VITA HOMOSEXUALIS
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2015年07月09日(木) 薔薇

 木枯らしが吹きすさぶ東京の冬は私にとって厳しかった。

 温暖なところで育った私にはこの風の強さと埃だけで頭が痛くなるような日々であった。

 そんなとき、私は渋谷の大盛堂書店の雑誌売り場で『薔薇族』という雑誌を見た。

 学生服姿の若者がいろいろなポーズをとっているグラビア写真の載っているその雑誌を私は最初ファッション雑誌かと思った。

 だが、中身に目を留めているうちに、この雑誌は「そんなものではない」ということに気付いた。

 それは男性同性愛者のための雑誌なのであった。

 私は何だかそれを店頭で見るのが恥ずかしかった。

 レジに持っていくのはもっと恥ずかしかった。私はその雑誌を慌てて閉じ、別の雑誌を見た。しかし、頭の中は『薔薇族』に載っていることで一杯になっていた。

 結局私は他のなんということもない、今では名前さえも忘れてしまったバイクの雑誌か何かと一緒に『薔薇族』をレジに持っていって、それを買った。

 部屋に帰ってからそれを読んだ。小説みたいなものや、マンガ、それに随筆のようなものは、一言で言うと稚拙で、読んでも面白いとは思わなかった。

 しかし、圧巻だったのは巻末の「交際募集」の広告欄であった。そこにはいろいろな人が「相手を求める」メッセージが寄せられていた。今のようにインターネットがある時代とは違う。同性愛者が相手と出会う機会は少なかった。その欄は今の「出会い系」によく似ている。自分の簡単なプロフィールや相手に求めることが書いてある。もちろん、自分の名前のところは変名になっている。

 私はやがてそのシステムを理解した。その広告記事を読んで、この人と交際してみたいという人がいたとする。そうすると私は、自分の住所と宛名を書いた返信用の封筒に切手を貼ったものを同封し、『薔薇族』を発行していた第二書房の編集部に宛てて、その変名を書いて「この人と知りあいたい」という手紙を送るのである。そうすると第二書房の編集部は相手にその手紙を転送してくれる。

 私は一人でその欄を読みながら顔が熱くなってくるのを感じた。今まで、新宿の映画館やスナックでしか見たことのない同性愛者たちがこんなにいて、相手を求めている。その事実は私をぼうっとさせた。


aqua |MAIL

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