蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 咲く散る咲く

昼下がりの午後は安眠の為に存在する。

そう信じて疑わない人間が、少なくとも新の目の前に二人存在する。
新は散らかった部室を見回して、畳にあお向けて死んだように眠っている人間にため息を落とした。

「おーい。生きてても死んでてもいいから、起きろ。で、片付けろ」

畳の上には、高崎と梓が転がっている。
覚醒は近かったらしい高崎が、もぞ、と動いた。

「後者だったら片付けれんよ」
「減らず口叩くな、起きろ。片付けろ、おい、あず。おまえもだよ」
「あー…頭痛い、新、静かにして」
「二日酔いみたいな顔して、ウェルチの瓶抱えてんじゃねえよ」
「ウェルチ飲みすぎた」
「なかなか飲みすぎれんわ、あんなん」

畳に寝転んだままの二人は起きる気配がない。トランプが散らばり、ジュースとコーヒーの缶が積み上がる。トランプはなぜか三セットぶんくらいある。
部屋の中の風が動いた。扉が開いたのだ。

「あーずー、次の授業出ないのー?」

光を纏った妖精のようないでたちのさくらが、梓に声をかけた。

「さくら、あたしだめだ。気分が悪い」
「えっ、大丈夫?」

心配げに部屋の中まで入ってくるさくらを、新が制止する。

「やめとけ、穢れるぞ」
「けが…?」

むく、と高崎が起き上がり、部室の三分の一を占める畳エリアを見回した。そして、状況を把握したらしくぼんやりした顔でいそいそと片付けを始めた。


昼下がりの午後の庭は、光の粒が舞い散り、春の迎えを見せていた。
「さくら、あっちのテラス行こ」
新が指さした先は、最近大学内に新しく出来たカフェテリアだ。

「わたし、こっち初めてきた。新、何頼んだの?」
「コーヒー」
「またー? いつもおんなじじゃん」

さくらは満面の笑みで、クリームたっぷりのパンケーキをフォークに刺して、新の口元へ差し出した。

「おいしいよ」
「食べねえの?」
「半分こしよ、思ったより量多かった」
「多かったら残せよ、俺は残りでいいわ」
「やだ、見た目悪いじゃん。そんなの。綺麗なの一緒に食べようよ。ね?」

ふふ、とさくらは笑う。
差し出されたパンケーキを、新がおとなしく頬張るのを見てから

「高崎くんとあずが二人だったのが嫌だったんだ?」
「そんなわけないだろ」
「そーなの?」
「そもそも梓には彼氏いんだろ」
「あー聖さんかあ」

合点したように、さくらはこくこくと頷いた。

「じゃあ何で新は機嫌悪いの?」
「俺、機嫌悪い? 目つきのこと言ってる?」
「そっちかなあ」
「おまえな」
「ごめんごめん、じゃあわたしの勘違いだねえ。あず、取られたみたいで嫌なのかと思ったんだ」

新は答えない。肯定とも否定ともとれるような焦点の合わない目をしてから、さくらが食べようとフォークに刺したパンケーキにかぶりついた。

「おいしい?」
「うん」
「ふふー。クリーム付いてる」細い指先が、新の口元を拭う。
「さくら」
「うん?」
「もうちょっとちょうだい」

甘えたような言い方が珍しかったので、さくらは破顔する。

「え、ときめいたんだけど」
「どこでだよ」

新はさくらを見ない。どこか困ったような顔をする。自分の感情がよくわからない、そんな新の姿にさくらはパンケーキに目を落とす。

「あらた」
「うん」
「わたし、皆とずっと一緒にいたいな」

ふ、と新の唇から息が漏れる。

「俺はおまえと二人でもいいよ」
「なにそれー」

テーブルの上に置いたさくらの手にそっと新は自分の手を重ね、「こっちが、なにそれーだわ」と空を仰いだ。

2026年02月02日(月)
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