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2008年04月25日(金)   i don't want to be your friend

さてそうして霊的貪欲ということについて突然考えてみたりする。

1)物質的な幸福を霊的な幸福のためにあきらめる、というのは貪欲である。物質的な幸福なんて相対的なものだが、霊的に満たされることは絶対的なことであるから。より大きな幸福のために小さな幸福をあきらめることはいたって一般的であり、誰にでもできる。我慢した分だけ、最後にはご褒美が待っている、というわけ。

2)物質的な幸福を理解し、霊的な幸福への条件であると感じるにも関わらず、物質的な幸福をあきらめる、というのは正しい。彼/彼女は最終的に何も得るところがない。ほんとうに、すべてをあきらめている。

以上のことは当然ながらヴェイユに依拠しているわけだが、本当のところ何故そんなにあきらめるのか、という根本的なところを理解していない。手に入らないものを欲しがらないのはプライドのゆえか。あきらめたはずのものに実は押しつぶされているという矛盾。


nadja. |mailblog