チフネの日記
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2008年11月25日(火) |
たとえ運命の人じゃなくても 千リョ |
待ち合わせの場所に行くと、千石は同じ学校の制服を着た女子と喋っているのが見えて、 リョーマの機嫌はたちまち下降して行った。 今日は彼の誕生日だからと部活をさぼって来たのに、いきなりこの展開では腹が立つのも当然だ。 けれど、リョーマは嫉妬しているんじゃない、そっちと居たいと言うのならそうすれば、という澄ました顔して千石の前に立った。
「リョーマ君!」 話に夢中になっていた千石だったが、さすがに視界に入ったら気付いたようだ。 笑顔を向けて、リョーマの元へやって来る。 「良かった、来てくれたんだね」 「来いって言ったの、あんたじゃん」 「うん、そうなんだけど。リョーマ君が部活を休んでくれるかどうか、ここに来るまで半信半疑だったから」 千石はほっとしたような顔する。 そしてくるりと振り返って「じゃあね、バイバイ」と先ほどまで喋っていた女子に手を振る。
「いいの、放っておいて」 「うん。偶然会っただけだから。さ、行こ」
促されてリョーマも一緒に歩き出すが、気になって振り返ってみる。 さっきの女子はあきらかに敵意を持った目でリョーマを見ている。 千石に好意以上のものを持っているのは明らかだ。 偶然会ったと千石は言ったが、後をつけて来た可能性だって考えられる。 ただ一方的に好きなだけなら良いけれど、ひょっとして千石の浮気相手なんじゃなかろうかと様々な憶測がリョーマの胸の内で展開される。 女好きで有名な彼のことだ。 『リョーマ君が一番好きだよ』と言いながらも、絶対心の奥底では女体を求めているはず。 部活が忙し過ぎて会えない時、別の誰かと会ってる可能性は決して低くないとリョーマは思っている。 久しぶりに部屋へ遊びに行った時、これプレゼントじゃないのかなと思うような物が隠すように置いてあるのを見付けてしまったり、何度も何度も掛かって来る携帯電話を千石がリョーマの前で決して出ようとしなかたりする時に、そういうことかなと漠然と考えてしまう。 けれどあれこれ千石に文句を言う自分を想像すると、途端に気が滅入ってしまって結局本気で証拠を探す気にもなれない。 千石が何も言わないのだから、それでいいんじゃないか。 わざわざ波風を立てる必要は無い、と一応割り切っているつもりでいる。 流されているなと自分でも思うが、リョーマとしてもどうしたら良いか実はわかっていない。 千石の側にいるのは居心地も良い。 簡単に手を放すことも出来るが、寂しいと思うのも本心だ。 だから今の所は何もリョーマから行動を起こすことは無い。
「でも、なんで水族館?」 誕生日に行きたい所があると言い出したのは、千石の方だ。 しかも場所は水族館。 もっとイベントっぽい所に行きたがるかと思っていた。 「あー、リョーマ君はお魚嫌い?」 「嫌いじゃないよ。むしろ好きだし」 「それって、食べる意味でだよね…」 「まあね。で、あんたが行きたい訳って何?」 「んーっと、笑わない?」 「多分」 千石は微妙な顔をしたが、催促するような目で見ると苦笑しながら口を開いた。 「姉ちゃんが昔言ってたんだ。好きな人と一緒に水族館行って、すごく楽しかったって。 お土産だよ、と浮かれながらクッキーくれてさ。 それ食べながら、俺もいつか好きな子をデートに連れて行こうと決めてたんだ」 「へえ」 千石には5つ年上の姉がいる。 何度かリョーマも見たことがあるが、綺麗な人だ。 時々姉の自慢っぽいことを口にする辺り、千石はシスコン気味なのかもしれない。 あれだけ美人の姉ならそうなるのもしょうがない。 要するに今回の提案も、姉の影響ってことだ。
「夢が叶って、嬉しいよ」 千石がリョーマを見て嬉しそうに笑う。 本当にこの話をするのは自分が始めてなんだろうか。 他の女にもこう言って、水族館に行ったんじゃないのとまたネガティブな考えが浮かぶが、 辛うじて心の中に収める。 折角の千石の誕生日だ。つまらないことは口にしたくない。 今日はお互い楽しい気分のままでいたい。 だからリョーマも同じように微笑んでみせた。
水族館に入る時間は、ほぼ入館時間ぎりぎりだった。 おかげで客はほとんどいない。 空いているね、と話ながら千石と一緒に中を歩いて行く。 「あ、リョーマ君。ラッコがいるよ」 「本当だ」 ラッコも可愛いと思いながら水槽に近付く。ラッコは限られたスペースの中、のんびりと水に浮かんでいる。 居心地は良さそうだ。
ふと気付くと、千石は水槽じゃなくこちらを見ているのにリョーマは気付いた。 「何?」 「いや、リョーマ君楽しそうだなと思って」 「あんたは楽しくないの?」 「ううん。楽しいよ。リョーマ君と一緒に来られて、やっぱり良かったな。 姉ちゃんの言う通り、好きな子と見るものはなんでも幸せな気分になれるね」 にこにこ笑う千石を見て、リョーマの心がきゅっと切なくなる。 ずっと楽しい気持ちだけを共有していけたらいいのに。 水槽の中にいる魚達みたいに、変わることのない場所に留まって生きていたら、もっと長く一緒にいられるだろう。 でも環境はどんどん変わって行く。 きっと彼といられる時間は、思っているより長くないはずだ。
「ねえ、あっちも見に行こうよ。時間、あんまり無いんでしょ」 「そうだね。探検に行くかー」 千石が嬉しそうに笑う。ちょっと締まりが無いが、リョーマにとって好きな笑顔だ。 へらへらしてるが、何故かもっと見たいと思ってしまう。 だから、リョーマはそっと千石の手を取った。
「リョーマ君、どうしたの。いつもは俺が触ると怒るくせに」 「誕生日だから、特別。ここ、人いないし。それとも、嫌?」 「嫌な訳ないじゃん!ありがたく繋がせて頂きます」 「大袈裟」
ふっと、笑うと千石もまた困ったように眉を下げて笑う。 そうして二人は人気の無い水族館の中を歩いて行く。 青い水槽の光が淡く揺らめいて、まるで海の底のようだとリョーマは思う。
このままずっと陸地に上がらず、二人だけで居られることが出来たら……、ありもしないことを考える。 千石が余所見しているじゃないかという心配も解消される。 もう掛かって来る携帯の音に、いちいちイラついたりしなくて済む。 近くにいる女の子達の方が、千石に相応しいんじゃないかと考えなくてもよくなる。
「リョーマ君、もうちょっと急いで歩こうか。これじゃ全部回れそうに無いし」 「うん、そうしよう」 「今度は休みの日に来ようよ。そうしたら、いっぱい見ることが出来るよ」 「でも、混んでいるんじゃないの?」 「あ、そうか。人が沢山居て、じっくり見ること出来ないかもしれないなあ」
悩みながらも千石がリョーマの手を引っ張って行く。 青い景色が急いで過ぎて行く。 どんなに居心地がよくても、やはりここから出なくてはいけない。
だが、リョーマにもここを選ぶほどの覚悟は無い。 わかっている。お互い求める未来は、すぐ先の道で別れている。
(それでも、今は一緒にいてもいいよね)
リョーマが千石の手を握ることで幸せを感じ、 千石も笑顔を返してくれているその間なら、まだこのまま繋がっていても良いだろう。 運命の人じゃなくても、二人の今が幸せなら、 誰にもとやかく言われる筋合いは無い。
同意を求めるかのように、リョーマは千石の手を強く強く握り締めた。
2008年11月24日(月) |
月 千→リョ(塚リョ) |
同じ背丈の同級生達の輪の中に紛れていても、彼だけはすぐに見付けることが出来る。 それは俺の視力が優れているからという理由じゃないと思う。 好きな人は輝いて見えるって本当だったんだ。 彼に出会って、そういうキラキラした存在が確かにあると気付かされた。
「越前君っ!」 声を上げると、彼が振り返る。 嫌そうな顔。 しつこいよ、って書いてある。 いつも通りの反応なので、俺は気にせず近付いて行く。 すると周りを取り囲んでいた同級生達は散って行ってしまう。 他校の上級生に対してビビッているようだ。 ちょっと睨んだ所為もあるかな? ま、普通一年ってああいう感じだよねえ。 越前君は別格。年なんて関係なく挑んでいく姿勢は無謀というか、勇ましいというか。
「何か用っすか?」 迷惑だ、と言わんばかりの態度。 冷たくされても、彼が話し掛けてくれたのが嬉しくて笑顔で返事する。 もうすっかりこの素っ気無い対応にも慣れた。この位で負けていたんじゃ、彼と会話することすら出来ない。
「あ、ごめん。休憩時間に邪魔しちゃったね」 「うん、邪魔。もうすぐ休憩終わるから、さっさと帰って」 「うわあ、冷たい言い方だな。さすがに傷付くよ?」 「勝手にすれば」 そう言って横を向いてしまう。 取り付く島がないって、こういう状態だよねーとのんびり構える。 何度も振られているからか、この程度の言葉はすっかり慣れっこだ。
「じゃあ、勝手にしちゃおうかな」 「ちょっと、何人の腕掴んでいるんだよ」 越前君の右腕を掴んで、引っ張る。 不愉快そうに彼が俺の手をぴしゃっと叩いた。 「休憩終わるって言ってるじゃん。あんたと遊んでいる暇無いよ」 「うん、だからサボりのお誘い」 「……バカじゃないの。なんで俺がサボりに行かなきゃなんないの」 むっとしたような声を出す越前君に、俺は訴えた。 「だって練習終わったら、越前君さっさと帰っちゃうだろ。その前に連れ出そうかと思って」 「どういう理由だよ。あんたとなんかとどこにも行かない。もう、練習に戻るよ」 厳しい声を出して、越前君は俺に背を向けようとする。 立ち去ってしまう前に俺は一言投げ掛けた。
「それは、部長が怒るから?」 「……そうだよ」 「部長って、海堂君のこと?それとも」 「あんたわかってて言ってるでしょ」 溜息をついて、越前君はこっちを向いた。 「俺にとって部長って呼ぶのはあの人だけだよ。 そう。さぼったりしたら部長に怒られる。だから、あんたとは一緒に行かない」 きっぱりと言う彼に少しムカついて、こっちも反論してみる。
「それ、越前君らしくないんじゃない? 手塚君の、誰かの意見に縛られるなんて、本当は嫌なんでしょ」 コートで自由に走り回るのが彼の本来の姿だと思っている。 誰かに行動を制限されるなんて、我慢ならないんじゃないの?
なのに、越前君は俺の言葉を鼻で笑う。
「嫌じゃないよ。決まっているよ、好きな人の意見は特別。俺だって素直に言うこと聞くよ」 「特別……」 「あんたがやたら俺に構うのも、あの人気に入らないみたいなんだよね。 内心オタオタしているの見てるのも楽しいけど、やっぱり笑ってて欲しいから。 この先もあんたの誘いに乗ることは無いよ。絶対」
ばっさりと体を切られたような気になった。 越前君にとって大切なのは、特別な存在になることが出来た手塚君だけで。 俺はどうしたって、触れることさえ許されない。
「ちょっと、キツイよ。越前君〜。俺、今日誕生日なんだよ?なのにそんなこと言わなくたってー」 胸を押さえる。 が、越前君はけろっとして「いつまでも俺の周りをうろうろしてるあんたが悪い」と言った。 「あーあ。越前君をここからさらって、二人でパーティーしようかと思っていたのに」 「嘘ばっかり。あんたのことだから、この後色んな女に祝ってもらう約束しているんだろ」 「……」 それは、まあ。 越前君にどうせ振られることは予想出来ていたから、保険として約束は入れていたけど。
「さっさあんたを祝ってくれる人達の所へ行きなよ」 背中を押すような言葉。 越前君の顔も少し優しいものに変わっている。 でも、俺は動くことが出来ない。 だって本当に欲しいのは優しく迎えてくれる女の子達じゃなく、この冷たいことしか言ってくれない彼だからだ。
「でも越前君が祝ってくれるのなら、全部断るよ!一緒にいてくれるだけで、嬉しいんだから」 「何バカ言ってんの。約束した相手にも失礼だろ。そういうことすんな」 「……はい」 失敗。 越前君の顔にまた怒りが見え隠れする。 でも負けずに、もう一度挑戦してみる。
「……本当に俺じゃだめ?」 「うん」 一秒の間も無かった。 本日も告白は失敗。これで20回目か……。 いい加減懲りるってことを覚えたら良いんだけど、やっぱり俺の目に特別に映る彼のことは諦めきれない。
「ほら、もう俺行くから。あんたも早く行った、行った」 どうやら時間切れらしい。 青学のコートにぱらぱらと人が集まり始めている。 「じゃあ、今日はもう行くね」 「今日は、と言わずにこのままずっとバイバイでいいよ」 「越前君〜〜」
泣きまねしてみせるが、彼は背を向けてしまって歩き出している。 仕方なく俺も肩を歩いてここから離れ始める。 やっぱり振られてしまった。 誕生日の今日、奇跡が起こらないかと期待していたが、駄目だった。 彼は今日も部活が終わったら、どこかで待っている元・部長と帰るのだろう。
ちぇっ、と舌打ちする。 もう一度振り返ってみるが、彼は俺の方など見向きもしていない。 コートに入って、練習を始めようと準備している。
(あーあ。なんか思い知らされるよなあ)
振り返るのは、俺だけ。 彼は恋人のことしか頭に無い。恋人が嫌だって言うから、俺とも一緒にいたくないと言う。
(これだけ望み無いのに、なんでまだ青学に通っているんだか……)
わかっていても、また俺はここに来るんだろうなと思った。 そして越前君から冷たい言葉を浴びせられれ、すごすごと退散して気晴らしにどこかの女の子と遊びに行く。 気持ちに整理がつくまで、そんな日々がしばらく続くのだろう。
徐々に茜色に染まっている空を見上げると、月がぽっかりそこに浮かんでいるのに気付いた。 欲しいと願っていても、決して手に入らない。 まるで誰かさんと一緒だと、俺はひっそりと笑った。
チフネ
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