チフネの日記
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2008年12月26日(金) 2008年 リョーマ誕生日 小ネタ  不二リョ (生意気番外編)

今、俺は好きな人の所へ向かっている。
飛行機に乗って、遠い場所目指している。

会うのは約四ヶ月ぶり。

何しろ恋人と俺との間にある距離は半端じゃない。
会いたくなっても、すぐに会えない。
日本とアメリカ。
長距離恋愛にも程がある。
下手すると一年会えるかどうかも怪しい。

(不二先輩)
早く会いたいなあ、と呟く。

最後に会ったのは、夏休みの間だ。
なんと先輩は短期留学という名目で俺に会いに来てくれた。

嬉しくて、舞い上がってしまったのが悪かったんだと思う。
親父にばれて、先輩が遊びに来る間ずっと邪魔されてしまった。
二人きりにさえないようにしたり、遊びに行っても追いかけて来たり。
思い出しただけで腹が立つ。
俺の家に泊まりに来てくれた時も、何故か親父は廊下に布団を引いて、
「ここで聞いてるからな」とにやけた顔で言うし。
最悪!折角先輩と同じ部屋で寝るチャンスだったっていうのに、最悪だよ……。

落ち込む俺と反対に、先輩は笑いながら「これじゃしょうがないね」と言った。
何それ。
そんなあっさり諦められるもんなの?
久しぶりに会ったのに、頑張って二人きりになろうと思うのが恋人ってもんでしょ。
ちょっとムカついたけど、こんな所まで会いに来てくれた先輩の誠意は認める。
だから俺は不満をぐっと飲み込んだ。

そして短い夏は終わって、先輩はまた日本へ帰って行った。

当然、親父に対しての怒りは簡単に収まるものじゃない。
しかしどうせ仕返しするならと、俺はあることを思いついた。
悟られないように静かに計画し、親父のコレクションを別の場所へ移す。
そして母さんにばらされたくなかったら、旅費を出せと約束を取り付けた。
少々苦労したが、今日のことを思えばなんてことは無い。

今日、俺の誕生日に先輩と会えるんだ。

(待っててね)

見えて来た日本の上空に向けて呟く。
長かった空の旅もようやく終わる。




予約しておいたホテルは後回し、と俺は真っ直ぐ不二先輩の家へ向かうことにした。
一秒でも早く会いたい。
その気持ちが、俺を駆り立てる。
タクシーを急がせて、先輩の家にやっと到着する。

迷うことなくインターフォンを押す。
『はい』
先輩のお母さんの声だ。
「すみません。越前ですけど、不二先輩はいますか?」
『あら、越前君?今そこにいるの?ちょっと、周助』
途端バタバタと家の中から足音が聞こえる。
先輩が玄関に向かっているのだろうか。
わくわくする気持ちで、中を覗き込む。

「越前!」

息をやや切らした先輩が、飛び出してきた。

(やっぱり格好いい)
思わず見惚れてしまう。
この人が俺の恋人なんだって、大声で叫びたい位だ。

少し背が伸びたかもしれない。
身長差が更に開くのは面白くないが、恋人が格好良くなったことは素直に喜ぼう。
しかしこれだけ素敵だと、周囲が放っておかないだろうと別の心配が出て来る。
遠くの恋人より近くの私を選んで!とか言われたりしないだろうか、先輩は昔からモテるから……。

「越前!聞いてる?」
「あ、先輩」
「どうしたの、ぼんやりして」
心配そうに先輩が、顔の前で手を振る。
少し想像の世界に飛んで行ってしまっていたことに気付き、笑って誤魔化す。
今は先輩に集中するべきだろう。
一秒でも時間は無駄に出来ない。

「先輩。今から俺が予約したホテルに行きましょう。すぐに。
今日はそこで一泊しよう」
「え、ええ!?」
「そこなら邪魔者も入って来ないはず。さあ早く!」

先輩の腕を引っ掴んで、外に連れ出そうとする。
が、逆に引っ張られて、中へと入れられてしまう。
「越前、声大きい……。ご近所迷惑は駄目だよ」
「すみません」
「僕としてはどこか行くよりも、君がここにいる理由を知りたいんだけど」
「それは、愛の力でなんとか」
「嘘でしょ」
「う、うん」
「僕は君宛にプレゼントを送ったんだよ。何故本人がここにいるの?」
「すみません。親父を脅して旅費を出させました」
「そんなことだろうと思ったよ。全く」

ふう、と先輩は腰に手を当てて、呆れたように溜息をつく。

「先輩。怒ってる?」
急に心配になって尋ねてみる。
押し掛けて来たのを戸惑っているのかもしれない。
やっぱり予告しておくべきだったかなあ、と後悔する。
俺としてはちょっとしたサプライズのつもりだったんだけど。

「怒ってないよ」
先輩は一瞬間を開けてそう言った。
「本当に?」
「びっくりしただけ。越前は行動力があり過ぎる。ちょっと侮っていた」
「先輩と会う為だから、当然っす」
「簡単に言うなあ」

ハハ、と先輩が笑う。
白い歯が除く。その爽やかな顔にさえ、ドキッとさせられる。

「越前。実は今ね、父さんが帰って来てるんだ」
「えっ」
「だからホテルに泊まることは出来ない。
今日は皆で過ごそうと決めてるから」
「そ、っすか」

肩を落として、荷物をぎゅと握り締める。
俺、バカだ。
先輩の都合を聞かずに、勝手に来るなんて。
大人しくアメリカにいて、先輩のプレゼントを待っていれば良かった。
勝手に舞い上がって押し掛けて、本当何やってるんだろう。

首を縮める俺に、そっと先輩が手を差し伸べて来る。

「越前。おいで」
「え?」
急に手の中の重さが消える。
先輩が俺の荷物を持って、家の中へ運ぼうとする。
「ホテルは無理だけど、一緒に、僕の家族と過ごそう?
クリスマス・イヴと、君の誕生日。そのお祝いをしよう」
「い、いいの?」
どもりながら言うと、先輩は「勿論」と言って笑った。

「君も僕の大切な人だから、一人で帰す訳ないじゃないか。
誕生日、いっぱいお祝いしてあげるからね」
やっぱり格好良い!さすが不二先輩だ。
一生この人にどきどきさせられるんだろうな、とそんな予感がした。

「うん、お願いします!」
「まーた変な期待してる」
「そんなこと、あるけど」
「あるんだ!?あのさ、越前って僕の体目当てだったりする?」

苦笑する先輩に、俺はきっぱりと言い切った。

「体だけじゃないよ。心も、くっ付いていたいよ。
でも、ここまで焦らされて結構限界。
早く先輩を俺に下さい」
「……」

思ったことを素直に伝えると、先輩は深く深く溜息をついた。
またまずいことを言ってしまったようだ。
正直な気持ちを上手に伝えるって難しい。
あまり言葉が得意じゃない自分のことを、少し歯痒く思う。

「あのさ、越前」
「はい」
緊張しながら上を向くと、真剣な顔をした先輩と目が合った。
「声を抑えるって約束出来る?」
「は?声?」
「そう。僕の部屋は2階の奥なんだけど、
隣には裕太がいるからあんまり音とか立てるのもちょっとまずいんだよね。
それでもいい?」
「え、っと」

先輩は表情を改めて、にっこり笑った。
優しいだけの表情じゃない、逆に切羽詰まっている感じだ。

「あー、やっぱり無理だよね。
夜、こっそり抜け出して越前のホテルに行こうか。そうしよう。
その方が気兼ねしなくて済むし」
「先輩?」
「ごめん。いい加減我慢も限界だったんだけど、
今の越前の言葉でぶち切れたみたいなんだ。
悪いけど、今夜はとことん付き合ってもらうよ」
「それって、OKってこと?」
「勿論。まさかここで怖気付いたなんて、言わないよね?」
確認されて、思い切り首を横に振る。

有り得ない。
もうずっと、この人が欲しいと望んで来たのだから。
嬉しいという気持ちしか無い。

「当然。先輩こそ、逃げないでよ」
「……ここまで待ったんだから、逃げも隠れもしないよ。
さ、おいで。皆に紹介するから。
暖かいお茶を飲んで、それから今夜どうするかゆっくり決めよう」
肩を抱く手に押される形で、玄関へ促される。

「そうだ、越前」
「ん?何?」
「誕生日、おめでとう。まだ言ってなかったね」
「あ、ありがとう」
「どうせならプレゼントも一緒に渡したかったな」

少し残念そうに言う先輩に、俺は「これからもらうから」と言った。

そう。今夜こそ。
一番欲しかったものを、先輩がくれるのだから、それだけでもう十分だった。

終わり


2008年12月25日(木) 2008年 リョーマ誕生日 小ネタ  塚リョ

「ねえ、越前君。知ってる?
日本では誕生日を迎えた人はお祝いとして恋人に生クリームを塗った体を差し出すんだ。
舐めてもらって、1つ年を取る。そういう風習があるって、知らなかったでしょ」

さすがに嘘だろうと、リョーマは思った。
今まで色々騙されて来たが、もう感嘆にはいかない。
だが目の前の食えない先輩に反論したら「僕が嘘をついたって言うの?」と、
目を開けて説得してくるに違いない。
だから、こんなことを言わせるよう仕組んだ本人に直接文句を言おうと思った。
今は右から左に不二の言葉を受け流すのみだ。



「何考えてんの!体にクリーム塗るとかバカじゃない?
不二先輩にあんなこと言わせて、俺が信じると思ったら大間違いだよ。
バカにしてんの?」

あまり人前でべらべら喋る内容では無いので、リョーマはその日の夜、手塚を自宅へ呼び出した。
夕飯後という時間にも関わらず、手塚はのこのことやって来た。
自ら手塚の家へ押し掛けてやっても良かったのだが、向こうの自室だと何のかんの言って、
押し倒される危険がある。
自分の家だったら、不埒な行為に及ぶと同時に南次郎が飛んで来る。
『人の家で何やってるんだー!』
南次郎は交際は認めても、そういう事までは認めていない。
前にも手塚は叩きだされた前例がある。
だからリョーマは家に来いと手塚にメールを打ったのだ。

「越前、今日は何の用だ。俺に何の話がある」
期待に満ちた口調がまたムカつく。
おそらく不二から「話はしておいたからね」と報告を受けたのだろう。
リョーマがその件で恥かしがって相談をしてきた、と手塚は解釈していたらしい。
なので部屋に入ると同時に、リョーマは「ふざけんな」と叫んだ。

言われた手塚はきょとんとした表情をしている。
まさか怒られると思っていなかったようだ。
その顔を張り飛ばしてやりたい。
目から星が出る位にね、とリョーマは呟く。

「どうした。恥かしがることは無いんだぞ。日本の常識を受け入れろ」
まだそんなことを言って誤魔化そうとする手塚の足をぎゅっと踏む。
「その常識を考えたのはあんただろ」
冷たく言い放つと、手塚はわずかに視線を逸らす。
「いや、俺は何も」
「菜々子さんに確認取ったよ。生クリームを塗る習慣なんて無いって。
それでも言い訳するつもり?」
「いや、地域限定の習慣だから」
「あんた限定だろ!」
腹が立ってきて、リョーマは大声を出す。

「そんな嘘をついてまでして、俺に何をやらせるつもりだった訳?
変態プレイがしたいのなら、他の人を探してよ。しかも誕生日に……もう嫌だ」
「待て、越前。この程度のことで変態なんて言ってはいけない。
世の中にはまだまだ広くて深いんだからな」
「そういう問題じゃない!」
ずれたことを言う手塚に、リョーマの頭が痛くなってくる。

「誕生日なんだよ?祝ってくれる気が無くて、考えてるのはHなことばっかりって。
それで本当に恋人なの?」

情けない、と床に座り込む。
いつもいつもそんな事ばかり考えているなんて、やれればいいんじゃないと思っているのだろうか。
今になって手塚の心を疑ってしまう。

そんなリョーマの気持ちが通じたのか、手塚もしゃがみ込んでリョーマと同じ目線を合わせて来た。

「恋人じゃなきゃ、なんだと言うんだ。
俺はお前のことが好きだ。毎日、バカみたいに考えたりするくらい好きだ」
「それってHなことに関してでしょ?」
「たしかに含まれているが」
「ほら!」
「聞け、越前」

ぐいっと、リョーマの手首を掴まれる。
あっけなく手塚の胸の中へと抱き寄せられてしまう。

「好きだから、そういう事も考えるんだろうが。何故それがわからない」
「……わかる訳ないよ」
「そうか。悪かった。言葉が足りない所為で、誤解を与えてしまったようだ。済まない、越前」

謝罪して、手塚はリョーマの顔を覗きこんで来る。
その目は曇りなく真っ直ぐで、思わず素直に耳を傾けてしまう。

「好きだから、そういうこと考えるんだ?」
「ああ。そうでなければ、触れたいなどと思わない。
大好きだからこそ、お前の知らない姿を沢山見たい。
そう思って、折角の誕生日だからクリームで祝おうと思ったのだが、気に入らなかったみたいだな」
「当たり前だよ!」
憤慨して叫ぶと、手塚は残念そうに俯いた。
「仕方無い。なら、諦める」
「当然。もうそういうこと考えるの止めろよ」
「……ああ。反省している」

しゅん、となってしまった手塚にちょっと可哀想だなと思って、
リョーマも背中に手を回してお互い抱きしめる格好になる。

「なあ、越前」
「何すか?」
「生クリームは諦めるから、苺は?苺ならいいよな?」
「……あんたも学習しないね」


真面目にHなことばかり考えている男に、
どうしたら普通でいてくれるのだろうと、リョーマは溜息を零す。

この謝罪はプレゼントでしてもらおう。
もちろん自分の希望の品で。
反論は、許さない。





そして24日当日。
リョーマは欲しかったプレゼントを見事に手に入れたのだが、
もう一つ嬉しくないおまけがついて来た。


「越前。お前が生クリームも苺も嫌だと言うのなら仕方無い。
食べ物は止めてリボンにしよう。ほら、好きな色を選んでくれ」
「あんた、またっ!何考えてんの、最悪!」
「そう照れるな。今日も頑張ろうな、越前」
「俺は頑張りたくないっす!」

生クリームとどっちがマシだったかな、とリョーマは顔を引き攣らせた。

終わり


2008年12月24日(水) 2008年 リョーマ誕生日 小ネタ  千リョ

「誕生日まで続いたら、奇跡だね」


何気なく言った彼の一言に、深く傷付いたのを覚えている。
誕生日はいつなの、と他愛の無い会話をして。
12月24日との回答に、
クリスマス・イヴだね、プレゼントは2つ用意するからね、と言った俺への返答がそれだった。
そこには悪意は無く、思ったことを口にしただけなんだとわかる。
わかるからこそ、悲しかった。
俺と付き合うことを承諾してくれたけど、長く続くなんて欠片も思っていないんだ。
そう考えると、胸がぎゅっと痛くなる。
どうしてだろう。
今までも、恋が長続きしてことなんて無い。
付き合っている女の子からも、「一ヶ月したら別れてるかもね」と似たようなこと言われたことだってある。
でも、彼の言葉は確実に俺の心を抉ってくれた。

だから、この時決意したんだ。
絶対、誕生日まで別れたりしない。
長続きするよう頑張ってみせるって。
彼、越前リョーマ君と付き合うことが出来たのは、俺の人生にとって最大のラッキーで。
それ以上の奇跡ってやつを起こしてみよう。そう思ったんだ。







「ケーキ、もう1個」
「はいはい。本当によく食べるね」
「うん。美味しいから」

12月24日、当日。
俺の部屋で、リョーマ君は美味しそうに2つ目のケーキを頬張っている。
さっき二人で買いに行ったものだ。
事前にリサーチしてたお勧めのお店で、リョーマ君に食べたいケーキを選んでもらって、
箱に詰めて俺の部屋で一緒に食べている。
俺の分は1個で、リョーマ君の分は4個。
全部食べられるの?とびっくりしたのだけれど、
「残ったら、持って帰るから」という返事。
さすがというか、食べたいものはその場でしっかりゲットか。リョーマ君らしい。
合わせてプレゼントに強請られたゲームのソフト2本を手渡すと、
リョーマ君は滅多に見せない笑顔をのぞかせて「ありがとう」と言った。
その表情に、きゅんとさせられる。

この日を迎えるまで色々なことがあった。
ケンカもしたし、やっぱり別々の学校ということで連絡が取れなくなることもあった。
リョーマ君がメールの返事さえ怠けるから……。
そんな苦労を乗り越えて、今日二人は一緒にいる。
ちょっと感動している自分に笑ってしまう。

「何笑ってんの」
口の端についたクリームを指でぐいっと舐めてから、リョーマ君が俺を見た。
「さっきから、なんかニタニタして気持ち悪い」
「ひっどいなー。これでも君の恋人だよ?」
「わかってるから、注意してるの。他の人に見られたら、何言われるかわかんないよ」
一応、俺のことを心配してくれてるらしかった。
相変わらず言い方は、素っ気無いけど。

「はー、わかった。ちょっと自重するよ」
「それで、何考えてそんな顔になってたの」
鋭い追及の声に、俺は一瞬迷ったがやっぱり言おうと思って口を開いた。
あの日から、ずっと気に掛かっていたことだ。

君が、俺との付き合いを一瞬で終わるような、そんな軽い風に思っていたかってこと。


「ねえ、リョーマ君。覚えていないかもしれないけどさ、付き合い始めた頃、君の誕生日を聞いた時、
どんな会話してたか、記憶にあるかな」
「無い」
「今、ちらっとも考えなかったね」
「だって覚えていないから。それで?」
「うん、誕生日を聞いた俺は『12月24日か、クリスマス・イブだね。プレゼント2つ用意するよ』って言ったんだ」
「へえ。たしかに今ここに2つ、揃ってるね」
「覚えていたから、約束を守ったんだ。
それでね、リョーマ君はそう言った俺になんて言ったと思う?あ、覚えていなかったか」
「何、気になるじゃん」


「『誕生日まで続いたら、奇跡だね』って言ったんだよ」

リョーマ君は口を閉じて、俺の方を見た。
その表情はいつもと変わらなくて、気持ちを読み取ることが出来ない。
謝罪か、軽口か、それともいつまでもそんなことを覚えている俺をバカにするか。
じっとリョーマ君の言葉を待つ。
しかし彼の口から出たのは、予想してたのとどれとも違った。

「あの頃は、どうせ付き合っても長続きしないって本気で思っていたからなー。
あんたはすぐ飽きるって、だから自然とそんな返事したんだよ。
色んな噂耳に入っていたからね。しょうがないでしょ」
「……はあ」
「俺の言葉に傷付いたっていうのなら、謝るよ」
「いいよ、もう。それに俺の今までの素行が胸張って言えないのも事実だから」
吹き込んだのはリョーマ君の先輩達なんだろうなと想像がつく。
大事な後輩が俺みたいのに引っ掛かってかなり怒っていたから、
あること無いこと言っても、不思議は無い。

「でもさ、じゃあ今千石さんが俺と一緒にいるのは、あの時の言葉があるから?
今日まで別れないように意地になっていたとかじゃないよね?」
「当たり前だろ!」
声を上げる。
「その時は長続きさせてやろうと意地になっていた部分も無いとは言えないよ。
でも、今は違う。
今日が終わっても、リョーマ君と一緒にいたい。
来年もその先も。奇跡はずっと続くんだよ」
「そう。良かった」

リョーマ君は微笑んだ後、机に置いた俺の手に自分の手を重ねてきた。

「俺も同じ。でなきゃ今、ここにはいないよ。
それに俺達が一緒にいられるのは、奇跡みたいなものじゃなくて、
選んだ意思がそうさせてるんじゃない?
気持ちさえあればずっと続くことが出来る。ずっとね」
「うん」

付き合い始めた頃のリョーマ君はクールで、俺の方を向かせるのも大変だったけど。
今はこれだけの気持ちを見せてくれる。
お互い好きだってわかりあえる。

積み重なった絆は、奇跡なんかよりずっと強いものなんかじゃないか。
だからまた気持ちを重ねる為に、
「好きだよ、リョーマ君」と今感じたことを俺は口に出した。


終わり


2008年12月23日(火) 2008年 リョーマ誕生日 小ネタ  真田リョ


「真田!」
笑顔で近付いてきた幸村に、真田は警戒することなく振り返った。
「幸村か、どうした」
「ちょっと聞きたいことがあってさ。いい?」
「ああ。構わない」

幸村という人物を知って、且つ警戒なく返事をするのは真田位だろう。
一見穏やかそうに見える表情の裏に、幸村は黒い内面を持っている。
もう大分慣れたチームメイトでさえ、本人を前にすると緊張する。
平常心を保てるのは真田か、柳くらいだ。

その幸村が真田に「ねえ、24日にちょっと付き合ってくれない」と話し掛ける。
「24日?」
「うん!ほら、真田ってクリスマス・イヴなどくらだん!とか言って、パーティを却下してたじゃない。
だから24日には当然予定は無いよね、わかっているよ。
でも僕らも3年生なんだし、皆でクリスマス・イヴを過ごすのも最後だから、ここは盛大に騒ごうって仁王が提案して来たんだ。いいよね、はい、行くって決まった!」
捲くし立てる幸村に圧倒されつつも、真田はきっぱりと首を振った。

「すまない。折角仁王が企画してくれた心遣いに応えられないのは申し訳ないが、
その日が用事が入っている」
「何それ。どういうこと?」

幸村の背後に黒いオーラが出現する。
それを見ても真田は全く動揺しない。気が付いていないからだ。

「ちょっと、真田?クリスマス・イヴに浮かれて騒ぐのは軟弱者のすることって言ってたじゃないか。
自分の意見を覆すつもり?
抜け駆けして誰かと過ごすという行為は、君がよく言っている「たるんどる」そのものだよ」
とにかく説得しようとして、混乱した頭で幸村は意味不明な言葉を発した。
ここで断られたからとはいえ、諦められない。
必死になっているのは、真田があの「越前リョーマ」と約束を取り付けているらしいからだ。
みすみす二人きりなどさせない。ぶち壊しにしてやる。
俺だって、狙っているんだから、と内心で歯軋りをする。
勿論、表情には出さず柔らかな笑顔で真田をもう一度誘う。

「だから「たるんどる」行為は止めて、俺達と過ごそうよ。ねっ」
「断る」
「どうしてー!!」
目を吊り上げて怒る幸村に、真田は取り乱すことなく穏やかな口調で返す。

「その日があいつの、越前の誕生日だからだ」
真田の声には迷いも照れも無い。
「街中がクリスマス一色で溢れるこの時期に、
子供の頃は皆から自分の誕生日などお忘れられた気が寂かったと内心を漏らしたあいつの為に、
俺が心を込めて祝ってやりたいからだ。
だから24日にあいつ以外と会うことはしない。
指摘を受けた「たるんでる」行為では無い。誠意を込めたお祝いの為だ。わかってくれ、幸村」

誕生日にしては大袈裟すぎるような言い方に、幸村はぽかんと口を開けて一瞬頭が真っ白になってしまう。
その態度をわかってくれたと解釈したらしく、真田は「ありがとう」と幸村の肩を笑顔で叩き、
「では、またな」とどこかへと去って行った。

「またしても、上手く逃げられたな」
どこから見ていたのか、柳がノートを見ながらふっと笑う。
その声に正気に返った幸村は、顔を赤くして地団駄を踏んだ。
「真顔でよく言えるよね!なーにがわかってくれだ。無理に決まっているだろ」
「だったら回りくどいやり方は止めたらどうだ。仁王の名前まで出して……無駄なことだぞ」
「うるさい!」

低く唸る幸村に溜息をつきつつ、柳は真田が歩いていった方向に目を向ける。

(ケーキを予約しにいった確率100パーセント)

丸井にどこのお店が美味しいか、頭を下げて必死で問い掛けていた真田を思い出す。
きっと越前はびっくりしつつも、笑顔を浮かべてくれるに違いない。
そんな予測を柳はノートに書き込んだ。





24日、当日。

真田はケーキの箱を携えて、越前家に訪れた。
この時期売っているものは、ほぼクリスマスケーキばかりだ。
なので真田はリョーマの為に、誕生日ケーキをわざわざ予約した。

『しょうがないんだけどね』
クリスマスの飾りがちらほら街を彩る頃、それを見詰めるリョーマの目が寂しげだったのを思い出す。
どうしてだと問い掛ける真田に、つまらないことだよと越前は小さく笑った。
『向こうではクリスマスは国全体のイベントみたいなものだよ。
家族や友人や、恋人と一緒に過ごして盛り上がったり、大切な時間を共有する。
でも、その日が俺の誕生日だって忘れられることもあってさ。
クリスマスが近付くとなんかつまんないなって、思ったこともあるんだ。
ケーキもクリスマスケーキと一緒にされて、つまんない気分になった。
母さんも親父も忙しかったんだから、しょうがないけど。』

それがリョーマの為にも、今年の誕生日は心から祝ってやろうと思った瞬間だった。

たしかにこの時期、バースディケーキを入手するのは難しい。
まず真田はケーキ詳しい丸井に美味しい店を聞いて、その上買って帰って味見もした。
お持ち帰りする真田に、店員が少し意外そうに視線を送ってきたことには気付いていない。
この味ならOKだと納得して、バースディケーキを24日に注文した。
クリスマスケーキの予約で忙しいだろうに、
店員は『プレートに自分で名前を書くサービスもあるんですよ』とそんなことまで勧めてくれた。
心を込めて、というのが今回のポイントなので真田はすぐに承諾した。
慣れない手つきでホワイトチョコの板に、自らリョーマの名前をチョコレートペンで記入する。
そして綺麗にラッピングをして貰い、紙袋に入れたそれを携えて越前家に向かった。

きっとリョーマは喜んでくれるだろう。
真田は信じて疑わなかった。




「いらっしゃい、真田さん」
「今日はお招きありがとう。感謝する」
「そんな固いこと言って無いで、どうぞ上がって」
はい、スリッパと用意してくれるリョーマに、「お邪魔します」と断って、家の中へと入る。

「まだまだ時間あるから、うちのコートの裏で打っていようよ。
ラケット、持って来たよね?」
「あ、ああ」
「荷物、置いてったら?」
真田の持っている紙袋を指差すリョーマに、どうしたものかと真田は一瞬動きを止めた。

今、もう渡してしまおうか。
いや、ここは誕生日に相応しい場面で渡すべきだろう。
しかし冷蔵庫に入れなくてもいいのか?
悩む真田に、リョーマは「どうかした?」と首を傾げる。
「そんな難しいことは言ってないと思うけど」
「いや、その」
やはりここで渡してしまおう。変に隠しておくのも、気が引ける。
「越前」
「リョーマさん!ケーキが完成したので、見てもらえますか?」
真田が話し掛けたのと同時に、菜々子がキッチンから顔を出した。

「あら、真田さん。こんにちは。今、お茶を入れますからどうぞもっと中に入って下さいな」
「お構いなく……」
「一体、何の騒ぎ」
完全に出遅れた形になった。
リョーマはやれやれという顔で、従姉の方を向いている。
「朝から作っていたケーキが完成したんですよ。リョーマさんに見てもらいたいと思って。
良かったら、真田さんもどうぞ。今夜のデザートに食べて下さいね」
「ふーん。夜はお出かけするから、今渡しておこうって訳だ。
菜々子さんは誰とデザート食べるの」
「リョーマさん、そんな事大きな声で言わないで下さい」
やあね、と菜々子はリョーマの腕をぱしっと叩く。
会話から察するに、菜々子はこの後外出の予定が入ってるようだ。

「さあさあ、こっちこっち」
菜々子に引っ張られる形で、キッチンに連れて行かれる。
そこにはリョーマの母もいて、他の作業をしている。どうやら、料理の方の準備に掛かりきりらしい。
挨拶すると、「すみませんね、ばたばたしちゃって」と照れくさそうにおじぎをした。
そしてテーブルには、手作りのケーキが乗っている。
’お誕生日おめでとう、リョーマさん’
チョコレート色のプレートに、ホワイトチョコペンでそう書かれていた。
クリームはチョコレートに、上には苺が飾られている。
「美味しそう。菜々子さん、ありがとう」
「リョーマさんの誕生日ですからね。お祝いしなくちゃ」
にこにこと笑う二人を見て、真田は固まってしまった。

(なんだ……越前にも、ちゃんと祝ってくれる人がいて、
ちゃんと誕生日ケーキも用意されている。
俺が持ってくるまでも無かったな)

そうなると、これをどうしようかと持っている紙袋の取っ手を握り締める。
持って帰ろうか。そうなると、プレゼントはどうなる。
しかしケーキは二つもいらない。
真田の持って来たものは生クリームケーキだが、そういう問題じゃない。
こっそり全部食べてしまおうかと考えていると、不意にリョーマが振り返る。

「真田さんもケーキ食べるでしょ?それとも甘いものは苦手とか」
「あ、ああ」
「どうかした?」
変だよ、とリョーマがまた距離を近づけて来る。

「い、いや。何でもない!」
「何でもないっていう顔してないんだけど……。
それにこれ、ケーキじゃないの?」
これ、と紙袋を引っ張られる。
「違うぞ、これはそう……おせち料理だ!」
「はあ?」
「いや、違う。そうじゃなくて」
「ケーキ、なんでしょ」

重ねて言われ、真田は渋々頷く。
「素直に言えばいいのに」
「すまん。しかし、こんな立派なケーキがあるのに言い出せる訳無いだろ」
「なんで?」
リョーマは明るい声を出した後、「ねえ、出して見せてよ」と言い出す。
「しかしケーキは一つあれば十分だろ」
「いいから、出してみせて!」
強請られ、渋々箱を置いて菜々子のケーキの隣に置く。
「開けてもいい?」
「ああ」
もう、リョーマのものだ。
どうしようと構わない。
了解を得たリョーマは、するするとリボンをといてケーキを箱から出した。

「わあ……」
真田のケーキを見て、リョーマは嬉しそうな声を上げる。
「これ、食べていいんすか?」
「しかしもうケーキは用意されているのだから」
菜々子をちらっと見ると、にこっと笑われる。
「あら。お祝いしたい気持ちが増えたからって、なんの問題もありませんよ」
「そうそう。この位、俺軽く食べられるし」
「そうですね」
「しかし、さすがに多いだろう」

まだ気にしている真田に、リョーマは「もう、気にしすぎ」と軽く肩を叩く。
そして、
「菜々子さんの言う通りだよ。
俺を祝ってくれる気持ちがここにある。だから2倍嬉しいよ。
ありがとう」
「越前……」

真っ赤になる真田を見て、リョーマはまたにっこり笑った。

「この文字、ちょっと歪んでるねー。アルバイトの人が書いたのかな」
「あ、それは……」

リョーマにどう説明をしようか、真田はまたしても固まってしまう。
せっつかれて、たどたどしく口を開く。


幸村が見たら「たるんでるね」と笑われるだろう。
他の部員達にも見せられない。


けれど自然と頬が緩むのを止めることは出来ない。
「たるんでる」表情かもしれないが、
リョーマが喜んでくれているこの今が幸せだと、真田は思った。

終わり


2008年12月22日(月) 2008年 リョーマ誕生日 小ネタ  跡リョ

必死で頼み込む跡部に、リョーマは無表情のまま首を横に振った。

「ヤダ。行かない」
「どういうつもりだ、リョーマ。じゃあてめえは誕生日に俺様と過ごすつもりは無いって言うのかよ」
「うん、そう」
「だったら誰と過ごんだ。そいつの名前を言ってみろ。ただじゃおかねえ」
物騒なことを言う跡部に動じることなく、リョーマは冷静に返事をする。
「大人しく家で過ごすよ。菜々子さんもケーキ焼いてくれるって言うし」
「ああ、そうか。って、あるかー!
ケーキならいくらでも用意してやる。だから俺様の家に来いよ。なっ」
「ヤダって言ってるじゃん。大体あんたの家に言ったら何されるかわかったもんじゃない。
よって却下」
「リョーマ……俺が何するって言うんだ。お前の嫌がることは何もしないぞ:
そう言って、跡部は胡散くらい笑顔を浮かべる。

ばればれだよ。
ふんっ、とリョーマは鼻息を鳴らす。
「自分の胸に聞いてみたら?今までのこと思い返すといいよ」
これまで跡部がして来たことを思い出すと、情けないやら腹が立つやら、そして顔が赤くなってしまう。

むっとしたように腕を組む跡部に、反省の色は見られない。
リョーマは声を上げて、しっかり自分の意志を伝える。
「とにかく誕生日くらい、俺は静かに過ごしたいんだ。
よってあんたの家に行かない。わかった?」
「ちょっと待ってくれ、リョーマ。一度落ち着けよ」
「俺は落ち着いているよ」
「とにかく待てよ」
ぐいっと、跡部が腕を掴んだ。

「今までの行為は置いておこう。これからの俺を評価してくれ」
「なんか激しくあんたに都合良いと思うけど……」
「まあまあ。何もしなければいいんだろ?
絶対手を出したりしないと誓うから、一緒にいてくれ。
大切な人の誕生日なのに、側にいられないなんて辛過ぎる。
なあ、考え直してくれよ。この通り!」

両手を合わせて頼む跡部に、リョーマは最初の方は無視をした。
だがあまりにも必死なので、途中から可哀想になってきてしまう。

「本当に何もしないって誓えんの?」
「ああ!」
「手を出した時点で帰るよ」
「構わない。お前の好きにすればいい」
「じゃあ……行く」

大喜びする跡部を見て、リョーマは溜息をつく。
本当に跡部が何もしないか疑問は残る所だが、チャンスくらいはあげるべきだろう。

そうして、リョーマの誕生日は跡部の家で過ごすことが決定した。



当日。


迎えに来た車に乗り込んで、跡部の家へ向かった。
「うわ……何あれ」
玄関脇に飾られている大きなクリスマスツリー。派手な電飾で「Happy birthday Ryoma 」と文字が書かれている。
「恥ずかしいんだけど……」
得意げな顔をして出迎えている跡部に正直な意見を言う。
「何を言ってる。この程度じゃ俺様の愛はまだまだ表現出来ていない」
「はあ……」

もう何を言ったらいいかわからない。
それに言った所で無駄だと、跡部の表情が物語っている。
大人しくリョーマは家の中に入ることにした。


幸いなことに、家の中にはおかしな装飾をされている様子は無い。
それに手を出さないとの約束を跡部はきっちりと守って、
変に触れてくることも、妙な動きもしない。

「ねえ、テニスしたいんだけど」
「誕生日にもテニスか。やりたいこと他に無いのか?なんだって叶えてやるから、遠慮せず言っていいんだぞ」
「テニスがいい。それが一番楽しい」
「仕方無えな」

我侭も聞いてくれる。
自宅にあるコートに、ご丁寧にリョーマ専用のウエアとラケットまで貸してくれて、
飽きるまで二人で打ち合う。

そろそろ夕ご飯の時間に近付いたので、切り上げてまた部屋の中へ戻る。
跡部は準備があるからと別の所へ向かってしまったので、
リョーマは用意してくれたお風呂にゆったりと浸かって疲れを癒した。
再び衣服を着た後、「夕飯の用意が出来たぞ」とタイミング良く跡部が迎えに来た。
見ると彼も一旦お風呂に入ったらしく、着替えている。
大袈裟な格好を一瞬想像したが、跡部の格好はラフな普段着だった。

「クリスマス・イヴに和食っていうのもどうかと思ったが、お前の誕生日だからな。
好きなもんを用意させたけど、いいか?」
「うん!ありがとう、景吾」
素直にお礼を述べる。
自宅では洋食中心な為、美味しい和食に飢えている。
しかも跡部の家では食べたことのないような贅沢な品から、味に拘った料理が出て来るので、
クリスマス・イヴだろうが和食大歓迎だ。

コース料理が出て来るのに相応しいテーブルに着いて、
二人で箸でご飯を食べる姿は少し変だと思うが、
美味しい料理を前にしてつまらないことを言うのは止めようと、出されたものを遠慮なく口に運んで行く。

「美味いか?」
「うん。最高に美味しい」
「そりゃ、良かった」

満足そうに跡部が微笑む。
さっきからじーっとこちらの顔を見ているのはわかっていたが、リョーマは黙っていた。

跡部の瞳はこの上なく幸せそうで、妙に恥ずかしくなってしまうからだ。

(もてなしている側が嬉しそうに笑っているなんて、変なの)

茶碗蒸しをぐずぐずとかき回して、また無言になってしまう。
どうも調子が狂う。
いつもの跡部なら食事している最中にも拘わらず、キスしようとしたり怪しげな手つきで触ってきたりして、
それを押し留めるというのがパターンになってきてるというのに。
いくら約束したからとはいえ、最後まで我慢出来るものだろうか。
何か企んでいるんじゃないの、と勘繰ってしまう。


全部平らげた後、不意に跡部が「そろそろデザートを出すか」と立ち上がる。
「ケーキはちゃんと用意したから、安心しろ。好きなだけ食べていいぜ」
「はあ……」
「なんだ、その気の抜けた返事。嬉しくないのか?」
「そうじゃないけど。どこか行くの?」
部屋を出て行こうとする跡部に、声を掛ける。
「ケーキは俺様自ら運んでやる。ちょっと待ってろ」
「……」

パタン、とドアが閉められる。
静かになった所で、リョーマはハタと気付く。

(ひょっとして、今まで大人しかったのもこのデザートの時の為なんじゃ……。
きっとそうだ!景吾がこのまま帰す訳ないよ。デザートを出す振りをして、とんでもないことを考えてるに違いない)

もしかして、『デザートは俺様だ!』と全身生クリームでデコレートした跡部がやって来るかもしれない。
『お前の為に用意したケーキを無駄にはしないよな?』
全部舐めて綺麗にしろと強要されたりするのかも、とリョーマは体を震わす。
呑気に座っている場合じゃない、とリョーマが立ち上がったと同時に、ドアが開かれる。

「どうした、リョーマ」
「あ……あの、生クリームプレイはちょっと」
「はあ?何言ってる。ケーキ持って来たぞ」

そう言って、リョーマの目の前に跡部が自ら運んできた皿が置かれる。
「普通のケーキだ」
「当たり前だろうが。一体、どんなものを想像したんだ」
「なんでもないっ!!」

さっきのおぞましい想像は墓に入るまでの秘密にするべきだろう。
リョーマは笑って誤魔化した。

二人分だからだろうか、少し小さめの生クリームケーキだ。
よく見ると、跡部家のシェフらしくない少し崩れたようなクリームで飾られている。
そして上には13本の蠟燭の灯がゆらめいている。

「このケーキ作ったの、誰だと思う」
「え、えっと」
期待したように見詰められて、それだけでわかってしまう。
「ひょっとして、景吾が作った?」
「正解」
「すごい、上手じゃん」
跡部がケーキを作れるとは聞いていない。
この日の為に練習してたのだろうか。
「まあな。俺様にやれないことは無い」

にこっと満足そうに笑った後、跡部は電灯を消して「ほら、火を消してみろ」と言う。

「あ、うん」
「願い事を忘れるなよ」


きっと蠟燭も跡部が用意してくれたに違いない。
勿体無いと思いつつ、一本一本吹き消して行く。

灯りの向こう側に、跡部の笑みが見える。
あの幸せそうな表情に、ぐっと胸に何かが込み上げて来る。

ただ喜ばせたい、跡部の本心に触れた気がした。
だからあんな約束してまでも、どうしても今日一日一緒に居たかったのだろう。

くだらないことで意地を張っていて、忘れるところだった。
この人が好きで、だから一緒にいるっていうことを。
もう約束なんて、どうでも良くなった。

最後の一本を消して、部屋が暗くなった瞬間、
リョーマは立ち上がって跡部に抱きついた。

「どうした、リョーマ。感極まったのか?」
「ううん、違う……あ、でもそういう感じなのかもしれない」
「何が言いたいのか、よくわからないぞ」
「俺もよくわかんないから、いいよ。ただ、こうしていたいだけ」

もっと体を密着させると、跡部も腕を伸ばしてぎゅっと抱きしめられる。

「ねえ。今日、泊まってもいい?」
「おい、泊まるって」
「もういい、約束したことはここで取り消し。
やっぱりいつものあんたらしくないと、調子が出ないからね」

よくわかっていない跡部の様子にリョーマは笑って、キスする為にぐいっと首を引き寄せた。





終わり


チフネ