チフネの日記
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2008年06月01日(日) 明日の見つけ方(千リョ)リョーマside後編

『そんなに何度も言わなくても、わかってるよ』
『本当にわかってるの?じゃあ、言ってみてくれる?』
『だから、あんたは…俺を好きなんでしょ』
『うん』
『でも俺は、好きじゃない』
『これから、そうなる可能性はあるけどね』
『どこにそんな自信があるんだよ』
『さあ。でも、きっと君は俺のことが好きになる。俺の勘は当たるんだよねー』
『今回は外れじゃないの?』
『ううん。だってほら、もうこんなに親しく会話しているし』
『どこが』
『あ、ちょっと待ってよリョーマ君。一緒に帰ろう?』
『ヤダ。ついて来んな』
『親交を深めようよ、ねっ!』
『ね、じゃないし』

何をどう間違ったのか俺を好きだって言うその男は、毎日しつこい位に青学へやって来た。
どんなに冷たくしても、だ。

ただの気まぐれだろうと高をくくっていたのだが、気付くと長期戦になっていた。
いい加減追い払うのにも疲れて来た俺は、男の交際を一旦受けることに決めた。
単に珍しいタイプに夢中になっているだけ、OKすればすぐ飽きて別の方へ目を向ける。
色々な評判(女好き、しかも癖が悪い、浮気等)を聞いていたので、
そんな風に軽く見ていた。
好きだって気持ちを見くびっていたのだ。

なんで真剣じゃない、なんて決め付けていたのだろう。
軽い口調の裏側には確かな好きだって想いが溢れていたのに。
いつでもこの関係を終了出来る、なんて考えていた自分を殴ってやりたいと思うよ。
後になってしか気付かない。本当に子供だったんだ。

『リョーマ君〜!今日も迎えに来たよ』
『あんたさあ、自分の練習はどうしてんの。全国出るんだろ。真面目にやりなよ』
『ひょっとして、俺のこと心配してくれたりする?』
『誰がっ!ただ、俺の所に来る所為だったら嫌なだけで』
『大丈夫、ちゃんと練習してます』
『信じられないけど…』
『でも、ほら!リョーマ君のお迎えの方が俺にとっては重要事項だし』
『だからその考えを止めろって』

歪んだ形で始まった交際だったが、意外にも順調に続いていったと思う。
すぐ離れるかと思っていた男は、前以上にべったりになって心変わりをする気配も無い。
変だなと内心首を傾げながら付き合っていた俺だが、段々と男が側にいるのにも慣れていった。
話も楽しいし、さすがというか色んな遊びを知っているから退屈もしない。
テニスも付き合ってくれる。無茶な要求も聞いてくれる。
居心地が良い、そう感じた時から俺も次第に心を許していったんだと思う。

『リョーマ君』
名前を呼ぶ時の照れくさそうな笑顔とか。
初めて手が触れた時、大事そうにそっと包み込んできた温かさ。
妙に大人びているくせに、甘えるような表情を見せた時。
『えーっと、清純?』
初めて下の名前を呼んだ時、たったそれだけなのに嬉しくてたまらないとはしゃぐような馬鹿な所とか。
そういう要素の一つ一つが、心をゆっくりと溶かしていった。
一瞬で落ちるような恋じゃない。初めは間違っていた。
でも俺は、たしかに清純のことを好きになっていったんだ。

なのに、あの日。
親父が『アメリカに戻るぞ』その一言を聞いた時。
ああ、もう駄目だ。終わっちゃうんだな、と俺は思った。

諦めずにこのまま日本とアメリカで付き合いを続けるなんて、絶対無理だ。
清純のことを縛りたくない、そんな綺麗ごとを言い訳にしてたけど、
本当は。離れている間に、結局彼に愛想を尽かされて誰か他の女を選ぶ、そんな最悪な展開を見たく無かっただけだ。
『他に好きな子がいるんだ。今、俺の側に居てくれる子』
こんな台詞を聞かされる位なら。
このまま別れてしまった方がいい。

清純の家のチャイムを押す時には、ちゃんと決意していたのに。
俺の口から出たのは『どうしよう』という言葉だけだった。

結局、気持ちを察してくれた清純に酷いことを言わせて、
二人の恋は終わったんだ。
最後まで俺のことばっかりで。

清純は、そんな俺に失望したんじゃないかって時々考える。






「はい、終了ー」

不二先輩の声が響いて、俺はラケットを下ろした。
「あの、ありがとうございましたっ」
サーブすら手も足も出せなかった後輩はちょっと泣きそうだった。
「越前先輩のプレーをすぐ近くに見れただけでも光栄です」
「どーも」
差し出した手を握り返す。
これで全員相手にした。時間にしてはそんな経っていない。
ほとんどサービスエースばっかりだったから。

「越前は容赦無いなあ」
不二先輩と菊丸先輩が近付いて来た。
「おチビ〜、ちょっとやり過ぎじゃない?」
「なんで?本気でやらないと失礼でしょ。手抜きしたって、上達しないよ」
「でもぉ、もうちょっと練習になるように弱く打ってやるとか」
「菊丸先輩」
そんなつもりじゃなかったけど、出た声は怒ったようなものになってしまった。
「わざとそんなボール打っても上達なんてしない。
練習の前に、どうやったら取れるようになるか考えるのも大事なんじゃないの」
「それはそうだけどー、でもおチビのボール拾えって言うのも酷な話かなーって」
「全国行く為なら、どんな強い奴相手でも負かす位の気迫が必要でしょ」
「はい、ストップ」

不二先輩が俺の顔の前に手の平を出した。その行動に、思わず熱くなりかけてた口を閉じる。

「越前は僕の言う通りに皆の相手をしただけだ。
英二も、もうそれ以上言わないの。越前の性格わかっているだろうに」
「うん、まあ…ね」
「たしかにちょっと予想した結果と違うけどね」
不二先輩がふふっと笑う。
中等部時代もそうだったけど。不二先輩ってなんか人の心を読めるみたいで、苦手なんだよなあ。
「彼らには良い刺激になったと、思おうよ。
試合で当たる相手に越前より強い奴はいないと考えれば、楽になれるだろ?良い方に考えよう」
「不二がそう言うのなら…」
菊丸先輩が納得し掛けた瞬間、コート隅で大声が響く。

「マムシぃ!今、なんて言った?ああ!?」
「てめえのいい加減な指導じゃ駄目だって言ったんだよ!適当なこと後輩に吹き込んでんじゃねえよ」
「なんだと!力でねじ伏せろっていうのが悪いのか?」
「当たり前だ。そんな単純なことで上手く行くか。パワーだけじゃ試合に勝てないんだぞ」
「わからないだろ、そんなの!」
揉め事を起こしているのは桃城と海堂だった。
卒業してもあの二人は相変らずな様子だ。
「あーあ、またやってる。俺、止めてくるわ」
菊丸先輩が走り出す。大石先輩も乾先輩も駆け寄っている。あの頃、よく見かけた光景に、思わず笑ってしまう。

「なんだか懐かしいね…こうしていると僕らも中等部の時に戻ったみたいだ」
ひっそりとした不二先輩の声に、顔を上げる。
向こう側の騒動を見ながら、不二先輩は俺にだけ聞こえる声で呟く。
「もしまたやり直せたら、別の道を歩んでいたのかな。そう考えることは無い?」
「…無いっすよ。だってそんなことあるはずが無い」
先輩に言うには失礼な言い方だったかもしれない。
でも俺は憮然としたまま前方を睨みつけていた。
不二先輩はちらっとこちらを見て、なんだか納得したように頷いた。

「そっか。何に苛立っていたのかわかったよ。
もう一度ここに立ってみて、決して戻れないことを認識してたからか」
「何すか、それ」
「越前のプレイが、テレビで観た時よりも荒れていたから変だなって思ったんだ。
後輩達は触れることも出来ないサーブだったから、ほとんど気付かないだろうけどね」
「だから、何?」
「いや、越前でも後悔することがあるんだなーって」
「……」

これが茶化している口調だったら本気で怒る所だが、不二先輩のあの飄々とした掴みどころの無い笑顔を見ると気が抜けてしまう。相手するだけ損、みたいな。
あの頃のことを全部知られている分だけ、こっちが不利だ。
それでも胸の内のもやもやは消えなくて、どうにかして反撃してやろうかと考えていると、
後ろから声を掛けられた。

「あの、先輩達」
「差し入れですっ!」
振り向くと緊張した顔の一年生二人が立っている。手にはスーパーの袋をぞれぞれ持っていた。
中身はどう見てもペットボトルだった。
「今買って来たの?練習中に?」
首を傾げる不二先輩に、二人はぶんぶんと首を横に振った。
「違いますっ、僕ら渡されただけなんです」
「フェンス越しに声を掛けられてっ、差し入れだって無理矢理押し付けられtれ…」
「誰に?」
「それが、名前も言わなくて、変な人ですよねー」
「怪しいけど、一応先輩達に報告しておこうと思って…」
一人が袋から、ペットボトルを取り出す。

「しかもそいつ、これを越前先輩に絶対渡せって言うんですよ」
「これ…」
ファンタのグレープ。あの頃、俺がいつも飲んでいたものだ。
今も好きだけれど、さすがに運動後はスポーツ飲料に変わって飲む回数は減っている。

「何考えているんでしょうね。ファンタなんて、普通飲まない…」
「そいつ、どんな顔してた!?なんか特徴は?」
「越前先輩!?」
詰め寄られた二人はびっくりしている。でも、構わず続ける。
「覚えていること、なんか無いの!?」
「ええっと、たしか妙ににやけた軽い感じで」
「くせ毛みたいなふわっとした髪してた、って越前先輩!?」

最後まで聞かずに、俺はコートを飛び出してた。

ここにいることを知らないはずだから、彼じゃない。
世の中にはにやけたくせ毛の奴なんて、いっぱいいる。
俺がファンタ好きだっていうのも、知っている奴もいるだろう。

でも、あれを持って来たのは清純だ。
俺の直感がそう告げている。
来てくれたんだ。側にいたんだ。ついさっきまで、ここに。

(待ってよ、まだ話もしていないのに…!)

一気に門の外まで駆け抜ける。
息が切れるのにも構わず、左右を見渡す。
が、どんなに遠くまで確認しても、清純の姿はどこにも無かった。

「当然、だよな」

大きく深呼吸をして、壁に体を凭れさせる。
会うつもりなら、匿名で差し入れする必要は無い。
つまり清純は最初から顔を合わすつもりが無かったってこと。
こんな所まで追い掛けて来て、…馬鹿みたいだ。

「越前…!大丈夫?」
「不二先輩…」
心配して来てくれたらしい。駆け寄ってきた不二先輩も息を乱している。
「彼は?」
黙って首を振った。それだけで伝わるだろう。
「もしかしたらまだ近くにいるかもしれない。手分けして探して」
「いいっすよ」
「でも」
「ありがとうっす。でも向こうにその気が無いのに、俺も無理矢理会いたくない」
「本当にいいの?」
「っす」

今度は不二先輩の目を真っ直ぐ見て言えた。

ものすごく動揺して、思わず走ってしまったけれど。
やっぱり俺達は会うべきじゃないんだ。
もう、恋は終わっている。どんなに好きでも、あの日別れた道はもう一本には戻らない。

それに、約束も守らなきゃいけない。途中なのに会おうとするのは、ルール違反だろう。
清純もわかっているから、黙って去って行ったに違いない。

(俺、頑張っているから。すごく頑張っているから)

言葉は届かない。心も繋げることは出来ない。
それでも。
俺が約束を守っている証明は出来る。
きっと清純も、ずっとそんな俺を応援してくれているのだろう。

「越前先輩〜」
「あ…」
さっきの二人連れも来てしまった。しかも手には差し入れの袋。
「どうしたんですか、急に走り出すからよっぽどまずいもの受け取ったのかと焦っちゃって」
「悪い悪い。でも、荷物は置いてくれば良かったのに」
「いや、なんか持ってきちゃって」
「たしか越前の分ってファンタだよね。走って大丈夫だったのかな」
不二先輩の言葉に、俺は顔を引き攣らせた。
「そうだよ!振ったらすぐ飲めないじゃん」
「え、あ、スミマセン」
「グラウンド10周」
「「ええ!?」」
ハモる二人に、なんだか可笑しくなる。
「越前先輩、…それ、どういうことっすか」
「黙って走る。これも練習なんだか」
「でも」
「口答するなら20周」
「そんなー!」
「まるで手塚みたいな事言うんだね。しかも口調まで似てるかな?」
くすくす笑う不二先輩に、俺は腰に手を当てて告げた。
「不二先輩もグラウンド20周」
「え、なんで僕まで?」
「先輩だけじゃなく、皆も。走りましょうよ。
どうせ乾先輩のことだから、あれ持って来てると思うし。久々に罰ゲーム賭けてやりますか」
「そ、そんな所まで再現しなくてもいいからね、越前」
「さあ、まずコートに戻って声掛けますか」
「越前〜!」

抗議している不二先輩の声を無視して、走り出す。


過去には決して戻れない。
だからこのまま振り返らず、ひたすら前だけを向いて行こう。

苦しい時に、いつでも励ましてくれるのはあの言葉。
しゃがみ込みそうになると、支えてくれる。
見失いそうになっても、また歩き出せる。

『必ず上に行ってね。日本にいる俺の耳に届く位にさ。
ずっと応援しているから』

(うん、びっくりする位の頂上に行ってみせるよ)

いつか。
この苦しい気持ちも風化して、笑い飛ばせる程に二人とも成長したら。
また会えたらいいな。


そんな夢みたいな未来にきっと辿り着けるって、信じてる。


チフネ