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2009年12月13日(日)

『まさに私はヘドウィグでない』件

なぁんで"自分はヘドウィグだー"と思えないのかを、薄くでも一週間ずっと考えてきた。

結論。
自分は全然カタワレを求めていないからなんでしょうね。
満ち足りてるっつーか。
欠落とか欠乏感を最早感じていない。

既にYou're whole (from "Midnight radio")

鈍磨しているのか、自己欺瞞なのか、客観的事実(そんなもんがあるのか?)か否かはさておき。


と思ったところで、思い出した。

そういや、"良くも悪くも完結していて、他人が入り込める余地がない"
と言われたなぁー。
生来の情報収集癖と屁理屈がさらに完結を助長した。

言うなれば、
ある種の貝が、自分の殻の中の異物をくるんでくるんで真円の真珠にしてしまうように、
そんな綺麗なものっつーことではなく、おそらく自分の中のトゲであったり傷であったりしたものを、
もうくるんでくるんで丸くてカワイイものにしてしまったのだ。

それはごまかしであるのかもしれんが、
もう、その真珠を手のひらで転がしてめでるか、繋げてネックレスにしちまうか、その段階まで来てしまった。
欠落も欠乏も向こう傷も追い傷も、既に弄ぶおもちゃであって、痛いものではない。


「ずっと一人だったね、と言われる」
と土スタで山本さんが言っていたこと。別れ際に言われるそうだ。

聞いた時あぁこれは判る 同じこと言われてきた と思った。
でも、結果は同じであっても過程はきっと全然違う。

彼の場合、きっと間口は全方向に開かれていて、一番奥の扉、奥の奥が開かないのかも知れない。

私の場合は、きっと最初の扉がないのだろうね。
オリハルコンでコーティングされているに違いない。

だから、手遊びとしてしか、人の心を触れない。
優しかったり、可愛かったり、親切だったり、愛想良かったり。
んなもんは簡単なことなんですよ。
これだけ、HowToが流布していればね。心がなければなおさらのこと。

ってとこまで考えてさてどうしようかと。

うん。でも今悪い状態ではないのよ。
"楽しそう"って言われるし。
例えば電車の中、街歩き、すれ違うだけであっても不機嫌な人より、Happyな人の方が気分良い。

自己充足していれば、口先手先だけってあっても、人に感じ良くするのも簡単。
ま、いっかぁー。(深く考えないのも完結に至る大きな要素である)

ということで、HedwigでないWholeな私は、Henry(@ドリアングレイの肖像)のようにおもちゃを壊す誘惑に退けつつ、"この愛を分けてあげる"(Hedwig2009の千秋楽アンコールの山本さんのMessage)方向性で動くことにする。

つもりだが、平家のみならず望月は欠けるものであり、何時まで続くやら。



alain

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