My life as a cat
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2016年06月10日(金) 父の日のうなぎ

母の日も父の日もひっくるめて家族揃って外食することにしていた。店まで指定でうなぎがいいというリクエストがあったので予約を入れるだけという簡単な段取りですんだ。直前になって母が不調を訴え、仕方なく置いていくことになった。母と娘二人のお出かけはよくするが、父と娘二人という顔ぶれは非常に奇妙だった。というか生まれてこのかた初めてのような気がする。

「これやばいね。きっと話題もなく盛り上がらないからさっさと食べて早く帰ってこようよ」

と妹。想像しても三人でひたすら食べ続けるだけのような絵しか描けない。

夫婦で営んでいるその小さな小料理屋は子供の頃からよく行っていた。父がその界隈で飲んで、帰りにシメの食事をするところだった。メニューはすごく少なくて、その日入った魚で適当に作るようなシブいところだ。父はマジメすぎるくらいマジメに働く人だったが、一方で無法地帯の人間のようなよく言えば精神の自由な人で、一般常識などにはまったく目もくれなかった。小さな娘を連れていても、子供の顔色など一切窺わず自分の好きな店に入った。だから刺身と焼き魚とシメのお茶漬けなどがわたし達の″外食″だった。それしか知らず、子供らしい食べ物を食べたがることもなかったが、今となってはファーストフードやファミレスの糖分・塩分・化学調味料・添加物の過剰な食べ物をせっせと子供に与える人々を見たりすると、父の選択は正しかったと非常にありがたく思う。

この店は出てくるのが恐ろしく遅いので前もってオーダーしておいたのだが、それでもいつも通りなかなかでてこなかった。いつも通りでなかったのは店を手伝っている娘さんに小さな子供ができて、奥さんが亡くなっていることだった。空腹で酒だけ飲んでいた父は次第に口が軽くなってきた。

「あの奥さんは良い人だったのになぁ。すっごいよく間違える人で、頼んでないもの持ってきて、こっちもおかしいな?と思いながら食べちゃったりして。おつもりよく間違えて余分にくれるんだよな。不思議と足りないという間違いはしない人だった」

と父は残念がる。

「あの人いまどうしてるの?花見の時に酔っ払って″オレ、大福だ〜い好き″っていいながら顔におしろいをはたくように大福をはたいて顔を真っ白にしてたおじさん」

彼は癌が見つかって闘病中であった。愉快で笑った顔しか思い出せないような父と同年代の人々が亡くなっただの病気になっただの聞くとすごく感じるものがある。

父はやっと出てきたうな重を何日も食事していなかったんじゃないかと思うくらい美味しそうに食べた。

「俺は死ぬ前にひとつだけ食べられるとしたらうなぎだね」

「じゃぁ、死にそうになったら急いでうなぎ口に詰めてあげるよ。棺の中にもうな重入れといてあげるから」

父がうなぎを口にいれたまま天に召され、うな重を小脇に抱えて昇天するのを思い浮かべたらコミカルで可笑しくなってきた。父が可愛がっていた犬は、死ぬ3日前から何も食べないので、母が彼の大好物のサイコロステーキを買ってきて口に運んであげたら、それをぺろりと食べ、その翌日消え入るように息を引き取ったという。最後の晩餐に本当に好きなものを食べられる人や動物は少ないだろうが、父は本当に最後にうなぎをぺろりと食べそうな気がする。

うなぎなんて食べないからよく知らなかったけど、最近は本当に高いらしい。でもこれかえってよかったかな。こんなふうに特別行事に父の好物として食べにこられるものね。安くていつでも食べられるようなものだったら雰囲気に欠ける。日頃節約を美徳として生きてるわたしがば〜んとお金を使ってスカッとするというのもある。家族って毎日一緒にいるといやになっちゃうけど、たまに集うと楽しいものだね。


Michelina |MAIL