indexpastwill
2006年02月21日(火)   自明なことだけれど

我々は何一つとしてパック詰めされていないものを口にいれることができない。米にしてもパンにしてもヨーグルトにしても、たかが水にしても、すべてはビニールに詰められ、もしくはプラスティックのケースに詰められて、消毒殺菌されてから手元に届けられる。我々は、ゴミを出さずには食べることはおろか、飲むことさえもできない。

ということに、遅い時間食堂に行くと否が応でも気づかされる。超大型のゴミ箱からはみ出したコンビニ弁当やカップ麺のガラ、某社が自販機の傍に申し訳なさそうに置いている分別BOXはいつも満タンで、床にずらりと空き缶が並んでいる。私、お弁当だけど、も単なる気休めだ。卵だって、ピーマンだって、ウィンナだって、スーパーマーケット、市場の中に出現したスーパーマーケットにパック詰めされて横たわっていたものたちなのだから。

私が子供の頃は、母や祖母は買い物カゴを提げて市場に行っていたし、豆腐は持参したタッパに入れてくれたし、野菜は新聞紙に包んでくれた。

巨匠はスーパーマーケットを襲撃した。

我々はスーパーマーケットに抗うことなどもはやできない。


nadja. |mailblog