チフネの日記
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2008年07月31日(木) |
意地悪 (不二リョ) |
休み時間。 机に突っ伏して、リョーマはゆらゆらと浅い眠りの中を行ったり来たりしていた。 が、不意にクラスの女子達の会話に、意識がクリアになる。 正確に言うと、会話の中にある人物の名が出て来たからだ。
「でね、不二先輩がその時声を掛けてくれたんだ! 困ってるみたいだけど、どうしたのって」 「ええー、不二先輩に?」 「いいなあ。やっぱり不二先輩って優しいんだね」 「私も同じ委員会になりたかったー」
短い会話の中から推測すると、一人の女子は不二と同じ委員会らしい。 そして好意を持っている、と。 そのままの体勢で、リョーマは耳を澄ました。
「不二先輩って格好良いよねえ。テニス部のレギュラーで天才って言われているんだって」 「知ってる。それに頭だって良いらしいよ。スポーツも勉強も出来るなんて、やっぱり天才?」 「私は一度でいいから、あの笑顔を向けて欲しい〜」 「あ、私も!挨拶されるだけでも幸せかも」
馬鹿馬鹿しい、とリョーマは心の中で密かに笑った。 彼女達は不二の上辺しか知らない。しかもほんのごく一部。 格好良いとか、優しいとか。どこに目をつけているんだよ、と思う。
不二の内面を知ったら、こんな風に騒ぐことはなくなるんじゃないだろうか。
(あの人、本当にイイ性格しているからな…)
自分は平気だからって、乾汁を飲んで苦しむ人を見て笑っていたり、 揉め事を煽ったりすることもあったり、あの笑顔のまま無言で人を脅すのも何度も目撃した(被害者は主に同じクラスの菊丸だったりする)。 人のことをからかったりと子供っぽい一面も持っているし、結構意地悪だ。
(知らないって、いいよね)
浮かんだ言葉はどこか優越感に溢れていて。 何でそんな風に思うんだろ、とリョーマを戸惑わせた。
「あ、でも不二先輩って好きな子がいるんじゃなかったっけ」 次に聞こえてきた会話に、リョーマの体がぴくっと反応する。 じっと息を潜めて、盗み聞きする為神経を集中させる。
「そうそう、聞いたことある。前に不二先輩へ告白した子が、「好きな人がいるんだ」って断られたんだって」 「えー、ショックー」 「誰だろうね、不二先輩の好きな人って」 「きっと素敵な人なんだろうなあ」 「そうに決まってるよ」
彼女達に言葉に、さっきとは違う不機嫌な気持ちがリョーマを支配して行く。
(不二先輩の好きな人、ね) なんだかムカついて来た。 机を殴りたい、そんな衝動に駆られる。 どうしてなのかは、わからないけど。
放課後。 部活も終わって、片付けをして部室に戻ると不二がベンチに座っていた。 ここの所、よくある光景だ。 出てくる言葉もわかっている。
「越前、一緒に帰らない?」
毎日繰り返される誘いに、うっかり頷いてしまった。 が、今日だけはやっぱり一人で帰ればよかった…と、リョーマは後悔していた。
不二の顔を見ると、休み時間の会話が蘇って来て余計苛々してしまう。 部活の間はさりげなく避けていたのに、 それよりも帰り道別にする方が重要だろ、と自分にツッコミを入れる。
リョーマの様子が変なのも、不二は気づいているみたいだ。 部活中、何度も視線は感じた。 無視したから、追求されるだろうなと思った直後、 「越前、機嫌悪いの?」 ストレートな質問をぶつけられる。
「別に」 「別にって顔していないじゃないか」 笑顔のまま、不二がリョーマの肩をつかむ。 「何かあったの。ねえ、聞かせてよ」 「先輩には関係ない」 「逃げる気?」 「ちょっと、痛いんだけど」 食い込んでくる指に、リョーマは眉を寄せた。
(優しいってどこがだよ。絶対引こうとしないし、結構強引だよね。 上辺だけ見て、格好良いって言うなんてバカじゃないの) クラスの女子達の会話を思い出して、また機嫌が下降していく。
「放して下さい」 そう言って、不二の手をなんとか振り払う。 「俺になんか構うことないんじゃないの。好きな人いるんだろ。そっちに行けよ」 「越前?何言ってるの」 「いるんだろ。噂になってるよ。 不二先輩は好きな人がいるから、誰からの告白も断っているって。 じゃあ、これからもその人と一緒に帰って」 言い終わる前に、口を塞がれる。
手では無く、不二の唇で。 (何、何で俺にキスしてんの、この人!?) 突然のことに混乱してしまったリョーマは、抵抗することすら思いつかない。 黙って、キスを受け入れられてしまう。 理由を考えている間にも、不二は角度を変えて何度も飽きることなくリョーマの唇を貪る。
「う……んっ」 「越前」 呼吸が苦しくなった後、ようやく開放される。 くたっと力が抜けた体を、不二が支える。 「落ち着いた?」 「……」 こくんと頷くと、軽く頭を撫でられた。
「あのね、越前。僕が好きな人は、君のことだよ。 何度も言ったのに、信じてくれなかったの?」 「え?」 顔を上げる。 好きな人。たしかに不二はそう言った。 驚くリョーマに、不二は普段の笑顔ではく、目を見開いた真剣な表情で応える。 「で、でもだって、先輩の好きって後輩としてじゃないんすか?」 「違うって、越前」 「そういう風にしか聞こえなかったよ!」
好きだよ。 何度か、不二は口にしたけど。 『越前って、本当に可愛いね。好きだよ』 と、まるでその辺の犬か猫と同等に扱っているように聞こえた。 嫌われてはいないけど、お気に入りの後輩。 やたら一緒に帰ろうと誘うのもその延長だと思っていた。 本気だなんて…、もしかしたらちょっと、と考えたことはあるけれど、 冗談だと言われたら傷付く気がして、ちゃんと確かめることが出来なかった。
「やり方がまずかったのかなあ。 本気で行ったら引くだろうなと考えて、失敗した」 小声でぶつぶつ言いながら、不二が少し背を屈める。 「こういう意味も含めて、越前のことが好きだからね」 ちょこん、とまた軽くキスをされる。
「せ、先輩。ここ道の真ん中!」 今更我に返って、青くなる。 さっきの長いキスの時、誰かに見られなかっただろうか。 急に気になりだして周囲を見渡すリョーマに、不二がぎゅっと抱きついてくる。 「いいじゃない。見せ付けてyれば。 僕が誰を好きなのか、この際知らしめるチャンスだと思って。ね?」 「そんなこと望んでいない!放してよ!」 「ヤダ」
ますます強くなる力に、リョーマは仕方なく抵抗を止めた。
(やっぱり、やっぱり不二先輩って意地悪だよね)
でも、そういう所も好きかも。
不二の本気が伝わって、さっきまでの不機嫌もどこへやら。
緩んでしまう頬を隠すために、リョーマは自ら頭部を不二の胸に押し付けた。
終わり
チフネ
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