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| 2016年09月08日(木) |
The life and times of the legendary VENICE landmark |
アリーゴ・チプリアーニ著「ハリーズ・バー 〜世界でいちばん愛されている伝統的なバーの物語」を読んだ。
原書は英語で、イラストレーターで無類のバー好きの故安西水丸さんが翻訳を手掛けたものだ。20歳そこそこのわたしが2200円で価格に比例するように重いハードカヴァーの新書を購入したということは覚えているが、本の内容といえば何一つ覚えていない。数年前からコツコツと書棚を整理して本を売りはじめたが、この本は売れなかった(データベースに登録もなかったのだ。それくらいマイナーで日本語版は売れた様子がない)。捨ててしまうのも惜しく、また書棚にひっそり眠ることとなった。
それがイタリアを旅行してから、その魅力(ほぼ食べ物のことだが)に憑りつかれて、再度ページをめくりはじめたのだった。
著者はヴェニスの伝統的なバーの2代目オーナーだ。数ページ読んで、すでにユーモアのセンスに魅了される。同時にどうして20年前のわたしの記憶に何も刻まなかったのかわかった。このユーモアを理解するには世間知らず過ぎたのだ。理解できないまま読み進めて本を閉じ、そのまま書棚に眠らせておいた。
バーに現れる珍客、ふりかかる難問、料理についての哲学などが語られている。バーの暖簾分けや経営権などのことについては海を跨いでまで揺れ動いたりするものの、ヴェニスにあるそのバーの中はいつも同じ景色がある。真新しいことはやらないかわりに忠実に�猯匹き爐隼廚錣譴訌悩爐鮖箸辰匿新�にカクテルや料理を拵える。そんな日常風景の中で今では誰もが知る�爛�ルパッチョ�燹△修靴�6月から9月の間だけ売られる生の白桃のピュレをプロセッコで割った�爛戰蝓璽豊爐�生み出された。
1970年代に出現した一種のヌーヴェル・キュイジーヌに対して、こんな愉快な批判を書いている。
1970年代は、スノビズムが最高潮に達した10年だったと記憶している。たまたま料理界では、伝統的なイタリア料理とフランス料理からの脱却が試みられはじめたのと同じ時期だった。マクロビオティックス(*東洋思想に基づいた自然食による健康法)が流行していて、大さじ山盛り2杯か3杯の不気味なフスマ(*小麦の殻で家畜の飼料)を飲み下さなければ、腸が十分に機能しないと言われていた。このフスマというのは、実に抜け目ない農夫が、納屋の床からかき集めてきたもので、ビニールの小袋に詰められ、便秘薬として販売されていた。フスマ教を信じ込まされた被害者たちは、あきらめ、ほとんど悟りきった笑顔を浮かべてすわり、彼らの心棒するいわゆる健康食品のおかげで、ほとんど立ち上がるだけの元気もなかった。その料理というのはふつう、マコモの実2粒と醤油味のソバ一盛だった。
予想どおり、まもなく美食界の暴君、すなわち料理評論家が魂を売って、挑発的な見出しを掲げ、この「ヌーヴェル・キュイジーヌ」に承認の印を押した。そしてすぐに、どこのレストランも右へならえをした。やがて、おしゃれなレストランでの食事というと、次のような料理を意味するようになった。
プルーン・ソースのかかったサヤエンドウ2枚と、ごく薄く切ったハンガリーのガチョウの肝臓。そしてモージュの高級な別皿にうやうやしくのせられた、ホウレンソウの生の葉っぱが2枚・・・・。
「素晴らしい!」
スノッブは叫ぶ。しかしサヤエンドウとホウレンソウを食べていれば、一週間に37回もセックス可能なスタミナがつくと喧伝する、当時の健康教のカリスマ、チャン・ツィ師の教えのとは裏腹に、その夜かれらはベッドに倒れ込み、昏々と眠りにつくのだ。チャン・ツィ師はその後間もなく、通りを横断中に疲労で倒れ、気絶したところを車にはねられて死んでしまった。
1970年代の流行を目にした私は、結局のところ、地球上で人間ほどだまされやすい生き物はいないと悟るに至った。原始時代から雑食性だった人間は、たとえば肉と魚は食べた直後に死をもたらす恐ろしい毒だと言われれば、簡単にそう信じ込んでしまう。しかしライオンに、ヌーの肉は消化に悪いと言って、蜂蜜とヨーグルトだけ食べさせるのは、至難の技だろう。
人間ほど変わり身の早い生き物はないものだ。よく言えば無限の可能性を持っているということでもあるけどね。青汁、玄米、雑穀、チアシード、バターコーヒー、ココナッツオイル。。。最近なら酵素か。。。とこれさえ食べてれば健康になれるというような喧伝には懐疑的だ。いちいち踊らされる人々に精神の平安はあるのだろうか、とそのほうが気がかりだ。
このバーが根強い人気を保ち続けて、�狹租�的なバー�爐箸覆蠧世燭里話�者と創設者である父上の冷静でぶれない、悪く言えば頑固な性格によるものだろう。わたしの叔父も寿司屋を経営しているが、開業して40年以上一切メニューを変更していない。�犹�代遅れ�爐鳩鼠討気譴詁�はこないであろう�犲�司�爐箸いΕ船腑ぅ垢鬚靴燭修離札鵐垢�そもそもよかったのだろう。ずっと安泰だったわけではない。閑古鳥のなくような時期もあり、食中毒などが世間を騒がせたりするとたちまち生ものは敬遠される。そんな時も新しいことはせずただじっと季節の移ろいを見守るかのように淡々と店を守っていた。だから常連客達は新しいものに一度は挑戦して冒険し、疲れるとまた叔父の店に帰ってくる。このバーはヴェニスの運河のすぐ近くに位置するのだから文字通り�犁△觜銑爐里茲Δ並減澆覆里�もしれない。
生真面目な著者がのらりくらりのイタリア人の同胞の改装業者の職人たちを観察し、半ば呆れながらその仕事ぶりを描写しているパートはおもしろかった。当人たちは決して怠けようという気はないらしいが、ひたすら空気がぬるいのだった。
巻末には気前よくバーで出している定番のレシピが付いている。もちろんベリーニとカルパッチョも。白桃の季節もそろそろ終わってしまう。急いで買いに走った。プロセッコはスパークリングワインで代用だ。自分で作ったベリーニは・・・。
あぁ、忘れてた。そもそもスパークリングワインがあまり好きではないのだよね。大好物の白桃を入れても劇的においしいものに変わるわけではなかった。いつかヴェニスでホンモノを飲んでみたい。食べ物の味なんてその場所の空気や湿度や風だけですっかり変わるものだものね。その時は自家製マヨネーズを使ったエビのサンドイッチとクリーム・クレープも付けてね。