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2006年11月14日(火)   現実の只中で立ち尽くしても

そう今日も矮小化する一方の現実をちゃっちゃと片付けてから

―人の世に生まれて人の世を軽蔑したり煙たがるとは、何という冒涜、何という僭上の沙汰であろう(『こおろぎ嬢』尾崎翠)―

という言葉を噛みしめ、噛んでも噛んでも味のしない現実などよりは、斯様に噛めば噛むだけ味の出る言葉の世界を如何ほど私は愛することだろうか、などと軽いため息をつきつつまた喫茶店で珈琲を飲みながらすべての視線を遮断するが如くハードカバーの書物とSHUREのイヤホンで完全武装する。

夜道で何度か立ち止まった。

これ以上歩く必要などないような気がして。

これがもし物語であったなら、

バカヤロウ、という怒声とともに車高の低い車が駆け抜けていく。若い男が二人、若い女が二人、呆然と立ちつくす私を嘲るように華やかな笑いを車内に撒き散らして過ぎ去っていく

とか

「今夜、月は見えませんよ、さきほどまで、雨が降っていましたでしょう。まあ、晴れていたにしても、今夜月齢は22.9、ほぼ下弦の半月といったところでこんな時間には到底見えやしませんがね」、と、もう雨は上がっているにもかかわらずこうもり傘をさした初老の男が話しかけてくる

とか

ねえ、疲れたの?まだよ、まだなのよ、本当に疲れるのはこれからなのよ、と見知らぬ女が腕を取り私を引きずっていく

とか

ふと正気にかえるとそこには20数年前の光景がそのまんまに広がっていた。市場のアーケードはまだなく、コンビニエンスストアのかわりに今にも倒れそうな文化住宅が軒を連ねていた。午後8時を過ぎようとしているのに角の天ぷら屋からはまだ濁った油の匂いがする。

などという記述が続いてもおかしくはないのだが、現実の只中で立ち尽くしても、重い足を右から踏み出すか左から踏み出すか、さんざ迷った挙句、重いため息とともに「えいっ」、と結局どっちから踏み出したのか分からないまんまに歩き出すしかない。

くだらないね。


nadja. |mailblog