チフネの日記
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2008年04月28日(月) |
10年後(不二リョ) BADEND注意 |
「周助出掛けるの?」
母の声に、僕は靴を履きながら答えた。 「うん、ちょっと外の空気を吸ってくる」 「部屋の片付けは終わった?」 「もうちょっと。帰ったらまたやるよ」 それ以上は母の言葉を待たずに、玄関から外へと出た。
家の改築をすることが決まって、しばらく母さん達は別の所に引っ越すことになった。 新しくなった家には裕太と、その奥さんと子供も一緒に住む。 本来なら、その役目は僕がするはずだった。 けれど仕事の関係上、この土地に住む訳にはいかない。 裕太も、僕がもうここに戻らないのを察知していたのだろう。 自ら「母さん達のことは俺に任せろよ」と言ってくれた。 感謝してもし切れない。
(ここは寒いな…)
かなり暖かい格好をして来たけれど、頬を撫でる風は住み慣れた場所よりも冷たく厳しい。 僕は今、植物関係の仕事をしていて冬でもここほどは寒くない気候の所にいる。
大学を卒業してすぐ、この街を飛び出して以来ずっと住んでいるので、 久しぶりの冬らしい風に首を竦めた。
専攻していた学科とは全く関係の無い植物の仕事を選んだ時、 当然両親からは反対をされた。 けれどあの頃の僕は、今ほどの元気も無く情緒不安定な状態がずっと続いていた。 眠れない夜も何度かあった。
ある日。窓に置きっ放しだったサボテンが月光に照らされているのを見て、ふと思い出す。 水をほとんど必要しないとはいえ、注意していないと枯れてしまう。 最後に触れたのがいつか思い出せない。 急いで僕は起き上がって、サボテンの具合を調べた。 そうして世話を続けていく内に、少しずつ僕は落ち着きを取り戻してきた。 土をいじり、サボテンを大事にしようという心が変えていったのだろう。 その時から、植物と接していたい、強く願うようになっていった。 上手くは言えないけど、これで癒されるような気がしたからだ。 知識なんてほとんど無かったけど、これから覚えて行けばいい。 無茶苦茶な説得だったが、目を窪ませたままだった僕が変わって来たことで、 両親は最後には認めてくれた。 それから、うんと遠いところに就職を決めて、この家を出た。 この街から離れたい。 いつまでもここにいたら、彼との思い出に潰されそうで。 一緒に歩いた道や景色を見ては、胸が苦しくなってしまう。 その衝動から、逃げ出したい。 だから別の所に行ってしまおう。それが旅立ちを決意した理由だ。
越前リョーマがテニス界から消えたのは、僕が最後の大学生活を迎えた年だった。 頂点を取った後、彼はすぐに引退宣言をして行方をくらました。 当然世間は大きく騒いだ。 失踪、誘拐、自殺等暗いニュースや面白おかしく捏造すらする記事も出て来た。 憶測だけが飛び交っていたが得られることは何もなく、 本人が不在のままなので真相はずっと闇の中だった。 そうしている内に新しいニュースに話題が移って行って、次第に越前リョーマのことは忘れられていった。
でも僕はまだ覚えている。 い彼がここにいたこと。僕の隣で笑っていたこと。
(ああ、やっぱり…駄目だ) 左手に嵌めた指輪を見て、息を吐く。 去年、僕は同じ職場の女性と結婚をした。 植物を愛する彼女は、日向に咲く花のように温かく眩しく、疲れた僕の心に光を差し込んでくれた。 苦しくて叫びだすような彼との恋愛とは違うけれど、穏やかに二人で寄り添って生きていく。 そんな生き方もあっていいんじゃないだろうか。 彼女はなんとなく僕の苦しみに気付いているが、黙って見守ってくれているみたいだ。 今回も一緒に帰ることを断った僕にそう、じゃあ気を付けて行って来てね」と笑って送り出してくれた。 そんな彼女の優しさに甘えているのかもしれない。 でも僕はどうしても彼とのことを、妻とはいえ語ることは出来ないでいる。
当ても無く、街をうろうろと歩く。 あの頃と変わらないようでいて、やっぱりどこか違っている景色の中に彼との思い出を探してしまっている。 (写真があれば、照らし合わせることも出来たのにな) 今回、母が片付けろと言ったのも、大量にある写真の整理だった。 当時、僕は飽きることなく彼の写真を撮っていたから。 『そんなに撮ってどうすんの?』と、呆れられる位。 笑って誤魔化したけど、例えば僕が高等部に上がって離れた時、 写真を眺めていたら少しでも寂しさが紛れるんじゃないかって、そう思っていた。 結局、もっと遠く離れてしまったのだが。 そしてフィルムを何本も消費して、撮った写真達は見たら余計辛くなるだけだと手に取ることすらしなかった。 もっと早く、彼との写真を確認しておけば良かった。 (後悔しても遅過ぎる) ごっそり出て来た写真の束を確認しながら、何十枚かそれが抜けていることを発見した。 母も他の家族も触れてはいない。 とすると、僕の写真を抜き取って行ったのは…。
(越前だ)
顔を上げると、信号の向こう側で青学の制服を着ている子が立っている。 背もあの頃の彼と同じ位で、一瞬ドキっとさせられてしまう。 成長した彼は、僕とそう変わらない身長でいるってわかっているのに。 信号が変わって、僕とその子は同時に歩道を渡り出す。 すれ違う瞬間、当たり前なんだけれど全く違う別人の顔に、落胆してしまう。 まだ彼が同じ学校に通っていたあの頃に戻れたら、間に合ったのに。 (どうして、諦めたりしたんだろう) アメリカに行く前、彼に迷いは全く無いように見えた。 どうして平気でいられるんだろうと、少し苛立ったりもした。 でも、彼も内心では不安だったのかもしれない。 口に出したら僕が心配すると思って、何も言わなかっただけなのに。 でも、せめて励みになるようにと写真を持って行った。 向こうで一人、写真を眺めていたかと思うと…やりきれなくなる。
最初から、続かないかもしれないなんて諦めるようなことを考えて僕の方がよっぽど酷いことをした。 大丈夫だと信じていたら、そんな心で送り出していたら、未来は違ったかもしれない。
クラクションの音に、僕は周囲を見渡す。 涙で滲んだ目で確認すると、信号はとっくに赤へ変わっていた。
******
「おう、リョーマ。久しぶりに相手してくれよ」 いきなり現れたと思ったら、これだ。 やっぱりドアを開けるんじゃなかった、とリョーマは小さく舌打ちをした。 「親父…よくここがわかったね」 「当然だろ、俺にわからねえことは無いの」 髭をさすりながら、ずかずかと部屋に入ってくる。 荷物はほとんど無いから綺麗なものだ。 いつでも出て行けるようにと、最小限のものしか持っていない。 「ふーん」 父親に気の無い返事をしながら、リョーマは欠伸をした。 「ったく、もっとすごーいとかさすがーとかそういう返事はねえのか?」 「無い」 「相変わらず可愛くねえなあ」 ぶつぶつ呟く南次郎を無視する。 このホテルに滞在して三日。それなのに探し出したのだから大したものだと思うけど、 絶対に言ってはやらない。
「また母さんに頼まれたの?」 その問いに、南次郎は頷いた。 「わかっているのなら、たまには顔を出してやれよ。 いつまでこんな落ち着かない生活続けるつもりだ。 少なくとも、もうお前にスクープの価値は無いから、安心して出て来いよ」 「そんな理由で帰らないんじゃない」 「はあ?だったら何だよ」 「完全に忘れてくれるまでは帰らないって、決めているから」 「おい、リョーマ。そりゃ一体誰に」 「ひ・み・つ」 にこっと笑って、リョーマは南次郎の背中を押した。 「とりあえず下のカフェでご飯でも食べててよ。結構いけるよ。 シャワー浴びたらすぐ行くから」 「ちょ、リョーマ」 「じゃあね」 勢い良くドアを閉めて、南次郎を部屋から締め出す。 少しの間怒鳴り声とノックの音が聞こえたが、それも静かになった。
「帰れる訳無いじゃん」 ベッドに越し掛けて、鞄を開ける。取り出したのは大事に仕舞ってある分厚い写真の束。 あの頃の大切な思い出がここにある。
不二はもう別の人生を歩んでいるのだろう。 開放しなくちゃ、と覚悟を決めてから一切の連絡も取っていない。使っていた携帯もすぐ解約した。 恋人として最後に出来るとしたら、彼を楽にしてあげること。 自分ばかり好きなテニスをして、それで忙しくなって、不二に連絡を取ることもままならない。 こんな関係で、不二が幸せでいられるはずがない。そう思っての決断だった。 だからこそ今更のこのこと日本に帰って、うっかり再会なんかしたら最悪だ。 彼をかき乱すような真似だけは絶対に出来ない。
自分は…ここにある写真の中の不二を眺めていれば、それで満足。生きて行ける。 「大丈夫、俺は寂しくなんかないよ」 一生分、愛してくれた。それだけの想いがあったことはわかっているから。 十三歳と十五歳の自分達が幸せそうな顔をして写っている。それが確かな証拠だ。
(だから、絶対幸せになってね)
リョーマはそっと写真の中の不二にキスをした。
終わり
2008年04月26日(土) |
夏、だった。(君がいない明日よりも、以前の話) |
髪から零れる水滴をタオルで拭きながら、リョーマは不二の部屋のドアを開けた。 部屋の気温は快適に感じる設定にされて、ほっと息を吐く。 そして迷うこと無くベッドに腰掛ける。 もう何回も来ている部屋だ。勝手も大体知っている。 「暑−っ」 言いながら、また髪を拭く。 一緒にシャワーを浴びた不二は、今キッチンで飲み物を用意してくれている。 手伝う、とリョーマは主張したのだけれど、 「いいから。部屋に行って待っていて」とにこやかに言われて結局2階に追い立てられてしまった。 遠慮、というのとはちょっと違う。
(俺のこと、甘やかしたいだけなんだよね) 世話を焼いている時の、不二の幸せそうな顔。 あれを見ると、断れなくなってしまい結局言う通りにさせてしまう。 流されているよなあ、とリョーマは呟く。
不二の呆れる位の甘やかしっぷりに最初は戸惑った。 人の手を借りる、というのはどうも慣れない。 けれど。 自分でやるからいい、と言うと不二の顔がそれはそれはハッキリわかる位落胆するのだ。 リョーマが驚いてしまう位。 そんな顔されたら、嫌なんて言えない…。
結局リョーマとしては、不二が幸せならそれでいい。 だから周囲がどんなに呆れていても、 この甘やかして甘やかされての関係はいつまでも続いて行くんだろうなと思った。
(あ、先輩の足音)
階段を上がってくる音に、リョーマは半分開いているドアに視線を移す。 するとトレイを持った不二がゆっくりと部屋へ入って来た。 「お待たせ、越前。喉渇いたでしょう?」 「うん」 「期間限定のファンタと、いつものグレープとどっちが良い?」 「両方」 「そう思った。だからどちらも用意したよ」 トレイにはグラスが3つ乗っている。 リョーマのファンタ二つと、不二の飲むお茶。 さすがだよね、とリョーマはにっこりと笑った。
「ありがと。遠慮なく頂く」 「どうぞ」 少し迷っていつものグレープを手にして、一気に飲み干す。 「そんなに喉渇いてたの?帰り道もポカリ飲みながら歩いてたのに」 ちびちびとお茶を飲みながら、不二が尋ねる。 「ファンタは別」 「成程」 「それに今日は暑かったからね。部活が休みで良かった。 ランニングなんかやったら、2リットルのペットボトルでも足りないよ」 「んー、大袈裟かもしれないけど、その位必要だったかもしれないねえ」 「でしょ?そこに乾先輩の汁なんてもってこられたら…ぞっとする」 「この季節に手作りの飲み物は危険だから、無いと思うけど。 乾のことだから、持って来ちゃうかもね」 「うわあ。飲みたくないー」 「僕もちょっと、遠慮したいかな」 二人して顔を見合わせて、笑う。
今日は久しぶりに部活が休みだった。 全国大会前の、休息。 でもリョーマには一日だってテニスを休むことは考えられなくて、 不二を誘って近くのテニスコートで打って来た。 休息が目的だから、明日に疲れを残す訳にはいかない。 顧問にばれたら大変なことになる。自分が誘ったとはいえ、不二にまで迷惑を掛けちゃいけない。 だから本当は自分が優勢な所で終わりたかった所をぐっと抑えて、 時間の延長無しにコートを後にした。
カウンター攻略したかったなあ、と不完全燃焼な気持ちは当然くすぶっているけれど、 今ここでニコニコして笑ってる不二の顔を見ていると、こんな風にのんびりしているのも良いかと思えてくるから不思議だ。
「そうだ。この間撮った写真出来たんだよ」 「この間?」 「うん。ほら、皆でボーリング行った時の」 「ああ、あれか。」 思い出して、リョーマは頷いた。
『写真を撮るのが、趣味なんだ』 付き合い始めた時、不二は照れたように今まで撮った作品を見せてくれた。 風景や日常。何気ないものがそこには写ってる。 いいなと思ったら、すぐにシャッターを押す。だからこんなに増えちゃったんだ、と不二は言う。 『ねえ。今度から越前のことも撮っていいかな?』 『俺?だって毎日会えるのに、わざわざ写真に撮ってどうすんの?』 意味がわからない、とリョーマは首を傾げた。 カメラ越しに見る必要がわからない。 そう言ったリョーマに、不二は珍しくどうしても撮りたいと食い下がって来た。 そんなに言うのならいいけど…それくらい。いつもお世話になっていることだし、とリョーマもそれ以上拒否するのを辞めた。また悲しそうな顔をされたら、困ってしまう。 『じゃあ最初の記念』 『え?』 『ほら、越前もっとこっちに寄って?』 『え、ええ?』 許可をしてすぐに、二人でくっ付いた写真を撮ることになった。それが始まり。
そして、この間のボーリング大会も。 カメラを持ち込んだ不二は、皆も写していたけれど、主にリョーマのことを撮っていた。 真面目にやりなよ、と菊丸に怒られた程だ。 一体どんな写真が出来上がっているのやら。 恐る恐る不二が机から持ってきた写真の束を受け取って、確認する。
「やっぱり……」 一枚ずつ確認をしながら、リョーマは小さく唸った。 「どうかした?」 「どうかも何も、写っているのほとんど俺ばっかり。皆なんて一人一枚くらいで、いいの?」 いかにも義理で撮りましたという感じだ、と脱力する。 こういう時に個人を撮るなんて、ちょっとまずいんじゃないの、と視線を送ると、 不二は涼しい顔をして答えた。 「皆、青酢のショックで僕が写真を撮っていたことすら覚えていないよ。 どうしても見せてって言われたら、一人一枚は撮ってあるんだからそれを出せばいい」 「あんたって…」 「ん?」 「前から思っていたけど、自分勝手だよね」 「正直って言って欲しいな。だって越前を写す為だけにカメラを持って行ったんだから、しょうがないじゃないか」 「はあ」
不二は早めに青酢でリタイヤした所為で、後半の写真はほとんど無い。 もしあのまま続けていたら、この枚数の倍になっていたはず。 ボールを投げたり、青酢を見て青くなっている顔の自分の写真を不二に返して、 リョーマは大きくため息をついた。 「こんなに沢山撮って、どうすんの。アルバムに貼ってもすごい数になるよね。 邪魔にならないの?」 半分呆れながら聞くと、不二はそんなことないよ、と笑って答える。 「どうもしないよ。ただ君と一緒にいた、その証を形にして残して置きたいだけだ」
リョーマからしたらなんの記念にもなっていないような写真を、 不二は大事そうに指で撫でている。 写真の方が大切か?とむっとして、反論してみる。
「そんなの必要かなあ?俺とその時のことを話せば済むじゃん。 形なんかじゃなく、思い出として語ればいい。それじゃ駄目なの?」 「駄目、っていうか」 困ったように、不二は口篭った。 「そうだね…。でも写真は僕の趣味だから。 これからも撮るのを止めるつもりは無いよ」 「先輩」 「だけど、君といる時は…」
写真を脇に置いて、不二はリョーマの肩を抱く。 「写真じゃなく、本物の越前を見るって約束するから」 「別に、俺はそういうつもりで言ったんじゃ…ないけど」 まあ、いいかとリョーマも不二の体にくっ付いた。 何かはぐらかされている気がするけれど、今は黙ってもいい。
(なんかさあ、不二先輩って)
証を残すとか、その寂しい言い方とか。 まるで将来別れることを示唆しているみたいで、少しむかついてしまう。 ずっと一緒にいられる環境じゃなうなったとしても、 気持ちさえあれば続いて行くもんじゃないだろうか。 それを最初から諦めて、どうするんだ。 離すつもりなんて、無いのに。
「ねえ、先輩」 「何?」 「こんな風に、何年か先の未来でもこうやって二人で過ごせたらいいね」 だから、リョーマは思ったことを口に出した。約束をするのでは無く、そうであったらいいなという希望だ。 「うん、そうだね。本当にそう思う……」 手を握って来る不二に、ちゃんとこの気持ちは届いているのだろうか? 伝わるようにと、リョーマは強く握り返した。
この恋が終わるなんて、全く考えもしなかった。 だって別れることになる春はここからは遠過ぎて見えなかったから。 続くと信じていられた。覚めるなんて欠片も思わず、夢中になってた。
季節は、まだ夏だった。
2008年04月08日(火) |
それでも君が好きなんだ(君がいない明日よりも、の続き。設定:不二が大学に入った頃) |
「ねえねえ、不二君」 「何?」
話し掛けて来たのは同じサークルの女子だ。 名前は忘れているので、不二は曖昧に笑って返す。 が、その子の質問に表情が凍ってしまう。
「最近、携帯を全然チェックしていないみたいだけど。 ひょっとして彼女と別れたりした?」 「……え?」 「え、って惚けちゃって。知っているんだから。不二君って、入部して来た時から携帯をよく見てたよね。あれは彼女からだって、皆言ってたよ。 でもここ一ヶ月位、全然気にもしていないからいよいよ別れたのかなって」
何も考えていないのか、人に対してずけずけ言えるその子に驚きつつも、 不二は首を振った。
「残念ながら、違うよ」 「えー、でもぉ」 「悪いけど、君の好奇心を満たすような回答は出来ないから」
ハッキリ言うと、なんだ、と不満げな顔をしてやっと引き下がってくれた。 そして別の女子達のグループの所へ行き、なにやらこっちを見て会話している。 きっと今のことを報告しているんだろうなと、不二はうんざりして立ち上がった。 これ以上、ここにいたくない。
「今日はもう帰っていいですか?」 一応先輩に声を掛けると、「なんだ、用事でもあるのか?」と言われる。 「ちょっと…練習出来ないのなら、早めに上がりたいんで」 「これから皆でどこか行こうかって話しになっているんだけど、用事あるなら仕方ないか。 お前が来ないってなると、また女子が騒ぐんだろうなあ」 あーあ、と頭を掻く先輩に、ぺこっと頭を下げて不二は部室から出て行った。
降り続く雨の中、傘を差して歩いて行く。 テニスが出来ないのなら、あそこにいたって意味が無い。 好奇心丸出しの目で見られるのは、やはり愉快とは言えない。
(気付かれてたのか…そっか、結構頻繁に見ていたからな)
リョーマが海外へ行ってしまう時、連絡を取りやすくする為に海外からでもメールのやり取りが出来る携帯に変えた。勿論リョーマの携帯も同じ仕様になっている。 メールと電話。それだけが、二人を繋ぐ糸だった。
あれからリョーマとは一度も顔を合わせていない。 お互い忙しいのと、それになんといっても会いに行くだけの費用は馬鹿にならない。 でも不二は大学に入ったらバイトを一生懸命して、稼いだお金でリョーマに会いに行こう、と密かに決めていた。 そう。連絡が途絶えるまでは。
最後にリョーマからのメールが来たのは、二ヶ月前だ。 どんなに忙しくても、週に1度は連絡をくれてたのにそれがぷっつりと途絶えた。 ひょっとして病気でもしたのか、それとも怪我? しかしテレビの中のリョーマは相変らず元気に活躍していて、今度もある大会に出場する為調整中と、そんな情報から安否を知らされた。
遠い、と不二は改めて二人の距離を実感した。 中学を卒業しても不二はテニスを続けている。高等部でも全国で良い成績を収めた。 でもプロになることは考えていない。 本当にそこへ行けるのがどんな才能の持ち主か、よく知っているからだ。 でも辞めてしまったら、リョーマとの絆が切れてしまうんじゃないか。そんな風に考えて、大学でもテニスのサークルに入った。
コートの中にいれば、あっちにいるリョーマの近くにいる。 そんな気持ちでいたのに。
(そう、だよね。わかっていたじゃないか…)
リョーマからのメールを期待しなくなってから、メールのチェックを無意識にしなくなっていた。 さっき言われるまで、気付かなかった位だった。
そうやって気持ちは離れて行く。 寄り添っていた日々が、夢だったみたいに。
でも。
(それでも、まだ君が好きだって言ったら…笑うかな?)
境の見えない雨雲の先を見詰めて、不二は呟く。
リョーマが今見ている天気は何だろう。 それすらも、わからない。
******
一度置いた携帯を手にして、じっと画面を見詰める。
そこには彼からのメールが映し出されている。
‘元気? 忙しいのなら、返信はいつになっても構わない。 僕はいつだって、君のことを応援している。 例え離れていても、聞こえなくてもそこから大きな声で声援するから。 頑張って。
周助‘
三年間離れていても、彼はきちんとメールを定期的にくれた。 こちらが遅れても、気にすることは無く一言でも届けてたのに。 なんで返せなかったんだろう、とリョーマは俯く。 大会前の調整で忙しかった。帰ってきたらすぐに眠って、それどころじゃなかったというのは言い訳だってわかっている。 たった一言でも、伝えることは出来たのに。
そこから連絡を取り辛くなってしまった。 きっと彼は不審に思っているいるだろう。大会に出て、テニスは出来る余裕はあっても、メールは出来ないのかと。 ずるずると悩んでいる間に、不二からのメールは一つも無い。
そして、リョーマは気付いた。
(本当は、ずっと重荷だったんじゃないの?)
この三年、ろくに会えなくて。 メールと電話だけで不二を縛り付けていたんじゃないか。 そう思ったら、急に怖くなってきた。 自分が連絡を取らなかったら、今頃不二は日本で別の誰かと付き合ったりして、恋愛を楽しむことが出来るはずだ。 こんな会えないのに、恋人だなんて胸を張って言えるのだろうか。
またメールを送ったら、彼の心を苦しめてしまう。
「ごめんなさい…」
メールの文に唇を押し当てて、リョーマはぽろっと涙を零した。
離れていても大丈夫だなんて、軽く思っていた自分が恥ずかしい。 不二に負担を強いることをまるで考えていなかった。
だから、ここで開放してあげるよ。
大好きだったあの笑顔を思い浮かべ、また涙が溢れて来た。
2008年04月06日(日) |
君がいない明日よりも |
閉じかかってはまた目を開けて、こくっとした所で再び体を起こし。 そんな風に頑張って起きていたリョーマも、とうとう眠ってしまった。 聞こえてきた寝息に、不二はそっとリョーマの体に布団を掛ける。
今夜は眠らない。朝まで起きている。 そう主張したリョーマに、不二は「そうだね」と笑って返した。 結局眠ってしまうのはわかっていたけれど、気持ちの上では彼に同意しておきたかったからだ。
「もうすぐ、12時か」
リョーマにしてはかなりの夜更かしだ。 いつも不二の家に泊まりに来ても11時には寝てしまう。 そんなリョーマが無理にでも起きていたのは、明日になってしまえば飛行機に乗って離れ離れになる、だからせめて今夜は不二が寝るまで一緒に起きている、と最後の時間を惜しんでいたからだった。 やはり睡魔には勝てなかったが、不二はリョーマの気持ちが嬉しかった。 一緒に過ごすこの時間を大事にしてくれている。それだけでもう十分だ。
(最後かあ…)
いやな響きだ、とベッドに散らばった写真を集めながら呟く。 さっきまでリョーマと二人で眺めていた写真達だ。
不二は写真を撮るのが趣味でリョーマと出会う前からよく休日にカメラを持って外に出ていた。 被写体を探して、いいなと思ったら迷わず写す。それは風景だったり人物だったり様々だ。 けれどここ半年より前からはリョーマとの思い出を撮ることだけに専念している。付き合い始めてから、ずっとだ。
『こんなに沢山撮って、どうすんの』
呆れた顔で言うリョーマに、不二は答えた。 『どうもしないよ。ただ君と一緒にいた、その証を形にして残して置きたいだけだ』 『そんなの必要かなあ?俺とその時のことを話せば済むじゃん』 そう言ったリョーマに、不二は曖昧に笑ってみせた。
いつか、その思い出を語る距離にいられなくなる。 リョーマはそれに気付いていない。
付き合い始める前から、不二はなんとなく思っていた。 この類まれなる才能を持つこの子は、いつか日本なんて狭い所から飛び出して行くだろう。 だから自分でも無意識に、思い出を形あるもので残そうと…写真を撮り続けていたのかもしれない。
(写真だけが残っても、仕方無いんだけどね)
二人で仲良く笑っている写真を見つけて、手が止まる。 まだ付き合い始めた頃のものだ。 幸せそうに笑っている自分の姿に、胸が痛くなって行く。
絶対に遅刻しないことを約束をして、こうして不二の家に泊まりに来てくれたけど。 明日になれば、リョーマはアメリカへと発っていく。 もう届かない場所へ、行ってしまう。
別れの言葉をリョーマは口にしない。 このまま続けていけると、信じているからだ。約束も何も無い。 実にリョーマらしい。
(でもわかっているのかな。僕ら、まだ15歳と13歳なんだよ…?)
そんな二人が恋をこの先も続けていくのがどんなに難しいか、リョーマにはわかっていない。 不二だけが理解している。
お互いに好きで、気持ちは変わらないと信じていても。そうありたいと願っていても。 15歳と13歳とじゃ超えられない現実がある。 好きな気持ちに偽りは無いけど、距離が離れてしまうのはそういうことだ。
(いっそ、このまま時間が止まってしまえばいいのに)
幸せそうに笑っている写真を握り締めて、不二は眠っているリョーマの頬にキスをする。
明日からはリョーマがいない。 不二はここに思い出の残骸と残される。
いつかは来ると覚悟していた別れなのに(覚悟してた時よりもずっと早かったが)、 いざ後数時間という事実は、不二の心を重くして行く。
「やっぱり、一緒に居たいよ…」
小さく不二は声を上げる。
明日なんて、来なければいいのに。 君が側にいない、そんな日なんていらない。
いらないって願っているのに。
正面に置かれた目覚まし時計の針がカチッと動いて、12時を指した。
チフネ
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