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2006年03月28日(火)   黒い羊の幻想(1)

黒い羊もはじめて牧場にやってきたときは随分と暴れたものだった。そんな契約聞いてない、話が違う、と吠えに吠えて、労働基準監督局に駆け込んだりしたこともあった。それでも黙々と、ひたすら入力を繰り返していればいいだけの仕事は黒い羊にとって天職(ただし副業としての、だが。あくまでそのつもり、なのだが)と思えたし、入って数ヶ月もたたないうちに牧場は統合統合の嵐が吹き荒れて次から次へ新しい工程の研修を受け、半年もたたないうちに黒い羊はすべての工程を覚え、牧場においてある種のプロテクトを受ける立場になった。

いろんなことがあった。エスヴイという名の羊飼いと何度も衝突し、一度なんか隣の席のヒツジと少しおしゃべりをしていただけで内線で注意され、そんなばかげた話がありますか、と牧場を去った。それでも他にしたいこともなかったし、新しいことを覚えるのも面倒だったから3ヶ月後にはまた牧場に戻った。4連休までは取り放題、長期休暇も申請さえすれば自由にとれる、という環境は魅力的でもあったからだ。舞い戻ってからはベテランのヒツジとして大きな顔をしてふんぞり返り、処理ランキングに毎日名前を載せて、SからD、そのなかでも1から4に細分化されているオペレータの格付けのなかで常にS1をとり続け、もっとも仕事のできるヒツジとして、わがまま放題―免許取りに行きたいから今月は一日3時間しか働かなーい、だとか(結局免許は取れなかったんだが)、来月から忙しくなるだろうから15連休もーらい(予定していたプラハにも行けなかったんだが)、だとか―を繰り返してきた。

去年の12月に、ついに群れを指導する立場になった。それからだ。牧場のからくりが見えてきて、羊飼いたちの思惑が見えてきて、くだらなさを痛感するようになって、羊飼いの上にいる牧場主の身勝手さを間近で思い知ることになって。

普通のヒツジたちとは違う大層な黒いストラップを首にかけられてはいても、どんどん細かくなり、どんどん幼稚になっていく運用に歯止めをかけることもできず、変型労働時間制の名のもとに一日10時間以上平気で拘束しようとする羊飼いたちを論破することもできず、ひたすら無力感にうちひしがれるしかなかった。

どうせなら、もう少し賢い羊飼いに仕えたい。

もう、あの、真っ白な牧場に、愛想が尽きた。

もう、十分過ぎるほど尽した。

それに今、あの牧場は、黒い羊のスキル、誰よりも早く、誰よりも正確にキーボードを叩くスキル、を必要としていない。

だから、この3月という混沌の只中で、黒い羊は去ることを決めたのだ、たとえ無責任と罵られても。逃げるのか、と謗られても。卑怯だ、と詰られても。

すべての覚悟は、できていた。


nadja. |mailblog