かあったのかと顔を曇らせるさに、菜々子は悪戯っぽく笑った。

「これを届けにきました。リョーマさんから、です」
「越前から?」
「はい。どうしても当日に渡したいと頼まれまして。
航空便ですと日付指定してもトラブルで届かないことも稀にありますからね」
はい、と菜々子に紙袋を手渡される。

「それじゃ、私はこれで」
あっさり去って行こうとする菜々子に、真田は慌てて引き止めに掛かる。
ここまで来てもらって、帰す訳にはいかない。
「あの、折角ですから上がってお茶でも」
「申し訳ありませんが、すぐ近くで友人と会う約束をしています。またの機会に」
真田の申し出に、菜々子は笑って丁重に断りを入れた。
「それでは」
振り返るとさらっと長い髪が流れる。
爽やかに去っていく菜々子に、真田は深々と頭を下げた。



(越前から、プレゼントを貰ってしまった……)

去年、リョーマの誕生日を祝った際にしつこくこちらの誕生日も聞かれたのだが、
まさかもうその時に計画していたのだろうか。
紙袋から中身を取り出してそっと包みを開けると、
中からは何本かの筆とガラスで作られた綺麗な青い文鎮が出て来た。
以前、遊びに来た時に真田が書道を趣味でやっているというのを覚えていたのだろう。
筆もなかなか上等なもので、今度これを使ってリョーマに手紙を書いてやろうと思った。

でもそれよりも。
今すぐ会って、礼を言いたい。


日本とアメリカとか。
これまでは気にしなかった距離が、急に遠く感じた。
離れていてもリョーマはリョーマで、変わることは無いと何の根拠もなく信じていたのだが、
急に二人の間を繋ぐものが心細いものに思える。

もしも、会いに行ってもいいかと言ったら、リョーマはなんて返事をするのだろう。
考えもしなかったことが、気になり始めてきた。

(しかし、まずは礼を言わねば……)

明日の朝、起床したらすぐにリョーマに電話を掛けてみよう。
お礼を言って、それからどうしようか。

日が昇るまで、たっぷり考える時間はある。



誕生日は特別なものではないと、今まで認識していたけれど。

(思っていた以上に、良い日なのかもしれない)


青い文鎮を握り締めて、真田はリョーマのことだけを考えていた。


終わり


チフネ