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2006年07月13日(木)   何ができただろう?

そう、血圧の話と、薬の話と、それから野球の話だけで構成されている一日。「この薬は、朝と、晩と、2回、この目薬は、朝と、昼と、晩と、寝る前と、4回」、今日一日で何度説明しただろう。そのたびに袋から出し、また直し、また出しては眺め、また直し。1回分の薬を小さなビニールに小分けする指は少し震えている。

今この瞬間も、夥しい数の脳細胞が祖母の頭蓋の中で死んでいく。

縮んでいく時間。

1分前の思考を塗り替えて塗り替えて塗り替えて塗り替えてみたら1分前と同じことを考えていた、というような。

帰る、と言って、泊まる、と言って、寝る前の目薬をさしたら帰る、と言って、母が戻ったら帰る、と言って、今帰る、と言って、泊まる、と言って、歯を磨いて、結局帰る、というような。

じりじり、と煙草が灰皿の中で灰になっていく。

たしかにこの家に祖母の居場所はもうない。冷房は効きすぎているし唯一の気晴らしであるはずのテレビは父親に占領されている。術後の弱った目では本も読めまい。ここには横文字の気取った音楽しかなく、読み聞かせるには衒学的すぎる本しかない。

暗い夜道を、祖母の手を引いて歩いた。今頃まだ、薬を数えているかもしれない。

ビールの空き缶が並ぶ。

私の右目は腫れ上がってランチュウのようになった。


nadja. |mailblog