プラチナブルー ///目次前話続話

再会
May,4 2045

「ねぇ、リカ。ゴールデンウィークにアタシ達、ロスの実家に帰るけど、
あなたのチケットも用意しておこうか?」
「え〜、お姉ちゃん、帰っちゃうの?」
「そうよ、だって挙式以来、ママ達の顔を見ていないのよ」
「そっか〜。う〜ん、友達と会う予定を入れちゃったよ。アタシ、・・・帰りたいけど」
「何を言っているのよ、本当は試験に落ちて、パパとママに合わす顔が無いんでしょう」
「い、痛いところを衝かないでよ。傷心期間中なんだから・・・」
「あはは、次は頑張ってね ダメならアタシがなんとかしてあげるから」
「うん」
「パパとママにはリカは凄く頑張っているって伝えておくわ」
「ありがとう お姉ちゃん。大好き」


私は先月、19歳になった。
高校卒業を機に、祖父母と暮らした家から出て、パパ名義のマンションに引っ越した。
物心付いたころから、仕事の関係でパパとママはロスの自宅で暮らしている。

私には6歳違いの円香お姉ちゃんがいる。

妹の私が云うのも変だけど、
いまだかつて、お姉ちゃんよりも素敵な女性に出会ったことはない。

いつも優しく、放たれる言葉は表現力豊かで心に響く。
核心をついた洞察力、それでいて決して誰かを傷つけることなく機転の利いた言い回し。
お姉ちゃんは私の憧れだ。

「リカはアタシとそっくりね」
というお姉ちゃんの言葉が何よりも嬉しかった。


『アプローチした男性と同じ数を撃墜したオンナ』
という噂はあながち嘘ではなく、私の知る限り特定の彼氏はいなかった。
中学に入学した頃に、背丈が追いつき、外見と声色はそっくりになった私。

「ごめんね〜病弱な妹の面倒見なくちゃいけないから・・・」
「仏教徒じゃないとパパが交際を認めてくれないの・・・」
と、撃墜の片棒を担いだことは、今となっては時効だ。

同じように、私宛の男からの電話も、
「ごめんね、アタシ、男に興味ないから・・・」
と、私と同じ声色の姉が断ったお陰で、すっかり『男嫌いのリカ』の印象で過ごさざるを得なかった学生時代。

「お前、レズビアンなんだって?」
「勿体無いな〜俺と付き合って試してみろよ」
と、近寄ってきた男達がろくでもない奴ばっかりだったのが、
ノーマルな私を、男と縁のないライフスタイルに拍車をかけた。
同時に、男子にかけるコブラツイストの技には、ますます磨きがかかった。

そんな姉が去年、お見合いをし、突然、『結婚する』と、言い出した時には、私は耳を疑った。
いや、正確には自分の目を疑った。

「素敵な王子様が、いつかきっとふたりの前に現れるわ」
小さい頃に、怖い夢を見て、布団の中の暗闇で抱きしめてくれた彼女。

結婚式で見た新郎は、王子様というよりも、ごく普通の男性だった。
きっと、王子様というのは普段は平凡な男の姿をしているに違いない。
私は私自身をを慰めようとしたけれど、
お姉ちゃんの見たこともない幸せそうな顔を見て、そう思わずにいられなかった。

学生時代の大樹パパの雰囲気そっくり、というママ。
円香が選んだ男性なら間違いない、というパパ。

「親バカだ、アタシの好みじゃない」
と云ってしまえばそれまでだけど、

「本当は、理想が高すぎ?アタシ」
と、冷静に考えたこともあるんだ。

男の理想の高さなんかよりも、現実の目の前の問題に向き合うことしかできない。
私はまだまだ子供だ。



5月4日 19:00

田頭部長と西平君との約束の時間まであと1時間。
凄く楽しみにしていた時間が近づいてくる。
私は化粧台の前でメイクをしながら、
姉と同じ顔を持つ女性になりきれる自分を誇りに感じていた。


5月4日 20:00

「辰巳(たつみ)さん、しばらく会わないうちに綺麗になったな〜」
真顔で声をかけてきたのは、西平誠也だった。

「あ、誠也君もまた背が伸びた?」
「うんうん、3年の時に10cm伸びたよ」
「すっご〜い。なんだか、詩織にフラれて小さくなってた男の子と同じ人だとは思えないわ」
「う、その節は大変お世話になりました。」

深々と頭を下げた誠也が顔を上げると、2人は声を出して笑いあった。

「お前達、もう来てたのか。」
振り返ると部長の田頭雄吾が近づいてきた。

「ちわーす」
体育会系の誠也の挨拶。

「初めまして、田頭部長、辰巳梨香(たつみりか)です」
私は田頭部長とは初対面だった。

「おお、リカか、・・・というかお前、本物はめっちゃ綺麗やな〜」
「わ〜嬉しい。部長は本物もめっちゃお上手でんな〜」

私は大袈裟にとおどけた。

「俺のパソコンが幾ら旧式やゆうても、こら、まいった」
「あはは、そんなにカメラ映り悪いんですか、アタシ」

「いやいや、マジで絶句や。反則やで、この美しさは。なあ、誠也」
「ええ。僕も半年振りに会ったんですけど、一目惚れしちゃいますよ」

「あはは、2人ともありがとう、じゃあ両手に王子様で行きましょう」
私は、アルマーニのスーツを着た雄吾の左腕に自分の右腕を絡ませ、
誠也の右手に自分の左手を重ねて歩き出した。

人混みの流れと同じ速さで歩いても、皆が3人を振り返っていく。
モデル風のいでたちの雄吾に、スポーツマン風の誠也。
私にとっては心地良い非日常の時間が流れはじめた。

他愛もない話をしながら10分ほど歩くと
「確か、そこを右に曲がったところだ、ほら、あのBar雀って看板・・・」

「椎名龍正の顔を知ってるのは、誠也だけだな。」
「ええ、僕が先に入りましょう」

店のドアを開けたのは誠也だった

『いらっしゃいませ。何名様ですか?』
薄暗い店内、奥のカウンターから聴こえる若い女性の声。
なんだか、聞き覚えがある・・・?


「3人・・・え? なんでお前がここに・・・」
「誠也君?・・・あ、リカも一緒?」

ネオンの輝く通りから暗い店内に入り、明るさに目が慣れるまでに数秒。
それ以上に、この沈黙が、時間を止めたような気さえした。

目の前に現れたのは・・・リカの高校時代の友人、そして誠也の元カノの神谷詩織だった。

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