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言葉に有効期限があることくらい知っている。永遠の言葉、永遠の誓い、何もそんなたいそうなものを望んでいるのではない。関係性の変化に伴って吐き出された言葉もまた意味を変えていくだろう。それは仕方のないことだ。 だが、自分で吐いた言葉なら、その後始末も自分でするのが道理だ。 「ごめん」 というたった一言が足りないがために、私の世界は今日も斯様に暗い。言葉に疎い徒であれば所詮馬鹿だ、で片付くが、卑しくも言葉を操る側にいて言葉で人を酔わせ言葉で人を惑わす徒がその程度のことを理解しないとはまことに許しがたい。 殉ずる覚悟がないのなら戯れに言葉をもてあそぶな。 ネットワーク上のコミュニケーションが現実におけるコミュニケーションよりもはるかに強大な力を持ちつつある中、正確な言葉を綴る人間は減り行く一方で、「m(_ _)m」こんな記号に申し訳のなさを代弁させる徒が鳥肌が立つほどのスピードで増殖し、コミュニケーションの存続自体が危ぶまれるような情況に陥りつつある。 此処に視線はないのだ。言外の意味を伝えうるような動作もなければ仕草もない、体温もなければ匂いもない。だからこそ、たとえあらゆる言語表現が誤読されることを宿命として背負っているにせよ、誠心誠意、己の能力の及ぶ限りで、言葉を尽くすことが要求されるのではないか? 軽すぎるのだ。 軽すぎる。 軽すぎて、久しぶりに涙が出そうだ。 |