My life as a cat
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2006年08月23日(水) 黒い手

シェアハウスにアフリカ人が越してきた。日曜の朝は必ずチャーチに通う敬虔なクリスチャンだけれど、無類の女好きでジャパニーズ・ガールにトライしたいなどとふれ回っては日本人女子から敬遠されて、背後から突然沸いてきて得体の知れない強烈なアクセントの英語を話すので不気味な上にコミュニケーションが困難だとみんなそう言って彼の小言は軽く聞き流されている。寝る前に沢山食べることはヘルシーと信じて、夜中に大きな大きな食事を採ってはだからオマエはいつも妊娠してるんだ、などとパンパンに張ったお腹をからかわれて、それでもオレはデブじゃないとあっけらかんと言い放つ。この夜中の食事というのも奇妙でパスタとライスをミックスしてほんの少しだけトマト・ソースを絡めたものにボイルした金時豆、それに焼いたソーセージか魚缶を少しだけというもの。テレビを見る傍ら、彼が嬉しそうに食事を口に運ぶ手を見ていたら何故か急に悲しい気持ちになって、そのうちに痛い記憶がじわりじわりと甦ってきた。

一年もステイしていないデザイン業界に失望して、BFともうまくいかず、一番の話し相手だったシェア・メイトも生活がうまくいかないようで、暗闇に身を置いているような気持ちで日々をただやり過ごしていた時にうっかり触ってしまった猫だった。死にそうにうずくまっているのが自分の分身のように思えて、抱きあげて病院に連れて行った。点滴を打つとすぐに回復して家の中を走り回るようになって、もう目を開けて初めて目にしたわたしを親と思っているのか、どこへ行くにも後ろを着いてきて離れようとしなかった。ハチと名づけて、会社も辞めて、それからの半年間はずっと一緒にいた。未来に何も見えてこない苦しい日々の中でハチだけが小さな幸せを与えてくれた。煮え切らないまま付き合っていたBFが結婚などと口に出しはじめた頃、急に目が覚めて、情を押し殺して別れを告げて、全く違う業界に職を得た。自分の中にやっと希望が宿り始めたのと同時にハチは車に跳ねられてあっさりと死んでしまった。新しい職場はパーフェクトで、すぐに新しいBFもできたけれど、夜になるとハチのつけていた鈴の音が頭の中で鳴り響いて気がおかしくなりそうだった。

汚れたように黒くて太くて短い指とピンク色の爪がハチを思い出させるけれど、時間の経過は痛みも吹き飛ばしてしまうもので、もう泣いたりすることもない。


Michelina |MAIL