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昨日クビを切り落とされたはずの黒い羊は今日もぴんぴんしているし、それどころか明日もちゃっかり出勤である。ここ3日間の記述はすべて、「黒い羊の幻想」に過ぎない。 そうであればよかったのに。そうあるべきだったのに。 唇をかみしめて、ため息をつく黒い羊に、女が追い討ちをかける。 私には最初から分かっていたわよ、ヒツジくん。だってキミには明確なヴィジョンが欠けているのだもの。現実はね、いつだって理想からものすごい勢いで遠ざかっていくのよ。その遠心力に対抗するには、相当に堅固な意志と、たえまない努力と、それから絶対にゆるがない覚悟が必要なの。キミにはすべてが欠けている。まだしばらくはあの牧場で、自分を見つめなおすといいわ。何かを見つけるまで、ね。キミはまだ、デミアンを探しておろおろしているシンクレールと同じなのよ。 「自分の信じない願いに身をまかせてはなりません。あなたがなにを願っているのか、私は承知しています。あなたはその願いを断念することができなければなりません。でなかったら、それを完全に正しく願わなければなりません。自分の心の中で実現を確信するほどに願えるようになったら、実現もすぐです。あなたは願っているけれど、また後悔し、不安をいだいています。そういうものはすべて克服されねばなりません。」 知ってるでしょう? エヴァ夫人がシンクレールに言って聞かせた言葉よ。完全に、正しく、願いなさい。もう一度、はじめから、やり直し。 ・・・その通り。もう一度、はじめから、やり直し。何度でも、何度でも、やり直し。何万匹、何十万匹の羊が軽やかに柵をこえていくのを見送りながら。 (引用部分はへルマン・ヘッセ「デミアン」新潮文庫 p.185) |