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2009年03月07日(土)
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侍ジャパンの呼称の話 & 本日のロルフィング経過
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侍ジャパンという呼び方が好きじゃない。 (それとは別にWBCの存在も好きじゃない。 日本ではやけに盛り上がってて馬鹿みたいとのアメリカの視線を感じつつも、 収益はほぼアメリカに吸い取られる構造というのが、流石アングロサクソンと思いつつも、 日本の野球機構の偉そうなオヤジもころっと丸め込まれてんじゃねーよ。情けねぇというのが1つと。 もう1つが妙な視聴率の高さ。 そんなに野球好きなら、シーズン中はほぼ毎日やってんだから、TVで見てやれよ。日頃から球場行ってやれよ。と思う。)
話が毎度ずれる。 侍ジャパンの呼称の話。
"侍"を行動規範として"武士道"と重ねて使う際の定義が曖昧すぎていやだ。 武士道って権力や武具・武力を持った階級が自らの振る舞いを律するための、言わば権力者の美学だと思うんだけど、(例えば、武士は冬に日向を歩かない(暖かいところは弱者に譲る)とかさ) 逆に、目下に対して「もっとしゃんとしろ!」って言う時に都合よく使われてる気がする。 武士道ってもっと内省的自戒的なものではなかろうか?
それから、「侍にピアスは似合わない」とコーチが激を飛ばすみたいなスポーツ誌(見出し)にも違和感。 侍のイメージ像って江戸時代の貧しい浪人なのかしら?
え〜じゃぁ〜愛の文字を兜のど真ん前につけたこの度の大河の主役は侍じゃないの〜? 他に具体例が出ないところがつらいが、他にも派手な立物の兜などごろごろあるし、緋の縅など実用というより、戦場の華でしょうし。 武士ってもっと華やかでけれんみのある存在ではないだろうか? どうにも発想が二等兵というか・貧乏臭いというか。
単に呼称がダサいというのもあるけれども、それ以上に好きじゃないな。 早くWBC終わらないかしら。
====== 以下は、ロルフィングの話。
<3回目のセッションの感想の残り> ・5日目くらいに突然、胸に鳥かごみたいな空間があるんだなという実感が出てくる。 竹かごというか樽状のかご。 空間があって、すかすかしている丸い空間があるんだなと。 知識としては知っていることだけれども、それがマジあるということがリアルに感じられた。
・足首が柔らかくなった。 ・歩く時に骨盤の中も一枚板で、前後にふる感じだったのが、2枚に分かれて、 右と左が別々に前後に動くようになった、感覚。足が長くなったとでも言えばよいか。 ・気が付くと足の甲に力が入っていて、指が反っていることに気づく。その度に緩めて指を下ろす。 この癖が消えるのには時間がかかりそうだ。 ・足回りが軽く、歩くのに力がいらない感じ。すごく楽。 こんなんでは筋力が落ちてしまうのでは?!との不安が頭を過ぎる。
骨盤の傾きに迷いが強くなる。 真直ぐ立てすぎると胸部が後ろにのけぞる気がするし、 傾けすぎると(ようするに出っ尻)腰を痛めそうだし&下腹の腸が前方にこぼれだしそうだし、 鏡を見ながら色々角度を変えてみるが、定位置がつかめない。
・建物の中、駅のコンコースとか地下街とかを歩いていて、天井が見えることが新鮮。 ・道を横断する時に、車道の信号を見て、それが直近のだけじゃなく、その奥その奥まで見えることが新鮮。 視界が広がったってことかな。
alain
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