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| 2006年05月03日(水) |
閉ざしても、閉ざしても |
ほんの少し調子が悪いだけですぐにがたがたと波打ってしまう親指の爪にまた症状が出始めた。以前より食生活が少し乱れていることは確かだけれど、自分がそこまで軟だとも思えない。原因は何だろうと突き詰めてひとつ思い当たることがあった。
子供の頃から、種や皮があって食べにくい砂糖水のような果物をこつこつと食べる気がしなくて、母が剥いてくれない限り食べなかった。マーティンと暮らしてからは、自然と彼が母の役目をするようになった。放っておくと自分では全く口に入れないのに、口の近くまで持っていけば食べるのだから、不器用な手を持った動物にエサをあげるようにそうしていたのだろう。買い物を兼ねた散歩の帰り道、スワン・リバーの土手に腰掛けて、剥いても剥いてもすぐにペロリと食べてしまうわたしに夢中でライチの皮を剥いてくれたことを思い出した。あれは美味しかったな。でも今はもうそんな人はいない、といじけた気持ちになって、果物なんてもう食べないと決めてしまった。スーパーマーケットで、猫缶と青果売り場の前は心を無にして素通りすることにしていた。もう買う必要のないものなのだとしっかり扉を閉ざして鍵をかけるように、脇目も振らずに。
それなのに、ベトナム料理屋でのケビンのバースデーパーティの最中、風邪っぴきのわたしに向かって、「果物を食べてビタミンを沢山とって早く寝たほうがいいよ」とデニスが言った。思わず誰にも知られるはずのない扉を見つけられてノックされたような気持ちになって咄嗟に「だって誰も皮剥いてくれないもん」と駄々っ子のように言い返した。すると予期しなかった答えが返ってきた。「剥かなくてもそのまま食べればいいんだよ」と。鍵までかけたつもりでいた扉を意図も簡単に開けられてしまって、あまりにも真剣だった自分のバカバカしさに思わず噴出してしまいたい気分になった。
夜にマンダリン(みかん)を2つ買って寝る前に自分で剥いて食べた。剥いた指からいい匂いがしたので洗わずにベッドに入った。期待と違う運命に見舞われて、傷ついてしまって、そのたびに真剣に閉ざしても閉ざしても、無邪気な誰かがやってきて意図も簡単に開けてしまうような自分の人生が可笑しくて、そしてそれは案外恵まれている証拠なのだと思った。