VITA HOMOSEXUALIS
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20歳の春になった。
私は相変わらず木造の古いアパートの四畳半に住んで、近所のラーメン屋や定食屋で食事をし、酒屋でアルバイトをして生活費を稼ぎ、どことなく不満なような、鬱積した気持ちの捌け口がない日々を送っていた。
風の強い暖かい日、私はお茶の水駅の駅頭でビラを撒いている人に出会い、何気なくそのビラを受け取った。
そこには反戦の活動をしている人たちのことが書いてあった。1970年代の半ばである。街にはまだ左翼運動の残滓が残っていた。セクト間の対立が激化し、時々内ゲバ殺人事件が起こったりした。
私はそれらを縁遠いものに思っていたが、そのビラに書かれた集会のある晩には、何の用事もなかったので、好奇心の方が勝って、私はある日その集会場に行ってみた。
区立の勤労会館の中にある会議室には黒板があり、小さな教室といった具合に机と椅子が並べられていた。がらんとしたその部屋には数人の人しかいなかった。
やがて講師がやってきて、沖縄や靖国神社の話をした。
それから参加者が一人一人自己紹介をした。
私はほとんど生まれて初めて人前で話をした。
田舎の高校を出たこと。そこは部落差別の色濃く残る土地であったこと。近くに米軍基地があったこと。脱走兵を助ける組織があるというウワサだったこと。
どうしてこんなに喋れるのか不思議なくらい、後から後から話が出てきた。
終わると皆が盛大な拍手をした。盛大と言っても数人なので、たいした大きさではなかったが、私は自分の話が受け入れられたことに何か高揚感のようなものを感じていた。
それから、年長の人に「次の集会にも出てみませんか?」と言われた。それで私は何気なく「そうします」と答えた。
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