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2006年09月22日(金)

映画 『ミラクルバナナ』を見る。

朝、即行でNavi様を購入。
今回の対談相手は獅童さん。

演技論から仕事への取り組み方まで、読み応えのある対談だったなー。
「山本耕史と中村獅童は仲悪いらしい。」という噂が業界で広まっていたというのも可笑しい。

そういう話って、広まるの早そうな業界だ。
キャスティング担当の人とかは常に網はっているのかしら?

その話に対して。
「本人同士はとっくに和解しているのに・・・」というのもどーかと。
和解する前はどーだったんだ!と突っ込みたい。

八嶋智人との件も含め、仲悪い伝説は色々持ってそうだ、山本さん。
噂だけじゃない話も結構ありそうだ。

と、話は楽しかったのだが、毎度の事ながらスタイリストが気に入らない。
白Tは下着みたいだし、シャツのもたつきも気になるし、座った写真で見る限りパンツのすそが長すぎねーか?
普段あんまりグラビア写真とかに文句はつけないんだけど、このスタイリストだけはちょっと論外って気がする。

プロなの?洋品屋のおばちゃんがパートでやってるわけじゃないよね?
という気持ちがふつふつとわいてくる。


で、Navi話はここまでとして。


『ミラクルバナナ』を見ました!
はい。山本さんを見に行きました。(←この行動力を他に使えよと思う。)

感想です。
後で別ページに転記するかもだけど、とりあえず、思いついた順に書く。


ハイチで連想するのは、ALTAにも入っているカフェ・ハイチのドライカレーだけ。
あんなにスラムっぽい貧しい国だとは知らなかった。

さっきWikipediaで見てみたら、歴史が暗い暗い。
土地に呪いでもかかってんじゃねーのか?と言うしかない位、
侵略、奴隷、占領、搾取、全滅・・・とかいう言葉が並んでいて、日本と比べても何をしてあげられるというものでもないが、申し訳なくなってしまう。

ハイチの映像、町とか学校とかの映像をほとんど始めて見たので、すごく新鮮に感じた。
その場所の絵っていうのはリアルだけが持つ迫力がある。

話は、小山田サユリ演じる幸子が、海外協力隊なのか、日本大使館付きの事務員なのかは良くわからないけど、ハイチに赴任するところから始まる。
彼女は小学校を訪れた時に、ノートを買うお金がない子供が多いことに驚く。
日本の大学の研究室でバナナの茎からバナナペーパーというものを作る研究をしていることを知り、
実現に向けて奔走を始める。
山本さんはその研究室の大学院生役。プロジェクトに半ばむりやり引っ張り込まれる。

最後は、小学校で生徒とか近所の人と総出でわいわいと紙漉きをして、バナナペーパー完成!やったぜ!の
ハッピーエンディング。

終わりがさわやかなので、終わった後とても気持ちが良い。
実際のバナナペーパープロジェクトもかなりがんばっているみたいだしね。


ただ、映画としては非常にもったいない作り。
素材も良くて、テーマも良くて、主演の小山田サユリも爽やかな風のようで良かった。
なのに、脚本がいけてない。


まず、説明調すぎ。
大使館の現地採用職員役のアゴトニーのフランス語のナレーション。
これはいらない。

ナレーションって、監督の言いたいことをそのまま文にして読み上げるわけだから、
頼りたくなるのは判るけど、だったら映像も台詞も演技もいらないじゃんと思う。

加えて作品が小さくなる。
脚本家の意図を役者が超えて、それを更に観客が広げることで、一つの作品から世界が広がるんじゃないのか?

特にジャックが幸子にマンゴーだかパパイヤだかを差し出すシーン。
坂道に張り付くスラムをバックにしたいいシーンだったのに、
「ジャックは生きるということは食べるということだ、ということを伝えたかったのである。」
というナレーションで台無し。

それは感じることで、解説されることじゃない。

監督は作ったものを丸投げして、違う意味に取られるのが怖かったのだろうか?
幸子がお腹空いていそうだったから、現地の少年が果物を持ってきたとか、そういう風に。

そう思って欲しくなければ、それはそういう風に話の流れを作れば良い事だし、
よしんば思ったとしても、受け手の自由な解釈でいいじゃん。

ナレーションに加えて台詞もそう。
紙漉きの歴史とかを話すのは、まぁ説明調になってもしょうがないとして。
幸子が始めて小学校を訪問した時に、いきなり現地の少年が『どうして僕達はまずしいの?』と幸子に問いかける。
さっきまでポケモンの話をしていたのに唐突過ぎ。

『僕達は最悪の国に生まれたってことさ。』
勝手に話し出して、勝手にオチつけるな。


この監督には潔さが足りない。
「これ作ったんだけどどーよ。」とどてっと人前にどんと丸投げする度胸がないみたい。
言葉が悪いのだが、"けつの穴がちいせぇな"と思ってしまった。


あと、散漫。
ストーリーがぱつぱつ細切れで繋がらない。

大使とその奥さんののろけ話の意図が判らない。
何かの伏線?とか思っていたら、そのまま終わってしまった。
意味わかんない。

幸子が何かとがんばり過ぎて倒れるのも、前ふりが何もない。
何をしたくて畑に入っていったのかわからないし、
そこで働いていた人が映っていたのに、突っ伏して倒れた女の子をその場に放置して
もくもくと作業やっていたようだ。

大使館ないで彼女がいないことに気づき、
倒れた彼女を探しに行って畑で倒れているのを見つけるのは大使館の現地採用職員役のアゴトニーなのだが、
何でいきなり思い立って探しに行くのか見えない。

そもそも幸子の仕事って何だったんだ?とか、
がんばり過ぎの動機も過程もわからん。

紙漉きのためにねばり気のある材料を探していたという設定になっているようだが、
山本さん演じる大学院生の中田がなぜそれを黙っていたのか?もさっぱり理由がわからない。
「知ってたならとっとと教えてくださいよー。私探しすぎて倒れちゃったんですから。」
って幸子が言うが、その通り!!!

黙っている理由がわからん。
でいて、どうやら中田や幸子に好意を持っているらしい。
なら余計言えよ!

しかも、最初ハイチで、2回目は日本で会っているのだが、日本で会った時には既に好意満載のようだ。
ハイチで別れる時には全くそんな風には見えなかったが、何時の間に??
それでいて、TELもせず葉書も書かず?
「繋ぎにはオクラも使えます!」の一言を伝えないって筋が通ってません。


あと、なんかあったっけ?忘れてしまった。

大河でありながらナレーションを廃して、台詞で組み立てた『新選組!』はやっぱり凄かったよ!
と改めて思った。

あと、山本さんについて。
うーん。。。

過剰適応しすぎているような気がする。TOO MUCHな感じ。
演技が過剰というのともちょっと違うのだけど、上手く言えないなー。

何というか、佇まいがない。
そこに居るだけでその人という存在感がない。

例えば木村拓哉って何をやっても木村拓哉だと言われている。
彼はスターだから、木村拓哉のやる○○であるというところで、それはそれでOKというか、
木村拓哉という揺ぎ無いスターをコンスタントに作品中に置いていくって、かなりの技術と根性だと思う。

山本さんの場合、自分でない役、今回は中田という人物になろうとして、
それにフィット仕切れず、かと言って自分を丸投げするほどの大胆さはない。防衛心が強すぎる。

で、役の"中田くん"を掴みきれないために、一層力を入れてそのシーンシーンの彼を忠実に演じようとし、
結果全てのシーンがくどくなってしまったように感じた。

土方の時は、土方という役に自分を合わせることが出来た。
アテ書きでもあったし、三谷さんは土方に限らず、それぞれの役の人格をクリアに書いたから、
役に生きられたのだろうと思う。

今回の山本さんが演じた大学院生の中田くんは、というか、
この作品に出てくる人物全て、輪郭がどうにもぼやけている。

また、脚本の悪口になってしまうが。
要するに脚本家に力量がない。

幸子は積極的なのか消極的なのかわからないし。
(紙漉きをやってみる?と誘われて何度もしりごみするのは何故?
見たことの無いものやったこともないものを見たくて、日本を飛び出した積極性はあるのに?)
小日向文世演じる大学教授が、ハイチのバナナペーパープロジェクトにどう関わりたいのかも見えてこない。


でも、緒方拳はちゃんと紙漉き職人で、かつ緒方拳だったのだから、演じての技量でもあるんだろうなー。
例えば、役の人格が分裂していた場合は、役に自分をのせるアプローチだけではなく、
役を自分の影とするような技法を使うとか。(想像で言っていますが)


と、まぁ自分でも予想外に長く書いたけれど、
爽やか感動ストーリーなので、見ていていらいらしたり、「早く終わらないかなー」という思いはなかった。

元気が出るし、優しくなれるし、ちょっとほろりともする。
でも、この題材で、この景色で、このキャストなら、もっと上手く料理出来ただろーよという感想は強く残っている。






alain

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