VITA HOMOSEXUALIS
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2016年08月13日(土) 少年の日の回想(2)

 私の通った高校には二つの対立するグループがあった。大半の生徒はそのどちらにも属していなかったが、少数の生徒たちが反目し合っていた。その一つは朝鮮出身の二世や三世から成るグループで、もう一つは被差別部落の出身者から成るグループであった。これらのグループは時折小競り合いのようなことを繰り返した。その反目が深刻であった理由は、それぞれのグループの背景に大人たち、それも反社会的な勢力とされる人々がついていたからである。その反目は後に私が政治的な関心を持つようになる源泉でもあった。お互いに日本社会から疎外されている人々がなぜ反目し合わなければならないのか、私はその対立を無用なものと思い、お互いが階級意識に目覚めれば解消できるものと思っていた。

 私は朝鮮出身側のM君と親しくしていた。M君は小柄で浅黒く、精悍な顔つきの悪戯っ子だった。しかし彼は読書家でよく本を読み、自分も小説家になりたいと思っていた。

 高校2年の夏休みの日、私は彼の家に遊びに行った。彼の家は長屋の一角にあり、二間ほどの狭い家は表通りから裏側まで見通せ、その長屋の外れには豚小屋があったので、動物の匂いがぷんと漂っていた。彼は家にいなかった。家族もみな働きに出て留守だった。だが、私は勝手をよく知っていたので彼の部屋に上がり込み、そこらへんの本を見て、井戸から勝手に水を飲み、彼が部活から帰るのを待っていた。

 ツクツクボウシが鳴く頃、自転車が止まる音がした。M君がよろよろと帰って来た。白いシャツが破れていた。顔に傷があった。

 「やられた」

 彼はすり切れた畳にどんと転がった。私は驚いた。彼のシャツを脱がせた。あちこちに痣があり、シャツには血がにじんでいた。

 「Oか?」

 私は対立するグループの首領の名を言った。

 「それだけじゃあない」

 彼は薬罐から水を飲んで転がった。

 「ただじゃあおかん」

 彼の胸が波打っていた。

 「廣島に声をかける、二、三十人集めるぞ」

 「やめとけ」

 「チェーンに、木刀に、ヌンチャク・・・」

 彼は起き上がって両手をついた。肩が上下に揺れていた。

 「こうなりゃ戦争じゃけ・・・」

 「やめえというに」

 私は彼の両肩をつかんた。目が血走っていた。その目に涙がたまり、ぼろぼろとこぼれた。鼻水がぼたぼた落ちた。

 「ケンカしても何にもなりゃせんけ」

 私はできるだけおだやかに言った。

 ぐあっとしゃくりあげるような声を響かせ、彼は私にしがみついた。そのまま小さな子のように「ぐあっ、ぐあっ」と声をあげて彼は泣いた。私はしばらく彼を抱きしめていた。それからタオルを井戸水で濡らし、彼の顔を拭き、体を拭いてやった。

 「どこかに薬はないか?」

 彼は戸棚を指さした。メンソレータムがあり、私は痣になった彼の傷にそれを塗った。

 「落ち着けよ、仕返しはやめえよ」

 私は何とかして全面対決を防がなければいけないと思っていた。とりあえず生徒会長に相談するか、いきなり警察の助けを借りるか、私にも良い考えは浮かばなかった。彼はひくひくと体を震わせていたが、ときおり思い出したように涙を溢れさせ、私の手からタオルをむしり取って顔を拭いた。私は何度かタオルを井戸水で濡らし、絞った。口の端が少し切れているようであった。

 ようやく涼しい風が吹き、日が暮れ始めた。


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