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2007年11月04日(日)
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予想以上に痛んでいたようだ。
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土日、正確には金曜日の夜から、月曜日の朝まで。 何をする気力も起きず。具合が悪いというのではなく、"心が折れた"。
金曜日にちょっと嫌なことがあって、それが最後の一押しだったみたい。 まず休まない太極拳のレッスンすら、出る気力がなく、 ピアノを弾く気も、お掃除をする気も、ベッドから出る気力もなし。 日記を更新する気力ももちろんなし。 (ただ、日曜日のスウィートJAMの再放送の録画はきっちりやるあたりが、欝にすら走りきれない甘さをかもし出す)
先週の生まれの父の死、そして、何か書いたら本当のことになってしまいそうで書かなかったのだが、 戸籍上は全く関係はないのだが、育ての父以上に、父らしいことを、一時であったけれども、してくれた人が私にはいて、さる8月だったか9月だったかに、私はその人を失っていた。
彼はレストランでのお酒の飲み方頼み方を教えてくれたり、歴史について解説してくれたり、と。 一番私の中でイメージする父親に近しい人だった。
ここ数年は余り接触はなかった人だったが、居るということ、会える場所に行けばいつでも会える、 何かあれば話にいける、頼りに出来るということが、どこか安心に繋がっていたように思う。 その人はお店をやっていた。8月9月のある日、別経路から連絡が入った。倒産したと。
自宅がどーなったのかは知らないけど。 小さい商店が倒産だったら、まずそのままという可能性は考えにくいし、そもそも自宅に尋ねていく繋がりじゃない。 つまり私の世界から、彼は忽然と消えてしまったのだ。
2名ともに、別に支柱にしていたわけでもないが。 それだけにショーック!!という反応もしにくく、何でもないことのようにやり過ごしていることが、 自分で思う以上に無理があったのかもしれない。
そういえば。 父的存在というのでもないが、小中学生の時の私を我が子と一緒くたに可愛がってくれた人が死んだもの 今年だったな。 まぁ、これは今回のぐだぐだには関わりのないことだが、今年は重なるね。共通項は父の喪失。
占星術的に言うと、ICが父とかMCが父とか見解は分かれているようだけれども、 何か私としてはこのラインにというより、p太陽がサウスノード/ノースノードのラインにかかりつつあり、 生まれなおしているというほうがしっくりくる。 ないしは、父性を外に委ねるな。自分の中に内包しろという太陽フェーズの総まとめかもしれない。
まだ全然、気持ちは欝のままだけど、多分しばらくこうだけれども、 だからといって飛び降り自殺をするほどの思い切りもないので、多少は気持ちの持って行き方を何とかしたい。
ちょっと話は飛ぶが、スウィートJAMで佐野元春さんが語っていたことで、凄く響いた言葉がある。 (以下はあくまで主旨であってそのままというわけでなないけれど) 【世の中、くだらないことがいっぱいあるけれど、創作活動はそんな中で気持ちを折らずにやっていくための"スキル"だ。】と。
MUSIGの頃から味のある人だなぁと思ってはいたけれど(ぶっちゃけそれまでは過去の遺産で食ってる人かと・・・すまん。) この発言ですっかり惚れました。
まず、創作活動について、芸術家の私の"業"とか"繊細すぎる感性"がという表現をせずに、"スキル"としてフラットに把握している俯瞰な客観性が大人。 それから、生きていくための、より楽しくより楽に過ごすための"スキル"を後進に伝えていこうという姿勢。 導師というか、ホント山本さんの言うとおり、仙人っぽいかもしれない。
"スキル"。生きていくための技術。やり過ごすための方法。 もう、いい加減自分で自分をケアしなければ、大人なんだから。
創作活動ではないけれど、こうやってたらたらを気持ちを字に落とし込むこと。 それが今の私の生きてく方法なんだと思う。
alain
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