チフネの日記
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2005年08月03日(水) ↓その3 ラスト

さっきから、数秒毎に振り返る。
そして言うことは、ただ一つ。

「ごーはーん」
「大人しくテレビ見て待っとき。今日はリョーマの好きな和食やからな」
「後5分で食べれなきゃ帰る」
「無茶言うな!」

越前リョーマが、俺の部屋を訪ねるようになってもう二ヶ月過ぎている。

親元を離れ、好き勝手やれるこの部屋に、何人もの女を招待したけれど。
こんなに時を楽しく過ごせる相手は、リョーマ以外思いつかない。

「まだー?」
「今、盛り付けするところや。皿、取ってくれるか?」
「うん」
新婚さんみたいなやり取りやなあ、と一人で照れる。
それが表に出たのか、リョーマに不審な目を向けられ、慌てて顔を引き締めた。

「いただきます」
「沢山、食べてな」
「うん」
言わなくても、リョーマが遠慮無く食べるのはわかっている。
すっかり馴染んだリョーマとの食卓風景。
誘った日は、絶対断られない。
リョーマの好きなものばかり作るせいもあるやろうけど。

けど、リョーマなりに俺を一人にさせないと気遣っているのやろう。
驚かされる位に、勘が働く子供だ。

そして、優しい所を持っている。


ほんまリョーマに気持を受け入れてもらえて、
幸せや。





関東大会で敗退した後、すぐにリョーマへアプローチを掛けた。
『好きになった。俺と付き合うて欲しい』
他校の、しかも勝敗を決定付けた選手になんてと非難があろうがなかろうが、
考えずに行動した。

『あんたのこと、よく知らないんだけど』
じっと、射抜くような視線で見詰めてくる。
知らないのなら、これから知ればええと言いくるめようとした時。
『いいよ、別に付き合っても』
『ほんまか?』
『ほんま・・・?って、何?』
どういう意味?と首を傾げるリョーマに脱力させられる。
『本当か?って意味や』
『へえ・・・・?』
『で?どうなんや』
『え?ああ、本当だけど』
あっさりリョーマは認める。
その態度に、遊びじゃないのか疑ってしまう。
告白されるのなんて当たり前で、
たまたま恋人がいなかったから、次が見付かるまでの繋ぎかもしれない。


『初めて会った時、俺のことじーっと見てたでしょ。
眼鏡まで外して。
得体を知れないモノを探るような視線だったから、顔は覚えていたんだよね』
そんな顔をさせるほど、何が見えたのか。
リョーマはリョーマなりに、俺に興味を持っていたのだと知らされるのは、付き合って一週間程経過してからだった。

探るような視線と言われ、ぎくっとする。
確かにあの時、リョーマを覆う光が何か知りたくて、不躾な視線を向けていた。

『一目惚れして、リョーマしか見えなかったんや』
誤魔化せるとは思わないが、慌てて言い訳をする。
『ふーん。そういうことにしてあげてもいいけど』

それ以上の詮索もなく、リョーマは話題を変えてきた。

秘密を抱えてることを、漠然と気付いているのか。
リョーマはその辺りに決して踏み込んで来ようとしない。
ほっとするような、そこまで関心が無いのかとがっかりするような。


‘お前が見える煙は、口に出さない方がええ’

伯父の言葉と、家族の俺への対応を思い出す。
母は一ヶ月に1度、必ず連絡をしてきたが、親父にも姉にも2年以上会っていなかった。
家にはきっともう帰れない。
俺は伯父のように居なかったことにされてる、存在やから。

もし、リョーマが俺の目のことを知ったら、やっぱり気味が悪いと思うか。
拒絶されるのが、何よりも怖い。

「侑士」
「ん?」
空っぽになったお茶碗を前に、リョーマが鋭い目を向けてくる。
「お代りか?」
「もうお腹いっぱいだから、いい」
「ほんならデザートか?」
「・・・・・・うん」

リョーマの視線を感じながら、背を向けて冷蔵庫へと向かう。
考え事をしていたのが、ばれているようだ。
でも、それは何か言うことは出来ない。

俺は、卑怯な奴や。

さっさとリョーマをモノにしたくせに。
真正面からぶつかることを怖がっている。

こんなことを考えると跡部にばれたら、きっと殴られるに違いない。

『面白いな、アイツ』
『あの生意気なガキが?さっさと負かしてやれば良かったのに』
『それじゃつまらないだろ。大舞台で倒した方が面白い。
手塚とも決着つけたいが・・・アイツとも当たってみたくなった』
『マジかよ!一年相手にバカじゃねーの?』
『それはお前の方だろ』
『ああ!?ケンカ売ってんのか?』
『・・・岳人、そのくらいでやめとき』

跡部がリョーマのことを気に入ってるのは、すぐにわかった。
もし先に跡部が行動していたのなら。
きっと今の自分達は無かったに違いない。

テニスにおいても、それ以外でも唯一認めた相手。
そして自分とは違って、何の秘密も抱えていない。

リョーマだって跡部のテニスの腕は認めている。
それが違う感情に変わらないなんて、わからへん。

跡部が先に近付いていたら。
違う未来があっただろう。



けれど・
リョーマだけは譲られへん。
光り輝く存在を、卑怯だと罵られても手放す気にはなれない。



「今日は泊まりの許可もらった」
「え、ほんまか?」
「うん。だからパジャマ出しておいて」
そうしてさっさと風呂に入り、誘って来たリョーマの手を振り解けるはずも無く。
ベッドへ雪崩れ込み、気付けば日付が超えていた。


「大丈夫か?」
「うん・・・」
汗に濡れた前髪を払ってやる。
返事をしているが、すぐにでもリョーマは眠りそうだった。
寝てる間に、体を拭いてやった方がええな。
それまでは一緒にいようと、リョーマの頬を撫でる。

なんでリョーマだけが特別なんやろ。

今までの相手とは、眼鏡無しでは床を一緒にすることは出来なかった。
性欲、と思われた煙は、実は自分に対する独占欲だと気付いて。
とてもじゃないけれど、正視できるものじゃなかった。吐き気もした。

いずれあれが纏わりついてくるかと思うと、ぞっとする。

向こうも遊びでない限り、相手にしないと決めたのもこの頃だった。



レンズ無しで向かい合いたいと思うのは、リョーマだけだった。
リョーマは誰とも違う。
気持悪いなんて思ったことない。
むしろ光で浮かび上がる白い身体に、何度も魅せられた。

どうしてこの子供だけが、他の人間と違って映るのだろう。

リョーマと身体を何度重ねても、答えは出て来ない。


「ねえ。侑士」
「何や」
ほとんど眠りそうな態勢で、リョーマはうつらうつらと言葉を紡ぐ。

「絶対、一人にしないから」
「リョーマ?」
「だからそんな顔しなくても大丈夫だよ。
侑士の側にずっといるって約束する」

無意識なのか、リョーマは布団の中から手を伸ばして来た。

言葉を失ったまま、小さな手を握る。

知ってるのか。
俺が、言えないものを抱えていること。

「大丈夫、大丈夫・・・」
繰り返すリョーマの目は閉じられていた。
半分、夢の中なのだろう。
わかっていて、問い掛ける。

「俺が人と違うても、側にいてくれるんか?」
「ずっと。いるよ」

俺は、その為にここにいる。

その言葉を最後に、リョーマは寝息を立て始めた。
完全に眠ってしまったらしい。
しかも握られた手はそのままで、タオルを取りに行く事も出来ない。

しゃあないか。

苦笑して、リョーマの隣で横になる。
そして額に、そっとキスを落とす。

抱えている秘密を、近い内リョーマに話してしまおう。

『絶対、一人にしないから』

その言葉を信じて。


もしかして、リョーマだけが他の人間と違って見えたのは、
孤独だった自分を光へと導く特別な存在だからだろうか。


勝手な解釈に頷き、目を閉じる。

起きた時も、隣にはリョーマがいる。
決して一人ぼっちじゃないと、教えてくれた。





それから時が流れて。

相変らず俺の部屋には、伯父から眼鏡が送られてくる。

「侑士、誰からの小包?」
「俺の恩人、やな」
「ふうん?」

隣には、変らずリョーマがおる。
秘密を知っても、恐れることなく俺と共に。


『光はお前と共にある。大事にしろ』

一緒に同封されたメモに苦笑する。
相変らず全部わかっているようだ。

「いつか会いに行かへん?リョーマにも紹介したいんや」
「いいよ」

笑って頷くリョーマに、「約束」と小指を繋ぐ。

「一緒に行こうな」
「一緒に、ね」

きゅっと結ばれる指先。

そう。光は共にある。

いつでも、ここに。

終わり


2005年08月02日(火) ↓その2


親父達の態度は、眼鏡を掛けて煙が見えなくなって変わらなかった。
相変わらず、親父は俺を見ると気難しそうな顔をしていたし、
お袋は悲しそうな表情。
急に余所余所しくなった姉は、もう俺に近寄ろうともしなかった。

小学校を卒業するまで、家の中で俺は一人浮いた存在だった。

時折、成長に合わせて新しい眼鏡が送られてくることだけが、
あの家での唯一楽しみだった。
伯父がまだ自分のことを気に掛けてくれてる。
味方がいると思うだけで、こんなにも心が軽くなるもんか。
当然、親父達はどこから届いてくるかわからない荷物にも、
何も触れることはない。


「なあ、侑士」
小学校生活も残り一年を切ったある日、母がか細い声で俺を呼んだ。

「東京の学校に、行かへんか?」

存在を抹消されてない方(つまりまともな人間ってことやな)の叔父さんが経営しているマンション。
そこに住まないかという話やった。

「叔父さんも近くに住んでいるし、心配は無いから」
新しく住む場所からは、氷帝学園という学校が近いらしい。
近代的で、スポーツにも学力にも力を入れている学校。
侑士の為に、そっちの環境が良いと母は言った。

俺の為でないことはわかっていたが、そこで駄々を捏ねて困らす気も無い。
この不自然な家の中で暮らすよりも、楽なのもわかっている。
俺がいない方が良いことも。

「そうする」
決断した俺に、「堪忍な」と母は少し泣いた。




親父から話を聞いているせいか、
何度かだけ会った叔父の態度は妙によそよそしいものだった。
頭を下げる母の前では、心配ないようなことを言っていたけど、
この先も当てにならないことはすぐに気付いた。

母が家へと帰った後、がらんとした部屋の中で本当に一人になったと実感する。

この目がそんなに悪いのか。
俺は、俺なのに。

涙は出なかったけれど、心の中は悲しみで一杯だった。



東京に移ってから3日後。
伯父から荷物が届いた。
家から送って来たかと思ったら、宛先はここの住所だ。
こっちに移ったことを母から聞いたのだろうか。

小さな小包を開けると、いつもと同じように眼鏡が入っていた。
入学祝いってやつだろうか。
それと、
「何かあったら、ここに連絡しろ」
電話番号らしきメモが一枚。

一人になったことを知っているような文。
どうしてなのか不思議に思ったけれど、伯父が気に掛けてくれていることが嬉しくて、
そのメモをピンで壁に留めた。

未だに連絡は取ったことは無いが、
もし困ったことが起きたら電話するより前に、伯父はやって来る。そんな気がした。




ほとんどが持ち上がりの氷帝で、
最初は上手くやっていけるか不安だったが、強豪といわれるテニス部に入ってすぐに馴染むことが出来た。
なにしろクラスのほとんどがテニス部に入ってる有様だからだ。

どうせなら、上を目指してやろうやないか。
一番、といわれるテニス部に入ったのは、そんな不純な動機だったけれど。
気付けばボールを追うことに夢中になっていた。
気の合う連中も、出来たことやし。
テニス部に入ったのは、正解だったようだ。



「なあ。侑士って、時々眼鏡外してるけど。目の調子でも悪いのかよ?」
ぴょんぴょん自由自在にコートを跳ね回るプレイ。
この所、よくつるんでいる向日岳人が、「ほら、さっきも」と尋ねてきた。
「あー、まあな」
「でも誰かの試合前に外すこと多いね」
のんびりした声は、よくコート隅で寝てしまう問題児の芥川慈朗。
眠そうな顔をしているくせに、意外と鋭い。

「そうか?試合をちゃんと見ようと目を擦ってるだけやけど」
「ふーん」

勿論、それは単なる言い訳だ。
普段、人の欲の形などは見たくも無い俺だが。

『勝ちたい』
勝利を望む執着心だけは、別だ。
この煙だけは気持悪くない。
むしろちゃんと見ていたいものだ。


今もネットを挟んだ二人の人間が、それぞれに煙を纏っている。
一人は余裕綽々とした表情。
けれどしっかりと、勝ってやるとばかりの煙が揺れている。
もう一人は言うまでもない。後輩に負けたらこの先の活躍の場が無しになるだろう。
絶対に叩きのめしてやると、試合前から力が入っている。

「どっちが勝つと思う?」
間延びしたジローの声に、試合を見ながら寝るなよとだけ注意する。
一緒にいて、起こしてやらないとは何事だと怒られたことも一度や二度じゃない。
「跡部やろ」
「でも正レギュラー相手だぜ?」
嫌味な奴と岳人は跡部を評していた。
無理も無い。

『俺様はお前らとちんたら練習するつもりは無い』

同級生達に向かって、跡部は入部初日から啖呵を切ったのだ。
たしかに跡部の実力は、同級生の誰よりも抜きん出ていた。
一年生とは思えない程のプレイスタイル。
しかしだからと言って、片付けをやらない理由にはならない。
文句を言い続けた皆に、跡部はこう宣言した。
『だったら今すぐ正レギュラー取ってやる。
そうしたら練習だけに専念できる待遇になれるからな』
飛躍した考えに、誰もが口をぽかんと開けた。
200人もいる部員の中で、正レギュラーになれるのは8人。
それを一年生の跡部が取ってみせる?
とても正気とは思えない。
普通なら。

跡部は一人で監督の元へ乗り込み、上級生と試合させて欲しいと頼み込んだ。
『実力を見て評価して欲しい』
上級生に勝ったら、準レギュラーと。準レギュラーに勝ったら、正レギュラーと。
しかし私情を交えた願いを、監督がハイそうですかと聞くはずがない。
跡部の申し出は却下された。
そこで諦めないのが跡部景吾という男だった。
部活の時間に、先輩を挑発して試合を申し込ませるという暴挙に出た。
仕方なく、コートに入ったと言う辺りがずるい。
しっかり勝利して監督に興味を持たせたくせに、よく言うわ。
実力主義を掲げているだけあって、監督は跡部の力を認めないわけにはいかず、
準レギュラー達と試合させることになった。
当然のように全勝利した跡部は、今、正レギュラーの椅子を賭け、あそこに立っているのだ。

「なら、賭けるか?」
ぴっと人差し指をコートへ向け、岳人へ尋ねる。
「俺は跡部が勝つ方に賭ける。負けたら、好きなもん奢ってやる」
「なら俺は先輩な。その言葉、忘れるなよ」
「ジローはどうする?」
「ジロー・・・」
フェンスにしがみ付いて、ジローは目を閉じていた。
やっぱり、と慌てて起こしに掛かる。
「ジロー、起きろ!」
その一瞬の間に、跡部はサービスエースを決めた。





「やっぱ、あいつ気に入らねー」
賭けに負けた岳人は、がっくりと項垂れ、大きく溜息をついた。
しかしフェンスの向こうでは、もっと脱力している奴がいる。
ゲームカウント6−4。
一年生に正レギュラーを奪われたのは屈辱だろう。
真っ青な顔をして、その場から一歩も動かない。
跡部はというと、監督の呼ぶ声に一礼してさっさと出て行ってしまった。
きっと正レギュラーとして選ばれたことの報告を聞きに言ったのだろう。
「侑士は跡部があんなにも強いって知ってたのかよ?」
「まあ、俺も負けたことあるからな」
一年同士の打ち合いで負けたのは、跡部一人だった。
最も向こうは勝ったことに対して、当然のような顔をしていた。
「くそくそ。大人しく負けてれば良かったのに」
「そういうこと言うな。賭けに負けたからってみっともないで」
「だって、さあ」
ぶちぶち言い続ける岳人に、肩を竦めてみせる。
「けど、あいつがおれば行けそうな気がする」
「どこへ?」
「決まってるやろ」
目指す場所は、一つ。
「全国か」
「俺らが三年になったら、きっと跡部が部長やろうなあ」
「うわ!最悪!」
「そんなこと言って、仲良うなったら意外と気があうかもしれへんで?」
「それはナイだろ!・・・・って、ジローは?」
「ぐぅ」
「また寝てるのかよ!」



これから後、跡部は正レギュラーのままで。

俺達がレギュラーになれた頃には、当然のように跡部が部長になった。

「本当にに部長になってやんの」
「なんだと、文句あるのか」
「別にー」
「ぐぅ」
「ジロー、また寝てるのか!?」

我侭だけれど、実力は本物の跡部部長と俺達レギュラーメンバーと。
打ち解けるには時間を要したが、壁を取っ払った後は早かった。
跡部は自己中心的な奴だとばかりに思っていたが、
意外と周りを見ている奴で、なるほど部員を纏めるには相応しいと思える部分もあるからだ。
これには反発してた奴も認めざるを得ない。
そして何より全国で通用する跡部の力は、氷帝で今や無くてはならないものだった。

たしかに、好き放題してる部分は問題があるが・・・。





「おい、ちょっと寄って行こうぜ」

その日は、レギュラー全員でスポーツショップに買い物へ行った帰りだった。
関東大会前に必要な物は揃えておけと、監督からの命令を受けて、外へと出た。
ただジローだけはどこかで寝ているのか、部活にも来ていない。
また怒られるな、と岳人は呆れた顔をした。
店を出た後、急に跡部は学園に帰る道で無い方を歩き始めた。

「また雑魚がいるかもしれねえな。その時はからかってやるか」
「ウス」

跡部の言葉に、用心棒のように隣にいる樺地が頷く。

「またって、何や?」

ここで帰ろうと言っても、跡部が聞くはずもない。
仕方なく、全員跡部の後ろを付いて歩いている。

「この前、すぐ先にあるストリートテニス場で樺地のボールを返した奴に会った」
「え!?ほんとかよ、樺地っ!」
「ウス」
「やるねー、そいつ」

皆は口々に驚きの言葉を口にする。
氷帝1のパワーの持ち主の樺地のボールを返したから、当然の反応といえる。

「しかも、そいつ。青学のレギュラーだぜ」
「青学って、一回戦で当たるじゃねーか!一体、誰だよ」
「まあ、慌てるなって」

興奮気味の岳人に、跡部は焦らすように笑った。
俺もその相手に少し興味がある。
一回戦で当たるなら、尚更。


偶然にも、樺地のボールを返した男・桃城はコートで女の子とテニスをしていた。
この時期にデートか。余裕やな。
大したこと無さそうやん。ボールを返したのも偶然に違いない。
軽く勝てそうだと、欠伸しそうになる。

「サボりっすか、桃先輩」

聞こえてきた声に、視線を上げる。

こちらへと歩いてくる、小柄な少年。

「越前君!」

女の子の声に、はっと我に返る。

なんや、あれ。
今、俺は「越前」と呼ばれた少年に、目を奪われていた。
眼鏡越しなのに、あの煙にも似たものが映っていたせいだ。
瞬きして、もう一度少年を見詰める。
やっぱり、何か纏っているよううに見える。

見間違いじゃない。
恐る恐る、そっと眼鏡を上げて確認する。


「お前が青学ルーキーか」

跡部をしっかり睨みつける越前の体は、今まで見たことの無い光に包まれていた。

太陽みたいに周囲を眩しく照らす、その光。

(こいつ、一体何者なんや・・・?)

一瞬で目が離せなくなった。


2005年08月01日(月) 忍足の眼鏡にはどういう意味があるか捏造してみた 小ネタ1

‘人の周りに、なんかもやもやしたモノが見えるんや’

親父にそう言うたら、顔を顰めて黙ってしもうた。
みんな、アレ気にならんのか?
そう思うて聞いただけやのに。
なんでそないな顔するの?

しばらく家の中はお通夜みたいに静かやった。

涙の跡を隠したお袋と、目を合わせようともしない親父。

俺の言った言葉が原因だとなんとなくわかっていた。

そんなにまずいことを言ったんやろうか。




それから3日程経過して、親父は怪しげな格好な人を連れて来た。
親父の顔は変わらず、ずっと顰め面のまま。

「侑士。お前のオジさんだ。挨拶しろ」

ずっと会っていない自分の兄だと言われた。

どうやら親父の兄、俺の伯父に当たるらしい。
親父の兄弟は、東京に住んでいる叔父さんしかいないと思うてたから驚いた。

誰や、この人?

うさん臭そうに見る俺に、初めて会う伯父はぼりぼりと顎を掻いた。

「侑士言うんか」

頷くと、顎を掻いてた手でわしゃわしゃと髪を撫でられる。

「出来るだけ、お前の力になろう」
そう言って、伯父は笑った。

一目で俺の不安を見透かすような目。
伯父はわかっていたんやと思う。

時に人の周りに浮かぶ煙のようなモノ。
あれを見ると、気持ち悪くなる。
けれど払おうとしてもそれは消えない。
一体あれは何やの?
誰も煙コトについて口にしない。
俺の目がおかしいのかと思ってた。



「お前は多分なー、人の欲の形が見えるんや」

親父は俺の話をまともに聞いてくれなかったが、
伯父は寝転びながらつたない俺の言葉に耳を傾けてくれた。

「時々、ウチの家系にはそういうのが出る。
俺と、妹・・お前にとって叔母さんやな。やっぱり人とちょっと違うところがある」
「叔母さん?伯父さんだけでなく叔母さんもおるのか!?」
「ああ。お前の親父は俺達のことを嫌っているから、教えないのも仕方ないがな」
ハハ、と伯父は笑う。

「機会が会ったら叔母さんと話してみるとええで。
まあ、兄貴が許さないやろうけどな」
「伯父さんも何か見えるんか?」
「見える、とは違うな」
「じゃあ、どんなの?」
「内緒」
「なんで?」
「俺は生涯誰にも言わんと誓ったんや」

何度尋ねても、伯父が口を割ることはなかった。
今なら、理由はなんとなくわかる。
じいさんのところへ行っても、話題に上ったことのない伯父と叔母。
初めて二人のことを聞いたくらいや。
二人の存在は無かった事にされているらしいと、理解する。

多分、俺みたいに持ってる何かのせいで。
伯父は、その何かをもう誰にも言わず、
自分の中で仕舞っておこうと決めたのだろう。

「俺も、誰にも言わない方がいい?」
親父や母さんの顔を思い出す。
決して歓迎していないと、子供心でもわかる。

「ええか、侑士。お前の見える煙は、人が欲を持つと周りに出てくるもんや」
「欲?」
「あれしたい、これしたいっていう願い。わかるか?」
「なんとなく」
「例えば腹が減ったら、飯食いたいなと思うてる人がいる。
その時、侑士はそいつの周りに煙を見ることになるんや」

たしかに外食をした際に、周りの人々がごく薄い煙を纏っていたことを思い出す。

「これ位なら、侑士の目に映る煙は薄いやろうな。
お前が気持悪いと思うのは、私欲の為に悪いこと考えてるような欲望や」

見た目綺麗な人が、真っ黒な煙を纏っていたのを見たことがある。
あれは、伯父が言うようなことを考えていたからだろうか。

「隠していることを、人に知られたらまずいと思う奴が大半や。
お前が見える煙は、口に出さない方がええ。
何か言うて、お前に危害があるかもしれんからな」
「・・・わかった」
まだ子供だった俺は、頷く他無かった。
何がまずいのかまではわかっていなかったが、
伯父の険しい顔を見て口外するのはよくないとだけは理解した。

「煙を完全に見えなくするのは、難しいけど。
一生に一度の弟の頼みや。なんとかしたる」
持ってきた鞄の中を探り出し、伯父は本を読み始めた。

伯父のなんとかするという言葉は、数日後判明した。

その日、学校から帰ると伯父の姿は家から消えていた。
どこかに言ったのかと親父に尋ねたら、「あいつは、出てった」との素っ気無い返事。
親父の対応に、俺はもう伯父はいなくなったと理解した。
がっかりして自分の部屋に戻ると、机の上に何かが置いてあるのを見つける。
そこには侑士へと書かれた紙と、小さな箱があった。

侑士へ。これをつかえ

箱の中には丸い眼鏡が入っていた。

素っ気無い文面に従い、恐る恐るその眼鏡を顔に掛ける。
驚いたことに、サイズはぴったりだった。
それから外に出て、通りを歩く人を眺める。
もし、この眼鏡が煙を見えなくする為のものなら。
期待して、ぐるっと周囲を見渡す。

眼鏡を通した世界では、煙を纏っている人はいなかった。


チフネ