蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題(4)

着いた駅から徒歩五分。秋季選抜というこの時期にある大会は、いつもこのホールを借り切って開催される。

現在九時。

開催時刻まで、後一時間。それでも受付にはわりと人がいて、混みあっていた。和やかさはあまりなく、ぴりぴりした空気が漂う。人がいるにも関わらず、一定静けさが保たれている。こういうとこ、本当に苦手。シュウスケがいなきゃ、来るはずもないような場所だ。
まず、その本人を探さないと。聞いてあった集合場所を、壁にかかってある案内板で探す。ここが正面玄関だから――。

足を踏み入れ慣れない空間の案内板はやけに不親切で、どこをどう行けばいいのかわからない。誰かに聞こうか。きょろきょろと辺りを見回し、そう思っていた時、軽く肩を掴まれ、そちらを振り返った。

「何やってんの?」

短めの焦げ茶色の地毛、フレームのついていない平たい眼鏡。その奥にある、あまりやる気のなさそうな切れ長の瞳が、あたしを捉えていた。

「…あ、シュウスケ」
「あ、じゃないだろ。お前、また迷ってたの?」
「またってことないもん。探してだけだし」
「いつも迷うだろ、お前。裏口の階段らへんにいるって、昨日言ってたの聞いてた?」

すっと呆れたような苦笑を混じえたような色を浮かべて、肩にあった手を離される。

少し距離を取ったシュウスケを、じっと見る。
いつもは締めてない制服のネクタイをきちんと締めて、心なしか姿勢だって正しいような気がする。本番の時はいつだって、不似合いな緊張感を感じさせる。そういうシュウスケを見るのが、あたしはとても好きだった。

やる気がなさそうなわりには、学年の成績首位を保っている。たいていなんだって簡単そうにこなすけど、本人なりに努力しているのはよく知っている。だから、好きになった。頑張ってない振りして頑張っている、この人が。

「なんだよ、ぼーっとして。眠いのか?」
「馬鹿にしてるでしょ」
「…そういうのはわかるんだな」
「どういう意味よ」
「さー」

つい、と引っ張られて人混みを掻き分け歩き出すシュウスケの後を追う。一人かのように早足で歩くから、着いていくのがやっと。時々ぶつかりそうになりながら、先へと進む。ちょっとくらい手を繋いでくれっていいのに、と思った。

2007年12月09日(日)
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