ヒルカニヤの虎



 オールを抱いたまま死ぬがいい

おとといの夜は氷点下の札幌で居酒屋にしけこみ、大阪の編集者と東京のカメラマンさんとでプチ忘年会。終盤で大阪人2人が熱いお笑い談義になだれこみ、東京人を置き去りにする事態に。ちなみに編集君とカメラマンはほぼ泥酔だったのに対し、私は1杯程度しか飲めない身なので完全シラフです。編集君が現状のお笑い(※主に新生M-1)にどんどん後ろ向きになるので、景気づけるために話題転換をはかってみる私。
私「そういえば今年のTHE MANZAIはやすとも出ますね」編「へ〜やすともねえ〜どうせねえ〜(ぐでんぐでん)」私「海原やすよともこですよ?初の全国放送ですよ!?」編「やすとも…ええっやすともが!?(覚醒)」てきめんの効果があった。東京のカメラマンさんはやすともを知らなかった衝撃。

というわけでTHE MANZAIが賞レース形式でなくなってよかったと心底思っています。おかげでやすともが全国区の番組に出られた。近畿圏、とりわけ大阪に生まれた女がやすとも嫌いなわけないって私信じてる。ハイヒールも皆大好きだけど、残念ながらハイヒールが面白いのは素のしゃべりであって芸としての漫才ではないのです。むかしライセンス目的で京橋花月の漫才ライブに行ったとき、全組で唯一やすともだけが劇場を地鳴りのような笑い声で湧かせていた。師匠クラスの愛され方、そして師匠クラスの実力、それがやすともです。中川家と同期だけど、中川家をはるかにしのぐ普遍性をもつと思う(ちなみにこの2組があまりに漫才師として群を抜いているので、大阪の師匠連中は中川家礼二と海原ともこを結婚させて超サラブレッドを誕生させる、という野望を持っていたほど)。
いろんな女流漫才師がいるなかで、やすともは「女流」の冠を必要としない漫才師でもあります。今のお笑い界で女芸人は基本的に「笑われる」という立ち位置にしか立てないのに、やすともは徹底して「笑わせる」芸でありつづけている。そういった意味では女を感じないというたけしのコメントは正しいな。でも彼女らの漫才を「上手い」って言ったらダメなんだよ。いつかの単独で、ともこは「おもろいって言われたら嬉しい。上手いって言われたらなんやねんって腹立つ」って言ってた。上手い、と判断できる猶予を与えているようではまだ笑いとしてダメなのだと。あたりまえの話題を、変に繰らずに、目新しいオチもなく。大阪のおばちゃん2人がただ立って喋ってるだけで、どこを切っても文句なく面白い。たぶん1時間でも聞いて笑っていられる。今回のTHE MANZAIにかけたネタは鉄板中の鉄板、ここ10年の年末年始で各3回は聞いてるネタをちょっと薄めたものです。つまり軽く30回は聞いてる手垢のつきまくったネタなのに、なお笑ってしまうこの名人芸。来年はやすともの単独あったら行こう。京橋花月がなくなった今、やるとしたら祇園かNGKだろうか。
正直ほかの芸人はやや流し見になりましたが、ますおかはちょっと笑ってしまった。オマージュ漫才、これ劇場でやられたら悶絶する。チュートリアルのカメラマンネタめっちゃ懐かしいな!来年はメッセンジャーも出してください。

2015年12月20日(日)
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