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仕事が終わってからとある用事で少々遠出した。朝にクロエちゃんを置いて出たきり夜遅くまで帰宅できないのは心細くて仕方がなかった。用事が済んで自宅の駅まで来たら1日の心身の疲労と安堵で泣きそうになった。いや、空腹のせいもあるのだろう。コンビニへ寄ったら、おにぎりがひとつもない。わたしが途方に暮れて立ち寄るような時間には絶対おにぎりがないのだから、わたしにとって″コンビニ″はインコンビニエントだ。仕方なく手ぶらで帰宅した。パスタを茹でる気力もない時の救世主クスクスがあったのを思い出した。熱湯で5分蒸らして、数日前に作ったプッタネスカソースと和えたら、立派な夜食となった。クロエちゃんは金曜日は大好物の″蒸しカツオの日″と決まっている。喉をゴロゴロ鳴らしつつも飢えた野生動物の顔でむしゃぶりついていた。
NHKでちょっとおもしろい番組をやっていた。72時間特定のベンチに密着して、そこに座る人にインタビューする。場所は大阪。″普通の人々″にはかわりないないが、東京ではなかなか見ないタイプの個性を持った人ばかりだ。水商売で独り身。寂しいのが嫌いだからと服も持ち物もピンクずくめであちこちに猫だのキティちゃんだのがついている60代くらいの女性。男同志の性行為でHIVに感染したガードマンは、1年前居酒屋で知り合い意気投合した身体障害者の友人と仕事帰りにベンチに腰をおろす。生まれてすぐに下半身が不自由になって病気と70年もつきあってきた車椅子の男性と40代の介護士女性。カフェはなにかと車椅子で入りにくかったりするので、男性が二人分のコーヒーを淹れ、ポットに入れてそのベンチで行き交う人々を見ながら飲むのが日課だという。ふたりは10年以上の付き合いで友達同士のように楽しそうだった。
朝5時。ベンチでイビキをかいて寝ている60代男性。きれいな白髪で品の良い紳士。仕事は建築業で今はホテルを建設中。毎朝始発で会社へ行き、終電で帰宅する。始発にも早すぎる時間に駅についてしまったからベンチで寝て待っていたのだという。
「自分の仕事がちゃんと形として残るのがいいですよ。物作りは本当に楽しいですね」
と目を輝かせて話す。あぁ、こういう仕事してみたい。先日友人と話した「自分の時間」の概念について。彼のような人にとって仕事は完全に「自分の時間」だ。育児に忙殺されたお母さんが「もっと自分の時間を」と口走るのは、本来の気持ちを忘却してうっかり言葉を間違えただけなのだろうな。世の中の大抵のお母さんは子供が大好きで子育てをしているのでしょう?「人の時間を生きてる」なんていう感覚は持たずに暮らしていきたいものだ。