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| 2016年07月27日(水) |
ひたすら進めNietzsche path |
世界には、きみ以外には
誰も歩むことのできない唯一の道がある。
その道はどこに行き着くのか、
と問うてはならない。
ひたすら進め − ニーチェの言葉
エズ(Èze)村の穏やかな朝。大方の観光客はニース(Nice)から日帰りでやってくるらしく、夜から朝にかけては静かなものだ。宿の前のスーパーマーケットにどこかのパン屋が焼きたてのパンを配達にやってきたのを見かけて急いで買いに走る。クロワッサンを買い、海を眺めながら朝食にした。
海へ降りるにはニーチェの小径という山の中のゴツゴツとした道を行く。体の弱かったニーチェが気候の良い土地を求めてやってきて、この径を歩きながら「ツァラトゥストラはかく語りき」の構想を練ったのが名前の由来だそうだ。普通に歩いて所要時間1時間弱といったところだろうか。降りはじめはこのような比較的歩きやすい道となっているが、そのうちただのデコボコ山道となる。何よりひと気がない。山の中にひとりぼっち。ひとりで携帯電話の電波の届かないような山に出かけ、具合が悪くなり、そこで死んでしまった知人がいるだけに、ちょっと不安になりながら歩き続けた。最初の30分くらいはひたすら山の中を、そして突然目の前に美しい海が広がる。
海が見えたらあと20分くらい歩けばビーチへ辿り着く。
この辺りの海底は砂ではなく石なので、水が濁らずクリアに保てるのだろう。1時間も歩いてきて、火照った体にこの冷たい水の気持ち良いことよ。探し求めた風景、探し求めた海に辿り着いたような気分だった。こんな景色の中、真っ青な空を見上げながら水に浮いていると、日常のこまごましたことが全部ただの小さなことに思えてくるね。わたしの人生に必要なものは美しい海とおいしい食べ物。友達はできたら嬉しい。家族はどこかで元気でやっていてくれたら嬉しい。他に何が必要だろうか。そんなことを思った。
さて、降りたからにはまた昇って帰らなければならない。陽はすっかり高くなってじりじりとしてきた。水はちゃんと携帯しているが、30分くらい昇ったところで気持ちが悪くなってきた。行きと帰りですれ違った人たったの2名。貧血で倒れたところで助けは来ないだろう。20mごとに座って休憩をしてなんとかエズ村の宿まで帰った。
シャワーを浴び、少し休憩してカフェに入った。大好きなレモン・メレンゲパイをたのんだのだが、ここのは人工的なきついレモン味でおいしくなかった。1時間も急な坂道を昇り続けたせいで足はがくがく、頭の中は真っ白だった。ニーチェはこのような状態で突然何か閃いたのではないだろうか。人生に悲しいことがあって心の底にどんよりと何かが沈殿しているような人がいたら、ここに来ることをおすすめしたい。邪気なんて全部蒸発してしまうから。