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2006年09月21日(木)

エセ科学による、エセ科学批判。

流し読みだったので、曖昧ではあるのだが。
どこだかの理系の大学教授がエセ科学を批判するエッセイを書いていた。

『水に"ありがとう"と声をかけると綺麗な結晶が出来るという噴飯モノの説がある。
水が言葉を聴くわけ無いじゃないか。
それをあたかも科学的現象として一般に広まっていることに、科学者として憤りを覚える。』
などなど。

まだ、こういう人がいたか。
呆れる。

水に結晶が出来るかどーかは、私も知らん。
作ったことないもの。

それに本を読む限りは、同じ言葉をかけた水のコップが100個あったとして、
全てのコップの水に同じ結晶が出来る、というわけでもなさそう。
たまたま、その時に出来た最も形が整った結晶を取り上げて、
「その言葉の波動です!」と言っているのかもしれん。
またはCGかもしれない。

ただ、科学者が批判するなら、科学的にやれよーと思う。
検証してみないと、わかんないじゃん。
仮説に対してニュートラルな位置に立って、実証をもって判断するのが科学的なのかと思ったが、
"ぼくの常識から判断してありえない"っつーのは、思想であって科学じゃない。
おまえの論理展開がエセ科学じゃん。あ、要するに近親憎悪か?

「地球が丸かったら下側の人は、おっこっちゃうよなー。ははは。」
という、かつて繰り広げられたであろう無能な揶揄と同じ匂いを感じて、
まぁ後の笑い話だとは思いつつも、こういう奴に教授づらさせんな!という腹立たしさはある。


あと、何か書こうと思っていたんだが。
あ、そうだ。
古畑復活のニュースだ。
最初、WEBのNEWSで見出しを読んだ時の感想。 「げっ!またやんの?!勘弁して欲しい・・・」

記事の内容を見てほっとした。
SMAPと昔やったやつの再放送か・・・。
あぁ良かった。

古畑シリーズはレンタルも含めて、ほぼ全部見てるし好きだけど、好きだからこそ、
もう打ち止めにして欲しい。

ここ数年の田村正和を見ていると、"老"とか"衰"とかの文字が消しても消しても頭を過ぎって、
物語に集中できない。
筑紫哲也の口元で条件反射的に入れ歯を脳内に再生してしまう時と同じだ。



alain

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