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2006年07月02日(日)   誰もいない日曜の午後には

ズタズタに切り裂かれた生活リズムを少しでも元に戻すべく、サングラスとSHUREのイヤホンで念入りに外部を遮断してから散歩に出た。午後4時の太陽は耐え難いというほどではなく、冷房で冷え切った身体にはむしろ心地良くてつい遠出をしてしまった。

かつてママゴトのような同棲ごっこを営んだ街並みを抜け、静まり返った高級住宅地を抜けていたときiPODからLOWの「Born by the Wires」が鳴り響いてあらゆるものに別れを告げたくなりながら、それでも入り組んだ路地を抜け、大通り沿いをJOAN JETTの下品なシャウトとともにずんずんと進んだ。

四辻にあらわれたカフェは入り口にこんもりと観葉植物が置かれていて涼しげだった。珍しくアイスティーを注文し、バッグからエリアス・カネッティの『眩暈』を取り出して、読み進む。

焼け落ちたアレクサンドリアの図書館・・・シンクレティズムの聖地・・・全く異なった歴史の可能性が4万冊とも50万冊とも90万冊ともいわれる本とともに消失した・・・燃える記憶、反転する世界、「圧倒的な非対称」の萌芽・・・とりとめもなく浮かんでは消えていく言葉の切れ端を書きつけながら30ページほど読み進んだ頃、また眼球が腫れ上がったのでふと視線をあげると、連れのいない一人客は店内に私だけだった。

日曜の午後、人は誰かと視線を交わし会話を交わす。

そしてキミには明日行くところがあり、キミには今日帰るキミの家があり、キミには今宵抱きしめる人がいるのだ。



それでも日々は続く。走らねばならない。あつあげねーさん、ありがとう。


nadja. |mailblog