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2016年07月18日(月) 体長12センチの男の子を思う

 Rは新卒で入社した。目が大きく、少女といっても良いくらい幼い感じの女性であった。

 会社が倒産したのはその1年後であった。

 倒産してから私らは雇用関係を切られたが、かなり残務があり、私らは雀の涙ほどの謝金でそれをこなしていた。その仕事に身が入らなかったRを私は作業室で叱責した。

 「入社して1年、何がどこにあるのかもわからない、そんな状況でハローワークに通いながら必死で仕事を続けているのに」

 彼女の訴える声は涙声になり、大きな目に涙が湧いて、ぽろぽろと落ちた。余った涙は鼻に流れ、鼻水がたらたら流れて出た。私は彼女に謝り、これから仕事をサポートすること、未来を見ることを述べた。私自身に未来がないとき、半分は自分に言い聞かせる述懐でもあった。私は誰もいない作業室で彼女を抱き寄せ、そっとくちづけをした。

 それから数年経った。私はときたま彼女と連絡を取っていたが、あるとき全く音信不通になった。どうしたのか、私は少し強く彼女にメールした。

 彼女からの返事には、茨城県の職場にいること、妊娠したこと、結婚できる相手ではないこと、シングルマザーとして産み育てようかとも考えたが、将来を考えてそれは断念したこと、摘出された胎児は体長12センチの男児で、それを郷里の寺に葬ったことが書かれていた。

 私は愕然としたが、気持ちはわかると思った。倒産を経験したものは不安定な日々を過ごす。見知らぬ職場での仕事が始まる。誰も頼りにならず、話し相手もいない。そんなときに親身な人が現われたら、身を任せるのも無理はない。

 それにしても、と私は思った。あの少女のようなRが妊娠するとは。彼女はいったいどうした態度で男を受け入れたのか。彼女の体はどんなふうに反応したのか。

 私はそれを想像してオナニーした。寒い雪の日。私自身も自室の布団以外にはぬくもりを知らぬ日々であった。

 年が明けた早春、私は犬吠埼で彼女に会った。Rはおとなびていた。私たちは荒い海の見えるレストランで食事をし、仕事のことをいろいろ話した。男の子のことはまったくおくびにも出さなかった。

 私たちは寒い海岸を歩いた。強い風が吹き、コートがばたばたとひるがえった。

 そろそろ帰らなければならないときが来た。

 「君は私とは違ってあの会社に過去と言えるほどのものは持っていない。今が現実だ。これからキャリアを開けばいい」

 私は彼女の肩に手をかけた。

 「私にもいろいろあって」彼女の声はふるえ、大きな目がみるみる涙でいっぱいになった。しかし、それは頬を伝いはしなかった。そのかわり、ふたすじの鼻水がつーっと流れて厚い唇の上に水たまりを作った。

 私はそれをそっと吸った。少ししょっぱい味がした。彼女は肩を震わせた。私は強くキスをした。鼻水がどんどん溜まっていくのが感じられた。私は唇を離し、それを優しく指でぬぐった。

 私は同性愛者だから彼女に性欲は感じなかった。感じる男もいるのだろうと思った。性欲は感じなかったが私のトランクスはガマン汁で濡れていた。

 犬吠埼の海岸にはハマグリの殻がたくさん落ちていた。


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