チフネの日記
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2009年01月31日(土) 恋の証明 跡リョ ※小さな嘘からの続き 向日とリョーマの会話

突然のリョーマからのメールに、向日はどうしようか悩んだ末、結局会うことを承諾した。
跡部に見付かったら大変なことになるのはわかっている。
メールをやり取りしている仲だと知られた時、散々嫌味を言われた挙句携帯を壊されるところだった。
最もその後すぐ、跡部はリョーマに締め上げられたのだが……。

(なんか話したいことがあるんだよなあ)
他に相談に乗れる相手もいなさそうだし、どうしようかと考える。
そして跡部に知られたらまずいだろ、と返してみた。
会うとなったら、絶対あの我侭帝王は黙っていない。
向日だって命は惜しい。
するとリョーマから『今日、跡部さんは用事あるって言ってから会うことは無いっす』との返事。
じゃあ、会ってもいいか。
ファーストフード店なら、跡部も寄り付かないだろうし。
見付かることは無いはず。

その日の放課後。
向日はリョーマとの待ち合わせの場所へと直行した。


店に行くと、リョーマはもう先に来ていて席に座っていた。
トレイにはハンバーガーとポテトと飲み物。
早めに来ていたのか、食べている所だった。
ぺこっと頭を下げた後、「腹減っていたから、先に食べてたんですけど」と言う。
「俺も注文してくるから、もうちょっと待ってて」
「あ……ここは俺が」
そう言って立ち上がろうとするリョーマの肩を制する。
「いいから座ってろよ。
俺はただお前と話をしに来ただけなんだから、気を使うなって」
「……」

いいの?とでも言いたげにリョーマが上目で様子を伺っている。
普段生意気なくせして、時々可愛い所見せるんだからと、向日は微笑ましく思った。
もう一度座ってろと指示して、急いで自分の分の注文へ向かう。
特にお腹が空いている訳じゃなかったので、簡単にデザートとドリンクだけ頼む。
店員がくるくる動いて注文したものを用意している間、
ちらっとリョーマを振り返る。
ハンバーガーをもそもそと食べている横顔は、どこか浮かなくて。

あー、ちょっと疲れているんだなあと思わせる。
跡部に対して焦らしプレイをしている越前だが、
心から楽しんでいるのも本当だけれど、ちょっと複雑な気持ちを抱えてるのも知ってる。
元はといえば、跡部の奴が「好きだ」と気持ちをきちんと伝えないから。
いい加減、越前も疲れて来たのだろう。
なんであいつってあんなに自由なんだ。
言わなくても、気持ちは同じだと自信満々になれる根拠もわからない。
今更ながら跡部の行動や言動に、生暖かい感情が込み上げる。

「お待たせしました!」
店員の声に向日は振り返ってトレイを受け取る。
そしてリョーマが座っている席へと再び戻った。

「なんかあんまり美味しく無さそうに食べてるな」
「そんなこと無いっすよ。美味しい」
「そうか?悩み事を抱えてるから、何食べてもいまいちって思うんじゃないのか」
「悩み事なんて別に……」
「隠すな隠すな。話したいことがあるから、俺を呼んだんだろ。わかってるって」
にこっと笑うと、リョーマはつんと横を向いてしまう。

「別に話なんて、無いっすよ。久し振りに向日さんがどうしてるのかなと思ったから、メールしただけ」
「ふーん……」
「本当っすよ」
ムキになってる、と向日は笑いを堪える。
自分で呼び出しておいて、顔にも出てるくせに。
この態度ってどうなんだ。
面倒な子供だなと思いつつ、あやすような気持ちで「別に嘘なんて言ってないだろ」と優しく言った。

するとこっちが引いたことにリョーマは気付いたらしく、
「そうっすね」といくぶんバツが悪そうにして目を逸らす。
わかりやすい反応だ。

リョーマの気持ちをほぐす為に、向日は何気ない口調で話を振ってみた。

「俺らの方は特に変わりは無いんだけど、お前の方はどうなんだ」
「変わり無いっすよ。部活も相変わらず忙しくて」
「じゃなくって、跡部となんかあったかって聞いてるんだけど」
「……」

しばらく沈黙した後、リョーマは「何も」と小さく首を振る。

「向日さんと会った時と変わらない。
時々暴走しておかしなこと口走って、その後落ち込んで立ち直って、その繰り返し」
「じゃあ、まだ肝心の告白は」
「無いっす」
「そっか…そうだよなあ。ま、跡部を見てればわかるんだけど」

跡部がリョーマのことはハッキリと見てわかる。
けれど困ったことに、「好き」という言葉をリョーマにきちんと伝えていないのだからややこやしい。
わかっているものだと思い込んで、行動ばかりが空回りしている。
思えば今まで何も言わなくても、色々相手から寄って来ていたのが問題なんだと思う。
恋愛事に関して自分から動くことが無かったものだから、
完全にやり方を間違えている。
もっと、基本的なことを思い出すべきだと向日は頷く。
正しい一歩を踏み出したら、すぐにでも望む幸せが手に入るかもしれないのに。

そこまで考えて、向日はふとある疑問が頭に浮かんだ。
黙ったままジュースを飲むリョーマの顔をまじまじと眺めた後、
思い切ったように口を開く。

「俺、前から越前に聞いてみたかったんだけど」
「何すか」
「跡部のどこを好きになったんだよ」
「……」

リョーマの動きが止まった。
ジュースの入った紙コップをゆっくりとトレイに置いて、そして下を俯いてしまう。

「おーい、越前?
どうしたんだよ。俺、そんなに難しいこと言ったか?」
「難しい……ある意味そうかも」
はあああ、と大きくリョーマは溜息をつく。
一体どうしたんだと、向日はその顔を覗き込んだ。
軽く聞いただけなのに、こんな反応されるとは思わなかった。
困ったな、と思いつつもう一度呼び掛けてみる。

「そんな深刻に考えるなよ。
普段の対応はともかくとして、あいつのことは好きなんだろ?
例えばここがいい、とか言ってみろよ」
「ちょっと、好きとかそんな大声で」
慌てたようにリョーマが顔を上げる。
からかわれたと思ったのか、頬が赤い。
照れてるらしい。
意外なリョーマの表情に一瞬向日は驚いたが、
次の瞬間にやにやと口元を緩めて、リョーマの腕を肘で突く。

「けど、好きなんだろ?普段の対応はひでぇけど、見たらわかるって」
「えっ……そんなに顔に出てるっすか?」
しかめっつらして頬に両手を当てる。
そんなことしたってわかるわけないだろうに。
笑いながら向日は言った。
「事情がわかる奴から見たらな。
気付かないのは跡部くらいだな」
「はあ」
「で、跡部のどこが好きなのかまだ聞いてないんだけど」
「結局そこに戻るんだ」
「そりゃそうだろ。お前が跡部の何を好きになったかって、興味あるもんなー」
「興味って、ずいぶんはっきり言うね」
「ああ。それ以外無いからな。悪いか?」
「ううん。正直に言ってくれる方がよっぽど楽、かも」

ふうっと息を吐いて、リョーマは頬に手を当てたまま両肘をテーブルについた。

「わざわざ今日はここまで来てもらったんだから、まあ、向日さんになら話してもいいよ」
「無理とは言わないけど、いいのか」
「うん。でも具体的にって言われると難しい。どう説明したらいいんだろ」
「そっか。じゃあ、例えばここ最近で跡部といて好きだなあって思ったことあるか?」
向日の質問にリョーマは数秒考えた後、「あった」と声を出した。

「へえ、どんな時だよ」
「いや、別につまらないことなんだけど。
帰り際に俺のことを引き止めたくて、猫を連れて来たんだ。
こいつが離れたがらないから帰るなよとか言って、可愛いでしょ」
「……可愛い?」

嬉しそうに言うリョーマを見て、向日は思わず聞き返してしまった。
跡部が可愛い。
向日の中でも氷帝のレギュラーの中でもそんなこと思う奴は一人もいない。
思わずリョーマの顔を凝視すると、また顔を赤らめて、、
「あ、そうじゃなくって」と軽く首を振った。

「今のは違う。違うっす。
そうそう。この間、俺がファンタを飲んでたらどんな味って聞いて来て、
明らかに間接キス狙いしてんの。
目の前で飲み干したら、すっごいがっかりした顔して固まって、それがまた可愛くて」
「ひょっとしてお前って、跡部のこと可愛いって思ってる?」

指摘すると、リョーマの顔はまた一瞬固まった。
そして「違う違う」と今度は大きく首を振る。

「だってあの人、どっちかというと格好いい方でしょ。
黙っていれば、綺麗だと思う……って、何か間違っている!?」
「いや、その感想は人それぞれだから」
向日の温かい視線に気付いたリョーマは、
目を大きく開いた後そのままテーブルに突っ伏してしまった。

「おーい、越前?」
「このままそっとしておいて下さい。
なんか今の俺、駄目過ぎる。このまま顔を上げられないかも」
「はあ?おいおい、恥ずかしがるなよ。
跡部のこと好きなのはとっくに知ってるのに、何を今更」
「いや、今の発言はかなり痛い。痛過ぎる」
「別にいいんじゃねえか?
あいつの中身を知らない連中が格好いいーって叫んでるのよく見かけるぜ」

そう言うと、リョーマは顔を上げた。
表情はちょっと複雑そうで。
向日は、悪いこと言ったなと頭を掻いた。
少なくともリョーマが知らなくていいことを、言う必要は無かった。

「ああ、悪い。多分、そいつらと越前が思っている格好いいはまた違う意味だろうな。うん」
「いいよ。気を使わなくても。多分変わらないんじゃないっすか。
その、きゃあ!って感じにはなんないけど」
「……お前からきゃあ!とか言われると、すっげえ違和感感じるな」
「うん、自分でもそう思った」
「だろ」

向日とリョーマは顔を見合わせて笑った。
一体、なんの話しているんだろう。
思い返して、向日は跡部の話だった……とまた力なく笑う。

「今の話を総合すると、越前は跡部のこと可愛くて格好いいと思っているってことでいいか?」
「あんまり触れられたくなかったんだけど……。
そう思ってくれてもいいっすよ。
好きなのは、それだけに集約されてる訳じゃないけど」
「ふーん、他にもあるんだ」
「だから、そういう恥ずかしいことをいちいち言わないで欲しいっす。
これでも耐えてるんだから」

あーあ、とリョーマはまた両手で顔を押さえる。
普通に恋をする子っぽいなあ、と向日は微笑んだ。
こんなこと喋っている越前の方が可愛いと、跡部がいたら大変になることを考えてしまう。

「なー、越前。俺、ちょっと思ったんだけど」
「何すか?」
「今の跡部に言ってやれよ。
速攻両想いになれるんじゃねえか?」
もういい加減跡部がじたばたと騒ぐのも鬱陶しいので、
向日は至極真っ当な指摘を口にした。
だが、リョーマは「ヤダ」と視線を逸らしてしまう。

「なんでそんな意固地なんだよ。
跡部の奴喜ぶぞー。きっと泣くな、ありゃ。
いい加減、打ち明けてもいいんじゃねえか?」
「……好きだって言われてないのに?」
「それは、うん。跡部のことだからとっくに言ってる気になってるんだよ」

あいつの思考は俺達には想像もつかないんだよ。
そう慰めるように言うと、リョーマは困ったように眉を寄せた。

「でも、やっぱり俺から言うのって出来れば避けたいと思ってる。
だって絶対調子付くでしょ」
「それは、まあ、なあ」
越前が告白をしたら跡部が舞い上がるのは目に見えている。
ひょっとして学園全体を巻き込んでパーティをするぞ!と言いかねない。
しかも一日とかじゃなく、一週間掛けてやりそうだ。
怖い、と向日は身震いをした。

「調子に乗った後どうなるか、大体想像もつく。
多分、あの人にぱくりって食べられるんだろうなって」
「おいおい、越前」
「違う?俺の読み、間違ってる?」
「……多分、合ってる。その日の内に速攻お持ち帰りだな」
「でしょ!?まだそこまで踏ん切りつかないんだよね。だから迷ってる」
「そっか」

リョーマの話を聞いて、向日は神妙に頷いた。
あの跡部が告白されただけで、終わるなんて到底思えない。
決心がつかないのなら、言うべきじゃないなと同意する。

「でも、こうやってずるずると結論を引き延ばしてる内に、
あの人が俺から離れていく可能性だってあるよね。
それも、嫌なんだ」
「無いだろ。やってること滅茶苦茶だけど、跡部はちゃんとお前のこと好きだと思うけど」
「でもずっと続かどうかなんてわからない。
なのに、こんな風に迷っていていいのかって、考える時もある。
けど、俺だって先に進むのが怖いって思うんだよ。
だから黙ってる。伝えれば、あの人が喜ぶって知ってるのに。
ズルイとわかっているけど、もうちょっと時間が欲しい」

どうしよう、とリョーマはまた頭を抱えてしまった。
どうしようも何も。
跡部がさっさと「好き」だと言わないから、こんなことになっているんじゃないか。
ちょっと気の毒になって、向日は思わず小さくなっているリョーマの頭をそっと撫でる。

「あのな、越前。別にお前の所為じゃないと思うぜ。
元はといえば跡部の野郎が」
「俺様がなんだって?」
「……」

聞こえて来た低い声に、まさかと思いつつ向日は首を動かしてそちらを見た。

すると案の定。
恐ろしい顔をして腕を組んでいる跡部がそこに立っている。

「最悪」
「こっちの台詞だ。向日、てめえ何勝手に越前に触ってるんだ。
二人だけで会っているだけでも許せないのに、何しようとした」
「……髪についたごみを払おうとしただけだ」
「そんなベタな言い訳が通じるか!」

ツカツカと足音を立てて近付いてくる跡部は戦闘体勢に入っていて。
やばい、と向日が身構えるより先に、リョーマが席を立ち上がった。

「跡部さん、今日用事があったって言ってなかった?なんでここにいるのか聞きたいんだけど」
さすがにリョーマのことは無視出来ないらしく、跡部の足が止まる。
向日を一瞬睨んだ後、リョーマへと向き直る。
「思ったより早く終わった。
折角時間が出来たから、サプライズとしてお前の家に訪ねていったらいねえし。
携帯も繋がらないから、探し回ってやっと見つけたってとこだ」
「あ、そういえばさっき携帯の充電切れたんだった。それにしてもよくここがわかったね」
「心当たりは全部探した。ひょっとして何か食ってる可能性も考えてな。
お前、こういう店大好きだろ。青学から歩いて行ける付近の店、全部入って確認してた」
「何やってんの」
「しょうがないだろ。会いたかったんだから……」

照れたように言う跡部に、お前の存在自体サプライズだよと向日は突っ込んでやろうかと思った。
ここで口を挟めば邪魔するなと、また怒りの矛先を向けられるから黙っておく。
それにしても、行き先全部探すなんてどんな執念だ。
諦めるってことを知らないのかと、呆れてしまう。

「じゃあ、今からテニス出来る?」
リョーマの問いに、跡部は「勿論だ」と頷く。
「けどその前に、こいつを締め上げておかねえとな」
ちらっと視線を向けられて、向日はまた緊張に体を強張らせるがそれは杞憂で終わった。
「あのさ、俺の暇つぶしに付き合ってくれた向日さんに何かしようとするの、止めてくれない?」
「けど、越前」
「いいから。向日さんは俺の友達なんだから、変なことしたら怒るっすよ。わかった?」
「はい……」

項垂れる跡部に、リョーマは「よし」と言って笑う。

(力関係が明確過ぎる)

変わってないな、と向日は二人を交互に眺める。
いや、もし今後上手くいったとしても、変わるなんてこと無さそうに見えてしまう。

「悪いけど、先に出るから」とリョーマに言われ、
向日は「ああ」と半笑いして答える。
いいからその隣に立ってこちらに威圧感を出す男を外に引っ張って行って欲しい。


二人が出て行った所で、向日は疲れたようにまた椅子に腰掛ける。


(跡部の奴、こんな所まで追ってくる根性はあるのに。
なんで一番大事なことはわからないんだろ。
越前の気持ち位、インサイトで見抜けよ)


しかし案外、大切な人の気持ちはわかり辛いのかもしれない。
可愛いとか格好いいとか思っていることを知ったら、
悶絶する程喜ぶだろうに。

(早く気付くといいな、跡部)

他人事のように呟いて、残りのジュースをさっさと片付ける。
そしてまた、リョーマからの誘いがあったとしても。
申し訳ないけど跡部のいない所で会うのは断ろうと、心に決めた。


終わり


2009年01月30日(金) 密やかな恋 後編 不二リョ



返却日前に絶対本を返しにくると思ったのに。
「このまま返さないなんてこと、無いよな」
先輩が借りていった本が戻ってこないことを確認して、首を捻る。

返しにくるよ、と確かに言った。
不二先輩に限って、忘れてるなんて無さそうなのに。
それとも図書室に来る時間も無いくらい忙しいんだろうか。

俺にとっては理解出来ないんだけれど、
日本では卒業していく生徒のの第二ボタンを欲しがる風習っていうのがあるらしい。
人気あるテニス部の先輩達はちょっと前から色々呼び出しを受けて大変なんだぞ、
と堀尾が知った顔で教えてくれたっけ。
ボタンなんかもらってどうするんだと呆れる俺に、堀尾は「馬鹿だなあ」と言った。
「ボタン下さいって言うのは、告白したのも当然なんだぞ。
切っ掛けがつかむチャンスだろ?
ま、お前みたいに言いたいこと言える奴にはわからない気持ちだろうけどな」
「……」
そうでもないんだけどね。
とは言わなかった。面倒なことになるし。

だって俺は先輩にボタン下さいなんて、気軽に言うことすら出来ない。
どうせそれも彼女にあげるんじゃないの、と最初から諦めてしまっている。

しかし諦めきれない人もやっぱりいるみたいで、
時々クラスの女子とかに不二先輩を呼び出してくれないかと頼まれることもあった。
勿論、他の三年の先輩達を含めて。
そういう件では、元部長が一番人気だったかな。
面倒くさかったから、当然全員お断りさせてもらったけど。
不二先輩に関しては私情も入ってたかもしれない。
無理、駄目ときっぱり断る俺に、冷たいだのなんだの色々言われたけど、
全部聞こえないふりをした。
大体以前はレギュラーだったからって、今は校内でもほとんど会うこと無いんだって。
そういえば桃先輩も、色んな所から頼まれて大変だったとげっそりしてた。
告白するのは勝手だけど、人を巻き込むのは本当に止めて欲しい。

俺達がこんな状態だから、当の本人はもっと大変なんだろう。
少しばかり同情するけれど、本を返しに来ない理由にはならない。

どうするんだろう……と思い悩んでいる内に、あっさりと卒業式の日を迎えた。












「越前ー!ちょっと来い」

桃先輩の呼び声に、準備の手を止めて教室から外へと出て行く。
この忙しい時に、なんなんだ。

式が終わった後、俺達はすぐに送別会の準備に走った。
部室じゃ入りきらないから、とそれぞれの部に使用する教室が割り当てられている。
卒業おめでとうございますの文字が気に入らないと
、何度も繰り返し黒板を消したりしている荒井先輩にどうでもいいよ……と言う気にもならない位の忙しさだ。
呼び出すということは、別の用事を言いつけるつもりなのかもしれない。
面倒だなと思いつつ、廊下に立っている桃先輩の所に向かう。

「何すか。桃先輩」
「いや、用事があるのは俺じゃなくてな」
「?」
「ごめんね、忙しい中に呼び出したりして」
「あ…」
曲がり角の所為で気付かなかった。
桃先輩の後ろから現れたのは、ずっと思い続けていた不二先輩だった。
こんな所で何してんだろ。
沢山の女子達に追い掛け回されてるんじゃなかったの。
驚きのあまり動けない俺に、不二先輩は「越前?」と目の前に近付いてきた。
「どうかした?ひょっとして怒ってる?」
「いえ!」
声、ちょっと裏返ったかもしれない。桃先輩が驚いたような目を向けている。
不二先輩は変わらない。
「用って、俺にっすか」
「うん」
なんとか平常に返す。ここは落ち着かないと。
折角不二先輩と会話が出来る最後の機会かもしれないんだから。

「教室に入ったら、折角準備してる所を先に見ちゃうことになるからね。悪いと思って。
それで桃に呼び出してもらったんだ」
「はあ。それで、一体どんな用すか」
「これ」
不二先輩が持っていた紙袋から、気にしていたあの本を取り出す。
「うっかり返却忘れちゃって。悪いけど、今からちょっと図書室に付き合ってくれないかな」
「はい?」
「桃、ちょっと越前を借りるよ」
「どーぞー」

借りるって、なんだ。
と思ったけれど、「行こう」と促す先輩に逆らえるはず無く一緒に歩き出す。
だって送別会の準備なんかよりも、不二先輩といられる方が何万倍も嬉しいに決まってる。
桃先輩の許可もあることだし、ここは大手を振って抜け出させてもらう。



まず図書室を開ける為に、職員室に鍵を借りへ向かった。
廊下を歩いている間も、目敏く先輩を見付けた女子達に先輩は何度も捕まったりしたけれど、
丁寧にお断りしていた。
第二ボタンじゃなくても下さいとか言う声に、すごいなと俺は素直にそう思った。
そんなことを口にする勇気が無い、俺の方がよほどうじうじしているようだ。
けど、今も何も言えないのは先輩の制服の第二ボタンが、そこだけが無くなっている所為かもしれない。
本命の彼女の為に、取ってあるのか。
卒業式より前にもう渡したのか。
そこまで彼女を大事にしているんだと思うと、もう何も言えなくなってしまう。

「越前?」

所々ぼんやりしている俺に、先輩が心配そうに声を掛けて来る。
「どうしたの。今日、なんか元気無いよね」
「そんなこと、無いっすよ……」
言いながら笑ってみせたけど、失敗したかもしれない。
さすがの俺も、ちょっと弱っているみたいだ。
大好きな人が卒業していく。
それと一緒に押さえ込んでいた想いを見送ると決めているんだから。
いつもの調子が出て来ない。

「ごめんね、調子悪いのに無理言って」
申し訳無さそうに言う先輩に、「平気っすよ」と首を振って先を急ぐ為に歩く。
「それより先輩の本、ちゃんを返しに行こう。その為に来てくれたんでしょ」
「うん…」
二人でまた図書室へと歩き始めた。


誰もいない図書室はいつも以上に静かで、それにカーテンが全部閉まっているから暗くてなんか不気味だ。
電気をパチンとつけて、俺はカウンターの中へと回る。
そして預かった本を返却済みにする為の作業をしていく。
すぐ目の前に立っている先輩がじっとこっちを見ているのでやり辛いんだけど…。
難しいものじゃないから、さっと終わらせる。

「先輩…。俺、気付いたんだけど」
「何」
「よく考えたら、俺に預けてくれるだけで良かったんじゃないっすか。
何もわざわざここに返しにくる必要は無かったと思う」
今になって、何面倒なことしているんだろうと気付く。
本を渡された時点で、受け取るだけで良かったんだ。後は俺がやっておけばいい。
先輩と一緒にいられることに舞い上がっていた所為で、疑問にも思わなかったんだけど。

「でも、おかげで二人きりになれたから僕としてはいいんだけど」
「先輩?」
さっきよりも距離を詰めて、先輩が近付いてくる。
俺は動くことも出来ずに、じっと動向を見守るだけだ。
息が触れ合う位の距離になって、それから先輩は口を開いた。

「この間、僕のことを見てないって言ってたけど。
あれ、嘘でしょ」
「……」
「僕のこと、見ていたよね?」

間近に迫った距離に、頭が沸騰しそうな程ぐらぐらする。
好きな人とここまで近付いて、平静でいられる奴っているの?
震える唇で、俺は答える。

「見てたよ……でも先輩には関係無いじゃん」
「どうして?」
「どうしてって、こっちが聞きたい。
彼女いる人が、俺のこと気にすること無いんじゃないの」
そこまで言うと、先輩は目を見開いた後、くすくすと笑った。

「何がおかしいの」
「いや、だって彼女って、越前もあの噂信じていたんだ。
それでかあ、と思ったらなんか気が抜けちゃって」
「え?どういうこと?」
「僕に彼女なんていないよ。
告白を断っている内に、勝手に噂が広まっただけ。
そのおかげで誤解して呼び出しが減ったから、放っておいたんだけど。
こういう時に困るんだって、今すごく実感した」
「……」

彼女の話が誤解だった?
先輩の話す内容に、俺は固まったまま動けなくなる。
今まで悩んでいたのはなんだったのだろう。
早く言ってくれ、と肩から力が抜けた。
しかしまだ完全に誤解が解けた訳じゃない。

「でも制服のボタン、その人に渡したんじゃないんすか?」
そうだ。告白する切っ掛けになる第二ボタン。
先輩のそこはぽっかり空いている。
大事な人にあげたんじゃないの?

すると先輩は胸ポケットに手を突っ込んで、カウンターの上へ何かを転がした。
制服の、ボタンだ。

「これ……」
「皆にくださいくださいと頼まれたけど、渡すなら好きな子にあげたいよ。
だから式が始まる前より先に隠しておいたんだ。
少々、姑息だったかな」
言いながらもう一度ボタンを摘んで、そして俺の目の前に差し出す。

「僕はこれを越前に受け取って欲しいと思ってる。
わざわざ返却日を忘れたふりして、ここに連れて来たのも君に告白する為だってわかってくれた?」
「えっと……」
「部活を引退してからちょくちょく図書室に通ったのも、越前に会えるかなと思ったからだよ。
本当は特に本が好きだって訳じゃない。
君に会いたかっただけだ。君が好きだから」
「先輩」

流れるような告白をした後、先輩は顔を赤くした後、体を後ろに引いた。
照れくさいらしい。
でも俺の方がもっと、顔が赤くなっていると思う。
だって頬がすごく熱い。目の前がくらくらしている。

彼女がいないことを、もっと早く言ってくれたら……と、不満に思ったりはしない。
だって俺が諦めたりせず、早い所告白でもしてたらこんな誤解は簡単に解けた。
自分の意気地の無さに馬鹿だなあ、と拳を額にこつんと当てる。

「それで、越前」
「はい?」
「返事、欲しいんだけど。このボタン、受けとってくれるのかな?」
先輩の手に輝く第二ボタン。
ボタン一個欲しがってどうするんだって、少し前にはそんな風に考えていたのに。
今は、違う。
俺の中で意味が変わってしまっている。
そのボタン一個に込められた気持ちを知っているから。
そして、俺は応えたいと思っている。

「先輩…」

カウンターから飛び出す。もっと距離を縮める為に。
何も言い出せなかった俺より先に行動して、
見送るはずだった気持ちを伝えるチャンスをくれた先輩に正直な気持ちを打ち明ける為に。
隠してた想いを開放する。

「俺も、先輩のこと好きです」

告げると同時に、先輩が俺のことぎゅっと抱きしめてくれた。
ありがとう、と小さく告げる声に俺も同じように返す。


そういえば、この後すぐ送別会があるんだった。
今のままじゃ遅刻するの決定だけど。
言い訳を考えるのは後でいいや。
不二先輩に上手いこと誤魔化してもらおう。
だって俺から振り解くなんてとても出来きそうにないから。

目も眩みそうなこの幸福を離したくなくて、
何も言わずに先輩の背中に腕を回した。



終わり


2009年01月29日(木) 密やかな恋 前編 不二リョ

図書委員なんて面倒くさいもの、引き受けるんじゃなかった。
だって当番の日は強制的に部活に遅れることになる。
一度さぼったら同じ当番に当たっていた先輩に滅茶苦茶怒られた上、
二週続けてカウンターの仕事を回されてしまった。
そして次にさぼったら、部長に直接話を通すからとまで言われた。
こんな委員を選んだことを心底後悔したけれど、どうにもならない。
仕方なく、当番の日はテニスをやりたい気持ちを押さえ付けてカウンターに入り、与えられた仕事を淡々とこなしている。

そんなつまらない時間が、楽しみに変わったのはあの人に会えるようになったからだ。
図書委員で良かったと思える日が来るなんて、自分でも驚いている。

「こんにちは、越前」
いつものにこやかな笑顔で、不二先輩が目の前に本を差し出す。
俺には難し過ぎる内容の本だ。
不二先輩は読書家で借りるジャンルもばらばらだ。
今週は古典文学。
一生俺には縁が無い、と内心で呟く。

「こんにちは」
挨拶しながら、本を受け取る。
ここで気の利いた会話が出来れば良いのだけれど、
元々お喋りが得意じゃない俺はその先に続く言葉すら浮かばない。
先輩の笑顔に堪えることすら出来ない。
そのもどかしさから、顔を背けてしまう。
すると先輩は「じゃ、仕事頑張って」と少し寂しそうに笑って本棚の方へ行ってしまうんだ。

「……」

馬鹿だな、と今日も自分に溜息をつく。
先輩がこうして本を借りに来るのを楽しみにしてるくせに。
三年が部活を引退して、会うことがほとんど無くなって。
顔を合わせる機会があるとしたら、先輩が図書室にやって来た時位。
だから内心ではすごく喜んでいるけれど、この機会に話し掛けることも出来ず遠くから見てる。それだけ。
全く自分らしくない。


(だって、先輩には彼女がいるから……)

不二先輩に彼女がいない訳がない。
テニスが上手くて、顔も綺麗で優しくて。
女子からしたら憧れの対象になるんだろうな、と想像つく。
俺は男だけど……。
不二先輩を好きな女の子達と違う気持ちなのかって言われたら、答えられないし。
テニスしてる姿に引き付けられたっていうのは、俺じゃなくても誰か言ってそうだ。
だから、先輩の周囲できゃあきゃあ言ってる人達と、あんまり変わりないよね。
片思いだって所を含めて。

一緒に部活やっていた時にはモテるけど、そんな素振りを全く見せていなかったから、
気付かなかった。
「不二先輩って付き合っている人がいるんだって」
「だから誰の告白も受けないらしいよ」
聞こえてくる噂に、柄にもなくショックを受けた。
そうか、彼女いたんだ、って。

きっと先輩に似合うような綺麗な人なんだろうな。
そんな風に考えたら理不尽にも悲しくなって、夜にちょっとだけ泣いた。
今も先輩のことは大好きだけど、「彼女」がいる人。
そう思って、遠くから眺めるだけと決めている。
後輩として大事にしてもらっているのはわかっているから、それだけは失わないように。
気付かれないよう、こそっとカウンターの影から今日も先輩の様子を伺う。
不毛だとわかっているけど、この気持ちも後少ししたら薄れていくと思う。
先輩が卒業して、完全に会うことが無くなったら。
きっと、忘れていく。そうだと思いたい。

今はまだ好きだから、カウンターから隠れて先輩の様子をこそっと伺う。
これってストーカーか?と客観的に自分を顧みると情けなくなるけど、止められない。
もう少しだけ先輩の顔を見ておきたい。
残された時間分だけで、いいから。

先輩はいつも決まった席に腰を下ろして本を読んでいる。
大胆な女子生徒がすぐ隣に座ったりすることもあるけれど、
話し掛けることも敵わずすごすごと席と立っていく。
本を読んでいる先輩は集中していて周りを見ていない。
だから気に留めて欲しいと視界に入ろうとしても無駄だ。
おかげで俺はゆっくり先輩を鑑賞出来るのだから、ありがたいけど。

窓から差し込む光が、先輩の髪を照らしてキラキラ輝いているように見える。
美しい人。
先輩に会って、初めて他人をそう思った。
男の先輩ににそんな感想を抱くなんて変だろうか。
でもそれが正直な気持ちだから、仕方無いよね。

先輩の指がゆっくりとページを捲っていく。
今日はなんの本だろう。
読みながらちょっと笑っているように見えるから、楽しい内容なんだなと想像する。
けど、きっと本は借りていかないだろう。
卒業式まで数日だ。
借りて読んで返却しに来る余裕は無いはずだ。三年生は忙しい。
式の後でテニス部全員で送別会をする予定があるから、
次に会えるのはその時かあ……と思いながらまた先輩を眺める。

彼女と一緒に図書室に来たことは無い。
それだけは良かったと思う。
二人が連れ立って歩いている所を見たら、一気に現実を付き付けられてしばらく立ち直れなくなる。
出来れば名前の知らない彼女のことは、このまま知らずにいたい。
しかし先輩の彼女の具体的な名前は聞いたことが無いから、
別の学校の人かもしれない。
勿論、質問する勇気すらないけど。

不二先輩が選ぶ人って、どんな人だろう。
少なくとも俺とは全く違うタイプだということ位は想像つく。
綺麗で素直で、よく笑うタイプ。
そんな人が先輩に似合っているよね。


「越前、これ貸し出しお願い」
「あ」

いつの間にかぼんやりとしていたらしい。
先輩が近付いていたことすら気付かなかった。
慌てて俺は背筋を伸ばして対応する。

「貸し出しっすか?」
意外そうな声を出すと、先輩は頷いた。
「卒業するまでにちゃんと返却するか心配しているんでしょ」
「まあね」
「大丈夫。ちゃちゃっと読んで、返しにくるよ」

にこっと笑う先輩を見て、俺はそれ以上何か言うのを止めた。
黙って貸し出しの手続きをする。
頭の中では次の当番はいつだったか考える。
先輩が返却しに来てくれるかもしれない。
そのことを期待してしまう。

「どうぞ」
本を渡すと、先輩はまたにこと笑った。

「ねえ、越前」
「何すか」
「越前って、ここに座っている時僕の方をよく見てるよね。違う?」

ぎくっとして顔を上げる。
気付かれていた?
先輩が本に視線を落としているのを確認してから、見てたのに。
なんで知ってるんだろ。いや、そうじゃなくて誤魔化さないと。
だって盗み見だよ?
毎回毎回気付かれているとしたら……。かなり痛い。

「み、見てないっすよ」
目を逸らしたまま答えると、先輩は「そう?」と残念そうに言った。

「じゃ、またね」
そして本を持って図書室から去って行ってしまった。
俺は挨拶すら出来ずに固まっている。

(なんだったんだろ…今の。もし「そうだ」と答えたら、何か変わったのかな)

俺はずっと前から、好きだと言うことも出来ないまま。
椅子に座っているだけだ。


2009年01月24日(土) 小さな嘘 跡リョ  ※跡部空回り注意

唐突に丸眼鏡が目の前に出現した。
なので驚いた勢いで、顔を押してみる。

「ギャー!」

眼鏡が顔に食い込んだらしく、奇声を上げた。
同情はしない。
俺様の行く先に立つ方が悪い。
腕を組んで言い放つ。

「何がしたいのかわからねえが、
あんまりふざけたことするなよ」
釘を刺して立ち去ろうとする。
これで会話は終わりだ。
しかし行かせないようにする為か、
忍足は俺様の肩をぎゅっと掴んできやがった。

「なんなんだ、お前。俺に何か用なのか」
「当たり前やろ!
人が聞こうとする前に顔面押す奴があるかい」
「俺は俺のしたいようにする」
「……まあ、ええわ。ところで、跡部」

にやっとした笑いに、ろくなことじゃないなと直感する。
この間もこいつのアドバイスとやらを聞いて、
越前との仲にあやうくひびが入る所だった。
ここは無視しよう。
掴んでいる手をかなり乱暴に払う。

「痛あああ!」
騒いでいる間に離れようとする。
が、気付いた忍足が「ちょっと待てや!」と大声を出す。
しつこい奴だ。
言っておくけど俺は相手にしないからな。
そう思っているのに、忍足の言うことに足を止めてしまう。

「越前となんも進展してへんことばれるのが、そんなに怖いんか?」
「何?お前、今なんて言った」
「うわあ、怖い顔。余裕の無い証拠や」
怖い怖いと、忍足はポケット(…!)の中から人形を取り出して愛で始める。
お前のその仕草の方がよっぽど怖い、と呟く。
一体いくつ学校に持ち込んでいるんだ。
呆れている間も演説は続く。

「あれからどうなったかって聞こう思ったけど、
お前の態度からすると一向に上手く行ってないようやな。
その分やとまだ足踏み状態かい」

可笑しそうに人形に笑い掛ける忍足に、ムカムカして来る。
こいつ、よりによって越前とのことを持ち出しやがって。
カチンと来た勢いで、思わず言い返してしまう。

「誰が足踏みしているって?
てめえにだけは言われたくないな。
それにもう、俺と越前は他人が入り込む隙間も無い位の仲だぜ」
「へー、そうですか」
挑発する言い方に、つい熱くなって反論する。
「ああ、そうだ。
越前は俺無しじゃいられない位、夢中になってる。
昨日も一緒だったんだからな」
これは嘘じゃない。
ただテニスしていただけだが、一緒にいたのは事実だ。

胸を張って答えると、忍足は感心したように頷く。

「二人がそこまで進展してたんか。
俺の情報不足やったわ。
ほなら今度越前に確認させてもらうか。ええんやな、跡部」
「ふん、勝手にしろ……」

忍足は「そうするわ」と言って、再び人形をポケットに仕舞い去って行った。
残された俺は奴の姿が見えなくなるまで、余裕の表情を保っていた。
そして完全にいなくなったのを確認してから、
頭を抱える。

(なんであんな見栄を張ったんだ!?
確認するって、どうするんだ俺!)

勿論忍足に言ったことは、口から出任せだ。
越前を落とす所か、距離は未だ1ミリも縮まっていない。
そんな状態なのい、忍足が軽い口調で今の言葉を越前に伝えたら……。
どうなるのか考えただけで恐ろしい。

(怒るだろうな、間違いなく)

『何つまんないこと言ってんの?』
鼻で笑って否定した後、俺に向かって冷たい目を向ける姿が容易に浮かぶ。

だが、ここで諦める訳にもいかない。

(用は簡単なことだ。
忍足が確かめるより前に俺達の仲が本当に進展すればい。
よし、今日会う時、必ず落としてやる!)



今日も跡部は元気いっぱいだ。
根拠の無い自信から、越前を夢中にさせてやると意気込んでいる。
しかし今までの失敗から何をどうしたら良いかとか考えている訳では無く、
勝手に越前に脈ありと決め付けているだけだった。
ある意味正しいのだけれど、やり方は完全に間違えている。
しかしそれを止める者は誰もいなかった。








「越前!」
青学まで迎えに行くと、越前は壁を背にして立っていた。
どうやら早く出て来ていたらしい。
「悪い、待ったか」
「ううん、今出て来た所っす。それに待ち合わせ時間ちょうどじゃん。
謝ること無いよ」
「そうか」
にこっと向けられる笑顔を見て、可愛い……と心の中で呟く。
声に出したら最後、怒られてしまうから。
越前は可愛いと言われるのを、すごく嫌がる。
そりゃ男なのに可愛いと言われても嬉しくないだろう。
気持ちはわかるから、心の中でだけで押さえるよう俺も努力している。

「ねえ、今日は親父がいないから俺ん家のコートで打とうよ。
いいよね?」
「あ、ああ」
越前の父親はあの有名なサムライ南次郎だ。
テニスとしての腕は今でも一流。これは俺も認めてる。
だが性格にはちょっと癖があって、
俺達がコートで打ち始めるとなんのかんのとちょっかい掛けて、邪魔してくる。
それに対して越前が何度も爆発する為、練習にならない。
越前家でのコートを打つ時は、南次郎さんがいない時だけと限られている。

(家にも何度も足を運んでいる、越前の部屋にも入ったことがある)

これはほとんど付き合っているようなもんだろ、と先を歩く越前の後頭部を見て頷く。
大体、あまり人とつるむことを好まないだろう越前が、
こう頻繁に俺と会うことを許しているのが何よりの証拠だ。
に、しても今の距離は縮まらない。
どうしてだ、と首を捻る。
俺達に足りないのは、なんだろう。

「越前」
「何?」
名前を呼ぶと、少し先を歩く彼が振り返る。
向けられる大きな目に、やっぱり可愛いと本日二回目の言葉が漏れそうになった。

隣を歩きながら、俺は今思った疑問を口にしてみた。

「俺達って、結構頻繁に会ってるよな」
「そうかもね。部活の無い時はほとんど顔合わせている」
「だな。他校生でこうして会うやつって、お前は他にいるか?」
「いないけど…何なの」
「俺もいない。わざわざ会うってことは、よっぽど親しい相手だけだよな」
「はあ」

眉を寄せる越前を見ながら、思い切って言ってみることにする。

「つまり、あれだ。
お前も結構俺のこと気にしてるって訳じゃないのか」
「……」
「どうなんだ、そこの所」
そういえば越前に直接確かめたのは初めてかもしれない。
どんな答えが返って来るのだろうと、柄にも無く緊張して唾を飲み込む。

こちらを見ている越前の表情はほとんど変わらない。
だから何を考えているか俺にはわからない。
こんな厄介な相手、初めてだ。
他人の感情なんて簡単に転がして来た俺が、振り回されている。
こんな小さな子供に……。

「俺に聞く前に、もっと言うべきことがあるんじゃないの」
やっと口を開いたかと思うと越前は、それだけ言って横を向いてしまった。
「言うべきことって、おい、答えになってないぞ」
早足になる彼を追う。
しかし「自分で考えれば」と素っ気無く返される。
一体、なんなんだ。
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい、ということはわかった。
しかし理由が見えない。
言うべきことって、ヒントはそれだけかよ。

参ったなと肩を落として越前の隣を歩く。
距離が縮まる所か、悪い方向へ行っているんじゃないか。
まずい。
こんな時に、忍足と会ったら……。


「越前ー、跡部ー!」

間が悪い時に限って、出て来る奴はいるものだ。
俺にって忍足はそういう存在だと認識する。

「ちょっと待ってや。今日は越前に聞きたい…うぐっ!?」
最後まで言う前に、忍足の口を塞ぐ。
そして耳元で低い声で囁く。
「てめえ、こんな所まで何しに来たんだ。あーん?」
忍足はもごもごと口を動かす。
塞いでいる為に聞こえない。
が、外したら最後。さっきの質問を繰り返すに違いない。
ここは気絶させて、放置するべきだろう。
越前から一刻も早く離したい。

そう思って鞄を持つもう一方の手に力を込めた瞬間、
「何してんの、離してあげなよ」と越前が止めに入ってきた。
「越前っ、こいつは人類の敵なんだ、敵っ。だから今ここで始末しておかねえと」
「バカなこと言って無いで、開放してあげなよ。
人が見てるんだから、早くして」
言われてみれば歩道を歩く人が、何事かとこちらに視線を送っている。
通学路で目立つようなことするなと、越前は怒っているみたいだ。
これ以上不興を買いたくないので、黙って忍足から手を離す。

「あー、ああ苦しかった。もう、何や一体。窒息するかと思うたわ。
俺に何かあったらホワイトスノウちゃんが心配するやろ」
そう言って先程見せた人形と違うのを取り出して髪を撫で始める。
こいつ、一体いくつ持ち歩いているんだ…。
往来でそんなもの出すなよ。

「いっそのこと、そのまま気絶すれば良かったのにな。
そうしたらその人形とのいい夢見られたんじゃねえのか」
「聞いたか、ホワイトスノウちゃん。それに、越前!
酷いやろ、鬼や。冷血漢や。
なんでこんな奴と付き合うこと承諾したんや。
一体どこが夢中なのか、詳しく聞かせてや」
「あっ、こら、忍足!」

さっきの仕返しなのか、忍足は恐れていたことを早口でばらしてしまう。
質問された越前は固まったまま、動けない。
忍足の人形を見て驚いているのもあるが、それだけじゃないのはわかった。
「なあ、早く答えてや」
「忍足っ、お前はもう黙ってろ!」
焦って声を上げるが、上手くこの場を丸く収める自信は無い。
この後の越前の反応が何よりも恐ろしい。
立ち直れない程の言葉を浴びせられるんじゃないかと、身構える。


「ふーん……そういうこと」
表情を強張らせていた越前が、ゆっくり口を開く。
「俺が跡部さんに夢中、ねえ」
忍足の方を見て、そして俺の方を見る。
やっぱり、怒ってる!
つまらない見栄なんか張るんじゃなかったと、また後悔した。
しかしもう遅い。

こちらへ近付いてくる越前を見て、自然と体が震える。
越前が怖いっていう意味じゃない。

嫌われたら、口も聞いてもらえなくなる。
会うことさえ拒否されるかもしれない。
そのことが、怖かった。


この後、どうなるんだ。
越前の動向をじっと見守っていると、
俺のすぐ横に立って、いきなり腕を組んで来た。

「ええ越前、!?」
あまりのことに動揺して声が裏返る。
この展開は予想外だ。
ひょっとして腕を折られるのか!?そういうことか?
動揺する俺に、越前はにこっと笑い掛けてきた。

「何?だって俺は跡部さんに夢中なんでしょ?
だったらこの位のことしたって不思議じゃないよね」
「……え?」
「ええ?」

忍足と俺の声が重なる。
当たり前だ。
俺の言ったことは全くの口から出任せで。
だからこんな風に越前が俺に密着してくるなんてあり得ないんだ。
あり得ないんだけど、嬉し過ぎる。
「ねえ?跡部さん。」
越前の体温が感じられるほどのこの距離。
ああ、幸せだと喜びのあまり倒れそうになる。

やはり越前も俺と同じ気持ちだった。
よくわかった。
これからもずっと一緒だからな。
俺はお前のこと大事に大事にするから……!

覚悟を決める俺は、越前にこれ以上も無い笑顔を向ける。
すると越前はすっと表情を変えて、俺の腕をぱっと振り払った。

「越前?」
見せていた笑顔を引っ込めて、ふんと鼻で笑う。
「なんてね、冗談」
「えっ」
「俺が夢中?ありえないから」

忍足と俺を見て、越前はきっぱりと否定する。
「どういう話から知らないけど、嘘言うの止めてくれない。
次は本気で怒るから」
「……すみませんでしたああ!」

間髪入れず謝罪すると、
「わったならいいけど」と言って越前は再び歩き始める。
良かった。
とりあえず一回は見逃してくれるらしい。

「なーんや、跡部。つまらん見栄張ってたんか。
しょうもないやっちゃなあ…って、跡部?跡部?」
忍足が肩を揺さぶる。
けど、俺の耳には届いていない。

「さすがだぜ、越前!
一瞬俺に靡いたと期待させといて、直後に容赦なく落とす。
次は無いと言った冷たい目線にはぞくぞくさせられた。
それでこそ越前。俺の惚れた相手だけあるな!」
忍足がそろそろと後ろ足で距離を取っているのが目に入る。

「うわー。でかい声で何の自慢や。
スノウホワイトちゃん、見たらあかんで。さ、家に帰ろうな」
勝手に言ってろ。
奴になんて構っていられない。
俺が見ているのは越前だけだ。
可愛い笑顔を向けたかと思うと、その口から出るのは冷たい言葉。
けど、いつか夢中にさせてやるからな。絶対にだ。
待先を歩く越前に追い付く為、俺は一気に駆け出した。






「……いい加減一人芝居止めてくれないかな。恥かしい。
俺の言ってること、半分も聞こえていないんじゃないの」

跡部の叫びを聞いたリョーマは、ぶつぶつと小言を言いながら小走りで歩き続ける。
見栄を張るより前に、ちゃんと向き合う努力をすればいいのに。
そんなリョーマの声は、跡部に届かない。

お互い、微妙にすれ違ったままだ。

跡部が今日ついた嘘が本当になるまでどの位掛かるのか。


それは誰にもわからない。


2009年01月23日(金) 恋愛の極意 後編 跡リョ ※跡部の暴走注意。


CASE4:日吉の場合

翌日。
リョーマに逃げられた跡部は幽霊のように校内を徘徊していた。

「越前……シーツの色の件を許してくれるだろうか。
このまま会わないなんてことないよな」
顔色も悪くふらふらと歩く跡部に、曲がり角からやって来た人物がぶつかりそうになる。
「おっと、危ないな」
「危ないって、そっちが余所見してたからでしょ、って跡部さんですか。
こんな所をふらふら歩いていて楽しそうですね」
嫌味な笑顔を浮かべながら言ったのは、二年の日吉だ。
日頃から何かと突っ掛かる日吉の態度には慣れっこなので、跡部は平然として答えた、
「ただふらふら歩いている訳じゃねえぞ。俺の頭の中には常に深刻な悩みが居座っているんだからな」
「その深刻な悩みも一向に解消されていないように見えますが。
ちんたらしている間にもっと悪い事態に変わって行くんじゃないんですか」
「てめえ……何が言いたい」
「さあ」
肩を竦めて、日吉はさらっと跡部の鋭い視線を流してしまう。

(こいつ、俺が何について悩んでいるのかわかっているのか?エスパーか?
そういや宇宙人とか信じてるとか言ってたような。じゃあ、本気でピンチじゃねえか!)

跡部は知らないが、テニス部のレギュラー達はほぼ事情をある程度把握している。
また越前か、と思っているだけなのだが、勘違いした跡部は何も言えなくなってしまう。

「今度は一体なんなんですか。人の顔じっと見詰めて、言いたいことがあれば口に出したらどうです」
「そんなことしなくても、どうせわかるだろうが」
「はあ?」

訳がわからない、と日吉は首を振った。
そして、「ああ」と顔を上げる。

「俺から言えることがあるとしたら、積極的に行動する。その一点くらいっすかね。
他にアドバイスを求められても答えられませんよ」
「あ?」
「失礼します」

そして日吉は廊下をすたすた歩いて行ってしまった。

「アドバイスって、なんのことだ」
跡部は腕を組んで考えた。
「あっ、あいつ。もしかして俺が悩んでいることを読んだ上での返事か?
そうか。シーツのことをいつまでも拘っても仕方無い。よし、積極的に行動するぞ!」
早速越前と会う約束を取り付ける為、携帯を取り出してメールを打ち始めた。
これも跡部が知らないことだが、
レギュラー陣の間で跡部が「恋愛についてのアドバイスを聞き回っている。聞かれたら何か答えを出してやれ」という連絡網が回っている。
日吉はとうとう自分に聞きに来たのかと思って、喋っただけだった。

「日吉の奴、なかなかやるな。UFOの写真を持って歩いているだけある。
今度、越前の気持ちを読んでもらうか」

すっかり変な方向に逸れた跡部は、日吉のアドバイスなら効き目ありそうだとウキウキとした気持ちで放課後を待った。


「それで?」
出したジュースを一気に飲んだリョーマは、むっとした顔を隠すことなく跡部に向き直った。
「テニスするって呼び出しておいて、なんでコートに行かないんすか。どういうこと?」
「焦るなよ」
早くしようよ、と言いたげなリョーマを跡部は手で制した。
場所は昨日と同じ跡部の自室。
なんでこの部屋?と疑問を口にするリョーマを無理矢理引っ張り込むのに成功した。
これも積極的な行動をしようと思った結果だ。
まずジュースを出してなんだか怒っているリョーマを落ち着かせる作戦に出たが、
まだ緊張は解かれていない。
寝室の方をちらちらと見て、警戒している。

(いや、ひょっとして越前も待っているのかもしれないな)
さっきみたいに積極的に出れば、OKを貰える可能性もある。
駄目だったのはシーツの色ではなく、昼寝をしようなどと曖昧にぼかした所為だ。
そうだ、そうに決まっている!
妙に自信を付けてしまった跡部は、満足げに笑った。
それを見たリョーマが顔を引き攣らせるが、気付いてはいない。

「俺はもう遠慮はしないって決めたぞ」
「へえ」
「だからつべこべ言わず、こっちに来いよ」
「……どういうことっすか?」
きょとんとしているリョーマに、跡部は「何も言うな」と頷いて立ち上がる。
そしてリョーマが座っているソファに近付き、小さな体を抱き上げようと近付いた。
「ちょっと、跡部さん!何しようとしてるんすか!」
驚いたリョーマは急いで体を引いて逃げようとする。
ここで逃がしてはいけない。
積極的に、積極的にと呪文のように心の中で繰り返し、リョーマを捉まえようと手を伸ばす。
「シーツの色がそんなに気に入らないのならすぐに取り替えてやる!
お前は何色がいいんだ。言う通りにするから、逃げるなよ」
「シーツの色って!?俺、そんなこと問題にしていないし。テニスしに来ただけだから」
「そう言いながらも期待しているんだろう?わかっているから大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃないよ!」

ぱしっと、リョーマが跡部の手を叩いて逃れる。
「え、越前?」
「帰る。テニスするとか嘘つくの、止めろよ。頭冷やした方がいいんじゃないの?」
「おい、待てって」
「待ってどうすんの。また押さえつけるつもり?チビだからって、馬鹿にすんの止めてくれない」
「俺は馬鹿になんて」
「もう、いい。帰るって決めたんだから」

じゃあね、とリョーマは去って行った。
叩かれた手がじんじんと痛む。
「積極的に出たのに、それも駄目なのかよ」

どうすれば、と跡部は額に手を置く。
根本的に何が駄目なのかまだ何も気付いていない。




CASE5:樺地の場合

越前にメールを送ったが返事が無い。
謝罪の言葉も全く無視されてしまっている。
このまま連絡が取れなくなったらどうしよう。
携帯を握り締めて、跡部は心細さに泣きたくなってきた。

「ウス」
「樺地か?」
ふと顔を上げると、忠実な後輩が側に立っている。
「心配して来てくれたのか?」
「ウス」
「さすがだな、樺地。俺に元気が無いって、わかるのか」
「ウス」
「そうなんだ、越前の奴。俺の気持ちにちっとも気付かないで、逃げてばっかりで嫌になる。
挙句の果てに頭冷やせばとか、俺はもうどうしたらいいのか……」
「ウス」
「そうか。さすが樺地はわかってくれてるんだな。
越前の奴照れ屋にもほどがあるだろ。だから積極的に出たのに、それも駄目らしい。
一体あいつにはどう接するのが一番いいんだ?」
「ウス」
「え?そのままの俺でいいって?さすが樺地、わかっているな!」


意味不明な会話は、5分以上続いた。

樺地は(俺、ウスしか言っていないのに……)と、ぼんやりしていたのだが、
跡部には関係無かったらしい。
ちなみにあまりにも跡部が落ち込んでいるんで、「お前、見て来いよ!」と向日に無理矢理押されてやって来ただけだという。


幸せな解釈をしたものの、越前からの返事が無いままのは言うまでも無い。




CASE6:向日の場合

「よお。跡部。まだ落ち込んでいるのかよ」
「向日か」
越前からの返事がないまま、今日で三日目に突入。
そろそろ限界が近い跡部は目の下に隈が出来て、顔色も悪く見える。
重症だ、と向日が呟く。

「その様子だと、今も越前に無視されたままらしいな」
「……」
肩を落として無言になる跡部に、向日は慌ててフォローを入れる。
「安心しろよ。それなら近々解消するだろうよ」
「なんでそんなことがお前にわかるんだ。お前もエスパーかよ」
「はあ?エスパーって?とにかく越前がそろそろやって来るのは確実だぜ。
今度こそ失敗しないように、良いアドバイスしてやろうか」
「アドバイスは、もういい」
跡部は大きく溜息をついた。
「今まで色んな方法を試したが、結局どれも上手くいかない。
あいつの高感度が上がる方法なんて実は無いんじゃねえかと疑っている」
「それはお前のやり方が全部悪いだけじゃねえのか……」
向日は呆れたような目をする。
それに気付かず、跡部は「そんなことは無い」と背一杯胸を張った。
「俺が良いと思う最善のやり方を尽くしたんだ。間違いねえ」
「間違いだらけのような気がするけどな」
「じゃあ、お前はどんなアドバイスをくれるというんだ。
一緒にバンジーをやれとか言うんだったら、怒るぞ」
「失礼だな。俺のことなんだと思っているんだ。
まー、バンジーは別として、好きな奴に自分が楽しいと思っていることの面白さをわかってもらえたらいいなとは思っているけどよ」
「楽しいと思っていることか……」

ふと跡部は思った。

リョーマはテニスが好きだ。
俺も同じくらいテニスが好き。
とっくに同じ楽しいと思うことを共有している。
なのに発展しないなんて、変じゃないか?
ひょっとして好かれる以前に、越前は俺のことを嫌いだってことか!?

飛躍した考えだが、跡部は勝手に思い込んで落ち込んでしまう。

「俺が言えるのは、そんなことじゃなくてよー、越前になんで今まで色んなアプローチをしたか正直にその気持ちを話すべきって、跡部?おい、どうした?」
「いや、色んな事実に気が付いただけだ」
「そうか。やっとお前もわかったか。頑張れよ」
「……」

何を頑張れ、というのだ。
跡部は力なく手を挙げて、そしてふらふらと外へと歩き出した。
今日も越前との約束は無い。
このまま歩いて帰ろうか。
車に乗る気分じゃない。落ち込んだ自分には徒歩がぴったりだ。
そう思って進んでいると、前方から「跡部さん」と聞こえるはずの無い声が聞こえる。

「越前?」
「出て来るの早かったね。車じゃなくて良かった。
そうだったら捉まえられないかと今気付いてさ。焦ってた所だったんだ」

にこっと笑うリョーマに、これは幻かもしれないと跡部は自分の頬を引っ張った。




そして結論:跡部にアドバイスをしてもしょうがない


「どうして、氷帝にいるんだ」
ぽかんとする跡部に、リョーマはくすくすと笑った。
「向日さんに連絡貰ったんだよね。あんたの様子がおかしいって。
でも案外元気そうで安心した」
「あいつと連絡取り合っているのか」
「たまにね」
リョーマが頷いたのを見て、跡部はぎりっと歯軋りをした。
向日の野郎、いつの間に越前の連絡先を知ったんだ。
明日、きっちり問い詰めてやろうと決心する。

「それより場所変えない?ここだと目立つよ」
門を通り過ぎる氷帝生徒達は、物珍しそうにリョーマに目を向けている。
それに気付いた跡部は「あ、ああ」と頷いて、車の方へと先導していく。
「俺の家だと、やっぱりまずいか?他にどこかゆっくり会話出来るところ探して」
「家でもいいけど。でも、あんたの部屋はパスさせてもらう。
さすがにもう懲りた」
「……わかった。客間ならいいか?」
「うん」

越前が来てくれた。
向日からの連絡というのは気に入らないが、こうして会えたことは喜ばしい。
しかし浮かれ過ぎるのは禁物だ、と跡部は心の中で戒めた。

(俺のこと嫌いだって宣言しに来たのかもしれないからな)

そうだとしたら立ち直れない。
何を言われるんだろうかとびくびくしながら、車は跡部の家へと到着した。


沈黙が重い。
出されたお菓子とジュースを平らげていくリョーマを見ながら、跡部はドキドキしながらこれからの展開を想像した。どう転んでも、良い未来が思い浮かばない。

「それで、今日は……俺に何か言いたいことがあって来たんだろ」
「うん」
いい加減切り出さなければと思って、コップを置いた所で声を掛ける。
するとリョーマは真面目な顔をして、こちらを向いた。

「あのさ。あんたって、何か悩みでもあるの?」
「悩み?」
「うん。最近、おかしな行動ばかりしてたじゃん。あれって、何か悩みがあっての行動かと思って。
この間は腹が立ってメールも無視し続けたけど、向日さんからの連絡にさすがに心配になって来たんだ。放っておいていいかって。
ねえ、何か言いたいことがあったら聞くからさ。話してよ」

真摯な態度のリョーマを見て、跡部は感動に体を震わせた。

(越前は俺のことをちゃんと気にしてくれてる。
嫌われてるんじゃなかったんだ!!)

一瞬で、立ち直ってしまう。
単純だな。この場に向日がいたらそう言っただろう。

「大丈夫だ、越前。悩みは今解消された」
「えっ。そうなの?もう?」
「ああ。馬鹿みたいに悩んでいて損してた。そうだな。あるがままの俺で良かったんだ。
人の意見なんてやっぱり当てにならない。俺は俺の道を行く!」
「……本当に大丈夫っすか?」
「ああ、任せろ!」

高らかに笑う跡部に、リョーマは本気で心配そうな目を向けたがこれも気付いていない。
結局、この数日の問題は跡部の中で完全にリセットされてしまったようだ。





その夜。

「で?結局、跡部の奴は告白も何もしなかったのかよー。俺の話何も聞いていないんだな!」
憤慨する向日に、リョーマは言った。
「そんなけしかけるような真似して言われても嬉しくないっすよ」
「ああ、大丈夫。告白しろなんて、俺は言ってないぞ。それにしてもいいのか?
あいつは言わなきゃわからない奴だってはっきりわかったんだ。これからも苦労するぞー」
「それは重々承知っす」
リョーマは苦笑いする。
「けど、あれでいて可愛い所もあるから。今回は色々暴走したけど、全部俺の為だと思えば、許容範囲っすよ」
「そんなもんかあ?まあ、いいや。何かあったらまた連絡する」
「お願いします」

ぴっと向日との回線を切って、リョーマはベッドに横たわった。

(俺のことでじたばたするの見ていて楽しいけど、そろそろ何が必要なのかわかってもいいと思うんだけど)

好意を受けてるのは見ればわかるのだけれど、
まだ口に出していないから、あえて知らん振りをしている。これがいつまで続くのか。
こっちから言うのは簡単だけれど、図に乗るのがわかっているし、何より悔しいから絶対言ってやらないとリョーマは決めている。

もし、ちゃんと跡部がその大切な言葉を口にしたら。
一言、「好き」と告げたら。

(あの趣味の悪いベッドで、一緒に昼寝してもいいんだけどな)

紫のシーツは無いだろ、とリョーマは小さく呟いて瞳を閉じた。

終わり


2009年01月21日(水) 恋愛の極意 前編 跡リョ ※跡部の勘違い炸裂注意。

越前と、テニスしてテニスしてテニスしてテニスして(以下、エンドレス)、結構打ち解けて来たと思っているのだが、一向に進展する気配が無い。
おかしい。
普通なら、もう越前はメロメロになっていてもおかしくない頃合のはず。
見目麗しい俺様に見惚れて、「跡部さん、素敵……」と頬を赤らめながら言ってもいいんじゃないか。
なのにあいつの口から出るのは、「まだまだだね」の素っ気無い言葉ばかり。
どうやら今までのやり方が通用しないようだ。
だったら、どうしたら良いか。
自慢じゃないが、庶民的なアプローチの仕方がわからない。
困ったなと腕を組んでいると、忍足が声を掛けて来た。

「どないしたん、跡部。偉い悩んどんな。また越前絡みか?」
「うるせえ、放っておけよ」
「まあまあ。これでも恋愛については人より詳しいんやで。相談してみたらどうや?」
「俺が?お前に?」
忍足は自信満々な顔をして、頷く。
気乗りはしなかったが、庶民により近い忍足なら何か知っているかもしれない。
藁にも縋る勢いで、聞いてみることにした。




CASE1:忍足の場合

「まず相手を大事に思うているアピールが必要や。そこが一番重要やで」
「ほお。それは思いつかなかった」
「せやろ。お前は一番自分が大事みたいやからな。
けど逆に今までの印象をがらっと変えると、この人私のことを本当に大切に思ってくれてる?素敵!とそのギャップに萌える訳や。わかったか」
多少引っ掛かる表現があったが、跡部は忍足の言うことをメモに取った。
「それで具体的に、どういうやり方が効果的なんだ」
「一番重要なのは、手袋を付けて相手に触れることやな」
「は?手袋?なんだそれ。意味わからねえぞ」
「あほ。お前、まさか素手で直接触れるようなハレンチな真似してへんやろうな」
「そりゃ、ちょっとは……」
肩を抱こうとして失敗したけど、と言葉を濁す。
「それが問題やったんや!素手はあかんで!壊れ物を扱うみたいに相手を大事にする。
その気持ちをさり気なく伝える為の手袋や。わかったか」
「そ、そうか」
忍足の気迫に、跡部は思わず頷いた。
庶民の付き合いとは、なかなか難しい。
しかしやってみなければ始まらない。


早速、リョーマと会う前に手袋を用意してスタンバイする。
「よ、よお。越前」
「あれ、跡部さん……手袋なんかして珍しいね」
反応してくれた!
これが必要だったのかと、跡部は驚いて目を見開く。
やはり自分はまだまだ勉強不足だった、と反省までしてしまう。

「さあ、打とうぜ」
「いいけど」
さりげなく手を取ろうとしたが、さっと避けられる。
おかしい。忍足の言う通りなら、ここは感激する場面じゃないか?
なのに越前は不審者を見るような目で見ている。
「手袋したままテニスするんすか?ラケットを汚したくないって訳?」
「いや、そういう訳じゃ」
「怪我しても知らないよ」
そう言って、越前はさっさとコートに向かう。

……全然、駄目じゃねえか!

翌日、跡部は忍足の元へ真っ直ぐ向かった。
「忍足!てめえ、出任せ教えやがったな?何が手袋だ。ふざけんな」
「なんでや。俺はほんまのことしか言うてへんで?」
そう言って、忍足は鞄をごそごそ探って中から小さな箱を取り出した。
「見てみい。俺のエコちゃん。デリケートやさかい、こうして手袋でしか触れられんのや。
けど、大事に扱うてくれてる侑士素敵ーって声が今日も聞こえる。わかるか?これが愛や」
「わかるかああああ!」

その後、忍足は跡部に締め上げられました。




CASE2:宍戸と鳳の場合

忍足の馬鹿野郎。何が手袋だ。
越前に変な目で見られたじゃねえか!
今後はどうやって対応しようかと、跡部は腕を組んで唸った。
廊下の窓に背を凭れて、うんうん唸っているので否応無しに目立つ。
しかしそれを気にする跡部では無い。
遠巻きにしている生徒の中、通り掛かった宍戸が声を掛ける。

「あれ。跡部じゃねえか。こんな所で何威嚇してるんだよ」
「宍戸……か。お前に聞いてもな」
「はあ?なんかムカつく言い方だな。なんなんだよ、ったく」
さっさと離れようとした宍戸だったが、遠くから聞こえる呼び声に結局足を止めてしまう。
「宍戸さんー!宍戸さんー!」
「長太郎、声でか過ぎだぞ」
パタパタと小走りでやって来た鳳に、宍戸は叱るように腰に手を当てて言う。
「あっ、すみません。つい」
「これから気をつけろよ。それにしてもこんな時間に珍しいな。どうしたんだ」
「宍戸さんに頼まれた本、持って来たんですよ。ちょうど次が移動教室なんで、ついでに」
「帰りにも会うからその時でも良かったのに、悪いな」
「いいえ。宍戸さんも早く読みたいだろうと思って」

自分を無視した世界を作っている二人に、跡部は呆れた目を向けた。
その視線に気付いた鳳が「あっ、跡部さん。こんにちは」とおざなりな挨拶をする。

「…相変わらず仲いいな、お前ら」
「別に、普通だろっ」
「え?そうですか?そう見えます?」
宍戸は慌て気味に、鳳は困ったようにでも嬉しそうに言う。
「なあ、ちょっと聞いていいか。お前らって前はそこまで仲良くなかったよな。
どうやって、そこまで距離が近くなったんだ」
跡部の言葉に、二人は顔を見合わせる。

「どうやっても何も。そんなのしてねえよ。なあ、長太郎」
「そうですよ。お互い誠意を持って接していたら、自然に仲良くなるものです」
「何言ってるんだよ、お前」
「いやあ、だって本当のことですし」

またしても二人の世界に入った二人を無視して、跡部は(誠意か……)と頷く。

これは馬鹿忍足と違って、少しは参考になりそうだ。


俺様の誠意を越前に見せてやる!
意気込んで、跡部は越前に会いに行った。


「越前。今日の俺はいつもと違うぞ」
「はあ?」
「ほら、既にお前の好きなファンタを買っておいた。これを飲め」
「……どうも」
「それからこの前、お前が欲しいと言っていた新しいシューズ。
それも用意しておいた」
「えっ。わざわざ買ったんすか!?」
なんで、と驚いたように越前は固まっている。
ここは喜ぶ所のはずなのに、予想と違う反応に跡部は戸惑ってしまう。
「いや、その。欲しいって言ってただろ?」
「駄目っすよ。そんなの。買ってもらう理由が無いじゃん」
「理由って、お前が欲しがっているからってだけで十分だろ」
「でも跡部さんから貰う理由は無いよ。だから悪いけど遠慮しておく」
「越前……」

今まで付き合った女達は、欲しいものをやれば皆喜んでくれた。
なのに越前はいらないと言う。
一体、これはどういうことだ。
相手の望むのもを与えるのは誠意と違うのか?と跡部は頭を抱えてしまう。
それにしても、このシューズどうしよう。
途方に暮れていると、リョーマが「あのー」と声を掛けてくる。

「返品するのも跡部さんに悪い気がするから、買取りさせてもらうよ。
お金は明日でいい?」
「あ、けど俺が勝手に買ったものなのに、そんなことをさせる訳には」
「いいよ。どうせ新しいやつ買おうと思っていたから。母さんに頼んでみる。
でも今度からは、俺に何も言わず勝手に用意しないこと。いい?」
「……はい」


結局作戦失敗か、と跡部はしょんぼりと項垂れた。

誠意とは何か根本的にわかっていないのが問題だと、気付いていない。





CASE3:ジローの場合


「結局、誠意というあやふやなものも通じない。
越前には何が効くんだ。誰か教えてくれ」
ぶつぶつ言いながら、跡部は校内を歩いていた。
悩み続けて数日。
跡部の奇妙な呟きに、氷帝の生徒も徐々に慣れて始めている。
ほとんど注目されることなく、跡部は(越前……)と呟いて、ついには外へと出た。

そして歩き続けていると、何かに躓いて転びそうになる。
寸での所で回避した所で、跡部は気付いた。
道を塞いでいたのは、寝転んでいたジローだった。

「おい、ジロー!こんな所でなんで寝てるんだ。風邪引くぞ!誰も注意しないのか!?どうなってるんだ、一体」
「あー、跡部だー」
大声に、ジローは目を覚ます。
のんびりとした口調に、まだ起きていないんだなと思い、起き上がるよう指示をする。
でないと、またすぐに眠ってしまうからだ。

「天気が良かったからー、陽が当たる所で寝たくてここに来たんだー」
「せめて芝生で寝ろよ。全く」
「んー、行く前に眠くなってつい横になった」
「……そうか」

無邪気に言うジローに、それ以上説教をする気が失せる。
そんなことよりも自分はもっと大事な問題を抱えている。
越前のことだ!
もうジローは放っておこうと思った瞬間、制服を引っ張られた。

「なんだ、ジロー」
「最近の跡部、悩んでいるって噂を聞いたけど本当?」
「べ、別に悩んでなんか無いぞ」
噂ってなんだ、と跡部は動揺する。
自分で何もばれて無いと思っているのだが、所構わず物思いに耽るので周囲にはバレバレだった。

「けど何かあるなら。話してみてー。俺じゃ解決出来ないかもしれないけど」
「そうだな……」
こんなジローだが、実は結構女子生徒から人気がある。
可愛いとか、そんな応援の声もあると跡部は知っていた。

(一応、聞いてみるか)

駄目もとで、跡部は尋ねてみた。

「なあ、ジロー。仮の話でだ。お前に好きな子がいると考えてみろ。
その子との仲を進展させたいと思ったら、お前ならどうする?」
「んー、俺?そうだな。一緒に昼寝に誘ってみるよ」
「はあ?昼寝?」
無駄だったかと、跡部はがっくりと肩を落とす。
この意見も参考になりそうにないなと首を振っていると、ジローが「越前君なら、一緒にしてくれるかもよ」と言う。
「なんで越前がそこに出て来るんだ。関係無いだろ」
「あれ、跡部の好きな子って越前君じゃなかったっけー。違うのなら別にいいや。
今の意見無しでいいよー」
「待て。聞かせろ」

何やら攻略のヒントを持っていそうな言い方に、今にも歩き出しそうなジローの腕を掴む。

「んーっと、越前君もお昼寝好きなんでしょ?試合会場でよく寝てる所が俺に似てるって、前に忍足から聞いたことがあるー」
「あいつからの情報か。ろくでもないな」
「まあまあ。それでさー、跡部も越前君の好きなことに付き合ってみたら?
お昼寝って楽しいねって話が弾んで、そうしたらもっと仲良くなれるかもしれないじゃん」
「そんな上手いこといくか?」
「さあ?わかんない」
「……おい」

けれど、なかなか良い意見な気がした。

早速試してみるか、と跡部は休日に自宅のコートでテニスしようと越前を誘った。



そして当日。
越前と一頻りコートで打った後、用意させておいた風呂を使ってもらっている間に、
跡部は準備を進めていた。

「お先に、って跡部さん、もう入ったの?」
「ああ、シャワーでざっとな」
リョーマが自室に来た時には、準備をしておくべきだと思ったからだ。
爽やかな笑顔を浮かべ、跡部は「こっちに来いよ」とリョーマを手招きした。

「え?何?」
「今日は疲れただろう。今からちょっと休もうぜ」
「は?どういうこと?」
「お前の為に特別にベッドを用意させた」
「え?ええ!?」

リョーマの腕を引っ張って、寝室へと連れて行く。
今日の為にと用意したキングサイズのベッドが中央にドンと置かれている。

「今からなら昼寝するのにちょうど良いだろ。
俺も隣で一緒に付き合う。さ、ゆっくり寝ようか」
「……いい、眠くないから」
「越前?休むだけだぞ。何故、そんな目で俺を見る」
「本当に昼寝の気分じゃないんで。今日はもう帰ります」
「おい、越前!」
「バイバイ」

ダッシュで越前はその場から逃走してしまった。
取り残された跡部は、呆然としたまま用意したベッドに目を向ける。

「シーツの色が、気に入らなかったのか?それならそうと言えよな」



そこじゃないと突っ込みを入れる人は、この場にはいません。


2009年01月17日(土) 向日から見た跡→リョ

「なあ、岳人君。今日の放課後。面白いもん見に行かへんか?」
「断る!」
「えっ、即答!?」

忍足の誘いの言葉に、向日はきっぱりと拒絶の意を示した。
何故なら彼のろくでもない趣味に付き合わされそうだと判断したからだ。

「侑士のことだ。どうせ新しい人形買いに行くのに付き合ってくれとかそういうのだろう。
悪いがパスさせてもらう。もうこりごりだ」
「人形とちゃうわ!フィギュアって言えや、こらあ!」
「同じだろ。どうせ」
「全然違う!俺の崇高な趣味を間違えたら困るわ」
そして何かのキャラの名前を呟いて、忍足はハァハァと鼻息を荒くする。
ついていけねえ、と向日は呟いた。

「なんでもいい。とにかく俺は忙しい。一人で行けばいいだろ」
「今日は買い物とちゃうで。ほんまにびっくりする程面白いって、忙しい言うてどうせバンジーしに行くだけやろ。ちょっとだけ付き合えや」
忍足の必死な形相に、向日は顔を顰めつつ一応聞いてみた。
「本当にお前の趣味と無関係だろうな?人形だけじゃなく、ポスターも薄っぺらい本も禁止だぞ」
「せやから人形と違うて」
「どうでもいいよ、そんなの」

とりあえず理解出来ない趣味とは無関係だと確認してから、
向日は忍足の言う思い白いものを見に行くことにした。




「って、ここ前にも来たことのあるストリートテニスじゃねえか」
「そうや」
忍足は胸を張って答える。
もったいぶって来たかと思えば、ここかよと向日は肩を落とした。

一度、跡部が面白いものが見られるかもしれないと言って、
ちらっと氷帝のレギュラー達で寄ったことのあるストリートテニス場だ。
あの時は青学の桃城と、越前に会ったんだよなあと思い出す。
そういえば。
跡部はやたらとあのちっこい子を気にしていた。
全国大会の間も何かと近くをうろうろしていて、怪しい動きも見せていた。
あれから、どうしたんだろう。
もし向日の考えていることが当たっているのなら、跡部は簡単に諦めたりしない。
今も口実作って、越前の周囲を徘徊しているのかもなあ、と思う。
不審者と間違えられて、捕まったりしてないだろうな。
つらつらとそんなことを考えていると、忍足が「岳人」と袖を引っ張って来る。
「なんだよ」
「来たで。面白いもんが」
「はあ?なんだよ……って、跡部と越前じゃん」

向こうから歩いて来るのは、今考えていた跡部と越前だった。
なんだ、やっぱり越前の周りをちょろちょろしてたのか。
けど一緒に歩いているってことは、報われたのだろうかと向日は二人の様子をじっと見る。

すると向こうも気付いたみたいで、
越前が「あ、」と声を上げて、
跡部が「げ」と嫌そうに顔を歪めた。

「お前ら、なんでここにいるんだ!?まさかテニスしようって訳じゃないだろうな」
「ちょっと通り掛かっただけや。怖い顔して、いややなー」
跡部は真っ直ぐ忍足に向かって、文句を言って来た。
さすが、誰がここに来ようと提案したか見抜いているらしい。
その間に向日は越前の顔を見ると、「どうも」と素っ気無い挨拶をされる。

挨拶されただけマシか、と向日は思った。
何しろ越前リョーマの生意気ぶりの噂はよく聞いてる。
なので気を悪くすることなく、「よお」と普通に返した。

「お前、今から跡部とテニスするのか?」
「まあね」
こくん、と越前が頷く。
「へえ。あいつとここで何度か打ってんのかよ」
さりげなく向日は二人の様子を尋ねた。
越前の返事があまりにも自然だったから、今日が初めてという感じには見えない。
越前はすぐに向日の問いに答える。
「うん。大体、週に1度は打ってるっすよ」
「ふーん。結構な頻度で会ってるんだな」
「そうっすか?」
よくわからない、というように越前が首を傾げる。
もっと色々なことを探り入れてみようと向日が口を開きかけるが、
「おい、お前らいつまで喋っているんだ」と跡部がいきなり割り込んで来た。

「侑士と仲良く喋っているから、こっちはこっちで会話してただけだろ」
ちらっと後方を振り返ると、忍足はやや放心した顔で立ちすくんでいる。
どうやら跡部に締め上げられたらしい。
気が済んだ所で、こちらに向かってきたのだろう。
越前を隠す形で、睨んで来る。

「そうかよ。じゃあ、もう会話は終わりだな」
「はあ?なんだよ、それ。久しぶりに越前と会ったんだから、別に話くらいしてもいいだろ。
お前はいつも会っているみたいだから、構わないみたいだし」
「別に、いつもって訳じゃ……」
そう言って、跡部は少し顔を赤くする。

(照れてる!?跡部が?うわー、なんだこれ。こっちが痒くなってくる)

ぞわっとした感覚に、向日は体を震わせた。
照れる跡部。
ものすごく珍しいもので、想像以上の衝撃を受けてしまった。

「ねえ」

跡部の後ろから、それまで黙っていた越前が顔を出す。
「あんた達もテニスしに来たの?だったら、ちょっと俺とも打ってよ」
「なっ、越前!今日は俺と打つって約束しただろ」
正気に返った跡部が、慌てて声を上げる。
「別に跡部さんと打たないとは言ってないよ。ただ、この人達ともテニスしたいと思って」
「こいつらはいないものと考えてくれ。ここに存在しない。幻だ!」
「何それ、無茶苦茶」
越前がむっとして答えると、跡部は僅かに怯んだ。

(力関係が丸わかりだな)

面白い、と向日が笑いを堪えていると、越前がまた「ねえ、いいよね?」と声を掛けて来る。
「あー、俺もお前と打ってみたいとは思っていたけどラケット持って来てないんだ。悪い」
「え、そうなんだ」
「ほら!こいつらとはもう打てないってわかっただろ。さあ、越前。俺との時間を楽しもうぜ」
「……」

必死過ぎる。
逆に痛々しいと、向日は額に右手を当てた。

「そういう訳だから、残念だったな」
「あ、良かったら。俺のラケットで打たない?予備のがあるんだ」
「越前ー!」

跡部の叫びを無視して、リョーマが「ほら」とラケットを取り出しくる。
ここまで誘われて、断るのも悪い気がしてしまう。

(こいつと打ってみたいと思っていたのは、本当だからな)

跡部がすごい表情で見ているのはわかったが、向日はラケットを受け取った。

「じゃあ。打とうぜ」
「うん!」
嬉しそうな顔をする越前と逆に、落胆する跡部。
実に対照的だな、と向日はまた吹き出しそうになる。

「悪いな、跡部。越前とちょっと打たせてもらうな」
「跡部さん、後でゆっくり相手してもらうから。待ってて」
「あ、ああ……」
渋々という感じで、跡部が頷く。体は小刻みに震えている。
相当、我慢している様子だ。

向日と越前の二人でコートへ向かう為歩き出すと、すぐ後ろでなんだか唸り声が聞こえる。
振り返ると、また跡部が忍足を締めているところだった。
がくがくと体を揺さぶられてる忍足は、なんだか幸せそうな顔をしている。
締められ過ぎて、白昼夢でも見ているのだろうか。
可愛い人形に囲まれた夢だといいな、と向日は心の中で合掌する。

「忍足さん、大丈夫かな」
「えっ、ああ。あいつのことだから平気だろ」
意外にも越前が気遣うような言葉を発する。
ほとんど顔を合わせたことも無い忍足に何故、と向日は疑問に思った。
そして、気付く。

越前の視線は意識を失い掛けている忍足に向かっていない。
八つ当たりしている跡部の方を見ている。

「なんだ……跡部の奴が無茶するって心配してんのか?」
そう言うと、越前はぱっと顔を上げて激しく否定する。
「心配なんかしてない。けどあんまり酷いことするのは良くないんじゃないかと思って」
「だったら俺と打ってなんかいないで、跡部だけに構ってやれよ。
お前ら、付き合っているんだろ?」

向日の言葉に、越前は一瞬言葉を詰まらせた後、「違う違う」と首を横に振った。
「付き合ってなんかいない。
大体、あの人……そういうこと何も言わないし」
「でも、態度でわかってんだろ?」
「態度って言われても、ねえ」

告白すらまだだったのかと、向日は驚愕する。
跡部の奴、何をもたもたやっているのかと。

(いや、それとも……)

これだけアピールしているから、わかっているだろう!と思っている節がある。
自分の気持ちを悟って当然。
今までそれが当たり前な感じで生きてきたから、越前に対してもそんな勘違いが通ると考えているのかも。

(だとしたら、相当まぬけだな)

忍足に構っている場合じゃないだろ、と向日小さく首を打った。


「まあ、あいつの俺様ぶりは筋金入りだからな。
俺の方からさりげなく誘導してやろうか?さっさと気持ちを伝えろよって」
なんで跡部のフォローしているんだと思いつつ、向日は思いついたことを口に出した。
あいつのことだから、間違った告白をしそうだから、普通にするよう指導もいるかもしれない。
変な演出は止めろとか、告白通り越してプロポーズするなよとか注意事項は山ほどありそうだ。

しかし向日のそんな申し出を、越前はきっぱりと「言わなくていいよ」と断る。
「なんでだよー。跡部のことだから、順序とか全然わかってないと思うぞ」
素直に聞いておけよ、と念押しするが越前は頑として首を縦に振らない。

「人に言われて行動を起こすって、なんか嫌だな」
「でも越前が思ってる以上、跡部の思考は変だぜ。何が駄目なのか、気付くのに時間掛かるかもしれないな」
「うん、いいよ。それで」

越前が頷く。
そして、にやっと人の悪い笑みを浮かべる。

「気付かないままなら、このまま生殺しを続けるだけだし。
正直、じたばたしているあの人見ているの楽しいからね。
まあ、他の人に迷惑掛けるとなるのはちょっと気が引けるけど」

忍足を締めながら、跡部はこちらを睨んでいる。
正確には、越前と親しげに喋っている(ように見えるだけだが)向日にハッキリとした敵意を向けている。

「越前、お前……確信犯かよ!?」
「えっ、なんのこと?」

今度は一変して可愛らしい笑顔を向けて、越前は口を開く。
「じゃあ、テニスしようか」
「俺を誘ったのも、跡部の反応を見る為かよ!?」
「あんたとテニスしたかったのは本当。さ、早くコートに入って」
「……この子悪魔め」

跡部の奴、とんでもない相手を好きになったもんだな、と向日は痛む頭を押さえた。

越前のことを好きなのに、告白?俺の気持ちはわかっているんだろ!察しろ!な跡部と。
告白するまでは知らん振りを決め込んで状況を楽しんでいる越前と。

付き合ったら、どうなるんだこの二人……と想像して、身震いをする。

(まあ、二人が進展するかどうかはちょっと興味あるけどな。たしかに、面白いものかもな)


これからは遠くから、そっと様子を伺おうと向日は決めた。
今日みたいに巻き込まれるのはごめんだ。
こういうのは、被害の及ばない所から観測するに限る。

情報を提供してくれた忍足は、跡部の足元で幸せそうな笑顔を浮かべて座り込んでいる。

(後で、回収だけしておくか)

すごい顔している跡部は、越前に任せておけばいいだろう。
多分、機嫌を損ねた後の対処法も心得ているはずだ。
子供かよ!という拗ねっぷりも、あの子悪魔に掛かれば案外簡単に治るかもしれない。



「向日さん、行くよ!」
「おう、来いよ」

とりあえず跡部の機嫌は置いといて。
今は折角越前と打てる機会を楽しもうと、向日は気持ちを切り替えた。


チフネ