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2004年06月06日(日)
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拉致家族に対するバッシング
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拉致家族に対するバッシングについて、イラクで人質になった3人の家族に対する批難と合わせて情けないという論評がある。 全てを一緒くたに混ぜないで欲しいと思う。
論点その1.まず、痛んでる個人に匿名で批難をするのは卑怯だということ。 自分を安全地帯においたまま、人を攻撃するのは卑劣な行いであるということ。
論点その2.あと、意見と憂さ晴らしは分けていただきたいということ。 意見を言うと歯向かってるってことになって、喧嘩にしかならないことが、日常生活でもすごくイヤなんだけど、それと同じごちゃまぜが行われている。
イラクで人質3人の家族が何を言ったかというと、「自衛隊を撤退させる事を考えてくれないか。」 これは意見じゃん。 国民の生命を危険にさらしてまでイラクに兵を送る価値があるのかどーかを計るのは当然のことで、選択においてのっぴきならない状況になった時、選択を迫る事が批難されるいわれは無い。 国民の一人として当然の権利だ。
拉致家族が言った事で、私が気にいらないのは。 「東京にいくのに、前は家の前までタクシーが迎えにきてくれたけど、もう来なくなって、政府は冷たい。」とか。 あと、この前の総理との会見で言うと。 「総理が人質になって残ると言って欲しかった。」
これは意見ではないだろう。 生活費は支給されているはずで、タクシーなぞ自分で呼べば宜しかろう。 金が足りないのなら、その根拠を挙げて請求すべきで。世間話はマスメディア(=公器)を使わなくてもよかろう。 とゆーか、マスメディアを使ってぐち言われる人間が弱者と言われてもしらけるなぁ。
「総理が人質になって残ると言って欲しかった。」 これは意見か?実現可能性は?一国の最高責任者と自分の家族の安否を計りに掛ける。 家族にとっては家族のが大切だけれど、だったら自分以外の日本人はどうでもいいのか? 総理が日本にいても北朝鮮にいても実際には何もかわんないだろうけど、何してるわけでもないし、それにしたって、「意見聞いてくれるくれるまで、僕動かないよ。」ということを一国の指導者が言ってどーする。 おもちゃ屋の前の子供じゃないんだぞ。
制裁をしないと約束したのはどーかと思うけど。批難するならここだな。 80億だかの支援を引き換えに(一人10億)で、犯罪者から被害者を取り戻した。 だったら、それ以上の好意はしめす必要はなく、今後の脅しのカードは取っておいても良かったのでは? でも、逆切れしてミサイル打ち込まれるのはごめんだよなー。
方針として、イラクで人質になった家族の人達と政府では意見が合っていなかった。 A.三人が死んでも自衛隊は引きません。 B.国民が殺されるリスクは犯したくない。自衛隊は引いて欲しい。
拉致家族会と政府は合っているのだ。昔はともかく。今は。 A.拉致された人を取り戻そうね。
強弱の差はあるけどな。
対立している人ではなく、基本的に意見が合っている人に対する批難って、どっか、だたっこの匂いがする。 説明をせずにわかってくれと期待をし、判ってくれないと、憎さ100倍になる。
そんな甘えの構造が私は嫌いなのだ。
alain
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