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2009年05月25日(月)
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陽炎の辻3のおこんちゃんは好きだなぁ。
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1と2では、元気のいいという以上にきゃんきゃん煩いし、相手の気持ち見ずにずかずか踏み込むし、実は好感持って無かったですよ。 いっつも、ぶんむくれてる感じもあったし。
そのあおりで、実は中の人にもあんまり良い印象が無かったんだけど、 トーク番組での彼女を見て認識を改めさせられた。 小さな屈託を抱えつつ、独立独歩でしゃん!としてるのに、案外とっちらかして生きてる感じが素敵で、 あーこのままでおこんちゃんやってくれればそれで良いのにーって思ってた。
はちきんで後先考えるより思ったまま真直ぐというところが、何ていうか中の人にはなくて、(むしろ考えるタイプかと) それが勢い余ってあんな感じになったのかなーって勝手な推測。
でも、陽炎の辻3のおこんちゃんは好き。 元気の良さと可愛げも残しつつ、あれこれ乗り越えた大人になっていて、そんなおこんちゃんに中の人がしっくりはまっていて、作ってるとかムリヤリ感が全然ない。 実際に中の人がその年月をきっちり生きてきたというのもあるかもしれない。
5話の磐音様の髪をとかすおこんちゃん。 おそめちゃんを姉さまのごとく見守るおこんちゃん。 プチかげのガールズトークでがんがん攻めてくおこんちゃん。 どれもそれぞれに魅力的で、3にきて、心の底から、あー中越さんがおこんちゃんで良かったと思えた。
ま、おこんちゃんのキャラについては、彼女個人の役解釈というより、脚本家と演出が男性なのも一因という気もしている。 そもそも原作も男性だし。 うざく感じてもしょうがないとこもあるかなーとか。
6話でも、磐音様の留守に家に引き入れて、奈緒様とあれこれ話すとこは、ちょっといけづうづうしいつーか。 勝者の余裕っつーか。 最終話ということで、けりをつけるために奈緒を出したことは理解できるんだけど、 女目線で見ると、底流の勝ち負けとか意地の張り合いとか、おそらく男性スタッフが全然考えていないことを ムダに喚起させるシーンではあったと思う。
でも、実はそんなに私はイヤな感じはしてなくて。 あのシーン違和感ありありな感想を読んで、実はかなり驚いた。
で、思い出したのが。 「水瓶座は男切れ(あるいは女切れ)が悪い」という某占星術家のコメント。 さっぱりしているという流布している水瓶座キャラとは真逆だが、実は・・・と話は続く。
要するに水瓶座は別れた男なり女なりと、よりを戻したいなーとぐだぐだな未練で繋がっているわけでなく、 恋愛はともかく、この人いい感じの人で一緒にいると楽しいしーと、恋愛が終わっても人付き合いを切らない、ということらしい。
異性関係が性愛とイコールマークで繋がらない場合、水瓶座の影響が強い(太陽・月もしくは年齢と室区分によっては金星)と見て良いのではないかと、書いていた。
わかる。
そんな水瓶座の影響が強い自分から見ると、奈緒様に対して残酷なシーンとか言われても、理解出来なくはないが、自分はあまりそうは思わない。 ある人がかなり前に言った言葉で、気に入って度々思い返すのがある。
「読み捨てた雑誌を誰が拾って読もうと気にならない」
奈緒様の状況として、読む前(笑)に無理くり取り上げられちゃったことは不幸ではあったけれども、 今現在、新しい雑誌を手に入れてひとまず満足しているわけでしょう。 ならば、「あの雑誌も読んでみたかったなー。ちと悔しいけど。ま、手元に読むものあるしこれはこれで楽しいから、そんな運命かと。まいっか。」 てな感じ?と思ってしまうんだよな。
捨てた雑誌についても、誰にも目もくれられず、すげなく路上で踏みつけられてたら、それを一時とは言え選んだ自分としてこれまたちと悔しいくないか? また、誰かに拾われて楽しまれてるなら、愛というより情として、ちと安堵するっつーか。
ちくちく棘を出しながらの女同士の語らいも、それがまぁ人間というものだし、ちっちゃな棘でもないと日常のスパイス足りないからね。 陽炎1から繋がる話に綺麗にオチもついて、この流れ自体は悪かぁないと思ってる。
恋愛観・死生観・家族観。 イメージはそれぞれなのだなと再認識したことでした。
alain
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