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2006年07月03日(月)   いびつなヒト

いびつなのだ、と感じる。たとえば午後4時のプールには定年後の老人しかいない。同世代の男性は当然働いているだろうし、女性もまた働いているか、育児に余念がないか、そろそろ夕食の支度に取り掛かっているか。そんな時間にビート板につかまって足をバタバタさせている自分はいびつに違いない、と感じるのだ。

職業安定所と結婚相談所以外にどこか行くべきところがないものだろうかと水に浮かびながら考える。生まれて育って働いて産んで育ててそして死ぬ。生の多様化なんていったってはじめとおわりは決まっていて、その中間だってパンにするかご飯にするかそれともパスタにするかコーンフレークにするか餓死するか、そのくらいの幅しかない。

だから午後4時にプールに浮かんでいることもカレーライスにしょうゆをかけてみたくらいのいびつさでしかないのだが、たとえば母親が客からの電話に「ムスメ?元気に会社行ってるよ」と答えているのを聞いたりすると、やっぱりいびつなのだと感じざるを得ない。

明日はいったい何処へ行こうか。


nadja. |mailblog