My life as a cat
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2008年12月07日(日) 日雇い労働を考える

晴天で空気のきりりと冷えた良い週末だった。銀座や上野をぶらぶらとして、美味しいものを食べて(刀削麺やイタリアンのコース、前菜のりんごとさつまいものサラダとライスコロッケ美味しかったな)、新しいNikeを履いてサイクリングにも出かけた。マーヴはテレビで精神科医が一日3つその日に起こった良い出来事を書きだすと精神に良いと話していたので、それを実践したら、不思議と本当にハッピーになったと言う。何を書いたのかと訊ねたら、全部わたしのことだった。わたしが仕事が楽しい、日本の生活が楽しくなったということがハッピーだという。それは彼への執着が薄れたことを意味しているというのに。

先週イラン人が大量のピスタチオを抱えてオフィスにやってきて、食べ飽きたのでビスケットにした。殻をとって薄皮を剥くとアヴォカドの子供のような身がでてくる。それをグラインドして、小麦粉、砂糖とサラダ油と混ぜて焼くだけ。シンプルながらリッチな味わいのビスケットの出来上がり。紅茶と良く合う。

テレビで解雇された派遣労働者が集って"許さん!"などとやっているのを見たが、年齢が大分いっているので驚いた。"派遣労働"ということに対する見解がわたしやわたしの周囲の人間とは随分ギャップがあるのではないか。サンジャポでも、どこかの弁護士さんが、
「好きで派遣をやってる人はいない。みんな社員になりたいけど仕方なく派遣をやっている。」
と言っていたが、それは違うんじゃないか。他にやりたいことがあるけど、それで食べて行くのが難しい人や、まだやりたいことがわからない人、特に今の20代などはひとつの会社に一生腰を据えるなどという考えはないだろう。会社の為に全力を尽くしますというのもない。そこまで"会社"に依存する気がないのだ。だから日雇いで良しとする。社員にならないかという誘いを必ずしも喜んで受けるわけではない。派遣労働の短所ばかりが取り上げられて問題視されているように見受けられるが、うまく利用できれば、とても良い雇用形態となるのではないか。例えば自分も含め、友人を見ていても忙しくて忙しくて家に帰れないという人間ばかりだ。一方どこかで職を失って路頭に迷っている人がいるらしい。うまく仕事をシェアできれば片や定時に家に帰れる、片や仕事ができる。同じ能力を持っているかというのは問題だけれど、日雇い形態で必要なところに必要なだけ労働力を持ってくるというのでいいんじゃないのかな。その日雇い労働者がクビ切り許さん!と言いはじめたら、今度は企業が迂闊に人間を雇い入れなくなってもっと就職難になっていくのではないかと思ったりする。どうなんでしょうか。


Michelina |MAIL