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黒い、というからには当然その羊は無垢ではない。だが羊、というからには穏やかであり、無抵抗である。ほんの一昨日までは黒い羊もただの薄汚れた灰色の羊に過ぎなかったのだが羊としての属性に忠実でありすぎたため、他の羊たち―潜在的には彼、彼女たちもまた黒い羊でありうる―が心中にじっと抱きかかえ、温めてきた悪意という名の墨汁を一身に浴びた。そうして今日、もっとも卑怯な羊として、あるいはもっとも邪魔な羊としてこの場に登場することになったのである。 冒頭、黒い羊は無垢ではない、と書いた。羊の群れが「3月が来た」、という掛け声を合図に墨汁を吐き出しはじめたとき、黒い羊もまた同じように自らその悪意を表出し、他の羊を穢すことも可能であった。よって、他を穢さなかったということにおいて無罪であったとしても、逃げることを怠った、抗弁を放棄した、ということにおいて有罪なのである。従順を無垢とイコールで結ぶことははるか以前から禁止されている。 要するに灰色の薄汚れた羊は自ら黒い羊たることを選択したのだ。 従って黒い羊に同情の余地はない。 |